2018/09/16

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第25回 島本理生「夏の裁断」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第25回(2018年9月16日)は、島本理生「夏の裁断」について論じています。表題は「蔵書と思い出 切り刻み」です。

この作品は、鎌倉の祖父の家に移住した女性作家の日常を描いた内容です。年上の男性との付かず離れずの恋愛を細やかに描いたストーリーですが、なぜ文学者が好んで鎌倉に住んできたのか、考えさせられる作品でもあります。

明治の頃の鎌倉は、国木田独歩や高山樗牛が住み、夏目漱石も円覚寺に参禅していますが、文士村というほどの場所ではありませんでした。大正期になると、有島武郎などの白樺派の作家が住むようになり、芥川龍之介や久米正雄など漱石の弟子たちや、大佛次郎のような後の大家も居を構えようになります。昭和に入るとそこは文化首都の様相を呈し、川端康成や直木三十五、高見順や高橋和巳などの作家や、小林秀雄や中村光夫、澁澤龍彦や江藤淳などの批評家が住むようになります。

「夏の裁断」で描かれる鎌倉の町は、夕暮れの風景ように淡く、儚いものです。ただこの作品の心象描写に触れると、島本理生にとって、鎌倉という場所が、繊細な表現を持ち味とする作家らしく、飛躍する上で重要な場所だったことが理解できます。この作品は、2015年に芥川賞の候補作となり、落選していますが、鎌倉に根を張って「文士」として生きてきた近代日本の作家たちの名作に負けない、現代小説らしい優れた作品だと思います。


それと9月18日発売の「小説トリッパー」(朝日新聞出版、2018年秋号)に50枚と少しの批評文を書いています。タイトルは「『からっぽ』な身体に何が宿るか 吉田修一『国宝』をめぐって」で、「評論」の欄に大きく掲載を頂いています。全部で21ページ分の分量です。吉田修一氏の最新作『国宝』について、歌舞伎の近代史に触れつつ、近松門左衛門、福地桜痴、谷崎潤一郎、中野重治、村上春樹等の作品と比較しながら、「象徴天皇制」の問題にも踏み込んだ批評文です。
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20368

「小説トリッパー」は朝日新聞販売所でも注文できます。今週末から書店に並びはじめる『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』と合わせて、ぜひご一読頂ければ幸いです。