2018/09/23

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第26回 佐伯一麦「還れぬ家」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第26回(2018年9月23日)は、佐伯一麦の『還れぬ家』について論じています。表題は「震災後の人びとの感情細やかに」です。

佐伯一麦は、仙台で震災を経験した作家として広く知られるようになりました。親しい人間たちが日常生活で抱く感情の起伏を言葉で表現するのが、突出して上手い私小説家です。仙台に住む佐伯一麦は、この作品の連載中に東日本大震災に遭い、「これから先を書き継ぐことが出来るのか」と、作品の中で自問しています。現代日本を代表する私小説家が、震災前後の仙台に住む人々の生活を記録した意義は大きいと思います。

佐伯は、仙台第一高校を卒業した後、大学には進学せず、電気工をしながら小説を書き続け、作家としてデビューしています。この頃の様子は『ショート・サーキット』や『ア・ルース・ボーイ』など初期の青春小説を通して、想像することができます。電気工の時にアスベスト禍に遭い、『石の肺 僕のアスベスト履歴書』では、石綿(アスベスト)がもたらす気管支喘息や発熱やガンなどの健康被害について、作家らしい言葉を言葉を通して告発しています。

「還れぬ家」は認知症であった父親の死をきっかけに書かれた作品で、認知症が進行した父母をどのようにして看取ればいいのか、生活に根ざした感情を通して考えさせられる作品です。東日本大震災や集中豪雨などの被災地について、私たちはニュース映像を通して、「上から目線」で見ることに慣れ、その土地に根を張って生きる人々の感情について、見過ごしているのだと、この作品を読むと痛感させられます。写真は先日、震災遺構の荒浜小学校を訪問したおりに、私が撮ったものを掲載頂いています。