2019/02/24

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第47回 島田雅彦『優しいサヨクのための嬉遊曲』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第47回 2019年2月24日)は、島田雅彦のデビュー作「優しいサヨクのための嬉遊曲」について論じています。表題は「「ベッド村」の新しい現実感」です。

この作品は1983年に東京外語大学ロシア語学科に在学中に島田雅彦が書いたデビュー作です。現役の大学生の作品ということで注目を集め、若干23歳でデビューした島田雅彦は、昭和の時代の終わりから「文壇の寵児」としての期待を背負うことになります。

大学のロシア語学科に通う千鳥姫彦は、ソ連の反体制運動を研究するサークルに属しながら、逢瀬みどりとの恋愛を楽しんでいます。彼は、その後の島田の作品で描かれる主人公のモデルとなる人物で、新興住宅地で生まれ育った「ベッドタウン2世」というアイデンティティを持っています。大学に入学する前から彼は「ロシア的なもの」に憧れていましたが、アフガニスタン事件やサハロフの流刑で、社会主義の限界を感じ、相応に大学生活を楽しみながら、「赤い市民運動」に関わっています。

「ベッド村のマンションから稼ぎ人たちが、仕事に出かけるように通いでサヨク運動ができると千鳥は思った。危険はないと。趣味のサヨク運動はベッド村の千鳥にぴったりだった」という一節に象徴されるように、主義主張を貫くことと、親しい人間を守ることの間で悩むことなく、「ベッドタウン2世」として即座に後者を選ぶ姫彦の価値観が、皮肉として作品に深みを与えています。

70年代の終わりと、80年代のはじまりを感じさせる作品で、島田雅彦らしい風刺と皮肉の力が漲ったデビュー作です。