2019/02/13

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第45回 佐藤正午『永遠の1/2』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第45回 2019年2月10日)は、佐藤正午「永遠の1/2」について論じています。表題は「全体像の見えない『西海市』」です。

佐藤正午は佐世保北高校の出身です。4学年先輩に村上龍がいますが、佐藤の作品には学生運動の匂いは薄く、北海道大学を中退して佐世保に戻り、競輪に没頭するという作者自信の不器用な生き方が、デビュー作の主人公の姿にも投影されています。

佐藤正午のデビュー作は、「失業したとたんにツキがまわってきた」という印象的な書き出しではじまります。「ぼく」は失業した分を取り戻すように競輪で大穴を当てていきますが、その儲け分を相殺するようなきな臭い事件の数々に巻き込まれていきます。人工的な街・ロサンゼルスを舞台にしたレイモンド・チャンドラーの作品の「風景」を彷彿とさせる、軍港の街・佐世保の全体像の見えない街の描写も魅力的な作品です。

佐藤正午自身は「永遠の1/2」を「読み返さない本」として位置付けています。「どんな作家でも、小説家になる前にアマチュアとして書いた小説が一つはある」と。ただ「無遅刻無欠勤」みたいな文章であるとも評価しています。「真面目さや地道さや凡庸さ」というのは、「山あり谷ありの小説家稼業においては、ぜひとも欠かせない条件、とまでは言わないにしても、あっても絶対に邪魔にはならない資質ではないか」と。59歳で「鳩の撃退法」のような代表作を発表し、61歳の時に「月の満ち欠け」で直木賞を受賞した「息の長い作家」らしいデビュー作です。