2019/10/29

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第82回 小川洋子『ミーナの行進』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第82回 2019年10月27日)は、小川洋子の谷崎潤一郎賞受賞作『ミーナの行進』を取り上げています。表題は「芦屋の風情で描く友情物語」です。

今週末の福岡ユネスコでの講演準備と、モンゴル国立科学技術大学とベトナムFPT大学からのゲストの招聘事業と、来年のゼミ生との面談と、原稿の締め切りで、慌ただしい日々が続いておりますが、良い正月を迎えるべく、リポビタンDを片手に、元気よく仕事を片付ける日々です。

『ミーナの行進』は岡山市で生まれ育った「私」の視点から、叔父が住む兵庫県の芦屋の大邸宅の日常を描いた作品です。叔父さんは六甲山の清水を使用したラジウム入りの清涼飲料水「フレッシー」で財を成した一家の三代目の社長で、作品の時代はミュンヘンオリンピックが開催され、岡山と新大阪間の新幹線が開通した1972年です。

一見すると近代文学の名作のような、重厚な家とそこに住む家族の盛衰を描いた作品ですが、「父権と家」を中心とした物語は背景に退き、叔父さんの愛娘のミーナと私の友情が中心に据えられています。事件というほどの事件は起きない作品ながら、ユダヤ系のローザおばあさんの一家がアウシュヴィッツで亡くなった話など、所々挿入されるエピソードが読後の印象として強く残ります。

芦屋は、明治後期から昭和前期にかけて近代的な住空間として開発された場所です。六甲山の豊かな水源があり、港を臨む南向きの傾斜地であり、阪急電車、JR、阪神電車が通っています。作中で重要な役割を果たす「芦屋市立図書館」は、村上春樹も通った明治時代の建物で、作品の細部に「阪神間モダニズム」の風情が感じられる現代小説だと思います。