2019/11/05

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第83回 山田太一『岸辺のアルバム』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第83回 2019年11月3日)は、山田太一の小説・ドラマの代表作『岸辺のアルバム』を取り上げています。表題は「『家』の崩壊 多摩川水害に重ね」です。

11月3日の福岡ユネスコのセミナーにつきまして、大勢の方にご参加を頂きありがとうございました。盛況の会場で討議も盛り上がり、充実した時間を過ごさせて頂きました。「西日本新聞の連載を楽しみにしていますよ」とお声がけを頂いて、大変嬉しかったです。70年の歴史を持つ福岡ユネスコの文化セミナーの今後益々の発展を、陰ながら願っています。

多摩川と小田急線が交差する東京都狛江市の和泉多摩川駅近くを舞台にした小説です。1974年に起きた多摩川水害を描いた内容で、ドラマのオープニングでは多摩川に民家が流出する実写映像が使用され、注目を集めました。ただ原作の水害の描写は終盤のみで、作品の大半は水害が起きる前の多摩川沿いに住む田島家の日常を描いた内容です。

父の謙作は商社に勤務するサラリーマンで、30代で多摩川の土手に面した一戸建てを購入し、45歳でローンを完済したことを誇りに思っています。しかし傍目に幸福そうに見える一家は、母の不倫、娘の強姦事件、息子の大学受験の失敗、父が務める商社の倒産危機など「内憂外患」の危機にあります。「岸辺のアルバム」に写る家族の姿とはほど遠い状況です。

この作品で山田太一が描いているのは、家族の関係が「自動販売機」のようになり、社会が水害以前に地盤沈下している姿です。作中で描かれる多摩川に流出する「家」の描写は、現代日本の家族に対する風刺として、強烈なインパクトを残します。「岸辺のアルバム」は多摩川水害の記憶を、「家」を失った家族の感情を通して後世に伝える、現代的な「災害文学」です。