2019/11/26

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第86回 大江健三郎『取り替え子 チェンジリング』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第86回 2019年11月24日)は、大江健三郎の代表作の一つ『取り替え子 チェンジリング』を取り上げています。表題は「生死の境超え 義兄と交信」です。

今週は、長崎の幼稚園と高校の同期生で、電通のグローバル・ビジネスセンターでプロデューサーをやっている中村正樹さんにゲスト講義で話してもらいました。トム・クルーズやAKBとのCM・イベントの出演交渉の裏話から、民間の宇宙開発に様々なスポンサーを募るスケールの大きな話まで、広告代理店のグローバル・ビジネスの現場の話が聞けて面白かったです。


大江健三郎の「取り替え子」は、大江自身をモデルにした作家・長江古義人が、自殺した映画監督の義理の兄・塙吾良との親しい関係を回想する内容です。大江の義理の兄・伊丹十三が投身自殺をした3年後に発表された作品ということもあり、創作的な内容の中に、現実に起きた出来事と重なる部分が混じっていることから、賛否両論を呼ぶ問題作として注目を集めました。

タイトルに採用された「取り替え子(チェンジリング)」とは、トロールやエルフなどの妖精が産んだ醜い子が、人間の子供と取り替えられて地上に残した「子供」を指します。ヨーロッパ各地の民間伝承で取り上げられ、かつては気性の荒い子供や障害を持って産まれた子供たちが、妖精が地上にい残した「取り替え子」であると考えられてきました。

発表当時、大江は65歳でしたが、この作品には半ば狂気染みた情熱で、自殺した伊丹十三≒取り替え子との濃密な関係をこの世に残そうとする強い意欲が感じられます。

ただ今年の10月に訪れた伊丹十三記念館で、本作に関する展示を見付けることができなかったのは、吾良が松山の高校時代に強いられた性体験や、吾良がドイツ滞在時に愛したウラ・シマと名乗る女性との情事など、この作品に遺族の感情を逆なでするような描写が含まれているからだと思います。

それでも本作は、大江健三郎の代表作と呼ぶに相応しい完成度の高い作品です。