2019/11/11

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第84回 村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第84回 2019年11月10日)は、村上春樹の代表作『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞を受賞)を取り上げています。表題は「『暴力の連鎖』断ち切れるか」です。

思えば『ねじまき鳥クロニクル』が刊行された直後の1996年、大学1年生になった私は村上朝日堂のホームページ経由で、村上春樹さんと3通ほどメールのやり取りをすることができました。「そうだ、村上さんに聞いてみよう」(朝日新聞社)に一部収録されています。今思えば「インターネットはすごい」と実感した最初の経験でしたね。

世田谷の住宅地の路地を起点としてはじまる物語は、戦争の血生臭い気配が漂うノモンハンの広野や、ソ連軍の侵攻間近の新京の動物園、永田町の中枢や、日本海に面した地方都市のかつら工場など、壮大なスケールで展開されていきます。

僕の家の近所に住む笠原メイは、構造的に再生産される暴力の「手触り」について、作中で次のように述べています。「そういうのをメスで切り開いてみたいって思うの。死体をじゃないわよ。死のかたまりみたいなものをよ。そういうものがどこかにあるんじゃないかって気がするのね」と。私たちは「死のかたまりみたいなもの」を、人々の無意識の底から取り出して、世界規模で展開していく「暴力の連鎖」を断ち切ることができるのでしょうか。村上春樹の代表作『ねじまき鳥クロニクル』が投げかける問いは、世田谷の古井戸のように、深いと思います。