2020/03/26

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第101回 篠田節子『夏の災厄』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第101回 2020年3月22日)は、「パンデミック」を描いた現代文学の代表作、篠田節子『夏の災厄』を取り上げています。表題は「パンデミックの恐怖を忘れて」です。

写真はこの作品の舞台と思しき、所沢駅の近くです。上京した頃に住んでいた懐かしい街で、久しぶりに行きました。駅前の喫煙所も相変わらず、もくもくと煙を立ち昇らせており、所沢と呼ぶより他ない景色を彩っていました。

『夏の災厄』の冒頭で、老医師が次のように警鐘を鳴らしているのが印象に残ります。「知っておるか、ウイルスを叩く薬なんかありゃせんのだ。対症療法か、さもなければあらかじめ免疫をつけておくしかない。たまたまここ七十年ほど、疫病らしい疫病がなかっただけだ」と。篠田節子の「夏の災厄」は、日本脳炎に類似した新型ウイルスをめぐる行政の対応のプロセスを、市役所の職員の視点から丹念に描いた「パンデミック小説」です。



篠田節子『夏の災厄』あらすじ
埼玉県の架空の昭川市で、熱にうなされ痙攣を起こし、亡くなる人々が急増する。後手に回る対応しかできない行政の内側から、市職員が奇病が蔓延する謎に迫る。ウイルスに脆弱な現代日本の社会構造を、著者らしい丁寧な筆致で丹念に描く。1995年に発表された作品ながら、その後のSARSやコロナウイルスの猛威を先取ったパニック小説。