2020/06/03

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第110回 西村賢太『苦役列車』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第110回 2020年5月31日)は、西村賢太の芥川賞受賞作『苦役列車』を取り上げています。表題は「負け犬として気高く生きる」です。

かつて言文一致に貢献した二葉亭四迷は、坪内逍遥の名を借りて「浮雲」を刊行した自分自身を「くたばってしめえ」と卑下するところから、文学者としての歩みをはじめました。英国留学中に「夏目発狂」の噂を流され、東京帝大の難解な講義で不評を買った夏目漱石は、神経衰弱の治療の一環として「吾輩は猫である」を書き始め、小説に人生の活路を求めました。

西村賢太も切実に文学を必要とした読者であり、作家です。彼は運送業を営む、相応に裕福な両親の下で育ちましたが、作中でも記さている通り、小学校高学年の時に父親が逮捕され、不登校となり、高校に進学しないまま、東京湾岸で冷凍のイカやタコを運ぶ港湾荷役などの仕事に就きながら、作家たちの破天荒な人生に惹かれ、小説を書くに至ります。
「苦役列車」は、著者が港湾荷役の仕事に就いていた19歳の頃の話です。



西村賢太『苦役列車』あらすじ
19歳の北町貫多は日雇いの港湾労働に従事しながら、友達や恋人もなく、孤独な生活を送っている。酒癖も悪く、激情型の性格で、何かとトラブルを起こす。私小説に惹かれるに至った生活を描いた、著者の私小説の原点に迫った作品。第144回芥川賞受賞作。