西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第159回 2021年5月23日)は、町田康のコメディ風の恋愛小説『湖畔の愛』を取り上げました。表題は「カルデラ湖のほとりの奇談」です。芦ノ湖を想起させる湖の近くにある「九界湖ホテル」を舞台にした作品です。
創業百年を迎えた老舗ホテルは、歴史的建造物として一部で名が知れていますが、数年前から「稼働率がアパパ」になり、「経営はアホホ」の状態に陥っています。冒頭に収録された「湖畔」は「昭和のコント」のようなシチュエーション・コメディで、アメリカのスラップスティックの雰囲気もあり、チャーリー浜のような口調や雑用係の「スカ爺」が重要な役回りを演じる点は、吉本新喜劇を連想させます。
2番目の「雨女」は、人気の女性ファッション誌「VOREGYA」の取材が入り、ハルマゲドンのような自然災害が起こるという突飛な設定の作品です。近松秋江の「情痴文学」と形容された私小説のように、恋する男女の心情描写が特徴的で、オーソドックスな日本文学の香りがします。
表題作の「湖畔の愛」は、陽の目を見ぬまま鳥取砂丘に消えたとされる伝説の芸人・横山ルンバをOBに持つ「立脚大学」の演劇研究会の九界湖合宿を描いています。話芸を極めようとする学生の青春と、美女との恋愛が交錯した物語で、文芸に限らず、演芸全般に造詣の深い町田康の作家としての資質が生きた作品だと思います。
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町田康『湖畔の愛』あらすじ
資金繰りに苦しむ老舗ホテル・九界湖ホテルを舞台にした3作品を収録した小説。ホテルで働く、中年男性・新町と若い女性・圧岡、雑用係の爺さんの3人のところに、独特の訛りを持つ金持ち・太田や、超常現象を引き起こす雨女・船越、絶世の美女・気島などが訪れ、様々な問題を引き起こす。笑いと恋に満ちた町田康の新しい代表作。