「現代ブンガク風土記」(第170回 2021年8月8日)は、中上健次の代表作『枯木灘』を取り上げています。表題は「世界文学の系譜で「路地」描く」です。この連載では、私が生まれた1977年以後の「現代文学」を取り上げていますが、『枯木灘』は1977年刊行(初出は1976~77)の作品で、最も古い作品と言えます。
和歌山県新宮市の「路地」を舞台にして、中上健次の分身とも言える秋幸が、暴力と性的な欲望を内に抱えながら、血縁と向き合う姿を描いた「紀州熊野サーガ」の代表作です。ウィリアム・フォークナーを彷彿とさせる社会の「周縁=路地」に根差した文学的な描写が、この作品で確立され、中上健次の持ち味となりました。批評家の柄谷行人はこの作品の解説で、中上が「路地」を、南北問題の「南」の問題として世界文学の系譜で表現したことを高く評価しています。
本作は新宮の路地を舞台にしながらも、「枯木灘」一帯の風土と人々の生活を描いている点で、芥川賞を受賞した「岬」よりも空間的な広がりを有しています。中上健次の「枯木灘」は、熊野の「路地」に住む登場人物たちが持つ、近親相姦や父殺しなどの欲望の際どさと、親族や死者たちとの結び付きの強さを描いた「グローバルな文学史」に連なる「血縁文学」だと思います。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/782305/
中上健次『枯木灘』あらすじ
私生児として生れた秋幸は、狭い熊野の土地の中で、悪い噂の耐えない実父・龍造との血縁を意識しながら成長していく。龍造は織田信長に仕え、反旗を翻した伝説の武将・浜村孫一との血縁を夢想し、私費を投じて石碑を建て、周囲から冷笑されている。芥川賞を受賞した「岬」の続編で、中上健次のルーツに迫る代表作。
***
賛否両論あった東京オリンピックでしたが、個人的に最も強く印象に残ったのは、サッカーの日本代表キャプテンの吉田麻也選手の活躍でした。同じく長崎の少年サッカー出身で、長崎の実家も近く、大学の後輩ということにもなります(プロ生活をしながら通信制で卒業されたのは立派です)。特に準決勝のスペイン代表との試合でPK判定を覆したスライディングは、プレミアリーグやセリエAを渡り歩いてきたプロらしい一流のものでした。オリンピックも3度目で、トップ・プロが出場する大会でロンドンと今大会で二度の4位。サッカーのキャプテンには、審判や相手チームの主要選手との高いコミュニケーション能力が求められますが、吉田麻也選手は英語も堪能でフィールド上に高度な秩序を築いていました。