2021/11/29

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第186回 一穂ミチ『スモールワールズ』

「現代ブンガク風土記」(第186回 2021年11月27日)では、「金魚の里」として知られる奈良県大和郡山市を舞台にした一穂ミチの『スモールワールズ』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「マイノリティの『実存』」です。2021年7月14日掲載の直木賞予想対談でも次点に挙げた作品です。

 この作品は、ボーイズラブの作家として知られる一穂ミチが記した「マイノリティ」の人々の内面を綴った純文学色の強い短編集と言えます。「大人のいじめ」のような問題を下地として、「不育症」を抱えたファッション・モデルや、暴力事件を引き起こして甲子園行きを帳消しにした元高校球児、乳児の事故死で「虐待」のレッテルを貼られた祖母など、多様な人物が各短編の「実存的な問題(スモールワールズ)」への「問い」を深めていきます。

 冒頭の「ネオンテトラ」に登場する美和は、「大人になったら、好きなところを好きなふうに走れるよ。きみが望まない人とは交差しないようにだって、できるんだから」と、虐待を受けている中学生の笙一を励ましますが、酔った笙一の母親からは「人んちのガキ構ってボランティアのつもり!?善人気取りか?」と厳しく罵倒されます。

「魔王の帰還」は、身長188センチの真央こと「魔王」を姉(27歳)に持つ、元高校球児・鉄二の青春を描いた作品です。堂々たる体格で、公道を歩けば「総合格闘技(地下プロレスだったかも)」のスカウトを受ける魔王は、リアル『進撃の巨人』と噂されながら、奈良の大和郡山をモデルにした場所で暮らしています。訳ありの問題を抱える魔王と、訳ありの暴力事件を引き起こした鉄二と、訳ありの過去を持つ奈々子が、特訓を重ね「金魚すくい選手権」に出場し、自己の人生を見つめ直す展開が、純文学風のスポコン・ドラマのようで味わい深い内容です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/838542/

*******

 明治大学の授業はシラバス通りですが、次年度より立教大学でも演習を担当する見込みです。1年前まで社会学部で演習と卒論を担当していましたが、縁あって別の学部での担当です。青山学院大学社会情報学部でも集中講義を継続する予定です。東洋英和の大学院の授業は隔年のため、次年度はお休みです。新型コロナ禍が続いていますが、各大学のキャンパスに、学生たちの明るい声の響き=賑わいが戻り、ここ数日の報道でも注目されている通り、「学生たちの心の問題≒スモールワールズ」が、健やかなコミュニケーションを通して、ケアされることを願っています。