「現代ブンガク風土記」(第198回 2022年3月6日)では、先週に引き続き連合赤軍事件を題材とした現代小説ということで、桐野夏生の『夜の谷を行く』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「『集団の暴力』女性の視点で」です。桐野夏生さんの作品については、本連載で取り上げるのが4作目で、文芸誌にも書評を2度寄稿したことがあります。小説が射程とする問題の幅の広さに魅力を感じつつ、いつも緊張しながら批評しています。永田洋子の死のひと月後に起きた東日本大震災後の日本社会を描いた作品でもあります。
今年であさま山荘事件から50年が経ちます。この事件で3名が殺害され、この直前に群馬県で起きた「山岳ベース事件」では、「総括」と呼ばれる集団暴行で、29名のメンバー中、12名が殺害されています。団塊世代が高齢化する中、新左翼運動で過激化した若者たちが引き起こした悲惨な事件を、私たちはどのように記憶し、次世代に伝達していけばいいのでしょうか。社会心理学で言う「集団極性化」に起因する問題は、新型コロナ禍で悪化し、プーチンの周辺から、「いじめ」が生じる教育現場まで、様々なレベルで生じているように思えます。
連合赤軍とは、インテリ学生を中心とし、男女別の分業性を布いていた武闘派の赤軍派と、女性の解放を掲げ、地域の労働運動を担い、女性メンバーの多かった革命左派が合流した組織でした。異なる革命観を持つ赤軍派と革命左派の対立が、次第に個人攻撃へと変化し、寒い冬に陰惨な「総括」が起きます。一般的な「連合赤軍」のイメージは、武闘派の「赤軍派」のものが強いですが、桐野夏生は後者の「革命左派」の女性たちに着目しています。
人間は自分にとって都合の悪い記憶を、自己を正当化するために改変することがあります。また「部活」のような気分で「正義」を掲げて参加した集団が、いつの間にか個人の意思を超えて「集団極性化」を引き起こし、一線を越えて、死者を生み出すことがあります。桐野夏生の『夜の谷を行く』は、群れることで文明を築いてきた人間集団が持つ「構造的な暴力」を、現代的な問題として炙り出した作品です。
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桐野夏生『夜の谷を行く』あらすじ
24歳で都内の山の手にある小学校に努め、革命左派の兵士として活動を始めた架空の人物・西田啓子の「その後」の人生を描く。彼女は二歳上の永田洋子に可愛がられ、連合赤軍事件に関与した。啓子は「総括」が嫌になり、永田と森恒夫が資金調達で山を下りた隙に脱走し、5年の服役で出所するが、親族から縁を切られ、淋しい日々を送る。