西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第8回(2022年9月20日)は、『昭和史発掘』より「芥川龍之介の死」について論じています。『昭和史発掘』からは2作を取り上げます。文学からは「潤一郎と春夫」も検討しましたが、清張は若い頃に芥川を愛読しているので「芥川龍之介の死」にしました。担当デスクが付けた表題は「不況時代の経験投影 共感を込めた作家論」です。『ぼんち』などの船場を舞台にした作品を記した山崎豊子とのmatch-upです。
この作品で清張は、芥川を「俗情」をさらすことで大成した谷崎と対照的な存在として描いています。「俗情」を何よりも重んじる清張は、芥川が抱えていた「女の問題」を、神経衰弱や胃病、痔疾や不眠症などの病状と共に、自殺に至る大きな理由だったと考えました。
芥川の死について、文学や芸術上の問題ではなく、世俗的な問題に重きを置いて論じている点が松本清張らしいです。本作で描かれる晩年の芥川は、執拗に追い縋って来る「H女=河童」に迷惑を感じ、「才力の上でも格闘出来る女=片山広子」と恋に落ち、「M女」と帝国ホテルで情死する約束をするような生活を送っていました。「芥川はH女に苦しめられたが、彼は、そのことをどうして親友にうち明けて相談しなかったであろうか」という清張の問いは、芥川の死について考える上で本質的なものだと思います。
本文では触れませんでしたが、芥川の晩年の名作『河童』はこの時の経験が生かされたポスト・モダン風の作品で、松本清張は芥川に長生く生き、こういう軽妙な文体で、谷崎のような長編を書いてほしかったのだと思います。
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