2024/08/25

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第6回 絢爛たる流離 耶馬渓

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第6回(2024年8月26日)は、大分県中津市の耶馬渓や山口県宇部市、朝鮮半島の井邑などを舞台にした『絢爛たる流離』を取り上げました。この作品は、1963年に「婦人公論」に連載された連作で、「三カラット純白無疵」の「不幸のダイヤモンド」が引き起こす事件の数々を描いた「犯罪小説」です。松本清張が朝鮮半島で従軍した経験を投影した数少ない「戦争小説」の一つとも言えます。担当デスクが付けた表題は「欲望に根差した「悲劇の舞台」」です。

 1955年に「オール讀物」に掲載された短編「赤いくじ」を発展させた内容で、50年代の短編の良さと60年代の長編の良さの双方が感じられます。ゲンロンのイベントの質疑で、私が松本清張の入門書として挙げた作品で、従来、評価が低かった作品の一つです。

 夏休みは、この連載のストック分の原稿(9月は2本掲載)と、書評が一本、少し長めの論考に、ゆるゆると取り組んでいました(夏バテでほどほどの進行)。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1250594/

*******

 帰省のついでに家族でジブリパークに行きました。「食べるを描く」や「名場面」の展示が、子供たちにも好評でした。欲を言えば、ジブリらしく人にお金をかけた、親子で楽しめるショーがあると嬉しく、「千と千尋の神隠し」の舞台版や「風の谷のナウシカ」の歌舞伎版の短縮上演があると良かったです。またジブリ的というか、転向左翼的なコミュニタリアニズムに根差した農業体験もあると、子供の教育に良いと思いました。たたら場で五平餅を焼きましたが、ズイヨー映像時代の「アルプスの少女ハイジ」の著作権をとって、ハイジのチーズや白・黒パンの食べ比べができるといいなと思いました。小田部洋一の展示も常設で見たい。

 個人的には、ご当地プロレスみたいな「箸休め」のようなイベントがあると面白く、たとえば、カオナシとトトロが「どんどこ森」で、超獣ブルーザー・ブロディのようなムーブで闘うと、名物「魔女の谷のビール」もすすむと思いました。プロレス好きだった野坂昭如の「火垂るの墓」のバックストーリーの展示も見たい。

 ジブリについては、前に資料を読み込んだ時の記憶がそこそこ残っていたので、また本を書きたいと考えています。

2024/07/31

増刷『松本清張はよみがえる 国民作家の名作への旅』

 『松本清張はよみがえる 国民作家の名作への旅』(西日本新聞社)の2刷が発行されました。松本清張の代表作と共に、その人柄や生き様を紹介しつつ、ガイドブックとしての網羅性と、年代記としての歴史性の双方を意識した内容です。初版から50か所ほど修正を入れています。

 読売新聞朝刊(2024年5月20日)で保坂正康氏の『松本清張の昭和史』と並べてご紹介頂きました。西日本新聞朝刊(2024年3月9日)、早川書房の「ミステリマガジン」(2024年5月号)、Real Sound(2024年6月3日)、Newsweek日本版(2024年4月5日)の「シリーズ日本発見」とYahoo!ニュース、東横INNの客室専用誌「たのやく」の2024年8月号でご紹介いただきました。新潮社の「考える人」の連載「たいせつな本 ―とっておきの10冊―」、週刊読書人の2024年5月3日号(4月26日合併)の「著者から読者へ」、三田評論の2024年6月号の「執筆ノート」にも寄稿しています。

 Amazonや楽天ブックスで度々完売するなど、売れ行き好調で、発売から5カ月で1000部の増刷ですので、出版不況の中で上々の成果だと言えます。都内の大型書店では、注目書やミステリの棚にも置いて頂き、面陳列や平積みの書店も多くありました。『現代文学風土記』の2刷から電子版の契約も交わしており、図書館での配架も増えています。取材や書籍の紹介なども随時、お引き受けしております。

読売新聞朝刊(2024年5月20日)

https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/articles/20240519-OYT8T50062/

Newsweek日本版(2024年4月5日)

https://www.newsweekjapan.jp/nippon/season2/2024/04/492577.php

Yahoo!ニュース(2024年4月5日)

https://news.yahoo.co.jp/articles/285d18ba948663f1515b6f5aacd3d5d2e421c815

新潮社「考える人」(2024年4月26日)

https://kangaeruhito.jp/article/758925

Real Sound(2024年6月3日)

https://realsound.jp/book/2024/06/post-1677543.html

三田評論(2024年6月号)

https://www.mita-hyoron.keio.ac.jp/literary-review/202406-2.html

たのやく 8月号(vol.243)

https://www.tano-yaku.com/tanoyakuNew/index.html


 2024年6月9日より西日本新聞で、新連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」を担当します。ゲンロンカフェで開催した原武史先生と與那覇潤さんとの「松本清張を発掘せよ」の動画は下のリンクで観ることができます。

原武史×酒井信×與那覇潤 松本清張を発掘せよ #ゲンロン240602


 吉田ヂロウさんの楽しいイラストや地図も入り、過去の松本清張関連の本と異なる視点から、文芸批評とメディア史研究の間で、企図したテーマや方法を展開できた感じがしています。昨年の講演でも紹介した、P11やP183、P205の写真など、西日本新聞社蔵の松本清張の貴重な写真も使用しています。連載時から本文以外は西日本新聞の担当デスク・記者にお任せしていましたが、連載に加筆して1.8倍ほどの分量になりました。




 高度経済成長期に発表された作品を主として取り上げていますが、ジャーナリズムや古代史への関心が垣間見える作品や、映像作品と共にメディア史に大きな足跡を残した作品も取り上げています。能登半島を舞台にした『ゼロの焦点』や、鉄道旅行ブームを先どった『点と線』、戦前戦後の小倉を舞台にした自伝的な作品などを通して、旅情や土地の記憶が伝われば、嬉しいです。

 この本をもとに、講演を行っています。西日本新聞社の主催で、2024年3月25日に、天神の久留米大学福岡サテライト(博多大丸6F、西日本新聞社隣)で清張記念館の学芸担当主任の中川さんと「松本清張の九州北部を中心とした作品の魅力」に迫る講演を行いました。小雨の中、多くの方々にご来場を頂き、非常に楽しい時間を過ごすことができました。この講演については、4月10日に西日本新聞に記事が出ました。

本紙連載「松本清張はよみがえる」書籍化 格差、嫉妬、生きづらさ…現代に通じる

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1199085/

 6月1日(土)には、松本清張研究会(@東京学芸大学)で清張作品の系譜と、現代の文脈で再評価する上での要点について、講演を行いました。


 前作の『現代文学風土記』は多くの図書館に配架を頂き、ビブリオバトルなど図書館のイベントでご使用を頂きました。本作も書籍メディアとして教育的な利用を意図して製作していますので、教育の場でもご活用頂けるかと思います。フリガナも多く、中高生や留学生向けの読書入門書としてもお勧めです。執筆の意図や清張作品の現代的な解釈、メディア史的な価値についても、講演などの機会にお話をしていきたいと思います。








2024/07/28

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第5回 神々の乱心 吉野川

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第5回(2024年7月28日)は、奈良県の吉野川や宮滝遺跡を舞台にした『神々の乱心』を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「南北朝背景に「昭和維新」描く」です。ゲンロンでも少しお話しましたが、未完の『神々の乱心』について、作中で言及される「神霊矢口渡」に着目して、結末を論じた批評は、新しいものだと言えます。

 昭和から平成に時代が変わり、80歳になった松本清張が「週刊文春」に連載した未完の遺作です。昭和維新の時代を背景に、かつて『昭和史発掘』で取り上げた天理研究会事件や島津ハル事件などの不敬事件を下地とした「昭和維新の裾野の広さ」を物語る事件の数々を描いています。1968年に刊行された『Dの複合』のように、古代史や昭和史への関心と、推理小説が融合した作品だとも言えます。

 清張研究会でも述べましたが、結末の予想はさておき、南北朝時代を背景とした「神霊矢口渡」に着目した『神々の乱心』の解釈が重要なのは、確かだと思います。清張は「神霊矢口渡」を作中の一箇所で引いているわけですが、満州生れの新興宗教と、皇国史観のルーツとなった北畠親房の『神皇正統記』を融合させ、シャーマニズム的な昭和維新を描きたかったのだと思います。

 連載5回を終えました。旦過市場、呼子、能登金剛、門司、吉野川と、清張作品の舞台を歩みながら、良い手応えで、新連載を軌道に乗せられたと感じています。地方色の豊かさは清張作品の重要な特徴で、今日の「文化観光」のあり方を考える上でも、(映像作品を含め)面白い描写が多いです。読者の反響も良く、『松本清張はよみがえる』も1000部の増刷となりました(7月31日の発行)。8月は1回、9月は2回の掲載予定です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1240060/

*******

 7月21日は江藤淳の没後25年ということで、平山周吉さん、会田弘嗣先生、新潮社の風元正さん、先崎彰容先生、中央公論の磨井慎吾さん、與那覇潤さんと青山霊園の江藤淳の墓参り&飲み会を行ないました。恒例の会合ですが、世相を斬る雑談が飛び交う刺激的な会で、多方面で活躍されている皆さまのお仕事にいつも励まされています。執筆暦も20年を過ぎて、同業の方々から新しい刺激を頂けるのは有難く、来年は常勤の教員になって20年の節目ということもあり、連載以外にも一冊、本を出したいと考えています。

 夏休みは帰省しながらの家族旅行で、娘が鉄道好きなので、長崎行きは往路・復路それぞれプラス一泊の日本列島横断の旅となります。今年はジブリパークに行く予定です。宮崎駿とメディア史について再度、本を書きたいとは思うのですが、なかなか手が回らず、まだまだ先になりそうです。

2024/07/17

第171回直木賞展望

 西日本新聞(2024年7月17日)に第171回直木賞展望に関する対談記事が掲載されました。一穂ミチさんの『ツミデミック』と青崎有吾さんの『地雷グリコ』が受賞に相応しいと予想しています。西田藍さんと同じ予想になりました。

 この対談も4年目ですが、功労賞的な受賞はあまり当たっていない印象です。一穂ミチさんは3回目のノミネートで、3回とも受賞予想に挙げています(今回の作品が最も良いと思います)。異ジャンル出身の作家は受賞しにくいという傾向があったり、一部の選考委員の好みに大きく左右されることがあったりしますが(編集者経由で色々な話は聞きますが)、この対談では判断材料にしていません。

 芥川賞寄りの作品を挙げることも多く(今回の一穂ミチさんなど)、候補作で良いと思った作品を挙げています。青崎有吾さんが受賞すると、天童荒太さん以来、久しぶりの明治大学出身の直木賞作家の誕生です。

第171回直木賞展望 対談 酒井信さん 西田藍さん【きょう17日選考】

青崎有吾「地雷グリコ」 読者広げる新しい小説、 一穂ミチ「ツミデミック」 コロナ禍の庶民多様に

Yahoo!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/articles/4c6c00924ea5ce95499eb781dc5f09c0bc935b30

西日本新聞
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1235405/

一穂ミチ『ツミデミック』

・新型コロナ禍で弱い立場に置かれた人々を主人公とした、6本のミステリ短編集。

・現代的な「庶民」の生活に根差した「悪意」を掬い取り、視覚的なイメージが立ち上がる短編に仕上げる筆致は、松本清張の1950年代の短編を想起させる。

・現代的な「嫌ミス」として洗練されているが、「特別縁故者」のようないい話もあり、現代的な「善意」も上手く描けている。

・新型コロナ禍で、程度の差こそあれ、狂った人間の言動を上手く描けている。

・新型コロナ禍で割を繰った「現代的な労働」へのまなざしも鋭い。居酒屋の勧誘のアルバイト、常連客にLINEをブロックされる美容師、「ミーデリ」の配達員、跡取りの息子に仕事を奪われた和食割烹の料理人、家族を空爆で失ったウクライナの代理母、新型コロナ禍での出産・子育てなど。

・多様な登場人物の職業や生い立ち、内面描写が、新型コロナ禍の現代日本の姿を切り取っている。繊細な内面描写と躍動感のある物語は、純文学系の作家の手本にもなり得る。

・立場の異なる人間の間に生じる「差別」や、「悪意」を乗り越えて生きる人間の図太さを描ける作家。物語に「都合のいい部分」も散見されるが、ミステリ小説としては許容範囲。

・過去2作の直木賞ノミネート作と比しても完成度が高い。辻村深月の直木賞受賞作『鍵のない夢』を想起させる出来栄え。


青崎有吾『地雷グリコ』

・高校を舞台に、心理的な駆け引きのあるゲームが繰り広げられる。手軽に模倣できるゲームであるため、小説の中の駆け引きを追体験することができる。高校生直木賞を受賞しそう。

・有栖川有栖の『孤島パズル』などゲーム性の高いミステリの名作は、存在する。

・米澤穂信の古典部シリーズと、福本伸行のカイジが混ざったような内容。「自由律ジャンケン」「だるまさんがかぞえた」など独自考案のゲームが面白い。カイジと異なって真似することができるゲームである点が本作の強み。

・小説は、文章のみでは通常表現できないと思われているような世界や経験、人間の内面や言動を表現することができる。本作は、文章で表現し得る「新しいゲーム」を軸にした世界・内面を通して、読者に新しい経験や、言動を引き出すきっかけを与えることに成功している。

・小説を読み、それを他人と共有する楽しさを伝えている。

・「結局人間のやることって、全部ゆとりを得るための行為なんだと思う」といった、若者らしい青臭い人生哲学も良い。

2024/07/14

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第4回 日本の黒い霧 謀略朝鮮戦争・門司港

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第4回(2024年7月14日)は、門司港を背景にした『日本の黒い霧』の最終回「謀略朝鮮戦争」を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「権力と対峙「国際感覚」育む」です。

『日本の黒い霧』は、GHQが内部に抱える対立や組織上の問題から、下山事件や松川事件、昭和電工事件やレッド・パージなどが派生したことを告発したノンフィクション小説です。最終回「謀略朝鮮戦争」で清張は、限られた資料の解釈だと自ら認めた上で、次のように記しています。

「朝鮮戦線で日本人が米軍に直接協力したことは否めない。<中略>彼らは、或は水先案内人となり、或は掃海作業員となり、或は操作要員となって協力した」と。つまり松本清張は、敗戦後の「未解決事件」を通して、GHQが外的な脅威をあおり、「日本国民」を朝鮮戦争に動員する方向に誘導したと考えました。

 現実の戦争に限らず、政治・権力的な党派争いや、偽情報が飛び交う情報戦も含めて、現代でもこのような「動員」が、日常の延長で行われていると思います。以前に三矢研究について記しましたが、清張は、独自に集めた資料や情報を駆使し、ジャーナリスティックな筆致で、戦後日本の生権力と対峙した作家でした。北部九州から朝鮮半島は近く、清張は朝鮮半島で従軍しているので、朝鮮戦争は『日本の黒い霧』で最後に向き合うべき、重要な題材だったのだと思います。

 西田藍さんとの直木賞対談は次週の掲載です。『松本清張はよみがえる』は増刷が決まり、2刷の修正を入稿して、現在、印刷中です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1234573/

*******

 IAMCR(国際メディアコミュニケーション学会)で、クライストチャーチに滞在しました。冬で雨の日が続き、天気は悪かったですが、市街地には2011年2月のカンタベリー地震からの復興が感じられ、Riverside Market近辺のローカルなお店が魅力的でした。IAMCRは地域色があり、英米の大学が強い影響力を持つ国際学会とは異なって、ダイバーシティが感じられる点が良いです。メインの会場だったTe Pae Christchurch Convention Centreも良い施設で、国際会議に慣れたスタッフの対応も素晴らしかったです。最終日にニューブライトンの図書館で会ったガーナの研究者グループは「2日かけて来たかいがあったよ」と言っていました。

 WGの会合でも、前会長やWGのメンバーが、先進国の一部の大学や流行りのトピックに依存しない、ダイバーシティについて力説していました。ICTとコミュニケーション関連の分野、著作権・個人情報保護・ジャーナリストの人権など法に関わる分野、ポップカルチャーの分野など、Media Studiesは伸びしろがあります。私の発表も好評で、終了後も10人ぐらいの研究者から質問があり、特に若手からの質問が熱心で、日本の現代文学と映像作品への国際的な関心の高さを実感しました。

 英語での発表やコミュニケーションは、日本語で考えていることを客観的に整理したり、新しいヒントを得られるので、経験として価値が高いです。研究活動は手段が目的化しやすいので、新しい刺激を得られる機会はありがたいです。経由地のシドニーでも図書館に行ったり、将来の研究やサバティカルなど、知己の研究者から情報を得ることもできました。色々な国や地域の研究者と話をしましたが、訪日経験があり、日本の現代文化に関心のある人が、ひと昔前に比べて格段に増えていることを実感しました。

 冬のオセアニアから帰ってくると、日本の初夏は湿度が高くて疲れるので、家族で旬の「さくらんぼ狩り」にでも出かけようかと考えています。国外にいるとブラックチェリーをよく食べるので、桜桃の甘い実を採りたくなります。今回の発表でも言及した青山七恵さんの「かけら」(川端賞)が「さくらんぼ狩り」を題材にした作品でした。太宰治の短編「桜桃」も有名ですが、映画だとアッバス・キアロスタミの「桜桃の味」や、中国の農村を舞台にした「さくらんぼ 母と来た道」など、秀作があります。




2024/06/30

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第3回 ゼロの焦点・能登金剛

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第3回(2024年6月30日)は、能登半島を舞台にした代表作『ゼロの焦点』を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「戦後女性への思い 景色に投影」です。「戦後女性」という表題が少し気になりましたが、ちょうど「虎に翼」で「戦後女性」の群像が上手く描かれていることもあり、いつも通り担当者にお任せとしました。

 なお「文藝」掲載の「回想的自叙伝16」から引用した小倉の置屋の描写は、書籍化に際して削除されている箇所で、松本清張研究会でもお話しましたが、「私の発想法」などの講演録と合わせて、新しい松本清張像を考える上で、重要な一節だと考えています。

 清張作品の中で『ゼロの焦点』は、戦中に青年期、成人期(エリク・エリクソンの意味で)を迎えた登場人物を描いた系譜の作品で、「虎に翼」の寅子たちと同世代の女性が主人公です。私の叔母がこの世代で、「祭りの場」を書いた作家の林京子と高等女学校の在籍が重なるのですが、原爆投下直後の長崎のことを色々と話してくれました。『ゼロの焦点』を読むと、叔母の世代のエピソードを思い出しますが、叔父が陽気な人だったので(明治大学OB、三菱電機で出世、品薄だったファミコンを買ってくれた恩人)、個人的には『ゼロの焦点』ほどには、この世代の男女に、悲しいイメージは持っていないです。

 ちなみに「ゼロの焦点」の初出は、江戸川乱歩編集の「宝石」の1958年3月1日号です。当時の定価は150円、同年の2月1日に書籍の『点と線』が発売され、ヒットしていたこともあり、「宝石」の目次では横溝正史の「悪魔の手毬歌」と並んでトップ掲載でした。清張作品が掲載された時代の「雑誌のメディア史」については、先々、まとまった批評文を書く予定でいます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1229094/

2024/06/23

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第2回 渡された場面・呼子

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第2回(2024年6月23日)は、佐賀県唐津市の呼子を舞台にした晩年の代表作『渡された場面』を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「玄界灘の魅力、今日に伝える」です。

 呼子は北部九州に住む人にとって日帰り観光で行く場所として人気があります。吉田修一さんの『悪人』でも、呼子のイカを食べる場面が重要な役割を果たしました。呼子が面する玄界灘は、世界有数の漁場といわれ、イカやサザエが美味しいです。西日本新聞社で「松本清張はよみがえる」の講演を行ったとき、アンケートで「好きな作品」に挙げていた方が多かったので、新連載の第2回で取り上げました。

「ばってん、魚の新しかものは嬉野でんが武雄でんが食べられるとよ。ここから朝の早かうちにトラックで海から揚がった魚ばどんどん運んどるけんね」など、佐賀の「裏事情」に通じた清張らしい、訛りを帯びた会話文が魅力的な作品です。

 次回は来週日曜の掲載で、西田藍さんとの直木賞予想対談は、7月中旬の掲載予定です。

玄界灘の魅力、今日に伝える 「渡された場面」 呼子(佐賀県唐津市)

松本清張がゆく 西日本の旅路(2)

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1226348/

*******

 今年のIAMCR(国際メディア・コミュニケーション学会)@クライストチャーチでは、Exploring inclusion of minorities in contemporary Japanese literature and visual worksという発表を行います。修士の時に三田の英文学専攻の演習を履修していたこともあり、たまに脱構築批評のテキストを読むのですが、今回はJonathan CullerのOn Deconstruction: Theory and Criticism after Structuralismと柄谷行人のOrigins of Modern Japanese Literatureを参照しています。

 Media Studies関連では、ハーバード・ロースクールの奇才で、Nudgeなど行動経済学の著作でも知られるCass Sunsteinが好みで、Going to extremes: How like minds unite and divide(なぜか未邦訳)を引きつつ、日本の現代小説とその映像化作品についてinclusion of minoritiesという観点から論じます。Cass Sunsteinは切り口の幅の広さが魅力で、来年出版予定のClimate Justiceも面白そう。

https://x.com/casssunstein

 近年、IAMCRは発表希望者が右肩上がりで(世界的にMedia Studies関連の研究者が増えているため)、査読やセッションの調整が大変だったよ、というメールが複数。南半球は真冬なので、NZLはベストシーズンではないですが、日本の梅雨よりは快適そうで、今週末からの滞在を楽しみにしています。

https://iamcr.org/christchurch2024

 AUSもNZLも米ESTAと同様に、スマホのアプリで渡航許可を有料で出していますが、日本もVISIT JAPANなどの渡航許可をオンラインで有料化して、新しい財源を作り、留学生や海外からの移住者の支援に回してほしいです。

2024/06/09

新連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第1回 半生の記・旦過市場

 西日本新聞の新連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」が2024年6月9日よりスタートしました。書籍化した『松本清張はよみがえる』(西日本新聞社)とは異なって、小説の舞台となった場所に着目した連載です。第一回は「北九州の台所」といわれる小倉を代表する商店街・旦過市場の近辺を舞台にした『半生の記』を選びました。表題は、「自伝的小説」舞台の出発点 「半生の記」 旦過市場(北九州市)です。

『松本清張はよみがえる』で取り上げた50作品と異なる作品も数多く取り上げていきます。西日本を舞台にした代表作については、前回の連載とは異なる視点で論じていきます。今月は3回の掲載予定ですが、その後は毎月1~2回のペースでの掲載になる見込みです。『松本清張はよみがえる』に引き続き、吉田ジロウさんの挿画にもご注目下さい。どうぞよろしくお願いいたします。

「自伝的小説」舞台の出発点 「半生の記」 旦過市場(北九州市)

松本清張がゆく 西日本の旅路(1) 

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1221055/

2024/06/04

三田評論とReal Soundで『松本清張はよみがえる』ご紹介いただきました

 三田評論の2024年6月号の「執筆ノート」に『松本清張はよみがえる』の紹介文を掲載頂きました。三田評論は明治31年(1898年)創刊の慶應義塾の機関誌で、120年ほどの歴史を有する雑誌です。『松本清張はよみがえる』と関係付けて、福田和也先生のことや『福翁自伝』と松本清張の『半生の記』の比較などについて、簡潔にまとめています。福田先生の師匠の江藤淳も含めて、この原稿に登場する人物は皆、九州北部に縁があり、福澤先生と共に論じられたことが感慨深いです。

https://www.mita-hyoron.keio.ac.jp/literary-review/202406-2.html

 若手の頃に慶應義塾でTA・助手・助教・研究員・客員研究員・兼担講師・非常勤講師の仕事に就けたおかげで、その後の専任教員としてのキャリアが開けました。歴史ある「三田評論」に寄稿できて光栄です。以前にSFCスピリッツにも寄稿する機会を頂いたので、慶應義塾大学SFCネクスト30募金(国際学生寮・Hヴィレッジ)に寄付をして、家族で国際学生寮も見学させて頂きました。

https://www.sfc.keio.ac.jp/magazine/012488.html

 Real Sound(2024年6月3日)では、書評家のタニグチリウイチさんに、要点をおさえた良い書評を頂きました。ありがとうございます。

松本清張、なぜ再注目? 『松本清張はよみがえる』『松本清張の昭和史』に読む、現代的価値

https://realsound.jp/book/2024/06/post-1677543.html

 ゲンロンカフェでの「松本清張を発掘せよ」の冒頭部分の動画は下のリンクでご覧いただけます。原武史先生の鉄道と昭和維新、近代皇室に対する思いを対面で受け取ることができ、有難い機会でした。與那覇潤さんの司会の切れ味はさすがで、多岐にわたるトピックへの横断的な知性の魅力を改めて感じました。4時間半の話の随所に新鮮な議論があり、鉄道と昭和維新、皇室を切り口とした清張論の現代性とポテンシャルの高さを感じました。

 6月1日には松本清張研究会で藤井康江名誉館長をはじめ、元松本清張担当の編集者の方々や北九州市の清張記念館の方々、来場者の方々と講演を通した交流ができ、こちらも良い機会でした。松本清張の連載を続けていく上で、これ以上ない充実した週末でした。ありがとうございます。

https://www.youtube.com/watch?v=OhzCMSpk-FE

2024/05/20

読売新聞朝刊で『松本清張はよみがえる』をご紹介頂きました

 読売新聞朝刊(2024年5月20日)で『松本清張はよみがえる』をご紹介頂きました。保坂正康氏の『松本清張の昭和史』と並べてご紹介頂き、嬉しい限りです。

 松本清張については、昭和史関連の研究を、ゲンロンでご一緒する原武史先生と保坂正康氏が長らく牽引されてきましたので、感慨深いです。原先生と與那覇潤さんとのゲンロンの鼎談と、松本清張研究会での講演と、6月9日スタートの西日本新聞の新連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」の準備に力を注ぎたいと思います。

 読売新聞のカラーページでの紹介だったこともあり、珍しくAmazonで「ベストセラー」のタグが付いていました。2刷が見えてきたかもしれません。

本よみうり堂「松本清張 今日的意義問う…分析する書籍刊行続く」(2024年5月20日)

https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/articles/20240519-OYT8T50062/



*******
 ダルビッシュ有投手が日米通算200勝!「日本全体が自分を優しく育ててくれた」というコメントも良かったです。NHKが羽曳野市に中継を入れていたので、喜んでいるお母さんの姿も見れました。十数年前に結婚した時、日ハムの球団会長だった今村純二氏経由でサイン色紙を頂いたこともあり、MLBでの活躍を楽しみにみてました。今村氏は長崎出身で、日ハムの北海道移転と、地域に根ざしたファン文化の醸成に尽力された方で、ダルビッシュ選手のドラフト時に球団社長でした。多彩な変化球投手として、冷静沈着な先発投手として、北海道・日ハムがダルビッシュ選手を育てたと思います。史上最高の日本人投手であることは間違いなく、野茂英雄氏が持つメジャー123勝の記録超えも期待しています!
Pitching Arsenal: Yu Darvish
*******
「文學界」編集部より、文学フリマ東京で販売した小冊子をご恵贈頂きました。特集は「大解剖! 文學界新人賞」で、癖のある玄人らしい文章が多く興味深く拝読しました。小冊子は会場で完売したそうで、後日、電子版も販売するそうです。現代でも「文學界」の同人雑誌評で西村賢太が注目されてデビューしたり、一穂ミチさんが同人誌の二次創作で経験を積み、BLと現代文学を架橋したように、文学フリマを通して同人誌と文芸誌の関係が深まることは、とても大事なことだと思っています。「文學界」のクリアファイルは、先々、私の授業で良い文芸批評を書いた学生にプレゼントします。