西日本新聞(2024年7月17日)に第171回直木賞展望に関する対談記事が掲載されました。一穂ミチさんの『ツミデミック』と青崎有吾さんの『地雷グリコ』が受賞に相応しいと予想しています。西田藍さんと同じ予想になりました。
この対談も4年目ですが、功労賞的な受賞はあまり当たっていない印象です。一穂ミチさんは3回目のノミネートで、3回とも受賞予想に挙げています(今回の作品が最も良いと思います)。異ジャンル出身の作家は受賞しにくいという傾向があったり、一部の選考委員の好みに大きく左右されることがあったりしますが(編集者経由で色々な話は聞きますが)、この対談では判断材料にしていません。
芥川賞寄りの作品を挙げることも多く(今回の一穂ミチさんなど)、候補作で良いと思った作品を挙げています。青崎有吾さんが受賞すると、天童荒太さん以来、久しぶりの明治大学出身の直木賞作家の誕生です。
第171回直木賞展望 対談 酒井信さん 西田藍さん【きょう17日選考】
青崎有吾「地雷グリコ」 読者広げる新しい小説、 一穂ミチ「ツミデミック」 コロナ禍の庶民多様に
Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/4c6c00924ea5ce95499eb781dc5f09c0bc935b30
西日本新聞
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1235405/
一穂ミチ『ツミデミック』
・新型コロナ禍で弱い立場に置かれた人々を主人公とした、6本のミステリ短編集。
・現代的な「庶民」の生活に根差した「悪意」を掬い取り、視覚的なイメージが立ち上がる短編に仕上げる筆致は、松本清張の1950年代の短編を想起させる。
・現代的な「嫌ミス」として洗練されているが、「特別縁故者」のようないい話もあり、現代的な「善意」も上手く描けている。
・新型コロナ禍で、程度の差こそあれ、狂った人間の言動を上手く描けている。
・新型コロナ禍で割を繰った「現代的な労働」へのまなざしも鋭い。居酒屋の勧誘のアルバイト、常連客にLINEをブロックされる美容師、「ミーデリ」の配達員、跡取りの息子に仕事を奪われた和食割烹の料理人、家族を空爆で失ったウクライナの代理母、新型コロナ禍での出産・子育てなど。
・多様な登場人物の職業や生い立ち、内面描写が、新型コロナ禍の現代日本の姿を切り取っている。繊細な内面描写と躍動感のある物語は、純文学系の作家の手本にもなり得る。
・立場の異なる人間の間に生じる「差別」や、「悪意」を乗り越えて生きる人間の図太さを描ける作家。物語に「都合のいい部分」も散見されるが、ミステリ小説としては許容範囲。
・過去2作の直木賞ノミネート作と比しても完成度が高い。辻村深月の直木賞受賞作『鍵のない夢』を想起させる出来栄え。
青崎有吾『地雷グリコ』
・高校を舞台に、心理的な駆け引きのあるゲームが繰り広げられる。手軽に模倣できるゲームであるため、小説の中の駆け引きを追体験することができる。高校生直木賞を受賞しそう。
・有栖川有栖の『孤島パズル』などゲーム性の高いミステリの名作は、存在する。
・米澤穂信の古典部シリーズと、福本伸行のカイジが混ざったような内容。「自由律ジャンケン」「だるまさんがかぞえた」など独自考案のゲームが面白い。カイジと異なって真似することができるゲームである点が本作の強み。
・小説は、文章のみでは通常表現できないと思われているような世界や経験、人間の内面や言動を表現することができる。本作は、文章で表現し得る「新しいゲーム」を軸にした世界・内面を通して、読者に新しい経験や、言動を引き出すきっかけを与えることに成功している。
・小説を読み、それを他人と共有する楽しさを伝えている。
・「結局人間のやることって、全部ゆとりを得るための行為なんだと思う」といった、若者らしい青臭い人生哲学も良い。