2021/10/18

祝・第180回 西日本新聞「現代ブンガク風土記」 池井戸潤『ルーズヴェルト・ゲーム』

 「現代ブンガク風土記」(第180回 2021年10月16日)では、平成不況下の社会人野球に着目した池井戸潤の『ルーズヴェルト・ゲーム』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「社会人野球通じ平成不況描く」です。連載はまだまだ続きますが、現在は本連載の書籍化の作業に着手しています(表紙のイラストにもご期待ください。詳細は後日)。

 大谷翔平の父・大谷徹は、岩手県生まれの野球選手で、三菱重工横浜の社会人野球チームで主に1、2番を打つ外野手として5年ほどプレーしています。同社でバドミントン部に所属していた後に翔平の母となる加代子と出会い、その後、地元・岩手県の会社に転職してリトルリーグの監督を務めながら、翔平を含む三人の子供を育てています。「二刀流」の選手としてメジャーリーグで活躍する大谷翔平が、走塁にも強いこだわりを持ち、時に外野の守備もこなすのは、外野手だった父の影響だと私は考えています。社会人野球がなければ、大谷翔平の活躍はなかったわけです。

 本作は東京都の府中市に拠点を置く電子部品メーカーの青島製作所の社会人野球チームを描いた作品です。映画版は社会人野球らしく地方色が強められ、愛知県の豊橋市民球場などで撮影されています。リーマンショックを想起させる経済危機を背景として、契約社員の解雇や正社員のリストラが断行される中で、年間3億円の経費がかかる同社の野球部が存続の危機に瀕してしまう、という筋書きが明瞭です。派遣社員として青島製作所に入所した19歳の若者・沖原が、社会人野球のマウンドで才能を開花させていく展開も面白く、時代を風刺する批評性を感じます。

 現実に長引く平成不況下で、日本のアマチュア野球を支え、都市対抗野球に出場してきた多くの有名企業が、野球部を廃止する決定を下し、多くの選手を解雇してきました。プリンスホテルや日産自動車、熊谷組や河合楽器、そして日本最古の社会人野球部(1917年創部)で、私の家族も馴染み深い三菱重工長崎(大谷翔平の父がプレーした旧三菱重工横浜の野球部と統合)など、都市対抗の常連の名門チームが姿を消したことは、平成不況の深刻さを物語っています。

 表題の「ルーズヴェルト・ゲーム」は、野球好きだったルーズヴェルト大統領が、8対7の試合を「野球で最も面白い試合」と述べたことによります。文芸は批評も含めて、着眼点のオリジナリティ、地に足の着いた論理の明晰さ、時代を風刺する力量が生命線だと感じます。直木賞受賞直後に発表された、池井戸潤の代表作です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/817290/


池井戸潤『ルーズヴェルト・ゲーム』あらすじ

 かつて社会人野球の名門として知られた青島製作所野球部は、金融危機後の不況で歴史で廃部の危機に直面する。データ分析を活用する新監督とエース不在の野球部が、いかに年間3億円の維持コストを正当化できるのか。ドラマ化され人気を博した池井戸潤の代表作。


2021/10/14

新規事業立案をテーマとした「社会連携科目D(丸井グループ寄付講座)」を開講

 新型コロナ禍で学生たちが就職活動に苦労しているのを見てきたこともあり、明治大学中野キャンパスから徒歩5分の丸井グループの皆さまにご協力を頂いて、新規事業立案をテーマとした寄付講座を開設しました(寄付講座といってもお金のやり取りはなく、無償で授業を実施して頂く内容です)。将来のある学生たちには、地道な努力の上で、ポジティブに新しい発想を持ち、社会に出ていく上でのヒントを得てもらいたいと考えています。授業は学生5人ほどに一人、丸井グループの社員がメンターとして付き、対面のコミュニケーションを通して新規事業を企画する内容です。最終発表は丸井本社にて、青井浩・丸井グループ代表取締役社長をはじめ、執行役員の前で緊張感をもって行ってもらいます。対面授業の機会が少なかった学生たちの経験値が、本講座を通して高まることを願っています。

明治大学HP(大学TOPページでもご紹介を頂きました)

新規事業立案をテーマとした「社会連携科目D(丸井グループ寄付講座)」を開講

https://www.meiji.ac.jp/nippon/info/2021/6t5h7p00003cy6ec.html

「明治大学広報」掲載の最終発表会の様子

https://www.meiji.ac.jp/koho/meidaikouhou/202201/p06_01.html



2021/10/11

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第179回 池井戸潤『オレたちバブル入行組』

 「現代ブンガク風土記」(第179回 2021年10月10日)では、大阪の大正区や西成区を主な舞台にした池井戸潤の『オレたちバブル入行組』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「パワフルな金融ミステリ」です。池井戸潤の作品は、特徴的な場所を舞台にしたものが多いため、連載初期から取り上げる予定でしたが、第178回、第179回での登場となりました。

 池井戸潤の小説に登場する主人公は、負けに次ぐ負けの中で、状況を好転させるヒントや手掛かりをかき集め、ぬかるみにはまった人生を立て直し、大逆転劇を演じることが多いです。このような物語構造は、著者の人生を反映していると私は考えています。池井戸は慶應義塾大学文学部を卒業した後、同大学の法学部に3年時編入して卒業し、バブル経済の真っ只中の88年に三菱銀行に就職しています。

 その後、バブル経済の崩壊後の「失われた時代」に銀行を辞め、コンサルタント業やビジネス書の執筆を行う傍ら、98年に「果つる底なき」で江戸川乱歩賞を獲ってデビューします。エリート銀行員としてバブル経済の後始末を見届けて、その経験を小説として残すべく、作家となった珍しい人物です。池井戸作品に「企業もの」が多いことを考えると、ミステリ小説の登竜門の乱歩賞でデビューしたことは意外に思えますが、本作は粉飾決算や計画倒産など、元銀行員の作家らしい視点が生きた「金融ミステリ」と言えます。

 池井戸潤の作品については、個人的に最も好きなもう一作を取り上げる予定です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/813837/

池井戸潤『オレたちバブル入行組』あらすじ

 バブル期に産業中央銀行に入行した半沢直樹は、バブル崩壊後に大阪西支店の融資課長となった。ある日、支店長に急かされて無理に5億円を融資した西大阪スチールが倒産し、全責任が半沢に押し付けられる。債権回収を命じられた半沢は、中間管理職としての名誉を回復できるのか。著者の名を世に知らしめた、2004年発表の人気シリーズ第一作。



2021/10/03

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第178回 池井戸潤『下町ロケット』

 「現代ブンガク風土記」(第178回 2021年10月3日)で、鹿児島県の種子島宇宙センターの場面が印象的な池井戸潤『下町ロケット』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「町工場の技術力 底力に光」です。本連載の表題は毎回、明治大学OBの担当デスクの方に付けて頂いていますが(連載の途中で、たまたま明治大学に移籍することになったわけですが)、今回のタイトルも簡潔で上手いです。「下町」育ちの私のゼミからもこのような優秀な新聞記者が出て、「底力に光」が当たるような活躍をしてほしいものです。

 ベストセラー小説として広く知られる「下町ロケット」は、東日本大震災直後の2011年下半期に直木賞を受賞した「震災文学」です。資金繰りに苦しむ町工場が、熟練工に支えられた技術力で、大企業が取り仕切るロケット開発に参入し、カムバックするという内容は、東日本大震災後の暗い世相の中で、多くの人々の支持を集めました。ドラマ化されて高視聴率を記録し、現代日本でも幅広い世代に知られている小説の一つと言ます。

 WOWOW版のドラマでは、原作の佃航平に近い雰囲気の三上博史が主演を務めましたが、TBS版では熱血の中小企業社長という雰囲気の阿部寛が主演を務めています。ドラマ版しか知らない方には、ぜひ原作を手に取って町工場の技術開発や資金繰りの努力など、池井戸潤の小説らしい、人間味が感じられる描写のディテールを味わってほしいです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/810146/

池井戸潤『下町ロケット』あらすじ

 宇宙開発機構の研究員としてのキャリアを捨て、実家の町工場・佃製作所を継いだ佃航平は、熟練工の技術を生かした精密部品の製造で会社を成長させる。順風満帆に見えた経営であったが、特許侵害で訴えられて風評被害に遭い、資金繰りに行き詰る。生き馬の目を抜く技術革新の競争の中、町工場の経営者としての矜持と技術を守ることができるのか。第145回直木賞受賞作。

2021/09/28

『マス・コミュニケーション研究』第99号 特集「分断される社会」とメディア

 『マス・コミュニケーション研究』第99号の特集「「分断される社会」とメディア」に寄稿した論文がJ-STAGE上で公開されました。表題は「COVID-19と社会的な分断に関する報道分析とその方法論の研究(Research on Media Coverage of the Relationship between COVID-19 and Social Division in U.S.)」です。メディア研究やジャーナリズム研究にご関心がある方は、ぜひご一読頂ければ幸いです。


『マス・コミュニケーション研究』99号(2021年7月)目次

https://www.jmscom.org/back-issues/

J-STAGE論文サイト

https://www.jstage.jst.go.jp/article/mscom/99/0/99_15/_article/-char/ja/

PDF版

https://www.jstage.jst.go.jp/article/mscom/99/0/99_15/_pdf/-char/ja

2021/09/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第177回 桜木紫乃『それを愛とは呼ばず』

 「現代ブンガク風土記」(第177回 2021年9月26日)で、新潟県を舞台にした桜木紫乃『それを愛とは呼ばず』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「夢破れた人々 多様な愛」です。新潟を舞台にした代表的な現代小説ということもあり、本作は連載の早い段階で取り上げる予定でしたが、桜木紫乃の作品は北海道(釧路×2、留萌)を舞台にした3作を先に取り上げたため、177回目での登場となりました。桜木さんの地に足の着いた、力強い筆致に、いつも励まされています。

 新潟一の繁華街として知られる古町を拠点にした「いざわコーポレーション」の社長・章子の謎めいた事故をめぐる小説です。文字通り古町は日本海と信濃川に挟まれた「新潟島」の中で最も歴史が古い場所で、江戸初期に築かれた港町・新潟の雰囲気を残しています。この旧市街で飲食店やホテルを経営する章子は、ホテルから美容室まで「土地に合った商売」を行って成功した人物で、新潟に愛着を持ち「地元に残る若い子を育てていきたい」という強い思いを抱いています。

  このような章子の姿には、生まれ育った釧路を拠点として小説を記してきた桜木紫乃自身の姿が重なって見えます。かつて北洋漁業の拠点として賑わった釧路は『ホテルローヤル』や『ラブレス』などの作品で描かれてきたように、中心市街地がシャッター商店街化して久しい場所です。現在の釧路の姿は、日本海側を代表する大都市・新潟の将来の姿でもあり、私の故郷である長崎の姿かも知れません。新潟に「音楽と映画と食事と文房具」を並列した本屋をオープンさせ、若者たちに読書で培った学びを通して、地元に強く根を張って生きてほしいという章子の願いに「切実な響き」が感じられる作品です。新潟と北海道を舞台にした、本連載の核を成す作家の代表作の一つです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/806480/

桜木紫乃『それを愛とは呼ばず』あらすじ

 54歳の亮介は、10歳年上の新潟の女社長・章子と結婚したことで「いざわコーポレーション」の副社長となるが、章子の交通事故により、会社を追われる。再就職した東京の不動産屋から不良債権化したリゾートマンションの営業部員として送られ、バブル経済の後始末を押し付けられる。もう一人の主人公・釧路出身のタレント・紗希は、30歳を前に芸能事務所を解雇され、本業として働く銀座のキャバレーで亮介と出会い、彼の苦境を生きる姿に惹かれていく。


2021/09/19

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第176回 豊島ミホ『日傘のお兄さん』

 「現代ブンガク風土記」(第176回 2021年9月19日)で、島根県を舞台にした豊島ミホの『日傘のお兄さん』を取り上げました。表題は「どこかに「帰りたい」思い」です。

 近代的な大都市で発展を遂げた小説という文学の一形式は「故郷喪失の形式」を有していると、ジョルジュ・ルカーチは考えています。秋田県湯沢市出身の豊島ミホは、都会で生きる人々が抱える「故郷喪失」の感情に敏感な作家です。「私はいつも、どこかに帰りたい。たったひとつの自分の家にいるのに、それでも別の場所に帰りたい」と、「日傘のお兄さん」の主人公・夏美は感じています。

 彼女は多摩地区に住む中学三年生で、「母子家庭で生活がカツカツ」なため、空気の読めない男の子は「な、な、なつみんちはテレビがモノクロ~♪」と歌を作り、からかっています。一般に小説の登場人物は都会に憧れ、上京することに意味を見出す傾向がありますが、夏美は反対に幼少期を過ごした島根の家に「帰りたい」と感じています。「別の場所に帰りたい」という感情は、都市化が進行すればするほど、湧き上がってくる感情なのかも知れません。

 文庫版のあとがきによると、本作は豊島ミホが早稲田大学に在学時にまとめた「最後の単行本になるかもしれなかった本」だそうです。当時、彼女は「売れない作家」から足を洗い、「社会に必要とされる企業人」になろうと考えていたらしいです。本作は、秋田市で生まれ育った豊島ミホらしい、地方と東京の格差への感度が生きた、人生に迷った大人のための青春小説です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/803140/

豊島ミホ『日傘のお兄さん』あらすじ

「日傘のお兄さん」を中心にした4編の短編集。表題作では、保育園の頃、父母が険悪な関係となり、孤独な時間を共にしてくれたとの再会劇が描かれる。「日傘のお兄さん」はネット上で「ロリコン日傘おとこ」として知られ、突然島根からやってきて「追われているんだ」「でも、君しかいないんだ。他に誰も頼れない」と、夏美の引っ越し先の東京都多摩地区の自宅を訪ねてくる。豊島ミホの青春小説の代表作。

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 今週から新学期です。青山学院の夏季集中講義で準備運動が出来た感じがしていますので、何とか授業や校務、原稿などの仕事に取り組んでいきたいと思います。いくつか大きめの仕事を抱えていますが、仕事については目先の問題にできるだけ囚われず、長期的な視野の下で努力を重ね、信用を築いて行きたいと考えています。


2021/09/12

産経新聞(2021年9月12日)書評

 産経新聞(2021年9月12日)に井上義和著『特攻文学論』の書評を寄稿しました。表題は「感動という劇薬の扱い方」です。ハイデッガー『存在と時間』を参照しつつ、2004年に文藝春秋の「諸君!」に寄稿した「鶴田浩二と三島由紀夫」に関する論考を思い出しながら、オリジナリティの高いこの文学論を読み、論じました。

 個人的には、総力戦をネガティブな側面も含めて分析した『零式戦闘機』や『戦艦武蔵』など、吉村昭の「記録文学」の方が読み返されるべきだと思いますが、著者が指摘するように特攻文学は「特攻の悲劇を正しく伝えて反戦平和思想を育む」という左派の思想からも、「特攻の悲劇を美化して戦争肯定思想を植え付ける」という右派の思想からも関心を持たれてきた、特筆すべき文芸メディアなのだと思います。

 青木奈緒氏、鳥羽一郎氏、阿川尚之先生の書評と一緒にご掲載を頂きました。

 https://www.sankei.com/article/20210912-GEFXILBGGFKBDEUK5WKQOPYOAA/



西日本新聞「現代ブンガク風土記」第175回 有栖川有栖『孤島パズル』

 「現代ブンガク風土記」(第175回 2021年9月12日)で、奄美大島近海を舞台にした有栖川有栖の『孤島パズル』を取り上げました。表題は「架空の南島舞台 放蕩ミステリ」です。

 この小説は「閉じた場所」を舞台にしたクローズド・サークルと呼ばれる小説の系譜の作品です。大西洋を横断する豪華客船を舞台にしたモーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパンの逮捕」や、アメリカ北部の山荘を舞台にしたエラリイ・クイーン『シャム双生児の謎』、イスタンブール発の夜行列車を舞台にしたアガサ・クリスティーの『オリエント急行殺人事件』が、同ジャンルの小説の代表作として知られています。

 本作は有栖川有栖の二作目の小説で、著者があとがきに記している通り「二十代最後に書いた」「特別な思い入れ」がある作品らしいです。二作目の小説は初めて編集者の依頼を受けて書いたもので、「人は誰でも一作だけなら小説を書ける」と言われるため、二作目こそ作家の力量が問われると著者は考えています。本作には、松本清張の「点と線」への対抗意識が感じられ、孤島で展開されるパズルが点から線へ、面から立体へと発展していく複雑な仕掛けが読み所です。

「本を読むという行為自体が非生産的で胡散臭いものなのに、その上探偵小説を選んで読み耽るなどとなれば、これはもう放蕩、放埓の極みじゃないか」と記されている通り、本作は海外ミステリを貪欲に消化したバブル世代の作家たちが生み出した「本格ミステリ」という名の「放蕩文学」の代表作だと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/799669/

有栖川有栖『孤島パズル』あらすじ

 架空の孤島・嘉敷島に集まった13人の男女は、文房具メーカー「アリマ」の創設者が残した5億円相当のダイヤモンドの隠し場所をめぐるパズルに挑む。台風が接近する不穏な雰囲気の中で殺人事件が起こり、ダイヤを巡る謎解きと犯人捜しのミステリが同時展開される。1989年に発表された有栖川有栖の二作目の作品。


2021/09/05

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第174回 桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』

 「現代ブンガク風土記」(第174回 2021年9月5日)は、桜庭一樹の故郷の山陰地方を舞台にした『赤朽葉家の伝説』を取り上げています。表題は「山陰の製鉄守る女性三代」です。

 桜庭一樹は島根県の生まれで、鳥取県米子市で育った作家です。米子市は島根県に隣接していて、境港市や松江市にも近いです。本作は直木賞を受賞した「私の男」の前年に発表された、故郷を舞台にした長編小説で、鳥取を代表する現代小説と言えます。境港を想起させる「錦港」など、細かな地名に修正は加えられていますが、鳥取にアパートを借り、本作を記したという経緯から、この作品に著者が強い思いを持っていることが伺えます。写真は私が米子城跡(素晴らしい眺望の場所です)に登って撮った写真です。

 本作はたたら場の歴史を継承した製鉄の村の戦後史を描いた「全体小説」です。全体小説とは、私小説とは異なって、家族や地域や国家の歴史や盛衰を記しつつ、登場人物たちの成長や恋愛や冒険を描くような、総合的な小説を意味します。主人公は民俗学者が「サンカ」と呼ぶ「辺境の人」たちの捨て子・万葉です。出雲大社を擁し、世界文化遺産も含む多くのたたら場が点在し、製鉄業や造船業など重工業の発展にも寄与してきた山陰地方の歴史を踏まえた内容が味わい深い大作です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/796142/

桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』あらすじ

 終戦から間もない頃、鳥取のたたら場の村に、山の民が「千里眼」の力を持つ赤子・万葉が置き去りにされる。やがて彼女は村で製鉄業を営む赤朽葉家に、跡継ぎの息子の嫁として迎えられ、「千里眼」の力を発揮して、一家が戦後に直面する危機を乗り切っていく。万葉の孫のわたしの視点から、祖母の万葉、少女漫画家の母の毛鞠の人生と、鳥取の製鉄の村の戦後史がひも解かれる。