2018/05/06

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第六回 三浦しをん「まほろ駅前多田便利軒」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」第六回(2018年5月6日)では、三浦しをんの「まほろ駅前多田便利軒」について、ハードボイルド小説の歴史を踏まえながら論じています。「まほろ駅前多田便利軒」は2006年の直木賞受賞作で、史上4人目の20代での直木賞の受賞となった三浦しをんの出世作です。表題は「きな臭くも多彩な『郊外』」です。

一見すると、三浦しをんの「まほろ駅前多田便利軒」はハードボイルド小説には見えません。しかし主人公の便利屋・多田啓介は、「地元密着型」のやくざや、駅裏で売春をしている「自称コロンビア人」たちと深い繋がりをもち、様々なきな臭い事件に関わっていきます。この小説で描かれるまほろ市は、次第にレイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説で描かれるロサンゼルスと類似した雰囲気を帯びていきます。

本文でも書きましたが、三浦しをんは町田にある高原書店で二〇〇一年までアルバイトをしていたそうです。たまたま私はその時、慶應の湘南藤沢キャンパスの大学院生だったこともあり、小田急線沿いに住んでおり、高原書店に頻繁に通っていました。

この作品を読むと、三浦しをんのその時代の町田への愛憎入り交じる両義的な感情が、ユーモラスに伝わってきます。ユーモラスで両義的な表現を通して、人々の日常に根を張った「街」を描ける点が、三浦しをんの作家としての最大の資質だと思います。

「現代ブンガク風土記」では、現在進行形の「郊外」を舞台にした作品についても、それぞれの街が持つ、細かな特性や差異に着目しながら、論じていきます。