2018/05/20

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第八回 桜木紫乃『ラブレス』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」第八回(2018年5月20日)では、桜木紫乃の『ラブレス』について論じています。現代の文学作品で、個人的に最も好きな作品の一つです。『ラブレス』で女性の視点から描かれる開拓地の標茶や弟子屈の生活の描写は、重厚で、ユーモラスでありながら、実に味わい深く、港町・釧路の盛衰を、釧路で生まれ育った作家らしい独自の視点から丁寧に描いています。表題は「『開拓者の末裔』自負と愛憎」です。

この作品は開拓地・標茶で生まれ育ち、歌の才能に恵まれた一人の女性の物語です。四世代にわたる女性たちの視点から、開拓地の厳しい生活や、弟子屈の温泉旅館の賑わいや、釧路の夜の街の輝きが描かれます。

大学の仕事で以前に釧路を訪れたとき、北大通り商店街にシャッターが降りて久しいことを、押し潰されたシャッターの軋みと錆びを通して実感しました。ただ弟子屈から標茶を通り、釧路から太平洋に注ぐ「釧路川沿いの街の往時の風景」は、桜木紫乃の重厚な作品を通して記憶されていくのだと思います。
素晴らしい作品ですので、ぜひご一読下さい。

7回目の佐藤泰志を含めて、北海道を舞台にした作品を取り上げました。長崎を起点にはじまった「現代ブンガク風土記」も8回目で釧路まで北上してきました。次回から関東に戻り、しばらく東京近郊の「郊外と一括りにされる異なる場所」を舞台にした作品を取り上げる予定です。