2019/04/07

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第53回 恩田陸『蜜蜂と遠雷』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の2年目最初(第53回 2019年4月7日)に取り上げた小説は、恩田陸の直木賞受賞作『蜜蜂と遠雷』です。表題は「土着性回復する過程も描く」です。

「蜜蜂と遠雷」は実在する浜松国際ピアノコンクールをモデルとした小説です。恩田は小説の執筆にあたり、第6回からこのコンクールを取材し、ほぼすべての演者の曲を聴いてきたらしいです。この小説は「第6回芳ヶ江ピアノコンクール」の第1次予選〜本選を描きながら、主要な4人のピアニストたちの、コンテストの舞台に上がるまでに経験してきた時間や、音楽に対する価値観を描いています。

演奏者たちの内面を、曲の世界を生きた人間として、空想的に物語を展開している点が面白いです。作中では宮沢賢治の作品世界を参考にして作られた「春の修羅」という「オリジナル曲」が重要な役割を果たしたり、様々な仕掛けに満ちています。全体を通して読みやすい文章ですが、リズミカルな宮沢賢治の詩を、「オリジナル曲」として登場させ、その音楽世界を小説らしい言葉で描くという実験的な技法も魅力的です。

作中に記されているように、ヨーロッパ発祥のクラシック音楽は、二つの大戦を経てアメリカに多くの人材が流出し、良くも悪くも大衆化されてきました。「世界はボーダレスに見えても、やはりルーツからは逃れられない。育った風景や風土は確実に身体に刷り込まれている」という今日のクラシック音楽のあり方を問う文章は、文明批評としても本格的なものだと思います。