2021/03/15

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第149回 沼田真佑『影裏』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第149回 2021年3月14日)は、沼田真佑のデビュー作&芥川賞受賞作『影裏』を取り上げています。表題は「豊かな自然と埋もれた感情」です。塾講師の仕事に就きながら「小説らしい小説」を書き続けている作家で、本作は東日本大震災を描いた現代小説の代表作だと考えています。

 ちょうどこの小説が掲載された号の文學界に「吉田修一論──現代文学の風土 後篇」を寄稿していたので、初出時に読み、完成度の高い優れた小説だと思いました。その後、芥川賞の候補となり、本連載でも扱った今村夏子の秀作『星の子』との決選投票で差を付け、震災から6年目にして「震災小説」としてはじめて芥川賞を受賞しました。

「岩手というところは、じつに樹木が豊富な土地だと、夏が来て改めて思う」という一節が読後に強い印象を残す作品です。作者の沼田真佑は北海道の小樽市生まれですが、インタビューによると親の転勤で千葉、埼玉を経て、福岡に落ち着き、福岡大学附属大濠高校を経て西南学院大学に進学しています。影響を受けた作家として福岡市生まれの梅崎春生を挙げていて、文章の所々に梅崎の影響が感じられます。

 生き残った人間の記憶を媒介として、失われた人間の謎を浮き彫りにしていく方法は、歌舞伎や落語など古典芸能も好む著者らしい、メリハリの効いた物語構築の技法だと思います。この作品は岩手の豊かな自然と癖の強い不器用な人々の感情を、鮮やかなものとして描くことで、その背後に埋もれた「失われた物事」を巧みに掬い上げた「震災文学」です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/707010/

沼田真佑『影裏』あらすじ

 医療系の薬を取り扱う親会社からの出向で岩手県盛岡市に移住したわたしは、同年代の独身男性である日浅と親しくなる。川釣りを共にし、日本酒を酌み交わした幸福な日々はやがて日浅の退職で過ぎ去り、大震災の日を迎えることとなる。文學界新人賞を受賞し、芥川賞を受賞したデビュー作「影裏」を含む三篇の小説を収録。