「現代ブンガク風土記」(第194回 2022年2月6日)では、さだまさしの自伝的作品『カスティラ』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「大歌手が記す父との思い出」です。
さだまさしが父親の危篤に際して、家族との思い出をひも解いた自伝小説です。ロシアのウラジオストクで産まれ、中国戦線を生き延び、戦後、長崎に移住してきたさだまさしの父・雅人にとってカステラは珍しい食べ物で「長崎の人間じゃないから」こそ大好物でした。本文で触れられている通り、カステラは長崎に住む多くの人々にとって日常食ではなく、最高級の贈答品です。さださんのお母さんが開業し、現在は妹の玲子さんが営む喫茶店「自由飛行館」では、父・雅人が伝授したボルシチとカステラを味わうことができます。
本作は長崎の庶民が手にすることが珍しい「四斤の特大カステラ」を、様々な人物が父・雅人への「お詫びの気持ち」として持ってくるエピソードを中心に展開されます。情に厚く、時に血液を売って家計を支え、苦境に陥っても底抜けに明るい父の性格のお陰で、やくざの組長など、様々な人物が四斤のカステラをさだ家に届けに来ます。本作によると、さだましが映画「長江」の製作で利子を含めて35億円近くの借金を背負うことになったのは、父親の「暴走」のためだったらしいです。
記事の写真は、昨年「自由飛行館」に行ったときに撮影したものです。このお店が1984年に長崎で開業した頃、私はこの店の前を通って日々、小学校に通っていました。店の外観は、はす向かいにある国宝の崇福寺に寄せたデザインで、店内も居心地がいいです。中学では、カズオ・イシグロさんのご実家、高校では、吉田修一さんのご実家の前が、私の通学路でした。
昨年の紅白歌合戦でさだまさしさんは、新型コロナ禍の時代に寄り添うように「道化師のソネット」を歌ってくれました。4500回を超えるステージに立ち、様々なメディアで活動されてきた経験の重みを感じる演奏でした。横山やすし、松本人志、立川談春、ジャニー喜多川など芸能に関わる方々が愛した名曲です。さださんの歌が好きな方は、ぜひ玲子さんの「自由飛行館」も訪れてみてください。下の写真は自由飛行館の「客心得」と、玲子さんお手製のぜんざいです(長崎では、カステラよりもぜんざいをよく食べてた気がします)。
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あらすじ
ロシアで産まれ、中国で招集され、手榴弾の爆発で左耳の聴力を失いながら、戦友を頼って長崎に移り住み、大往生を遂げた父親の思い出を記した小説。父・雅人はさだまさしのコンサートでホールの入り口に立ち「ありがとうございます」と観客にお礼を述べていたことでも知られる。父親が危篤状態になり、主人公のさだまさしは父親の思い出を幼少期から振り返る。不動産屋ややくざ、料金所の職員や警察などと父親との闘いが読みどころで、カステラを手でちぎって食べる父親のワイルドな姿が印象に残る作品。