2023/04/11

「没後30年 松本清張はよみがえる」第43回『空の城』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第43回(2023年4月14日)は、日本の「十大総合商社」の江坂産業が、石油部門での「出遅れ」を挽回するために、カナダのニューファンドランド州にある製油所に出資していく姿を描いた『空の城』について論じています。担当デスクが付けた表題は「豪華客船の幻影重ね 総合商社の内実描く」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。バブル崩壊後の日本を舞台に、アメリカや中国のファンドと格闘する主人公を描いた真山仁の『ハゲタカ』シリーズとのmatch-upです。

「氷山と衝突したのだったら、その氷を掻いてきてオンザロックをつくってくれ」と、タイタニック号の乗客は、豪華客船が沈む直前にジョークを飛ばしていたといいます。人は巨大な船や巨大な組織の中にいると、外界への危機意識が鈍くなり、「空気」に流されて、時に誤った判断を下してしまいます。

 この小説は1977年に実際に起こった安宅産業の破綻事件をモデルにしています。NHKのドラマ版は「ザ・商社」というタイトルが付され、上杉役の山崎努のワイルドさに惹かれた、松山真紀役の夏目雅子の妖艶な演技が魅力的です。上杉と対立した江坂産業の社主・要三の「目利き」が、骨董だけではなく、「人物評」としても「鋭い」ものだったという落ちが、清張作品らしい皮肉のこもった「余韻」を残します。

 結果として安宅産業は事業に失敗し、2千億円を超える不良債権を出し、わずか4年で伊藤忠商事に吸収合併されてしまいます。松本清張は「ノンフィクション作家」らしく、いち早く安宅産業の破綻理由を読者に「体感」させるべく、本作を78年の1月から「文藝春秋」誌上で発表しました。

 オイルショックを背景にした安宅産業の破綻劇は、高度経済成長の終わりを感じさせる内容で、高度経済成長期を代表する作家・松本清張らしい「経済小説」だと思います。全集を見渡して『空の城』のような経済小説が49巻に入っているのが良い感じで、清張が手掛けた小説の幅の広さを感じさせます。ドラマ版も良く、1980年前後の夏目雅子は素晴らしいです。


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 新年度に書籍をご恵贈頂いた方々に心より御礼を申し上げます。日々、皆さまのお仕事に励まされています。
 宇野常寛さんより『遅いインターネット』(幻冬舎文庫)と、『ひとりあそびの教科書』(河出書房新社)を、與那覇潤さんより『平成史』の韓国語版と、大佛次郎『宗像姉妹』(中公文庫)を、平山周吉さんより『小津安二郎』(新潮社)を、会田弘継先生よりフランシス・フクヤマ『リベラリズムへの不満』(新潮社)を、佐川光晴さんより『猫にならって』(実業之日本社)を、鈴木涼美さんより『グレイスレス』(文藝春秋)を、書肆侃侃房の田島社長より堀邦維先生の『海を渡った日本文学』を、毎日新聞出版の横山さんより、吉田修一さんの『永遠と横道世之介 上・下』(毎日新聞出版、2023年5月26日発売予定)のプルーフを、拝受いたしました。じっくりと拝読させて頂きます。
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『現代文学風土記』(西日本新聞社)が増刷される見込みで、今年は連載「松本清張はよみがえる」の書籍化を予定しています。膝蓋骨骨折の2回目の手術が来月に決まり、まだまだリハビリに時間を費やす日々ですが、子供たちの成長を身近に感じながら、無理のないペースで仕事をしていきたいと考えています。