西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第43回(2023年4月14日)は、日本の「十大総合商社」の江坂産業が、石油部門での「出遅れ」を挽回するために、カナダのニューファンドランド州にある製油所に出資していく姿を描いた『空の城』について論じています。担当デスクが付けた表題は「豪華客船の幻影重ね 総合商社の内実描く」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。バブル崩壊後の日本を舞台に、アメリカや中国のファンドと格闘する主人公を描いた真山仁の『ハゲタカ』シリーズとのmatch-upです。
「氷山と衝突したのだったら、その氷を掻いてきてオンザロックをつくってくれ」と、タイタニック号の乗客は、豪華客船が沈む直前にジョークを飛ばしていたといいます。人は巨大な船や巨大な組織の中にいると、外界への危機意識が鈍くなり、「空気」に流されて、時に誤った判断を下してしまいます。
この小説は1977年に実際に起こった安宅産業の破綻事件をモデルにしています。NHKのドラマ版は「ザ・商社」というタイトルが付され、上杉役の山崎努のワイルドさに惹かれた、松山真紀役の夏目雅子の妖艶な演技が魅力的です。上杉と対立した江坂産業の社主・要三の「目利き」が、骨董だけではなく、「人物評」としても「鋭い」ものだったという落ちが、清張作品らしい皮肉のこもった「余韻」を残します。
結果として安宅産業は事業に失敗し、2千億円を超える不良債権を出し、わずか4年で伊藤忠商事に吸収合併されてしまいます。松本清張は「ノンフィクション作家」らしく、いち早く安宅産業の破綻理由を読者に「体感」させるべく、本作を78年の1月から「文藝春秋」誌上で発表しました。