西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第42回(2023年4月9日)は、静岡県の伊豆西海岸の松崎の断崖で、親が子を投げ捨てた事件をモデルにした「鬼畜」について論じています。担当デスクが付けた表題は「子育ての『本質』突く 救いのない犯罪小説」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。親から虐待を受けて児童養護施設で育った3人の子供たちの「その後の人生」を描いた天童荒太の『永遠の仔』とのmatch-upです。
お人好しで「妻の尻」に敷かれてきた主人公の宗吉が、長男の利一を青酸カリで殺害しようと試みて失敗し、利一が寝ている間に崖から放り投げるに至る顛末を描きます。自害に失敗した弟を手助けして罪人となる兄を描いた森鴎外の「高瀬舟」と比べても、本作は「ブラック清張」の作品らしく「救い」がない物語と言えます。4人の子供を持ち、家族のために働くことを第一に考えて来た松本清張にとって、子供は可愛いもので(私にとっても同様)、実在の事件に心を痛めて清張が記した本作は、映画版も含め大きな注目を集めました。
監督の野村芳太郎は当初、主演を渥美清に依頼しましたが断られ、岩下志麻が電話で緒形拳を口説き落としたのだとか。1978年に公開された本作と翌年の「復讐するは我にあり」で、緒形拳は「猟奇的な犯罪者役」として人気を博し、岩下志麻は後の「極道の妻たち」に繋がる「悪女役」を身に着けています。「妹と弟は父ちゃんが殺した こんどはボクの番かな」という映画版の不気味な宣伝文句が「鬼畜」というタイトルに相応しいです。
現代日本では起こり難い事件で、平均所得が大都市圏と大きく異なり、経験的に考えても貧困を身近に実感し得る地方でも、このレベルの児童虐待は起こり難いと思います。ただ清張が思春期を過ごした昭和恐慌の時代や、戦中・戦後の時代には身近に実感できる話で、本作は高度経済成長期の事件をもとにしながら、過去に松本清張が肌身で感じた経験を重ねた作品だったのだと思います。
次回の掲載日は未定ですが、今月は週2回ぐらいのペースで掲載されるそうです。
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