2023/04/24

村上春樹著『街とその不確かな壁』書評(北海道新聞)

 北海道新聞(2023年4月23日朝刊)に村上春樹著『街とその不確かな壁』の短評を寄稿しました。表題は「精神の病としての恋愛小説」です。『ノルウェイの森』の系譜の恋愛小説で、ユング派の河合隼雄の影響が感じられる作品でしたので、(学部時代に学んでいた)臨床心理学の知見を主とした批評文にしました。短文ですが、作中の「私」が抱えていると思える解離性の症状に着目した内容で、できるだけ他の評者とは切り口が異なるようにしました。

 難しいことは書いていませんが、ドゥルーズ=ガタリなど現代思想の文脈だと、パラノイアとスキゾフレニーがペアで考えられる傾向がありますが、この図式では、解離性の症状(昔はヒステリーと呼ばれていた)が抜け落ちてしまいます。解離性の症状は、一般に「ヒステリー」という言葉が想起するものよりもグレーゾーンの幅が広く、離人症などで知られますが、失踪して生活をリセットしてしまうといった症状もあり、個人的な考えでは、フロイトの言う意味での「死の欲動(タナトス)」のニュアンスに近く、本作の「私」の無意識レベルの欲望に近いと考えています。村上春樹の作品は、ユング派の臨床心理学(集合的無意識の分析も含む)と近い関係にあると改めて感じました。賛否あるようですが、70歳を超えて、こういうユニークな形で「死」と向き合う作品を送り出すことができる作家は他にいないと思います。

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/836369/

*******

 2023年本屋大賞の上位の作品では、3位の一穂ミチ著『光のとこにいてね』(文藝春秋)が一番良い小説でした。LGBTQの「L」を描いた作品として、綿矢りさの『生のみ生のままで』(集英社)以来の秀作でした。中高生の読書感想文にもお勧めできるマイノリティ文学であり、味わいのある地方文学です。『現代文学風土記』を連載していたら、プリウスで粘り強く北上する電車を追い駆けるラスト・シーンを取り上げています。映画化にも期待しています。

 次の直木賞対談に向けて、山本周五郎賞については、永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』(新潮社)に期待しつつ、時間を見つけて、読んでいない作品もチェックしたいと思います。『現代文学風土記』(2刷り)の原稿は無事、入稿しました。増刷は1200冊になる予定です。早いサイクルで、年に何冊も本を出せている人はすごいと思います(私は1~2年に1冊のペースが限界)。