2019/12/17

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第89回 柳美里『ゴールドラッシュ』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第89回 2019年12月15日)は、横浜市の黄金町を舞台にした柳美里の代表作『ゴールドラッシュ』を取り上げています。表題は「少年の「快楽と暴力」に肉迫」です。

今週の土曜日に早稲田大学の20世紀メディア研究所で「江藤淳と戦後日本の文芸批評」という表題の発表を行います。学部は早稲田大学でしたが、これまで学会や研究会で縁が薄かったので、研究会に参加することを楽しみにしています。(年末の締め切りの関係で、何を話すかは準備中ですが。。)
http://www.waseda.jp/prj-m20th/

20世紀メディア研究所 : 第133回研究会
・ 日時:12月21日(土曜日)午後1時30分~6時00分
・ 場所:早稲田大学 早稲田キャンパス3号館8階808教室

◇ 発表者、テーマ:
・酒井信(文教大学情報学部メディア表現学科准教授)
 「江藤淳と戦後日本の文芸批評」


柳美里『ゴールドラッシュ』あらすじ
パチンコ店を経営する裕福な家庭で育った「少年」は、中学校に行かず、横浜の黄金町で一日を過ごし、ドラッグに浸っている。神戸連続児童殺傷事件を想起させる内容で、異なる登場人物の意識を通して、父親の殺人に手を染める少年の現実感を捉える。黄金町や野毛山公園など、横浜の旧市街の名所を、この界隈で育った柳美里らしい視点から描く。



2019/12/12

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第88回 東山彰良『流』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第88回 2019年12月8日)は、東山彰良の直木賞受賞作『流』を取り上げています。表題は「中国ー台湾ー日本…他文化小説」です。写真は学生時代から馴染み深い、中野サンモール商店街です。未だに映像・音楽関係のハードウェアは、この先の中野ブロードウェイにあるフジヤエービックで購入しています。

東山彰良『流』のあらすじ
山東省から移住してきた外省人の祖父と、高校教師の父を持つ葉秋生は、祖父の死と受験勉強のストレスから、大量のゴキブリや幽霊や狐火などの幻覚を見るようになる。葉秋生が成長していく過程で、祖父が国共内戦の時に経験した虐殺の謎が解明され、複雑な歴史を経て生まれた中華民国の戦後史が紐解かれていく。第153回直木三十五賞の受賞作。





2019/12/06

講談社「群像」2020年1月号に寄稿しました

講談社「群像」2020年1月号に、吉田修一『逃亡小説集』の書評を寄稿しました。タイトルは「生真面目な人々の「逃亡文学」」です。

西日本新聞の連載で毎週、現代文学を取り上げていることもあってか、今年は月刊文芸誌4誌(文學界・新潮・群像・すばる)に寄稿した初めての年になりました。様々な作家・評論家が寄稿した500ページを超える大ボリュームのお買得な新年号ですので、ぜひご一読を!

「群像」2020年1月 目次
http://gunzo.kodansha.co.jp/55737/55772.html

「すばる」2019年12月号 吉田修一『アンジュと頭獅王』

2019/12/03

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第87回 森見登美彦『夜行』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第87回 2019年12月1日)は、森見登美彦の人気作『夜行』を取り上げています。表題は「日常の「闇」描く怪異小説」です。

今週は売れっ子のフリーライター・斎藤哲也さんにゲスト講義でお話を頂きました。 ベストセラー本を数多く手掛け、著名人の対談の構成や本の編集を多く担当されている斎藤さんのお話は、出版業界の最前線の話題といえる充実した内容で、学生たちからも多くの質問が挙がっていました。共著『IT時代の震災と核被害』をご担当頂いて以来のお付き合いです。


森見登美彦の「夜行」は、日常の中に垣間見える「闇の世界」を描いた都市伝説のような怪談小説です。架空の銅版画家・岸田道生の連作「夜行」と「曙光」を手がかりとして、京都・出町柳の英会話学校に通っていた「長谷川さん」の失踪事件の謎に、恋心を抱いていた「大橋君」が迫っていきます。

5人の仲間たちの話に登場する「奇妙な家」と、そこに導かれて失踪し「顔を失った人々」にまつわる物語は、上田秋成の怪異小説のように、読者を日常の「向こう側」へと誘い、シュールレアリスムの絵画のように、私たちの現実感覚を狂わせていきます。川端康成の「雪国」を下地にしている点も面白いです。

複雑に絡み合った「謎」は、容易な解釈を拒絶するものですが、明瞭な文体で独特の作品世界を築いてきた森見登美彦らしい作品だと思います。





2019/11/28

福岡ユネスコ「「平成」とはどんな時代だったのか」のサマリー

福岡ユネスコのセミナー「「平成」とはどんな時代だったのか」のサマリーが下のサイトで公開されました。講演でお話しした内容は後日、共著として出版される予定です。

http://fukuoka-unesco.or.jp/blog_heisei-era.html



講演の内容は、西日本新聞でも記事にして頂きました。(「負の遺産」克服めぐり議論白熱 2019年12月3日朝刊)



2019/11/26

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第86回 大江健三郎『取り替え子 チェンジリング』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第86回 2019年11月24日)は、大江健三郎の代表作の一つ『取り替え子 チェンジリング』を取り上げています。表題は「生死の境超え 義兄と交信」です。

今週は、長崎の幼稚園と高校の同期生で、電通のグローバル・ビジネスセンターでプロデューサーをやっている中村正樹さんにゲスト講義で話してもらいました。トム・クルーズやAKBとのCM・イベントの出演交渉の裏話から、民間の宇宙開発に様々なスポンサーを募るスケールの大きな話まで、広告代理店のグローバル・ビジネスの現場の話が聞けて面白かったです。


大江健三郎の「取り替え子」は、大江自身をモデルにした作家・長江古義人が、自殺した映画監督の義理の兄・塙吾良との親しい関係を回想する内容です。大江の義理の兄・伊丹十三が投身自殺をした3年後に発表された作品ということもあり、創作的な内容の中に、現実に起きた出来事と重なる部分が混じっていることから、賛否両論を呼ぶ問題作として注目を集めました。

タイトルに採用された「取り替え子(チェンジリング)」とは、トロールやエルフなどの妖精が産んだ醜い子が、人間の子供と取り替えられて地上に残した「子供」を指します。ヨーロッパ各地の民間伝承で取り上げられ、かつては気性の荒い子供や障害を持って産まれた子供たちが、妖精が地上にい残した「取り替え子」であると考えられてきました。

発表当時、大江は65歳でしたが、この作品には半ば狂気染みた情熱で、自殺した伊丹十三≒取り替え子との濃密な関係をこの世に残そうとする強い意欲が感じられます。

ただ今年の10月に訪れた伊丹十三記念館で、本作に関する展示を見付けることができなかったのは、吾良が松山の高校時代に強いられた性体験や、吾良がドイツ滞在時に愛したウラ・シマと名乗る女性との情事など、この作品に遺族の感情を逆なでするような描写が含まれているからだと思います。

それでも本作は、大江健三郎の代表作と呼ぶに相応しい完成度の高い作品です。


2019/11/18

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第85回 青来有一『人間のしわざ』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第85回 2019年11月17日)は、芥川賞・谷崎賞作家の青来有一の代表作『人間のしわざ』を取り上げています。表題は「長崎の記憶 召還する恋愛小説」です。

先週は東京大学の駒場キャンパスでJAHSS(人間の安全保障学会)とJASID(国際開発学会)の国際学会(東京大学教養学部70周年記念)で、同志社大学の志柿浩一郎先生と「How Can We Best Share Collective Memories of Adversity with the World?
Case Studies on the Discourse of Controversial History, and the Significance of Archive and Museum Design」という英語の発表を行ってきました。開会直後のセッションということもあり、様々なご専門の先生方から多くの質疑を頂き、充実した時間を過ごさせて頂きました。

青来有一の『人間のしわざ』は、第264代ローマ教皇・ヨハネ・パウロ2世が1981年2月に長崎で行った「殉教者記念ミサ」を題材にした恋愛小説です。ローマ教皇の初来日ということもあり、キリスト教徒が多く住んできた浦上地区に近い、爆心地近くの松山競技場で行われたミサには、氷点下で雪が舞う中、5万人を超える人々が集まりました。2019年11月23日から4日間、パウロ2世の訪問以来38年ぶりに、ローマ教皇が来日し、前回と同様に長崎、広島、東京を歴訪します。

表題の「人間のしわざ」という言葉は、パウロ2世が広島で行った「平和アピール」の冒頭の「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です」によるものです。作品そのものは恋愛小説で、長崎で生まれ育った恋人同士が、30年の時を経て互いの家庭を捨て「遅くなった新婚旅行」として爆心地近くの家から、切支丹弾圧の中心地、原城の反乱後へと向かう内容です。この不穏な旅を通して、泥と石で作られた牢につながれた殉教者たちの記憶が召還され、歴史小説のように読者は「殉教」や「被爆」の経験に巻き込まれていきます。

信用できない語り手を媒介として、原爆投下直後の長崎を描いたカズオ・イシグロの初期の作品や、閉鎖的な村社会に潜在する暴力を、個人的な回想を通して描いた大江健三郎の代表作と比べても遜色のない、濃厚な時間の密度を有した小説だと思います。


2019/11/11

映画「楽園」の劇場版パンフレットに解説を寄稿しました

2019年10月18日公開の映画「楽園」(監督:瀬々敬久、原作: 吉田修一 出演:綾野剛、杉崎花、佐藤浩市、柄本明)の劇場版パンフレットに解説を寄稿しました。

タイトルは「現代日本を生きる私たちの「こころ」の行く末を問いかける」です。小説の批評とは違うアプローチで、日本を代表する役者たちの演技に注目しながら映画「楽園」について論じています。
重厚感のあるとても良い映画ですので、ぜひパンフレットの方もご一読を頂ければ幸いです!






西日本新聞「現代ブンガク風土記」第84回 村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第84回 2019年11月10日)は、村上春樹の代表作『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞を受賞)を取り上げています。表題は「『暴力の連鎖』断ち切れるか」です。

思えば『ねじまき鳥クロニクル』が刊行された直後の1996年、大学1年生になった私は村上朝日堂のホームページ経由で、村上春樹さんと3通ほどメールのやり取りをすることができました。「そうだ、村上さんに聞いてみよう」(朝日新聞社)に一部収録されています。今思えば「インターネットはすごい」と実感した最初の経験でしたね。

世田谷の住宅地の路地を起点としてはじまる物語は、戦争の血生臭い気配が漂うノモンハンの広野や、ソ連軍の侵攻間近の新京の動物園、永田町の中枢や、日本海に面した地方都市のかつら工場など、壮大なスケールで展開されていきます。

僕の家の近所に住む笠原メイは、構造的に再生産される暴力の「手触り」について、作中で次のように述べています。「そういうのをメスで切り開いてみたいって思うの。死体をじゃないわよ。死のかたまりみたいなものをよ。そういうものがどこかにあるんじゃないかって気がするのね」と。私たちは「死のかたまりみたいなもの」を、人々の無意識の底から取り出して、世界規模で展開していく「暴力の連鎖」を断ち切ることができるのでしょうか。村上春樹の代表作『ねじまき鳥クロニクル』が投げかける問いは、世田谷の古井戸のように、深いと思います。


2019/11/09

集英社「すばる」12月号に吉田修一『アンジュと頭獅王』の書評を寄稿しました

集英社の月刊文芸誌「すばる」の2019年12月号に、吉田修一の新作『アンジュと頭獅王』の書評を寄稿しました。タイトルは「古典を大胆に甦らせる」です。
http://subaru.shueisha.co.jp/

森鴎外は代表作「山椒太夫」、地蔵菩薩が金色の光を放つ仏教色の強いシーンや鋸を使った拷問のシーンなど前近代的な描写をカットして、作品の端々に近代的な価値観を織り交ぜることで、「山椒太夫」をドイツの教養小説風の物語として創作しました。

吉田修一の『アンジュと頭獅王』は、森鴎外版の「山椒大夫」ではなく、仏教の説話を伝える説経節の代表作「さんせう太夫」をもとにして、新宿を舞台にした物語を書き足したオリジナリティの高い「古典文学のリバイバル作品」です。

森鴎外版の「山椒大夫」や東映動画の「安寿と厨子王丸」や絵本の「安寿とずし王丸」に触れたことがある人が読むと、アンジュが新宿の遊郭に売られ、頭獅王がサーカス団に奉公し、ICタグを付けられた移民や難民たちを解放する展開に驚かされると思います。

現代小説で人気を博した作家が、日本の古典作品を創作的に甦らせる試みそのものも面白いので、ぜひご一読を!