2021/11/15

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第184回 有川浩『県庁おもてなし課』

  「現代ブンガク風土記」(第184回 2021年11月14日)では、高知生れで海・川・山とワイルドに触れあいながら育った、有川浩のベストセラー作『県庁おもてなし課』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「高知愛爆発の観光エンタメ」です。

「パンダじゃ、パンダを呼ばなぁいかん」と有川浩の父は晩酌をしながら、高知県の観光の将来について語っていたらしいです。本作は「パンダ誘致論」を唱えた伝説の県庁職員・清遠和政が、県庁を退職しながらも観光コンサルタントとして成功したストーリーを下地に、「おもてなし課」を描いています。パンダに頼らずとも、高知には長い海岸線を持つ海があり、「日本最後の清流」と呼ばれる四万十川があり、西日本最高峰の山があります。私も3年おきぐらいに訪れている好きな土地です。

 高知市から車で2時間ほどの場所にある馬路村は、かつて「馬しか通えぬ」と言われた山間の集落でしたが、現在は「ポン酢しょうゆ」をはじめとする加工品で、村おこしの成功例として全国的に知られています。人口千人にも満たない山間の村が、800年前から自生していた柚子をブランド化し、全国に流通させた功績は大きいと思います。個人的には、馬路村のポン酢しか冬の鍋料理にたらす気が起きません。

「県庁おもてなし課」は、売れっ子の作家となった有川浩が、観光大使を務めた経験をもとに、故郷・高知への愛着と県庁への不満の双方を爆発させ、「高知まるごとレジャーランド化構想」を打ち出した、現代を代表する「観光小説」です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/831702/

有川浩『県庁おもてなし課』あらすじ

 有川浩の出身地である高知に実在する「県庁おもてなし課」を舞台にしたフィクション。若手の県庁職員の掛水は、観光特使に就任した高知出身の売れっ子作家・吉門の助言を受けながら、「パンダ誘致論」で県庁を去った観光コンサルタントの清遠と共に、高知の観光行政に一石を投じる。おもてなし課の奮闘努力と共に、掛水とアルバイトから県庁に入った多紀の恋愛劇がひも解かれる。2013年に映画版も公開され、ヒットを記録した。



2021/11/08

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第183回 中村航『トリガール!』

 「現代ブンガク風土記」(第183回 2021年11月7日)では、毎年、琵琶湖で開催される鳥人間コンテストを題材とした『トリガール!』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「琵琶湖舞台に『リケジョ』描く」です。

 遠い昔に鳥類と枝分かれして進化してきた哺乳類の人間は、飛行願望を持っていると言われます。「重力に逆らうってのはさ、本当は神さまに逆らうことなんだ」と作中で表現されているように、飛ぶことは「神」への反逆であり、極めて近代的な営為と言えます。

 近年、サークルや部活動に入らない大学生が増えています。その一方、この小説の主人公・ゆきなのように「自分のしたいことがわからない」と感じている学生は、今も昔も変わらず多いと思います。作中では次のような助言が記されています。「でも、やりたいことなんて、最初はないんじゃないかな。そういうのって後からわかると思うの。きっかけなんて縁だし。楽しそうって思ったら、好奇心に乗っかってやってみるだけだよ」と。

 飛行機を作ったライト兄弟も、飛行船やハンググライダーの発明に触発され、自転車屋の仕事の傍ら「好奇心」で飛行機を作り、大空へ羽ばたきました。「神」への反逆として近代人がはじめた「飛ぶ」という行為はその後、「立体戦」と呼ばれる戦争の惨禍を招きましたが、世界中の人々の国境を越えた自由な移動も可能にしました。

 ライト兄弟の初飛行が1903年、人間が飛行機を発明してまだ120年にも満たないことを考えれば、未だに人間は「飛ぶ」という営為に不慣れなのかも知れません。本作は「鳥人間コンテスト」にパイロットとして出場することになった女子学生・ゆきなと、飛行機の製作に魅了された人力飛行機サークルの仲間たちの青春を描いた現代小説です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/828054/

中村航『トリガール!』あらすじ

 鳥人間コンテストを目指して人力飛行機を作る大学のサークルに入ったゆきなと、個性的な部員たちの交流を描いた青春小説。右も左も男子学生ばかりの機械工学科で、やりたいことを見出せないゆきなが、元パイロットの坂場先輩と琵琶湖の空に飛び立っていくまでの汗と涙の努力を描く。


2021/11/01

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第182回 さだまさし『眉山』

 「現代ブンガク風土記」(第182回 2021年10月31日)では、徳島県を舞台にした数少ない現代小説の一つ、さだまさしの『眉山』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「「タメ、間、情」の人生」です。書籍化にあたり、年内の原稿は夏休みに入稿していますが、今回の原稿は、ぼんやりと年末の「歌の生放送シーズン」を想定した小説でした。ちょうど年末感の出てくる時期の掲載で、良かったと思います。

 さださんのお母さんの喫茶店が長崎の実家の近所だったこともあり、シンガーソングライター・さだまさしの歌と話芸には、幼少期から親しみを感じてきました。洗練された楽曲と、史上最多の単独ライブの経験で磨かれた心地いいトークで、様々な業績を残してこられた、長崎を代表する文化人だと思います。いい曲が多くありますが、個人的には「道化師のソネット」「風に立つライオン」あたりが好きな曲です。

『眉山』は阿波踊りを中心に据え、音楽的な感性を織り込んだ人情噺です。さだまさしの小説は『精霊流し』や『解夏』など映像化された作品も多く、作家としても成功を収めています。本作は文楽や義太夫節を参照しつつ、「踊る阿呆に見る阿呆 同じ阿呆なら踊らにゃ損々」の一節で知られる徳島県民謡「阿波よしこの」を題材としています。

 さだまさしは3歳からはじめたヴァイオリンの才能を評価されて、中学生から長崎を離れ、上京していますが、クラシック音楽で挫折し、帰郷した過去を持ちます。本作で描かれる母・龍子のように苦労を重ね、長崎で結成したバンド「グレープ」で1973年に全国デビューしています。「精霊流し」や「無縁坂」をヒットさせますが、曲が暗いと批判され、ソロになって「雨やどり」や「関白宣言」などの曲をヒットさせます。1980年の「防人の歌」(夏目雅子の助演、笠原和夫脚本の「二百三高地」主題歌)も大ヒットしますが、翌年公開の映画「長江」の製作で30億円近い借金を背負い、自己破産の寸前まで追い込まれてしまいます。

 さだまさしが本格的に小説を書き始めたのは、借金返済の渦中にあった1991年です。声とギターと話芸で、往時の全日本プロレス並みの公演回数を重ね、苦労して借金を完済したさだまさしらしい、人生の喜怒哀楽が感じられる小説です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/824495/

さだまさし『眉山』あらすじ

 徳島の歓楽街で店を切り盛りする母・龍子に育てられた咲子は、余命数か月と宣告された母を看病するために、徳島に戻ってくる。眉山を望む徳島の市街地と阿波踊りの魅力を描きつつ、存在の定かではない父と、母の人生の謎に迫る。人生の底を舐めた経験を持つさだまさしらしい、女性の逞しさを描いた小説。2007年に松嶋菜々子主演で映画化される。

*******

 先週は前々から寄稿したいと思っていた雑誌の編集部の方より原稿のご依頼を頂き、久しぶりに明るいニュースで、嬉しく感じました。新型コロナ禍の困難な時期に、温かいご配慮を頂き、ご推薦・ご依頼を頂いた編集委員の先生方に、心より感謝申し上げます。

 授業・校務・原稿・書籍など年末まで色々と予定が詰まっていますが、体調に気を配りながら、何とか乗り切っていきたいと思います。

2021/10/25

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第181回 綿矢りさ『生のみ生のままで』

 「現代ブンガク風土記」(第181回 2021年10月24日)では、秋田県湯沢市のリゾート・ホテルなどを舞台にした綿矢りさ『生のみ生のままで』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「同性との「距離」を愛して」です。京都府出身の綿矢りさの作品も、連載初期から取り上げる予定でしたが、第181回での登場となりました。

 互いの彼氏を通して知り合った女性二人の恋愛を描いた作品です。視覚の情報に依存しない文学作品の特徴が生かされ、同性カップルに対する外見上のバイアスを取り払い、「生のみ生のまま」の心情表現を伝える工夫が施されています。逢衣と彩夏の互いを気遣い、すれ違う恋愛劇を通して、異性間の恋愛を前提とした婚姻制度などの社会秩序のあり方が問われ、対人関係や社会的な関係が見直されていきます。

「私は一緒に暮らしてもどうしても姉妹のようにならない自分と彩夏との、性別は同じであっても性質の違いから生まれる距離を愛した」と表現される「距離」を愛する表現が魅力的な現代小説です。

西日本新聞me

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/820894/

綿矢りさ『生のみ生のままで』あらすじ

 秋田の温泉ホテルで彼氏の紹介で出会った女性二人が、様々な障害を乗り越え、相互の欲求に「生のみ生のまま」率直に生きる姿を描く。互いに愛情を深めながら、彩夏は芸能人として成功することを目指し、逢衣は編集者として周囲に必要とされる人間になることを目指す。表現豊かに女性同士の恋愛を描いた綿矢りさの新しい代表作。


2021/10/18

祝・第180回 西日本新聞「現代ブンガク風土記」 池井戸潤『ルーズヴェルト・ゲーム』

 「現代ブンガク風土記」(第180回 2021年10月16日)では、平成不況下の社会人野球に着目した池井戸潤の『ルーズヴェルト・ゲーム』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「社会人野球通じ平成不況描く」です。連載はまだまだ続きますが、現在は本連載の書籍化の作業に着手しています(表紙のイラストにもご期待ください。詳細は後日)。

 大谷翔平の父・大谷徹は、岩手県生まれの野球選手で、三菱重工横浜の社会人野球チームで主に1、2番を打つ外野手として5年ほどプレーしています。同社でバドミントン部に所属していた後に翔平の母となる加代子と出会い、その後、地元・岩手県の会社に転職してリトルリーグの監督を務めながら、翔平を含む三人の子供を育てています。「二刀流」の選手としてメジャーリーグで活躍する大谷翔平が、走塁にも強いこだわりを持ち、時に外野の守備もこなすのは、外野手だった父の影響だと私は考えています。社会人野球がなければ、大谷翔平の活躍はなかったわけです。

 本作は東京都の府中市に拠点を置く電子部品メーカーの青島製作所の社会人野球チームを描いた作品です。映画版は社会人野球らしく地方色が強められ、愛知県の豊橋市民球場などで撮影されています。リーマンショックを想起させる経済危機を背景として、契約社員の解雇や正社員のリストラが断行される中で、年間3億円の経費がかかる同社の野球部が存続の危機に瀕してしまう、という筋書きが明瞭です。派遣社員として青島製作所に入所した19歳の若者・沖原が、社会人野球のマウンドで才能を開花させていく展開も面白く、時代を風刺する批評性を感じます。

 現実に長引く平成不況下で、日本のアマチュア野球を支え、都市対抗野球に出場してきた多くの有名企業が、野球部を廃止する決定を下し、多くの選手を解雇してきました。プリンスホテルや日産自動車、熊谷組や河合楽器、そして日本最古の社会人野球部(1917年創部)で、私の家族も馴染み深い三菱重工長崎(大谷翔平の父がプレーした旧三菱重工横浜の野球部と統合)など、都市対抗の常連の名門チームが姿を消したことは、平成不況の深刻さを物語っています。

 表題の「ルーズヴェルト・ゲーム」は、野球好きだったルーズヴェルト大統領が、8対7の試合を「野球で最も面白い試合」と述べたことによります。文芸は批評も含めて、着眼点のオリジナリティ、地に足の着いた論理の明晰さ、時代を風刺する力量が生命線だと感じます。直木賞受賞直後に発表された、池井戸潤の代表作です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/817290/


池井戸潤『ルーズヴェルト・ゲーム』あらすじ

 かつて社会人野球の名門として知られた青島製作所野球部は、金融危機後の不況で歴史で廃部の危機に直面する。データ分析を活用する新監督とエース不在の野球部が、いかに年間3億円の維持コストを正当化できるのか。ドラマ化され人気を博した池井戸潤の代表作。


2021/10/14

新規事業立案をテーマとした「社会連携科目D(丸井グループ寄付講座)」を開講

 新型コロナ禍で学生たちが就職活動に苦労しているのを見てきたこともあり、明治大学中野キャンパスから徒歩5分の丸井グループの皆さまにご協力を頂いて、新規事業立案をテーマとした寄付講座を開設しました(寄付講座といってもお金のやり取りはなく、無償で授業を実施して頂く内容です)。将来のある学生たちには、地道な努力の上で、ポジティブに新しい発想を持ち、社会に出ていく上でのヒントを得てもらいたいと考えています。授業は学生5人ほどに一人、丸井グループの社員がメンターとして付き、対面のコミュニケーションを通して新規事業を企画する内容です。最終発表は丸井本社にて、青井浩・丸井グループ代表取締役社長をはじめ、執行役員の前で緊張感をもって行ってもらいます。対面授業の機会が少なかった学生たちの経験値が、本講座を通して高まることを願っています。

明治大学HP(大学TOPページでもご紹介を頂きました)

新規事業立案をテーマとした「社会連携科目D(丸井グループ寄付講座)」を開講

https://www.meiji.ac.jp/nippon/info/2021/6t5h7p00003cy6ec.html

「明治大学広報」掲載の最終発表会の様子

https://www.meiji.ac.jp/koho/meidaikouhou/202201/p06_01.html



2021/10/11

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第179回 池井戸潤『オレたちバブル入行組』

 「現代ブンガク風土記」(第179回 2021年10月10日)では、大阪の大正区や西成区を主な舞台にした池井戸潤の『オレたちバブル入行組』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「パワフルな金融ミステリ」です。池井戸潤の作品は、特徴的な場所を舞台にしたものが多いため、連載初期から取り上げる予定でしたが、第178回、第179回での登場となりました。

 池井戸潤の小説に登場する主人公は、負けに次ぐ負けの中で、状況を好転させるヒントや手掛かりをかき集め、ぬかるみにはまった人生を立て直し、大逆転劇を演じることが多いです。このような物語構造は、著者の人生を反映していると私は考えています。池井戸は慶應義塾大学文学部を卒業した後、同大学の法学部に3年時編入して卒業し、バブル経済の真っ只中の88年に三菱銀行に就職しています。

 その後、バブル経済の崩壊後の「失われた時代」に銀行を辞め、コンサルタント業やビジネス書の執筆を行う傍ら、98年に「果つる底なき」で江戸川乱歩賞を獲ってデビューします。エリート銀行員としてバブル経済の後始末を見届けて、その経験を小説として残すべく、作家となった珍しい人物です。池井戸作品に「企業もの」が多いことを考えると、ミステリ小説の登竜門の乱歩賞でデビューしたことは意外に思えますが、本作は粉飾決算や計画倒産など、元銀行員の作家らしい視点が生きた「金融ミステリ」と言えます。

 池井戸潤の作品については、個人的に最も好きなもう一作を取り上げる予定です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/813837/

池井戸潤『オレたちバブル入行組』あらすじ

 バブル期に産業中央銀行に入行した半沢直樹は、バブル崩壊後に大阪西支店の融資課長となった。ある日、支店長に急かされて無理に5億円を融資した西大阪スチールが倒産し、全責任が半沢に押し付けられる。債権回収を命じられた半沢は、中間管理職としての名誉を回復できるのか。著者の名を世に知らしめた、2004年発表の人気シリーズ第一作。



2021/10/03

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第178回 池井戸潤『下町ロケット』

 「現代ブンガク風土記」(第178回 2021年10月3日)で、鹿児島県の種子島宇宙センターの場面が印象的な池井戸潤『下町ロケット』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「町工場の技術力 底力に光」です。本連載の表題は毎回、明治大学OBの担当デスクの方に付けて頂いていますが(連載の途中で、たまたま明治大学に移籍することになったわけですが)、今回のタイトルも簡潔で上手いです。「下町」育ちの私のゼミからもこのような優秀な新聞記者が出て、「底力に光」が当たるような活躍をしてほしいものです。

 ベストセラー小説として広く知られる「下町ロケット」は、東日本大震災直後の2011年下半期に直木賞を受賞した「震災文学」です。資金繰りに苦しむ町工場が、熟練工に支えられた技術力で、大企業が取り仕切るロケット開発に参入し、カムバックするという内容は、東日本大震災後の暗い世相の中で、多くの人々の支持を集めました。ドラマ化されて高視聴率を記録し、現代日本でも幅広い世代に知られている小説の一つと言ます。

 WOWOW版のドラマでは、原作の佃航平に近い雰囲気の三上博史が主演を務めましたが、TBS版では熱血の中小企業社長という雰囲気の阿部寛が主演を務めています。ドラマ版しか知らない方には、ぜひ原作を手に取って町工場の技術開発や資金繰りの努力など、池井戸潤の小説らしい、人間味が感じられる描写のディテールを味わってほしいです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/810146/

池井戸潤『下町ロケット』あらすじ

 宇宙開発機構の研究員としてのキャリアを捨て、実家の町工場・佃製作所を継いだ佃航平は、熟練工の技術を生かした精密部品の製造で会社を成長させる。順風満帆に見えた経営であったが、特許侵害で訴えられて風評被害に遭い、資金繰りに行き詰る。生き馬の目を抜く技術革新の競争の中、町工場の経営者としての矜持と技術を守ることができるのか。第145回直木賞受賞作。

2021/09/28

『マス・コミュニケーション研究』第99号 特集「分断される社会」とメディア

 『マス・コミュニケーション研究』第99号の特集「「分断される社会」とメディア」に寄稿した論文がJ-STAGE上で公開されました。表題は「COVID-19と社会的な分断に関する報道分析とその方法論の研究(Research on Media Coverage of the Relationship between COVID-19 and Social Division in U.S.)」です。メディア研究やジャーナリズム研究にご関心がある方は、ぜひご一読頂ければ幸いです。


『マス・コミュニケーション研究』99号(2021年7月)目次

https://www.jmscom.org/back-issues/

J-STAGE論文サイト

https://www.jstage.jst.go.jp/article/mscom/99/0/99_15/_article/-char/ja/

PDF版

https://www.jstage.jst.go.jp/article/mscom/99/0/99_15/_pdf/-char/ja

2021/09/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第177回 桜木紫乃『それを愛とは呼ばず』

 「現代ブンガク風土記」(第177回 2021年9月26日)で、新潟県を舞台にした桜木紫乃『それを愛とは呼ばず』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「夢破れた人々 多様な愛」です。新潟を舞台にした代表的な現代小説ということもあり、本作は連載の早い段階で取り上げる予定でしたが、桜木紫乃の作品は北海道(釧路×2、留萌)を舞台にした3作を先に取り上げたため、177回目での登場となりました。桜木さんの地に足の着いた、力強い筆致に、いつも励まされています。

 新潟一の繁華街として知られる古町を拠点にした「いざわコーポレーション」の社長・章子の謎めいた事故をめぐる小説です。文字通り古町は日本海と信濃川に挟まれた「新潟島」の中で最も歴史が古い場所で、江戸初期に築かれた港町・新潟の雰囲気を残しています。この旧市街で飲食店やホテルを経営する章子は、ホテルから美容室まで「土地に合った商売」を行って成功した人物で、新潟に愛着を持ち「地元に残る若い子を育てていきたい」という強い思いを抱いています。

  このような章子の姿には、生まれ育った釧路を拠点として小説を記してきた桜木紫乃自身の姿が重なって見えます。かつて北洋漁業の拠点として賑わった釧路は『ホテルローヤル』や『ラブレス』などの作品で描かれてきたように、中心市街地がシャッター商店街化して久しい場所です。現在の釧路の姿は、日本海側を代表する大都市・新潟の将来の姿でもあり、私の故郷である長崎の姿かも知れません。新潟に「音楽と映画と食事と文房具」を並列した本屋をオープンさせ、若者たちに読書で培った学びを通して、地元に強く根を張って生きてほしいという章子の願いに「切実な響き」が感じられる作品です。新潟と北海道を舞台にした、本連載の核を成す作家の代表作の一つです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/806480/

桜木紫乃『それを愛とは呼ばず』あらすじ

 54歳の亮介は、10歳年上の新潟の女社長・章子と結婚したことで「いざわコーポレーション」の副社長となるが、章子の交通事故により、会社を追われる。再就職した東京の不動産屋から不良債権化したリゾートマンションの営業部員として送られ、バブル経済の後始末を押し付けられる。もう一人の主人公・釧路出身のタレント・紗希は、30歳を前に芸能事務所を解雇され、本業として働く銀座のキャバレーで亮介と出会い、彼の苦境を生きる姿に惹かれていく。