2023/08/29

ゲンロン 司馬遼太郎はいかに国民作家になったのか ──生誕100年で考える戦後日本の歴史観

 ゲンロンカフェで2023年8月30日19時より、立命館大学の福間良明先生と評論家の與那覇潤さんとトークイベントを行いました。表題は「司馬遼太郎はいかに国民作家になったのか ──生誕100年で考える戦後日本の歴史観」です。下のリンクで冒頭部分を視聴できます。

福間良明×酒井信×與那覇潤「司馬遼太郎はいかに国民作家になったのか──生誕100年で考える戦後日本の歴史観」 #ゲンロン230830

https://www.youtube.com/watch?v=JfwrWwaYHmY&t=243s


 ダイジェスト版の映像も作成いただきました。分かりやすくて面白い編集になっていると思います。

https://www.youtube.com/watch?v=T2xym5JQdQs

 與那覇さんの司会で、鋭いコメントを頂きながら、福間良明先生と共に、5時間半の時間をかけて充実した「司馬遼太郎論」を展開できたことを嬉しく感じています。ゲンロンの壁にはサインと一緒に、明治大学OBで、日本のプロレスの国際化に貢献したマサ斎藤の座右の銘「Go for Broke(当たって砕けろ)」を記しました。

 イベントでは福間先生の『司馬遼太郎の時代 歴史と大衆教養主義』(中公新書)の内容を踏まえて議論をしつつ、私からの話題提供として以下の点をお話しました。

1 司馬遼太郎と松本清張の国民作家としての比較

2 直木賞候補作を中心に、現代の時代小説・歴史小説の状況を踏まえ、司馬遼太郎作品の現代的な価値について

3 現在の国内外の社会情勢を踏まえ、歴史小説を読む意味について

 思えば、中学~高校にかけて歴史小説が好きだったこともあり、司馬遼太郎の代表作を刊行順に読みましたが、『戦艦武蔵』や『関東大震災』、『零式戦闘機』や『長英逃亡』などを記した吉村昭と比べると、その後、原稿の仕事で読み返すことはありませんでした。「夏休みの宿題」を頂いた気持ちで、当日の議論を楽しみに、準備に努めました。

 PPTの終盤で、ゲンロンの場への敬意を込めつつ、東浩紀さんの『観光客の哲学』や『ゲンロン戦記』の内容を踏まえた、歴史小説と観光、メディアに関する話もしました。非常に楽しい時間を過ごさせて頂き、登壇者のみなさま、ゲンロン・シラスでご参加を頂いた皆さまに感謝申し上げます。

ゲンロンHP

https://genron-cafe.jp/event/20230830/?fbclid=IwAR21I7f3jojizMe55wgoPsDu0e2KOppXexaB5J4gg4Plij450t-41pixdko


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 下は私の発表の冒頭部分です。3人のスライドについてゲンロンの担当者より「非常に濃い、まさに重量級の内容」という評価でした。福間先生と與那覇さんとの鼎談ということもあり、司馬遼太郎の批評として、かなり踏み込んだ内容になりました。



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 上のイベントの日にちょうどゲンロン・カフェで発売された、東浩紀さんの『訂正可能性の哲学』の初版1万部が完売間近だそうで、早くも増刷とのこと。出版社を持ち、イベントスペースやWeb上の動画プラットフォームを運営し、書き手として一線で活躍されているのがすごいです。西部邁さんや柄谷行人さん、福田和也先生など先行する世代の批評家とは異なる新しい形で、メディアと場を作り、ゲンロンらしい書き手と、熱意を持った聴衆を育ててられています。福岡での刊行イベントも楽しそう。

『訂正可能性の哲学』刊行記念 東浩紀、福岡でおおいに語る【ゲンロンカフェ出張版2023年秋】

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 書籍版の『松本清張はよみがえる』の初稿の作業がおおよそ終わり、加筆修正で連載時の約1.5倍の分量になる見込みです。スケジュールは未確定ですが、年明けぐらいの刊行目標です。加筆や、脚注付け、構成の工夫などに時間がかかりました。知己の皆さまのお仕事に刺激を受けつつ、その次の仕事も計画中です。

2023/08/14

世界文化遺産登録5周年記念「潜伏キリシタンをめぐる藝術祭」

 長崎県の文化振興・世界遺産課の主催で、2023年9月9日(土)に永田町の全国町村会館ホールにて「潜伏キリシタンをめぐる藝術祭」が開催されました。長崎県の職員の方によると、対面で約150人、オンラインを入れて340人ほどの参加者ということで、大盛況でした。

 私は昨年、九州芸術祭(長崎県の後援)で青来有一さんと対談を行なった経緯でお声がけを頂き、【文学×歴史】トークセッション「世界文化遺産の旅 潜伏キリシタンをめぐる長崎と天草の風土と文学」を担当しました。探検の部分で講演をされていた高橋大輔さんは、クレイジージャーニーなどに出演されている冒険家ですが、明治大学政治経済学部のOBだそうで、「植村直己(農学部OB)の影響がありましたか?」と聞いたところ、「明治には探検の伝統があるんです」という力強いご回答でした。

 世界文化遺産に登録された構成資産について、長崎で生まれ育った視点から紹介しつつ、遠藤周作の生誕100年ということもあり、代表作『沈黙』に重点を置いた話をしました。迫害による棄教を神は許すのかどうか。また司馬遼太郎の生誕100年でもあるので、『街道をゆく17 島原・天草の諸道』などの島原の乱、潜伏キリシタンをめぐる言説についても触れました。

 長崎の下町で生まれ育つとカトリック教会は身近な場所で、私の場合は幼稚園が修道会(都市部のミッション系の学校とは異なって、信仰に根差した慎ましい暮らしの延長にある場所)で、小学生の頃も修道院のシスターがボランティアで担当していた、英語などの学習会に参加して、カトリック関連の、古い子供向けの本をよく読んでいました。クリスチャンが多い「国境の街」で生まれ育った経緯から、遠藤周作や井上ひさしには、親近感を抱いてしまいます。

 私の担当セッションでは、拙著『現代文学風土記』で取り上げた青来有一さんの『人間のしわざ』(島原を舞台)『聖水』(潜伏キリシタンを題材)、中村文則さんの『逃亡者』(大浦天主堂を舞台)、村田喜代子さんの『飛族』(離島の隠れキリシタン信仰を描く)について述べました。

 東京藝術大学の古楽科の方々による天正遣欧使節(長崎空港の入り口には、彼らの像が置かれています)の音楽も素晴らしく、全体を通して良い回でした。

世界文化遺産登録5周年記念特別イベント「潜伏キリシタンをめぐる藝術祭」の開催【オンライン同時配信】

長崎県

https://www.pref.nagasaki.jp/object/kenkaranooshirase/oshirase/623506.html

共同通信PRWire

https://kyodonewsprwire.jp/release/202308097929

文学通信

https://bungaku-report.com/blog/2023/08/559913301550.html


 九州芸術祭文学カフェin長崎 2022年10月1日(土)開催(@長崎県美術館)「風土から現代日本文学を読む」(青来有一さんとの対談)

https://makotsky.blogspot.com/2022/08/in.html

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 久しぶりに長崎・外海の遠藤周作文学館に行き、生誕100年の展示をじっくり見学しました。出津教会の教会守の方からも詳しい案内を頂けて、良い時間でした。遠藤周作が描く「長崎」は、潜伏キリシタンが多く住んでいた北西の地域(旧西彼杵郡の外海町)に伸びている点が特徴的です。長崎の市街地から30キロ近い距離があります。平成の市町合併で、外海町が「長崎市」に編入されたことを改めて実感しました。

 これは佐藤正午が描く「西海市」が、平成の合併でできた西海市や、村上龍が描く「佐世保」と異なるのと似ています。昨年、青来有一さんとの対談でも触れましたが、地名に付随するイメージは作家によって大きく異なり、現実の地理空間とズレます。カズオ・イシグロが描く「長崎」や「上海」も同様です。

 例えば青来さんが描く「長崎」は、カトリック教徒が多く住む爆心地近くの浦上地区を中心とした「長崎」で、お会いしてお話する時にも感じますが、吉田修一さんが描く「長崎」の市街地から数キロ北にズレている印象を受けます(昨年の対談では、「長崎」に付随する長崎港・大村湾・外海・有明海の「海のイメージの差異」が重要という話になりました)。このあたりの詳細やマーティン・スコセッシの映画版についても「潜伏キリシタンをめぐる藝術祭」で触れる予定です。

映画『沈黙-サイレンス-』本予告

https://www.youtube.com/watch?v=0cUtOR-DL1A

2023/07/19

第169回直木賞の展望

  西日本新聞朝刊(2023年7月19日)に、第169回直木賞について、書評家の西田藍さんと対談した記事が掲載されました。前々回の対談では、二人とも永井紗耶子さんの『女人入眼』を推し、惜しくも決選投票で過半数に届きませんでした。今回も山本周五郎賞を獲得し、2度目の直木賞候補となった永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』を、二人とも受賞作に相応しいと予想しています。永井さんが受賞すれば史上3人目の直木賞・山本周五郎賞のW受賞者となります。古典芸能・文学の復興には、質の高い時代小説・歴史小説の流行が不可欠だと、個人的には考えていますが、近年、気鋭の中堅作家による時代・歴史小説の復興の兆しが感じられます。

 今回私が推した2作品についての対談用のメモは下記です(対談の内容とは異なります)。今回も力のある候補作が多く、読み応えがありました。

第169回直木賞の展望は きょう19日選考会 候補5作、受賞予想は一致

【対談】明治大准教授・酒井信さん、書評家・西田藍さん

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1108614/


永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』
・木挽町の芝居小屋に身を寄せた訳ありの人々の姿を描く。「あだ討ち」の解釈をめぐる「藪の中」のような物語であり、折口信夫のいう所の「貴種流離譚」でもある。
・尾上松助・初代・二代目親子、筋書の篠田金治など実在の人物を交えながら、木戸役者の一八、立師(たてし)の与三郎、裁縫の部屋子など、歌舞伎の舞台を支える様々な人物の人生を描く。
・山本周五郎の『樅の木は残った』や、松本清張の『無宿人別帳』のような時代小説としての志の高さが感じられる。様々な人物の証言を通して菊之助の成長を描く、教養小説でもある。
・「わしは手前の筆で五人の女を成仏させたろう、思うてますねん」など、粋な会話文が魅力的で、木挽町という芝居にゆかりのある土地に根差した物語。松平定信の「卑俗な芸文を取り締まる」時代に抗う群像劇。
・侍を頂点とする江戸の社会が抱える矛盾について、作中人物たちの情感を手掛かりに巧みに描いている。
・時代小説家として抜きん出た実力。永井さんにはスター作家になってほしい。
・受賞すれば史上3人目の直木賞・山本周五郎賞のW受賞者。古典芸能・文学の復興には、質の高い時代小説・歴史小説の流行が不可欠だと、個人的には考えるが、永井さんを筆頭として、近年、気鋭の中堅作家による時代・歴史小説の復興の兆しが感じられる。

垣根涼介『極楽征夷大将軍』
・足利尊氏・直義兄弟を中心として、足利家が室町幕府を開くに至る複雑な史実をひも解く。
・虚構を多く含む時代小説と言うよりは、史実に即した歴史小説。史実を追いながら歴史を俯瞰的に体験したい読者向きの大作。
・征夷大将軍として異質な足利尊氏の水の流れのように気ままな生涯を描く。
・欲望がむき出しになった時代に、野心も使命感も持たず、時代を漂った人間として、足利尊氏を描く。
・執念深い後醍醐天皇や戦に長けた楠木正成、実務家として室町幕府を築いた弟の足利直義や高師直など、膨大な数登場する脇役も魅力的。
・こういう大部の歴史小説を読んでおくと、例えば平賀源内が書いたことで知られる「神霊矢口渡」など、「太平記」の時代を舞台にした歌舞伎演目の理解も深まる。
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 永井紗耶子さんと垣根涼介さんが無事、受賞しました。時代小説・歴史小説の2作受賞は1年半ぶり。当てるのがすべてではないですが、今回は2作の予想が的中でした。あと別件ですが、長年担当している裏方仕事でPick Upした作品が、思いの外、注目を集めて嬉しく思いました。
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 西日本新聞の新連載、坂口恭平さんの「その日暮らし」が面白い。これから楽しみです。娘のアオさんの挿絵と、坂口さんの文章の相性がばっちりで、素晴らしい。

https://www.nishinippon.co.jp/theme/8ffwula3i0/

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 鉄道の旅がベタに好きで、値段あたりの経験の価値について、よく考えます。ムンバイの鈴なり電車や、ジャカルタの旧東急車輌(桜木町行き)、韓国のKTXや中国の和諧号、スイスの(イタリア移民が主に作った)山岳鉄道、ヨークやサクラメントの鉄博の19世紀の車輌、メキシコシティの格安地下鉄、東欧の街々の社会主義の香りのするトラム、モスクワの芸術的な地下鉄など色々と思い出深い旅がありますが、円安の影響で、九州新幹線のネット・チケットがコスパで世界最高水準に達していると思います。九州は魚も肉も酒も温泉も人情も最高で、福岡がNYTimesでplaces to go in 2023に選ばれたのも納得です。

52 Places to Go in 2023 - The New York Times

https://www.nytimes.com/interactive/2023/travel/52-places-travel-2023.html

2023/07/13

IAMCR(国際メディア・コミュニケーション学会)@リヨン大学

 IAMCR(国際メディア・コミュニケーション学会)@リヨン大学での発表が無事に終わりました。スペイン、香港、台湾の研究者とのセッションで、地域ジャーナリズム研究の科研費の成果ということで、名古屋大学の小川先生と発表をご一緒しました。この研究テーマはひと段落という感じです。国際的な展開も先々、期待できそうです。




 オープニングは、マルクス主義批評を現代的な形で展開するChristian Fuchsで、相変わらずルカーチやベンヤミンなどの古典的な理論の参照の仕方に切れ味があり、何度も笑ってしまいました。彼とは以前にDigital Labour and Karl Marx などの著作の日本語訳の話をしたこともありましたが、翻訳に時間がさけず、日本で紹介できなかったことを残念に思っています。
 conferenceディナー(自費)の会場は、ローヌ川沿いのMusée des Confluencesで、日本からは元慶應SFCの伊藤陽一先生をはじめ10名ほどの参加でした。
 

 2023年6月下旬のフランス各地の暴動の影響で、リヨンの中心部でも写真のようにATMが壊されていました。メインストリートのATMの数台がこういう状況で、窓ガラスも割られた店舗が点在する状況。様々な背景があるにしても、短時間でコミュニティが破壊される事件が、新型コロナ禍を経て頻発していることを実感します。

 日本の現代文学・文化の調査で訪れたパリの国際日本文化会館では、土門拳の写真の展示をしていて多くの来場者で賑わっていました。広島の被爆に関する写真も重点を置いて展示していました。酒田の土門拳記念館の展示写真から良いものを厳選した印象。

 
 パリの中心部から少し離れた場所にあるバルザックの家の展示も、カフェの運営やグッズなどの販売も含めて日本の文学館の参考になると思いました。ドイツのゲーテハウス等と比べると、観光地としての「展示価値(ベンヤミン)」は弱いのですが、一連の「人間喜劇」の登場人物たちが出没しそうな商店街の先にあり、往時のパリの下町の雰囲気も体感できて良かったです。


 骨折のリハビリをしながら調査を継続しつつ(階段の昇り降りがまだまだ大変)、移動時間など合間に事務仕事や来月のゲンロンのイベントの準備など、溜まった仕事を片付けています。猛暑の夏を、心身ともに健康に乗り切りたいものです。

 と書いた直後に、シャンベリー・トリノ間のTGVが大幅に遅延した上、イタリア国境で車両トラブルが生じ、アルプスの山中で逆方向から来たTGVに乗り換える、という面白いオペレーションで、自分の指定座席を確保する必要に。権利は柔軟かつ確実に主張しないと維持できないのが、懐かしのイタリア。学生によく話すTipsですが、イタリアでは渋滞時に、車の窓から手を出して感情表現したほうが合流しやすい、のも似た理由だと思います(個人差があります)。
 とはいえアルプスを越えてトリノを訪れる価値は十分にありました。ニーチェが発狂したことで知られるカルロ・アルべルト広場の近くの発酵ピザと、5種のジェラートが最高に美味しかったです。下の写真はイタリアの映画の発祥地・トリノにある国立映画博物館で、映画の博物館としては世界最大級。新しいテクノロジーを織り込んだ「視覚的な展示」が魅力的で、メディア文化論に関する授業用写真を撮りまくりました(私の授業PPTでは、世界のメディア関連の博物館で撮影した、著作権上の問題のない写真を使用しています)。140年近く前に建造された天井のドームを繰り抜いてワイヤーを通し、映画史を俯瞰しながらエレベーターで展望台に上がることができるという、夢のような空間。イタリアらしく、ヴィスコンティやアントニオーニ、フェリーニなどの大御所から、パゾリーニのような奇才の作品展示もあり。井上ひさしが『ボローニャ紀行』で記していますが、文化と歴史と観光を軸にコミュニティの保全と刷新を図るイタリアの街から学ぶことは多いと思います。



2023/06/19

「松本清張はよみがえる」連載50回完結記念イベントの詳細記事が掲載されました

 西日本新聞朝刊(2023年6月19日)に「松本清張はよみがえる」連載50回完結記念イベントの詳細記事が掲載されました。表題は「時代超え何度でもよみがえる清張」です。諏訪部記者に上手く話をまとめて頂いています。盛況だったこともあり、改めて文化欄で大きく取り上げて頂けたようです。

 当日は「高度経済成長」が歴史になりつつある現代において、松本清張の作品を読み返す意義について、皆さまから「熱い反応」を頂きながら、楽しくお話しできました。当初の定員を大きく超える皆さまにご応募・お越し頂き、120通を超えるアンケートにご回答を頂きました。集計結果を拝読し、95.81%の皆さまに「満足」とご回答を頂き、感動いたしました。

 膝の怪我の療養中でしたが、清張愛あふれる、暖かいコメントを数多く頂き、今後の原稿執筆の励みになりました。連載の続編をという声も多数頂きましたので、先々、機会があれば、松本清張の「邪馬台国・九州説」を引き継ぎつつ、「松本清張はよみがえる 西日本編」を書きたいと考えています。現在は(来月の海外出張の準備をしつつ)連載の書籍化の作業に着手しています。

 7月18日(火)に恒例の西田藍さんとの直木賞予想対談が掲載される予定です。この対談連載で2回前に『女人入眼』で高評価だった永井紗耶子さんが、『木挽町のあだ討ち』(新潮社)で、見事、山本周五郎賞を獲得し、2度目の直木賞候補。受賞すれば史上3人目の直木賞・山本周五郎賞のW受賞者となります。古典芸能・文学の復興には、質の高い時代小説・歴史小説の流行が不可欠だと、個人的には考えていますが、近年、気鋭の中堅作家による時代・歴史小説の復興の兆しが感じられます。現在、精読中ですが、充実した候補作のライナップで、7月上旬の対談収録を楽しみにしています。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1099340/

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 次月のIAMCR(国際メディア・コミュニケーション学会)での「ジャーナリズムの収益化」に関する発表とも関連しますが、西日本新聞社は、DMP(Data Management Platform)を活用した事業や、同じ福岡に拠点を持つSoftbankとの関係の近さから、Yahoo!等での記事のオンライン配信、天神を拠点とした新しい地域事業に力を入れている新聞社です。ジャーナリズムの収益化という観点から、新しい試みを行っていますので、メディアラボの事業にも注目して頂ければ幸いです。

西日本新聞メディアラボDMP
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 西田藍さんとの直木賞予想対談の収録が終わりました。山本周五郎賞を獲得した永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』が、前回の『女人入眼』に続き、高評価。7月18日(火)の紙面に詳細が掲載されます。
 しばらくフランス滞在ですが、パリ・ナンテ―ルの暴動で思い出すのは、68年の5月危機とそれを描いたジャン=リュック・ゴダールの名作「万事快調 Tout va bien」です。昔、慶應の授業でサンディカリズムや新左翼運動とその限界について説明する時に、参照していました。ジャン・ボードリヤールがナンテ―ルで教えていて、郊外の住環境と暴動の関係について言及していましたが、今回の件は、郊外という概念よりも、マルセイユが象徴するフランスの(新しい)移民社会が抱える問題との関係が深いと思います。2019年にナンシー近辺を訪れた時に実感した、フランス内の重層的な格差問題が、新型コロナ禍で進行した印象を受けます。弱い立場に置かれたすべての人々に、心身の平穏が訪れることを願っています。
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 新型コロナ禍後の久ぶりのフランス滞在で、今のところ一番変化を実感したのは「eSIM」です。(街角の文字を自動翻訳してくれるGoole LenzやEx OrdoのConferenceアプリも良いですが、安定した4G回線は大事)。ベタにOrangeと契約してますが、日本でカード決済し、羽田でセッティングしておくと、ドゴール空港に着くとすぐに、現地回線に繋がるというのは便利。「数ミリのプラスチック(SIM)」のために、到着時の疲弊した時間を割かなくていいので助かります。15年ほど前にロシアの2G回線のローミングで5万円ほどの請求を受けた時に被った「SIMの呪い」から解放された思いがしています。

2023/06/04

福田和也著『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである』書評/「日常を文化とする心」

 産経新聞朝刊(2023年6月4日)に福田和也著『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである』(河出書房新社)の書評を寄稿しました。表題は「日常を文化とする心」です。3度救急搬送されながら、この本を書き上げた福田和也先生への敬意を込めました。

 文学とは人間の生き方に関わる学びである、という書き出しです。福田恆存の「伝統にたいする心構」を手掛かりに、蕎麦屋の下りを参照した福田先生とは異なって、文化とは生き方であり、狂気と異常から身を守る術だと述べている点に、着目しました。

 これは、文化を「欲望の抑圧の形態」だと考えたフロイトの思想に近く、また「アイデンティティ」という概念を世に広めた発達心理学者のエリク・エリクソンにも近い考え方です。エリクソンの影響から書かれた江藤淳の『成熟と喪失』についても、心理学的な文脈を踏まえて読むことが重要だと考えています。

 念のため、私は「政治的な立場の左右」の区別にあまり関心がありません。経済的な意味での「左右」もあれば、新しい技術の受容や移民の受け入れ、障がい者の包摂、コミュニティの維持のあり方、性的な多様性の受容、プロレスの好みなどに関する「左右」もあり、指標そのものが多様化・重層化しているという考えです。

 院生の頃、福田先生と一緒に読んだみすず書房の『現代史資料』に目を通すと、社会主義運動の初期から昭和維新後でも相応に「左右」の言説が多様だったことが理解できます。例えばゾルゲ事件の尾崎秀実など「左右」の矛盾を生きた人の手記を読むと、マルクス=レーニン主義とアジア主義の間で、その限界も含めて考えさせられることが多いです。

 個人的には「政治的に左」とされる方々よりも「左」の文献を読んでいると感じることが多く、また地方出身者なので、基本的に世帯年収の地域格差を括弧に入れた「小ブルジョア(マルクス)」的な議論が苦手です。

 このため「左右」のパッケージで思考したり、「何々主義・イズム」を掲げたり、そのレッテルを他人に貼ることに意味を感じられず、「様々なる意匠(小林秀雄)」や、「アイデンティティ(エリクソン)」が重層化した世界の複雑性を前提として、無意識的な言動も含めた人間の実存に迫る「文芸批評な思考(≒精神分析的な思考)」が大事だと、個人的には考えています。

 福田先生の著作ともそういう姿勢で向き合っています。福田先生の本について論じるのは、「文芸批評」の方法論上、工夫を要するので骨が折れますが、この本の原稿の連載中に、先生が3度倒れていることもあり、毎回、これで最後という気持ちで書いています。(今回の書評について、平山周吉さんからお褒めの言葉を頂けたので、ひと安心いたしました)

書評 日常を文化とする心 『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである』福田和也著

産経新聞

https://www.sankei.com/article/20230604-UB3SVSVSOFPZXM6ERJOD36HZUU/

楽天infoseek

https://news.infoseek.co.jp/article/sankein__life_arts_UB3SVSVSOFPZXM6ERJOD36HZUU/

NTT docomo

https://topics.smt.docomo.ne.jp/amp/article/sankei/life/sankei-_life_arts_UB3SVSVSOFPZXM6ERJOD36HZUU

goo ニュース

https://news.goo.ne.jp/article/sankei/life/sankei-_life_arts_UB3SVSVSOFPZXM6ERJOD36HZUU.html

livedoor

https://topics.smt.docomo.ne.jp/amp/article/sankei/life/sankei-_life_arts_UB3SVSVSOFPZXM6ERJOD36HZUU

Microsoft Start

https://www.msn.com/ja-jp/news/national

『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』書評

https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/945463/

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 IAMCR(国際メディアコミュニケーション学会)の発表の準備中ですが、今さらながら大幅な人数制限がされていることに気付きました。3000弱の投稿のうち、数百のinvitation only での開催というのは、新型コロナの影響なのか、暴動がしばしば起きているフランス社会の影響なのか、疑問に思いました。新型コロナ禍で、既存の研究ネットワークが薄い研究者(若手やメディアからの転職者など)のコミュニケーション機会を考えると、平時の数千人規模の開かれた場に戻した方が良かったと思います。

 円安で飛行機も宿もTGVのオンライン価格も高く感じましたが、久しぶりの海外出張で、フランスとその周辺の街の現実感を更新して、授業で学生に新鮮な海外イメージを届けたいと思います。

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 他学部の学生のメール質問に回答したら「この授業は、大学に入ってから受講してきたたくさんの授業の中で最も楽しく受講できており、大学での主体的な学びに取り組むきっかけになっている……」という返信が来て、感動しました。明治の学生は、こういうちょっとしたコミュニケーションが上手いと思います。期末レポートにも期待してます。

 来週はメディアに就職が内定した学生より、就職体験談を話してもらいます。学生からのリクエストに即した企画です。インターンや教員紹介による+αの活動に、積極的に取り組むことも大事だと思います。個人的には、教員の本を買って読み込み、質疑をする主体性が、シンプルに一番大事な気がします。

2023/05/30

『現代文学風土記』(西日本新聞社)が増刷されました

 『現代文学風土記』(西日本新聞社)の2刷(1200部)が2023年5月18日付で出来ました。2刷では、微修正の範囲ですが、初版から30ページほど修正しています。吉田修一さんに頂いた帯文はそのままです。乗代雄介さんに「新潮」(2022年8月号)の書評で言及頂いたように、「土地や風土以上に、時を隔てた人間同士を媒介するものもない」ので「未来、その時になんという名で括られているかわからない過去の『現代文学』の簡便なガイドブック」として、一人でも多くの方々に手に取って頂けると嬉しい限りです。

 ひと月ほど売り切れ状態でしたが、Amazonや楽天ブックスなどの在庫も復活しています。先日の「松本清張はよみがえる」イベントでも、15人ぐらいの方にご購入いただき、サインをいたしました。書籍の刊行はスモールビジネスですが、様々な場所の図書館で配架して頂いたり、この本の実績を踏まえて科研費を採択頂いたり、コミュニケーションの拡がりが実感でき、嬉しい限りです。翻訳も含めて先々の展開について検討しています。現在は『松本清張はよみがえる』の書籍化の準備に取りかかっています。

版元ドットコム(Amazon等へのリンク、試し読みページあり)

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784816710018

書評等の一覧など詳細情報

https://makotsky.blogspot.com/2022/04/blog-post_14.html

2023/05/25

「没後30年 松本清張はよみがえる」トークイベント

 2023年5月28日開催の「没後30年 松本清張はよみがえる」トークイベント@天神スカイホールにつきまして、200名を超えるご応募を頂きました。直前の告知でしたが多くの皆さまにご関心を頂き、ありがとうございます。好きな清張作品に関する事前アンケートを全文読みまして、松本清張の根強い人気と皆さまの清張愛を感じました。

 3時間のうち、前半は私的な長編・短編・映画のベスト5について紹介しつつ、松本清張の「生き方」が投影された、いくつかの作品の魅力や執筆背景についてお話します。過去の評論であまり注目されてこなかった「意外なベスト5」になると思います。西日本新聞社蔵の松本清張の写真も蔵出しして、ご紹介します。

 くらし文化部部長の司会で、後半は吉田ヂロウさんと担当記者の佐々木さんを交え、皆さまから頂いたアンケートの集計結果をもとに、代表作や現代文学との関係について映画版も含めて深掘りしていきます。また執筆・製作された時代・社会的な背景について、メディア史的な観点からもお話をします。全体を通して、高度経済成長期を代表する作家・松本清張の作品の記憶を伝承する意味と価値について、一緒に考えることができれば幸いです。



連載一覧「没後30年 松本清張はよみがえる」

https://www.nishinippon.co.jp/theme/matsumoto_seicho/

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 天神スカイホールにお越しいただいたみなさまありがとうございました。講演で、松本清張の「邪馬台国九州説」を踏まえつつ、『ペルセポリスから飛鳥へ』についてお話した折に、西九州新幹線の新駅に「邪馬台国」もしくは「佐賀・邪馬台国)」を、と述べましたが、翌日に吉野ケ里で「邪馬台国時代の石棺墓」の発見があり、驚きました。松本清張が一連の古代史本でこだわっていたのは、王権と関係の深い「璧」の出土ですが、魏の鏡が出たり、邪馬台国や卑弥呼に関わる副葬品が出るだけでも「九州説」は有力になるのではと思います。講演の速報記事は下記です。もう一記事ぐらい載るかも知れません。

松本清張の魅力語るイベント、福岡で開催 本紙連載終了に合わせ(2023年5月29日朝刊)

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1092823/

2023/05/17

「没後30年 松本清張はよみがえる」第50回「骨壺の風景」

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第50回(2023年5月17日)は、松本清張が幼少期から思春期まで最も身近な存在だった祖母=「ばばやん」について記した晩年の名短編「骨壺の風景」について論じています。担当デスクが付けた表題は「故郷の記憶をたどる 『鎮魂』の自伝的小説」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。本作と同様に、人間の生死を越えた「温度のない悲しみ」をとらえた車谷長吉の『赤目四十八瀧心中未遂』とのmatch-upです。

 松本清張は立志伝中の人です。貧しい家庭に生まれ育ち、尋常高等小学校を卒業後、給仕や画工の仕事を経て、40歳を超えてデビューし、時代を代表する作家となりました。清張の人生は、清張が記した小説の登場人物たち以上にドラマチックで、「文学的」です。清張が記した自伝小説の代表は1963年に記された『半生の記』ですが、これに次ぐ小説が、初期の自伝的名作「父系の指」と同じく「新潮」に掲載された本作です。

 本作は、戦前の小倉の下町の風景やそこで貧しい生活を送っていた人々の感情を「集合的記憶」として掬い取った、優れた「純文学作品」でもあります。

「私は、小さいときから他人のだれからも特別に可愛がられず、応援してくれる人もなかった。冷え冷えとした扱いを受け、見くだす眼の中でこれまで過ごしてきた。その環境は現在でもそれほど変わってないと思っている」という本作の一節は、松本清張が「人生の底」を生きる人々の「温度のない悲しみ」に寄り添い、失われた時の中で「ばばやん」の「骨壺の重さ」を感じることができる「不世出の叩き上げの作家」だったことを雄弁に物語っています。

「松本清張はよみがえる」は、今回の50回で完結です。松本清張の主要作を網羅した良いラインナップになりました。各作品の知名度の高さ、映像作品も含めた影響力の大きさに驚かされるばかりです。連載中は膝の手術もあり、再手術を終えたばかりですが、連載50回を書き切ることができて良かったです。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。詳細は「西日本新聞 文化班 Twitter」でご確認を頂ければ幸いです。5月17日の消印有効で、今朝の時点で120人ほどの方々からお申し込みを頂いているそうです。多くの皆さまにご関心を頂き、心より感謝申し上げます。松本清張が半生を過ごした九州北部で、彼が残した仕事を、現代的な視点からから楽しく振り返る会になれば幸いです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1088952/


連載一覧「没後30年 松本清張はよみがえる」

2023/05/16

「没後30年 松本清張はよみがえる」第49回『ペルセポリスから飛鳥へ』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第49回(2023年5月16日)は、『ペルセポリスから飛鳥へ』について論じています。担当デスクが付けた表題は「古代文化の源流探る 清張史観の『総決算』」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。日本の文明を東洋という枠組みを超えた多様なものとして、実地調査を基に考察した梅棹忠雄とのmatch-upです。

 1979年に刊行された「ペルセポリスから飛鳥へ」は、松本清張の古代史観の「総決算」と言える作品です。メソポタミア文明を継承するペルシャ帝国の文化と、日本の飛鳥文化や九州の古代遺跡の類似点に着目している点が大胆で、話題となりました。

 古墳時代の後期に建立された飛鳥寺の大仏は「日本最古の仏像」として知られますが、ユーラシア大陸に点在する大仏との類似点が指摘されています。また猿石や亀石など飛鳥に点在する石造物も、仏教の影響下で作られたものとは意匠が大きく異なります。

「中国の絹だけに限定されるイメージをもつシルクロードの名は早急に改めるべきであろう」と述べている通り、ペルシャと飛鳥の間には「拝火教の道=火の路」や「青銅器の道」、「薬草の道」などがあったと清張は考えています。

 冒頭で記した通り、松本清張が古代史ブームを先導した功績を称えて、西九州新幹線の新駅に「邪馬台国」という名称を採用してはどうでしょう(近畿でも採用してもいいのではないでしょうか)。邪馬台国九州説の是非はさておき、新鳥栖ー邪馬台国ー武雄温泉の旅は、非常に魅力的です。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。詳細は下の記事か「西日本新聞 文化班 Twitter」でご確認頂ければ幸いです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1088605/


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 来月の書評の下準備で、久しぶりに福田恆存を読み返しているのですが、松本清張と歳が近いので、清張作品について考える上でも「時代の肌感覚」として参考になる批評文が多いです。「他者を否定しなければなりたたぬ自己とふようなものをぼくははじめから信じてゐない。ぼくたちの苦しまねばならぬのは自己を自己そのものとして存在せしめることでなければならぬ。この苦闘に思想が参与する」(「一匹と九十九匹と」)など。戦中派より年上の批評家らしい「醒めた人間観」が良いです。