2025/11/03

「食と文学」をめぐる白熱講座 酒井信 × 宇野常寛

 宇野常寛さんとPLANETSで対談した動画が公開されました。表題は「なぜ村上春樹の食事はマズそうなのか? 「食と文学」をめぐる白熱講座」です。宇野さんの『ラーメンと瞑想』(ホーム社)に関する内容で、宇野さんの編集者としてのセンスが生きたタイトルだと思います。

 私は村上春樹作品の食事はそれほどマズそうとは思っていないのですが(笑)、それに近い議論を宇野さんとしています。私からは、「食と文学」について正岡子規、向田邦子、林芙美子、村上春樹、福田和也、宮沢賢治、谷崎潤一郎、開高健を参照しながらお話ししました。

 私のお勧めのラーメンとして、青森の麺や西絶豚(ゼットン)のデス煮干し、松本清張が愛した小倉の中国料理・耕治のラーメンとやきめし、武蔵野アブラ學会の油そばを紹介しています。

なぜ村上春樹の食事はマズそうなのか? 「食と文学」をめぐる白熱講座 酒井信 × 宇野常寛

https://www.youtube.com/watch?v=1smRsrRpUek&t=1785s

2025/10/24

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第20回 「神と野獣の日」大阪城

  西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第20回(2025年10月2日)は、米ソの冷戦下で、核戦争が危惧された時代を風刺した「神と野獣の日」を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「核戦争の恐怖描く政治小説」です。

 2万キロ離れたZ国から誤射された「5メガトンの核弾頭をつけたミサイル」が、東京にあと41分で着弾する場面からはじまるSF色の強い作品です。

 一発目のミサイルによる被害が少なかったことに安堵した人々の頭上に、「ぽつんと一つの黒点」が現れるラストシーンは、実に不穏で、核戦争の恐ろしさを読者に体感させる内容と言えます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/1406382/

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 西部警察のオープニング曲をたまに聞くのですが、エレクトーンで全パートを再現している女性がいて感動しました。足鍵盤がパワフルで良いです。

https://www.youtube.com/watch?v=dAw_UqDzdiA&list=RDdAw_UqDzdiA&start_radio=1

 西部警察については、PART1の大門BOXも良いですが、PART2の鳩村BOXも良いです。ただ「警視庁の大門だ」と言いながらも、管轄を越えて北日本から西日本まで出撃しています。渡哲也は素手でも十分強いのに、ヘリから狙撃もやり、銃弾がなぜか大爆発という。

https://www.youtube.com/watch?v=_g9r6__YQbA

https://www.youtube.com/watch?v=8IUTcLZhwBc

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 運動歴として、小学校でサッカー6年、中学校でバドミントン3年、高校でテニス3年、大学でアメフト短期間(怪我)がありますが、近年は膝と肩の負担を軽減するために、水泳のみをやっています。プールは夏も快適で、ストレス解消と健康維持にちょうどいいです。

 原稿を色々と書いていますが、新聞に初めて記事が載ったのはサッカー少年団の時でした。諏訪神社といえば長崎くんちですが、小学校5年生の時に踊町で練習を行い、昭和天皇の病状が悪化して延期となり、小学校6年生の時も練習・本番だったので、かなり大変でした。都会で中学受験を行うような生活とは、大きく異なる幼少期だったので、子供は食事睡眠をしっかりとって、3教科ぐらい勉強すればいいのでは、と思ってしまいます。

2025/09/26

與那覇潤著『江藤淳と加藤典洋』 書評

 與那覇潤さんの『江藤淳と加藤典洋』の書評が西日本新聞(2025年8月30日)に掲載されました。表題は「力弱き父と力弱き母」です。與那覇さんらしい、戦後史の知見が生きた良い本です。

 年末に出版予定の本×2冊の初稿の確認作業で、書評の告知が漏れていました。宇野常寛さんと『ラーメンと瞑想』についてお話しした動画も、近々、PLANETSで公開されると思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/1393754/

 書き出しは下記です。今年から定期的に西日本新聞で書評を書いています。

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「国破れて小説」あり、と本書の帯に記されているように、戦後の日本文学は充実したものだった。日本文学が「時代を映す鏡」となった時代に批評家として活動した江藤淳を、本書で與那覇潤は次のように紹介している。「その人は尊王家で、敗戦により現人神の地位から零落しても、人間として生き抜こうとする天皇の姿に、力弱き父の最後のモラルをみていた」と。<続く>

2025/09/09

酒井順子著『松本清張の女たち』書評/産経新聞

 産経新聞(2025年9月7日)の書評で、酒井順子さんの『松本清張の女たち』について論じました。表題は「色艶のあるエッセー」です。

 書き出しは、下記のとおりです。

「どんな相手のことも、性別や肩書きにとらわれず一人の人間として見る」と、著者は松本清張(1909~92年)を高く評価している。貧しい家庭で生まれ育ち、弱い立場の人々のことをよく知る清張は、人間への公平な眼差(まなざ)しを持つ作家だった。続く

https://www.sankei.com/article/20250907-WIWOTBV4PNLPFIQWWBEOL3ZHUM/

詳細についてはnoteに記しています。

https://note.com/msakai77/n/nd55d81b80aa9

2025/08/13

noteのアカウントを作りました

 近々出版する新書の初稿を書き終えた区切りもあり、noteで少しずつ告知をしていくことにしました。相互フォロー歓迎です。徐々に色々書きます。

よろしくお願いいたします!


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 Bloggerのデザインを変えてみました。ここ数日、noteを熱心にやってみましたが、記事を2つ削除してしまう操作ミス。著作一覧のマガジンの表示順を変えるつもりで削除を押し、記事自体が消えてしまうという。ダッシュボードから文章は復元できたので良かったですが、まあよくある話ですね。
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 noteの操作感が良く、こちらの利用が主となりそうです。動画などリンクが画像表示されるのがいいですね。音楽や映画、演芸関連の紹介記事もアップロードしていきたいと思います。
 演芸というのは、アメリカだとスタンダップコメディやSNLのようなコント番組で、日本だと落語や漫才、歌などです。個人的には、子供の頃にディナーショーに参加して以来、コロッケの物真似が好きです。淡谷のり子、長渕剛、八代亜紀、五木ひろしなど、確実に爆笑できるネタが多いのが素晴らしいです。コロッケを、人間国宝に推したい。
 私は文芸の世界は、芸事の世界と近いものだと考えています。三遊亭円朝(初代)が言文一致に大きな影響を与えていますし、漱石や正岡子規など寄席に通っていた作家も多いです。寄席には落語だけではなく、歌や漫談、曲芸もあります。多くの作家の人生や作品に触れれば、文芸が堅苦しいものではなく、自由なものであることが分かります。
 noteは文芸作品が好きな人が多そうで、頻繁に文章をアップロードしなくとも良さそうなので、しばらく続けてみようと思います。ひと昔前の小説や映画について、熱心に記事をアップロードしてる人が多くて、良いと思いました。
 noteには文藝春秋が出資していますので、読み書きのノウハウが生きている印象を受けます。

2025/08/11

映画『国宝』は歌舞伎を「殺した」のか? 吉田修一&李相日監督の到達点を語り尽くす

 映画「国宝」について、批評家の宇野常寛さんと映画評論家の森直人さんとお話した動画が公開されました。「国宝」について、かなり踏み込んだ濃い批評になっています。他で言及されていない製作の背景、原作の位置付けなど、玄人色の強い情報も盛りだくさんです。ご関心が向くようでしたら、ぜひ。

映画『国宝』は歌舞伎を「殺した」のか? 吉田修一&李相日監督の到達点を語り尽くす

https://www.youtube.com/watch?v=Y_q0gmNy7vY&t=6s

2025/07/28

『立岩真也を読む』の書評と「やまとみらいカレッジ 現代文学風土記・神奈川編」

 西日本新聞(2025年7月26日)に、稲葉振一郎・小泉義之・岸政彦著『立岩真也を読む』の書評を寄稿しました。タイトルは「自由と分配巡る思想 再評価」です。立岩真也といえば様々な文体で「生存の肯定の思想」を展開した、個性的な書き手という印象で、追悼という気持ちで書きました。「人の存在とその自由のための分配」(『自由の平等』)の思想について、再考すべき論点があると思います。


 それと9月から10月にかけて、大和市文化創造拠点シリウスで「やまとみらいカレッジ 現代文学風土記・神奈川編 ~土地から読み解く、いま・ひと・こころ~」という講座を担当します。東名高速に「年300万人来館 シリウス大和市図書館」という謎の横断幕があり、前々から「シリウス」のことが、気になっていました。

 この横断幕の情報から、大和市の人口は「最大300万人」と思いつつ、約24.5万人らしいです。綺麗な施設なので、近隣の自治体の利用者も多いのだと思います。「シリウス」といえば、「北斗の拳」の天狼拳・リュウガで、私が想像する大和市のイメージとも遠くないです。

 お世辞抜きで「シリウス(天狼星)」は、素晴らしい名称だと思います。図書館は小宇宙であり、未来を照らす恒星です。大和市で「現代文学風土記・神奈川編」についてお話をするのを、楽しみにしています。

https://yamato-bunka.jp/learning/2025/012269.html

2025/07/16

第173回直木賞は誰に?(西日本新聞)

 西日本新聞朝刊(2025年7月16日)に、第173回直木賞展望(西田藍さんとの対談記事)が掲載されました。今回は良い候補作が多く、私の評価では、1位が塩田武士さんの『踊りつかれて』、2位が夏木志朋さんの『Nの逸脱』、3位が青柳碧人さんの『乱歩と千畝 RAMPOとSEMPO』と芦沢央さんの『嘘と隣人』でした。逢坂冬馬さんの『ブレイクショットの軌跡』は5番目の評価となりましたが、前回の候補作『同志少女よ、敵を撃て』を上回る出来栄えだったと思います。

 作品の多様性、表現の幅の広さともに、充実しており、文芸の世界で次々と新しい才能が開花している現状は、慶賀すべきことだと思います。

第173回直木賞は誰に?【直木賞候補作とあらすじ】

https://www.nishinippon.co.jp/item/1376641/

Yahoo!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/articles/2eaa2de393b4a9d9d97978c0e8c203f7e8841c26

対談用の5作品のメモ(本文の内容とは異なります)は下です。

逢坂冬馬『 ブレイクショットの軌跡』 早川書房

・日本で製造されたSUV、ブレイクショットをめぐる物語。前回のノミネート作『同志少女よ、敵を撃て』よりも登場人物が多く、完成度が高い。

・アフリカの少年兵の戦闘シーンや、ファンドの敵対的買収の失敗の舞台裏、投資をめぐる特殊詐欺、同性愛のサッカー選手の結婚に至る人生、NFL選手の不適切発言による炎上など、題材にリアリティがある。

・オンライン上のコミュニケーションの拡大と、経済のグローバル化を視野に入れ、日本を舞台に、従来、文学作品で取り上げられなかった題材を、SUVブレイクショットを軸に上手く網羅している。

・「怒りをおそくする者は勇士にまさり、自分の心を治める者は城を攻め取る者にまさる」など、金言と物語が符合している点も面白い。

・大風呂敷を広げ、現代的な様々なテーマを展開し、物語として出口を示す筆力は高い。このような小説を数作書き、経験を重ねれば、直木賞を獲得できる作家だと思う。


青柳碧人『乱歩と千畝 RAMPOとSEMPO』 新潮社

・映画「フォレストガンプ」や映画「国際市場で逢いましょう」のように、乱歩と千畝が同時代の著名人たちとすれ違いながら成長していく物語。

・北里柴三郎、エンタツアチャコなども登場。同じ愛知五中で学び早稲田に進学した乱歩と千畝が親しく交際していたら、という仮定で書かれた作品。

・乱歩が6歳年上だったため、実際には交友といえるほどの関係があったとは考えにくい。

・横溝正史が編集者兼ライバル、松岡洋祐が敵役。休筆、失踪を繰り返しながら、小説の執筆を進める江戸川乱歩の苦悩と成長を描く。

・松本清張も登場するが、厳密には時代小説家としてデビューしているので、最初から推理小説に傾倒していたわけではない。それでも木々高太郎経由で清張が乱歩と知り合ったという描写はリアル。

・千畝がユダヤ人にビザを発給する描写は思ったよりも簡潔であるが、全体として登場人物が多い点は意欲的。一人一人の描写を深く展開できていないとも言えるが、乱歩と千畝の生涯について魅力的に描けている。


芦沢央『嘘と隣人』 文藝春秋

・神奈川県警を退職した元刑事・正太郎が、娘と孫を見守る生活者の視点から、日常に潜むささやかな嘘をめぐる事件に迫る内容。舞台は東急田園都市線の溝の口~たまプラーザ。

・著者らしい「隣人」に対する細やかな感性が生きたミステリで、他の候補作と比べると分量は少ないが、前回のノミネート作『汚れた手をそこで拭かない』よりも完成度が高い。

・離婚調停中の妻を刺傷する事件や、抱っこ紐のロックを解除する悪質な乳児転落事件など、育児をミステリの題材としている点が新鮮。

・元刑事が他人のプライバシーを侵害していいのかと葛藤する描写も、現代的。スマホを機内モードにして位置情報が収集されたかどうかや、SNS上の虚偽の書き込みが偽証に与えた影響、クレーマーが流したデマや怪文書が与えた悪影響など、従来のミステリにないオリジナリティの高い作品といえる。

・現代的な精神疾患を描いている点もリアルで、簡潔な心情描写が鋭い。ベトナムからの来た研修生が受ける「大人のいじめ」などが、事件の核を成している点も現代的と言える。

・嫌ミスというよりは、現代の大都市郊外の生活者の内面を巧みに描いているという点で、女性の視点が生きた「社会派ミステリ」と言える。


塩田武士『踊りつかれて』 文藝春秋

・ネットや週刊誌の誹謗中傷を題材とした社会派ミステリ。事実上の引退を余儀なくされた伝説のアイドル・美月と、自殺に追い込まれた若手芸人・天童ショージに関する誹謗中傷について、被害者・加害者、家族や弁護士の人生も含めて描かれる。

・社会的に意味のある内容を、天童の「炎上保険」という人気ネタを描くなど、物語を工夫しながら、複数の登場人物が交錯する「恋愛ドラマ」として上手くまとめている。

・天童と同級生だった弁護士の久代奏(かな)の視点から、刑法第230条、民法第709、710条などの条文解釈をもとにした名誉棄損の成立要件など、法的な知見を基にした描写がある点が「社会派」らしい。

・名誉棄損罪は公共性、公益目的、真実性の三要素から違法性が退けられることもあるが、虚偽情報の拡散やそれに便乗した誹謗中傷はこの限りではないなど、現代的な知見も織り込まれている。

・「浅瀬ですぐ善悪を決めてしまう人」による誹謗中傷に対抗した「枯葉」こと瀬尾政夫の「動機」と、大分・別府と久留米で育った美月の謎めいた過去をめぐるミステリ。

・確証バイアス、フィルターバブル、集団極性化といった社会心理学の基本概念も紹介している。読みやすく、広がりのある時間の中で、名誉棄損や誹謗中傷をめぐる問題について考えさせる。

・具体的な裏づけはあるか、表現が過剰ではないか、勝ち負けにこだわっていないか、わかりやす過ぎる結論になっていないか、という著者の誹謗中傷問題に対する問いは、本質的である。


夏木志朋『Nの逸脱』 ポプラ社

・同時代の社会を、暗部から切り取るセンスを感じる。常緑町という架空の土地を舞台に、現代的な意味での、ささやかな悪意や日常に潜在する暴力、苦境から立ち直る人間の強さをユーモアを交えながら描けているのが良い。

・爬虫類の飼育、警察官の大麻栽培、癇癪と執着、誹謗中傷と大人のいじめ、口裂け女の都市伝説、タロット占いのクレーマー、精神疾患と自殺未遂など、同時代的なテーマ性も高い。

・一般的な社会秩序から「逸脱」を余儀なくされるような、グレーゾーンに位置する精神疾患を有する人々について、登場人物たちがそれを克服してきた過程や、不器用な自己表現も含めて、内面を通して丁寧に描けている。

・嫌ミスという枠組みを超えて、微かな希望や人との繋がりを描けている点が良く、多くの読者を引き付ける魅力がある。特にタロット占いの修業をめぐって、「ゴリラ女」こと坂東と「テロリスト」こと秋津がマンションの外廊下で「女子プロレス」を繰り広げる場面が、エモい。

・大阪文学学校の出身ということで、現代的な庶民の感情を掬い取り、カウンターカルチャーとして小説を世に送り出す、田辺聖子のような作家になってほしい。

・松本清張も41歳でデビューし、国民作家となったことを考えれば、小説を書き始める時期は遅くとも良いと思う。

・表層的な差別の撤廃や多様性の称揚がなされている時代、文芸作品を通して一般的な社会秩序から逸脱する人々の心情を、繊細な筆致で描いた点が高く評価できる。

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 直木賞の選考結果は、芥川賞と共に該当作なしでした。今回の直木賞は、初候補の作家の作品が強く、好みが分かれる内容だった影響もあると思いますが、新しい作家が多く出て良い回だったと思います。芥川賞と直木賞の双方が受賞作なしとなった点へのコメントを、7月17日の西日本新聞に寄せました。

2025/06/29

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第19回 「点と線」 福岡市東区 香椎海岸

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第19回(2025年6月28日)は、鉄道旅行の魅力を伝えつつ、「点」としての情報を「線」へと繋げながら、事件の真相に迫った名作『点と線』を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「映画化意識した「絵」になる傑作」です。

『点と線』は、福岡の香椎海岸で男女の死体が発見される場面から始まります。心中物は、近松門左衛門の「曽根崎心中」をはじめとして、長らく文楽や歌舞伎の人気演目として親しまれてきました。男女の心中は、枝葉の付いた噂話を生みやすく、物事の本質を覆い隠すのに適しています。

 この小説で清張は「心中物」に偽装した事件の「アリバイ崩し」を通して、心理劇として事件の真相を暴き、読者にカタルシスを与えることに成功しています。『点と線』は高度経済成長期を代表する社会派ミステリの傑作です。

 次回から「松本清張がゆく 西日本の旅路」は隔月の掲載で文化面に移動となります。松本清張については別途、年内に新書を刊行する準備を進めていますので、こちらにもご期待ください。

https://www.nishinippon.co.jp/item/1370133/

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 第173回直木賞の候補作、作品の多様性、表現の幅の広さともに、充実しています。日本文化の核を成す、文芸の世界で次々と新しい才能が開花している現状は、慶賀すべきことです。直木賞の予想対談も5年目で、かなりの分量の候補作を読んでいますが、楽しみながら取り組んでいます。

 大ヒット中の李相日監督、吉田修一原作の映画「国宝」については、近々、オンラインでお話しする予定です。「国宝」は歴代興行収入の上位に入る勢いで、文学作品を原作とした映画としても、記録的な大ヒット作になると思います。小説トリッパーに寄稿した「国宝」論(55枚)や、「文學界」掲載の吉田修一論の単行本未収録部分(150枚ほど)、映画パンフレットや文庫解説、「国宝」以後の文芸誌・新聞の書評など(50枚ほど)に加筆して書籍にまとめようと考え、少しずつ作業しています。

2025/06/22

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第18回 「表象詩人」 宮崎県高千穂町 天岩戸神社

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第18回(2025年6月22日)は、松本清張が小倉の文学サークルでの思い出を記した晩年の代表作の一つ「表象詩人」を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「文学を通した友情と再会」です。1972年に連載された「黒の図説」の一作で、往時の社会派ミステリのようにダイナミックな物語展開が読後の印象に残る作品です。

 本文でもふれたとおり、松本清張が13歳の時に書いた(とされる)詩が、2018年に発見されています。掲載誌は小倉の同人誌「とりいれ」で、表題は「風と稲」。自伝的小説やエッセイで清張は、詩人としての経歴に言及することを避けていますが、「表象詩人」こと多島田が勤めていた東洋陶器の独身寮を訪れ、夜遅くまで文学談義をしていました。

 この作品は60歳を超えた清張が、昭和恐慌や昭和維新の足音が聞こえる時代に出会った「文学仲間」との思い出をつづった「自伝的ミステリ」です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/1367133/

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 李相日監督、吉田修一原作の映画「国宝」、素晴らしかったです。「鷺娘」も期待以上でしたが、「二人藤娘」「二人道成寺」に加えて「曽根崎心中」とは、さすがと思いました。原作だと「阿古屋」がメインになりますが、納得の演出。長崎の料亭・花月の冒頭も良く、料亭・青柳前から丸山を見下ろしたシーンもあり、李監督らしい繊細な表現が生きた映画でした。

『国宝』については「小説トリッパー」(2018年秋季号)掲載の「「からっぽ」な身体に何が宿るか 吉田修一『国宝』をめぐって」に詳細を記しています。原稿用紙換算で50枚ほど。

https://publications.asahi.com/product/20368.html

 歌舞伎のルーツが庶民の芸能にあったことを考えれば、1642年創業の長崎丸山の引田屋(現・花月)は「地歌舞伎」の舞台として最古に近いものです。このため花井半二郎・俊介の血統と、喜久雄の突然変異的な才能の二項対立は、脱構築され得るもので、半二郎は喜久雄の才能を見いだした時点から、「地歌舞伎」の文脈を頭に置いていたという点が、この作品のポイントになると私は考えています。

 丸山の引田屋で卓袱料理を食べ、酒を飲むことはこのような歴史を味わうことでもあります。三輪(丸山)明宏さんや吉田さんや私の実家もこの近く。丸山・花月は、長崎くんちや少年サッカー、町内会や婚礼などの宴席で、たまに行っていました(昔はお昼が安かった記憶があります)。近年は観光地になりましたが、映画「国宝」でも描かれた、丸山の奥座敷という風情の庭が良いです。

 映画「国宝」の冒頭で「関の扉」が引田屋の舞台で上演される場面には、「地歌舞伎」の歴史を踏まえた意味があります。吉田修一作品は、こういう何気ない表現が上手いです。喜久雄は「鷺娘」や「曽根崎心中」など、1700年代から受け継がれてきた歴史ある演目を通して、半二郎の記憶とともに「地歌舞伎」の伝統を背負い、刷新を試みたのだと思います。

 何れにしても映画「国宝」は、吉沢亮、横浜流星、渡辺謙、高畑充希、森七菜、見上愛、嶋田久作(決めつけ刑事!)など、豪華な演者が生き生きとしていて、良い映画でした。小説『国宝』については、「小説トリッパー」や「文學界」などに寄稿し、長らく映画版に期待していましたが、大満足です。3時間近い、戦後の歌舞伎の歴史を題材とした作品で、『悪人』を超える成功を収めたことが素晴らしく、「李相日監督、吉田修一原作」の次作が早くも楽しみです。

映画「国宝」本予告

https://www.youtube.com/watch?v=DAiq_4YWXow

 現在は次の本の原稿と、直木賞対談の準備、連載・書評について、無理のないペースで取り組んでいます。