2019/03/24

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第51回 真藤順丈『地図男』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第51回 2019年3月24日)で、真藤順丈のデビュー作『地図男』について論じました。表題は「土地に根ざす語りへの拘り」です。

真藤順丈は『宝島』で山田風太郎賞と直木賞を同時に受賞し、現代日本を代表する作家の一人となりました。ここ数カ月、書店で『宝島』は目立つ位置に平積みされています。沖縄の戦後史を、戦時中に思春期を迎えた若者たちの視点から描いた「宝島」は、訛りを帯びたユーモラスな語りが魅力的な作品で、直木賞の選考会でも「平成30年を代表する作品」として高い評価を受けました。

時代劇などの映像制作を手掛けるフリーの助監督の「俺」は、首都圏で度々出会う「地図男」と呼ばれる路上生活者に惹かれています。地図男は「精密さの狂わない三次元的空間把握」の能力を持っていて、関東地域の地図帳に付箋や紙片を付けて、びっしりと物語を書き込んでいます。例えば東京23区の代表が、花札やカルタ、大食いなど120種目に及ぶ競技を、人知れず行っている話など、地図男はファンタジー小説のようなエンターテイメント性の高い物語を多く記しています。

このデビュー作を通して真藤順丈は、後の長編小説に繋がる「土地の記憶」に関する現代的な物語を模索していたのだ思います。この作品で土地に根ざした物語を探し、彷徨する地図男の姿は、土地に根ざした小説を記してきた真藤順丈自身の姿に重なって見えます。


2019/03/17

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第50回 干刈あがた『ウホッホ探検隊』

祝・連載50回! 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第50回 2019年3月17日)で、近年復刊された干刈あがた『ウホッホ探検隊』について論じました。表題は「母子家庭の幸福炙り出す」です。母子家庭を幸福なものとして描いた、干刈あがたの作家としての実存と筆力の双方が光る、国語の教科書に載るべき名作です。

干刈あがたは第一回海燕新人文学賞を「樹下の家族」で受賞し、作家としてデビューしています。風変わりなペンネームは「光よあがた(辺境)にも届け」という希望を込めて付けられました。干刈自身は東京都の青梅の出身ですが、両親は沖永良部島の出身でした。

沖永良部島を含む奄美群島は戦後、米軍の占領下で統治され、1953年に「日本へのクリスマス・プレゼント」として日本に返還された複雑な歴史を持つ場所です。干刈あがたにとって「あがた(辺境)」とは、第一に両親の出身地である奄美群島を意味したのだと思います。胃ガンで49歳の若さで亡くならなければ、沖永良部島を舞台にした大作を記していたと思います。

10年ほどの作家生活で彼女が書き記した小説は、地理的な意味で「あがた(辺境)」に「干刈(光)」を当てたものというよりは、男性中心的な日本社会の「辺境」に「光」を当てたものでした。現代日本と比べて離婚率が低く、母子家庭がネガティブなイメージで捉えられていた時代に、彼女は自立した女性が、ポジティブに離婚後の生活を送る姿を描いた作品を残しました。

「ウホッホ探検隊」は小説らしい心情表現を通して、母子家庭の「幸福の探検」を炙り出した、現代文学らしい名作だと思います。


2019/03/13

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第49回 吉本ばなな『TSUGUMI』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第49回 2019年3月10日)で、吉本ばななの出世作『TSUGUMI』について論じました。表題は「温泉町で描く新しい女性像」です。韓国(光州、群山などの全羅道)にしばらく滞在しつつ、原稿の締め切りに追われていたため、更新が遅れてしまいました。この連載も次回で50回を迎えます。

吉本ばななの父親は、戦後を代表する批評家の一人、吉本隆明です。この小説は、吉本一家が毎年夏に通った西伊豆の旅館を舞台にした作品です。「この小説の世界を生み出すことができたのは、毎年、西伊豆に連れていってくれた両親のおかげです」と、文庫版のあとがきに記されています。こういう青春小説は簡単に書けそうに見えて、作家の力量を問う難しさがあり、吉本ばななはその資質の高さをこの作品で示したと言えます。

この作品は長編2作目ながら、平成初の100万部超えの単行本となり、吉本ばななの人気を不動のものとしました。新しい時代の小説らしく、ローマ字のタイトルを冠し、新しい時代に似付かわしい、魅力的な女性像を示しています。第2回の山本周五郎賞の受賞作として、この賞の価値を高めた、吉本ばななの代表作です。久しぶりに読み返しましたが、瑞瑞しい文章が、読後の印象に強く残りました。


2019/03/05

文部科学省共同利用・共同研究拠点「問題複合体を対象とするデジタルアース共同利用・共同研究拠点 成果報告会」での発表

「問題複合体を対象とするデジタルアース共同利用・共同研究拠点 成果報告会」(文部科学省共同利用・共同研究拠点、中部大学国際GISセンター)で研究発表を行ってきました。私にとっては年に一度の定量的なメディア研究の発表で、前任先の慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所時代から続けている研究内容です。例年のことながら「理系」の先生方に囲まれて共同研究を行うことは、緊張感があり、今年は特に好評を頂けて大変励みになりました。
(例年この発表が終わると春休み、という感じなのですが、今年は現代ブンガク風土記の連載と、5月発売予定の本の分担執筆の原稿に追われていて、春休みは遠そうです。。)

今年度は2011年3月から2018年8月までの東日本大震災及び福島第一原発事故に関する「風評被害」報道について、報道量・報道内容の分析を行い、記事内で言及されている地名について3階層(都道府県、市町村、町名)に区分したメタデータを抽出し、デジタルアース上に配置することで報道分布の分析を行いました。

研究結果としては、第一に「風評被害」に関する報道量は、一括りに「被災地」と呼ばれる場所の中で格差が生じる傾向にあり、「風評被害」報道は福島県及び宮城県に集中しながらも、広汎な地域に分散していることが分かりました。

また「風評被害」の報道においては、米、果物、桃、キュウリ、ほうれん草をはじめとした農作物に対する報道量が突出して多く、報道の多くが福島県に集中しています。他にも漁業や観光業、畜産業に関する「風評被害」の報道量も多く、特に品目別で米を上回り、魚に関する「風評被害」が多く報道されている点は、福島第一原発の汚染水の海への流出が、多くの人々に危惧されていたことを物語っています。

報道内容の傾向については、震災・原発事故直後の2011年度は、ネガティブな報道が全体の約85%を占めていました。これに対して2015年から2018年にかけては、「風評被害」の報道そのものが少なくなり、ネガティブな報道は約60%にまで低下しています。

全期間を通して読売新聞の方が朝日新聞よりもポジティブな報道を行う傾向にあり、前者のネガ・ポジ比が65:35であるのに対して、後者は87:13でした。この比率には、政府に相対的に近い立場から原子力発電の普及を後押ししてきた読売新聞と、反対してきた朝日新聞の報道傾向の差が反映されていると考えられます。

今後も東日本大震災及び福島第一原発事故に関する「風評被害」については、研究を重ねていく予定です。



2019/03/03

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第48回 吉本ばなな『キッチン』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第48回 201933日)では、吉本ばななのデビュー作『キッチン』について論じています。表題は「『拘束』から『解放』の場へ」です。「キッチン」は福武書店(現・ベネッセコーポレーション)が創刊した文芸誌「海燕」の新人賞を受賞した吉本ばななのデビュー作です。

「海燕」は1982年から1996年まで約15年間発行され、吉本ばななの他にも角田光代や島田雅彦、佐伯一麦や小川洋子など、現代日本を代表する作家たちを次々と輩出しました。文芸誌の重要な役割が「新しい書き手を世に送り出すこと」にあると考えれば、「海燕」はその役割を十分果たしたと言えます。

吉本ばななのデビュー作は「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う」という印象的な一節ではじまります。この作品の魅力は、都会に住む人々の視点から、旧来の「家」で女性を拘束してきた場所=台所を、料理研究家を志す「私」を解放する場所=キッチンとして新鮮に描いた点にあると思います。

「キッチン」は、バブル経済期=平成のはじまりを象徴する作家が、この時代を象徴する場所=西新宿を舞台にして、この時代を象徴する文芸誌=「海燕」らしい現実感を展開した小説です。







2019/02/28

沖縄でのゼミ合宿

第160回直木賞を受賞した真藤順丈著『宝島』の舞台となった沖縄島の中頭地域(読谷村、嘉手納町、沖縄市、宜野湾市、うるま市等)をめぐるゼミ合宿を行いました。
小説の舞台となった沖縄戦の激戦地の戦前・戦後の歴史を訪ねつつ、広大な米軍基地(と戦前に日本軍に接収された土地)の現在の姿を、県民投票の前に学生たちと再確認するフィールドワークでした。

個人的に印象に残ったのは、普天間基地の現状もさることながら、「嘉手納飛行場(アメリカ空軍嘉手納基地)」の前にある「道の駅かでな」の学習展示室の展示でした。
http://michinoekikadena.com/18tenji.html
日本最大規模の米軍基地が、嘉手納の土地に出来る前とあとの模型が展示されています。「嘉手納基地に消えた土地の暮らしや文化」に関する展示が非常に興味深かったです。昨年に読谷村で開館したユンタンザミュージアムの詳細な展示内容と合わせて、非常に興味深い展示内容でした。

日本最大規模の米軍基地「嘉手納飛行場(アメリカ空軍嘉手納基地)」は、米軍上陸の前線となり、多くの人々が殺害され、家屋が破壊された場所に建っています。仮に普天間から辺野古へ米軍基地が移設されたとしても、嘉手納は存続し続ける計画です。
基地問題は、普天間ー辺野古だけの問題ではない、ということを学生たちと再確認したフィールドワークでした。


(那覇のジュンク堂書店では、拙著『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』を平置きして頂いておりました。有り難いことで、真藤順丈の特集コーナーなど書棚の作りもとても良かったです。)

文教大学HPでの紹介
http://www.bunkyo.ac.jp/news/student/20190228-01.html

2019/02/26

新刊『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』

新刊『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』の書店用チラシ(版元ドットコム掲載)です。
https://www.hanmoto.com/wp/wp-content/uploads/2019/02/faxdm-00-8.jpg
発行は2月末ですが、多くの書店に並ぶのは3月上旬になりそうです。「炎上対策」寄りの広告で、その部分も相応の分量ありますが、全体としては炎上問題も含めたMedia Studiesと文芸批評の中間ぐらいの内容です。67の文章演習問題が収録されていて、1700円+税はお手頃価格と思います。普段、授業で配布している教材をもとにした本で、当初180ページぐらいの予定だったのですが、240ページの分量で内容も充実しました。多くの人に手にとってほしい本ですので、ご一読頂ければ幸いです。




2019/02/24

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第47回 島田雅彦『優しいサヨクのための嬉遊曲』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第47回 2019年2月24日)は、島田雅彦のデビュー作「優しいサヨクのための嬉遊曲」について論じています。表題は「「ベッド村」の新しい現実感」です。

この作品は1983年に東京外語大学ロシア語学科に在学中に島田雅彦が書いたデビュー作です。現役の大学生の作品ということで注目を集め、若干23歳でデビューした島田雅彦は、昭和の時代の終わりから「文壇の寵児」としての期待を背負うことになります。

大学のロシア語学科に通う千鳥姫彦は、ソ連の反体制運動を研究するサークルに属しながら、逢瀬みどりとの恋愛を楽しんでいます。彼は、その後の島田の作品で描かれる主人公のモデルとなる人物で、新興住宅地で生まれ育った「ベッドタウン2世」というアイデンティティを持っています。大学に入学する前から彼は「ロシア的なもの」に憧れていましたが、アフガニスタン事件やサハロフの流刑で、社会主義の限界を感じ、相応に大学生活を楽しみながら、「赤い市民運動」に関わっています。

「ベッド村のマンションから稼ぎ人たちが、仕事に出かけるように通いでサヨク運動ができると千鳥は思った。危険はないと。趣味のサヨク運動はベッド村の千鳥にぴったりだった」という一節に象徴されるように、主義主張を貫くことと、親しい人間を守ることの間で悩むことなく、「ベッドタウン2世」として即座に後者を選ぶ姫彦の価値観が、皮肉として作品に深みを与えています。

70年代の終わりと、80年代のはじまりを感じさせる作品で、島田雅彦らしい風刺と皮肉の力が漲ったデビュー作です。


2019/02/18

週刊読書人『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』書評

 週刊読書人(2019年2月15日 第3277号)で、陣野俊史氏(批評家・作家、立教大学特任教授)に『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』の書評を頂きました。
「反時代的な文芸批評 きわめて本質的な文学の「場所」へ」というタイトルで、吉田修一の作品を通して長崎という場所について批評することの意味について、同じ長崎出身の陣野氏らしい鋭い観点から、興味深い分析を頂きました。
 こういう書評を頂くと、今後の仕事の励みになります。
 新聞版にもWeb版にも掲載されていますので、ぜひ週刊読書人をご一読下さい。
https://dokushojin.com/article.html?i=5036


2019/02/17

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第46回 佐藤正午『鳩の撃退法』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第46回 2019年2月17日)は、佐藤正午の代表作『鳩の撃退法』について論じています。表題は「ぼんやり留まる場所として」です。

日本西端の港街・佐世保の雰囲気が、色濃く漂ってくる現代文学を代表する小説です。夜店公園通りという佐世保に実在する歓楽街も作中に登場します。2019年の1月に佐世保に行って写真も撮ってきました。高校の部活の遠征以来、久しぶりに佐世保の繁華街を歩きましたよ。

この小説は凄い小説です。主人公の津田伸一は、かつて直木賞を「2年連続」で受賞した大作家でしたが、小説が書けなくなり、世間から忘れられています。佐世保っぽい街で、女性の家に居候しながら「女優倶楽部」という店でドライバーをしながら日銭を稼いでいます。そこに古本屋の店主から3000万円のお金と、偽札の疑惑がふってくるというぶっ飛んだ話です。

50代後半から60代にかけて、代表作と呼べる作品を世に送り出すことのできる作家は稀だと思います。佐藤正午は2017年に発表した「月の満ち欠け」で、61歳にして直木賞の初候補で初受賞となりましたが、この受賞を後押ししたのが、山田風太郎賞を受賞した、文庫で約1100頁の本作であることは間違いありません。

佐藤正午の佐世保を舞台とした作品の魅力は、東京や福岡のような大都市とは異なる生活者の現実感にあると思います。直木賞の受賞の記者会見も電話対応で、授賞式にも出席すると言っておきながら、結局、出席せず、30年以上も佐世保に留まりながらマイペースで作品を記し続けてきた作家らしい傑作です。