2022/10/13

「没後30年 松本清張はよみがえる」第13回『小説帝銀事件』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第13回(2022年10月13日)は、『小説帝銀事件』について論じています。担当デスクが付けた表題は「『社会派』小説の原型 世論を変える影響力」です。直木賞候補作『インビジブル』などで知られる坂上泉さんとのmatch-upです。

 1948年にGHQ占領下の日本で起きた帝銀事件を題材にした小説です。ベストセラーとなった「日本の黒い霧」の前年に書かれた本作は、松本清張のノンフィクション小説の原型となりました。帝銀事件は、東京都豊島区の帝国銀行椎名町支店で都の衛生課員を名乗る人物が、湯飲み茶わんに赤痢の薬と称して青酸カリを入れて16人の銀行員に飲ませ、12人を殺害したことで知られます。

 最終的に犯人として逮捕された画家の平沢貞通は、1955年に最高裁で死刑判決を受けた後も無実を主張し続けて、95歳まで生きました。本作は「日本の黒い霧」がベストセラーになったことも手伝って、平沢が無罪であるとする世論形成に大きな影響を与えたと考えられます。GHQの参謀第二部(G2)の情報将校・ジャック・キャノンを想起させる人物の関与や、毒物の扱いに慣れていた七三一部隊や陸軍中野学校の関係者を真犯人だと示唆する本作の内容が、帝銀事件をめぐる世論を変えたわけです。

 物的証拠が少なく、あやふやな自白が犯人を特定する上で重視されたのも、帝銀事件が「未解決事件」とされる大きな要因です。帝銀事件の捜査で、日本の犯罪史上初めてモンタージュ写真が作られましたが、人相をもとにした犯人特定は怪しいもので、毒殺を免れた行員の証言もあやふやなものでした。

 次週は第14回のみの掲載予定です。有名な作品を多く取り上げてきましたが、現時点で私的な「松本清張ベスト5」に入る作品は、まだまだ1作です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1000303/