2022/10/26

「没後30年 松本清張はよみがえる」第16回『眼の壁』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第16回(2022年10月26日)は、長編ミステリの代表作の一つ『眼の壁』について論じています。担当デスクが付けた表題は「村上春樹作品と共通 多種多様な「仕掛け」」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。「保守党の派閥」を仕切る児玉誉士夫のような「右翼の大物」との対決を描いた『羊をめぐる冒険』を記した村上春樹さんとのmatch-upです。

 松本清張のミステリ作家としての「引き出しの多さ」を感じさせる代表作の一つです。素人の会社員と新聞記者が物語を牽引するため、冒頭はサラリーマン小説のようですが、やがて詐欺事件に新興右翼や政治家が関わっていることが明らかになり、大掛かりな物語となります。

 時刻表トリックや死体輸送のトリック、自殺偽装のトリックなど、推理小説らしい様々な仕掛けが散りばめられており、特に濃クローム硫酸風呂が登場するラストシーンは、犯罪ミステリの枠を超えて、ハリウッド映画のようです。皮革工場で使われる劇薬を、白骨化した死体が登場する作品の重要な小道具にしている点が、小倉の工業地帯で育った松本清張らしい。

 戦前に軍部の機密費を財源としていた右翼が、戦後に資金に窮して非合法的な活動に手を染めてきたという描写は、戦後日本の闇を活写した「日本の黒い霧」を想起させます。政治信条の上で、松本清張は右翼でも左翼でもなく、貧しい人々の生活に寄り添う作家だったと私は考えています。ただ「節操も主義もないアプレ右翼は、恐喝、詐欺、横領などを働く」といった言葉には、庶民を食い物にして来た「アプレ右翼」への怒りが感じられます。


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