2020/01/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第93回 阿部和重『インディヴィジュアル・プロジェクション』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第93回 2020年1月26日)は、90年代の日本文学を代表する作品で、阿部和重の出世作『インディヴィジュアル・プロジェクション』を取り上げています。表題は「「情報の渦」戸惑う若者たち」です。大学時代にリアル・タイムで読み、惹かれた作品の批評文を書けるのが、この連載の素晴らしいところです。

秋学期の授業がひと段落したので、調査で山口県の萩に来ています。「山口からが九州」というのが九州北部で生まれ育った人々の共通感覚だと思います。「薩長土肥」について、長州が九州北部、土佐が九州南部と文化的に近いことを考えれば、明治維新はほぼ九州の人々が起こした革命(反乱)だと思っています。ともかく山口は瓦蕎麦が香ばしくて美味しいので、これと下関の「ふく」は九州名物ということでいいのでは、とも思います。


阿部和重『インディヴィジュアル・プロジェクション』あらすじ
サバイバル術を教えるマサキが開学した高踏塾で修行を積んだオヌマは、映写技師となり、渋谷に潜伏している。「実践」と呼ばれるマサキが課す任務は犯罪職を強め、「実践」への参加を拒むと怪死を遂げてしまう。1997年に発表された本作は、同時代の渋谷に集まる人々が抱く無意識的な欲望を捉え、渋谷系文学と呼ばれる一連の作品の代表作となる。

2020/01/22

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第92回 阿部和重『シンセミア』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第92回 2020年1月19日)は、山形県東根市神町を舞台にした阿部和重の代表作『シンセミア』を取り上げています。表題は「戦後日本が抱えた「悪の種」」です。「敗戦後の日本そのものを描くという狙いが3部作の根幹にはある」と著者がインタビューで述べていますが、この作品は阿部和重の実家をモデルにしたと思しき「パンの田宮」を中心とした「基地の町」の戦後史を描いた作品でもあります。

文芸評論家の坪内祐三氏の追悼文を、西日本新聞に寄稿しました。4枚ほどの原稿が、2月に入ってから掲載されると思います。対談を見学させて頂いたときの思い出や、20代の頃に原稿の内容に触れて、励まして下さったときのことを思い出しながら、感謝の気持ちを込めて書きました。

阿部和重『シンセミア』あらすじ
著者が生まれ育った山形県東根市神町を舞台に、パン屋の田宮家とヤクザの麻生家を中心とした戦後史が、多様な登場人物たちのエピソードと共に紐解かれる。ひと夏に起きた奇妙な事件の数々と、偶然に起きた台風による洪水が、町を分断する抗争を引き起こし、神町の人々が忘却していた血生臭い歴史を露わにしていく。毎日出版文化賞と伊藤整文学賞の受賞作。



2020/01/17

卒業研究・ゼミ冊子制作発表会

文教大学で最後となる(見込みの)卒業研究の発表会を4年生と3年生の合同で実施しました。活発な質疑と議論が行われ、笑いもあふれる会となり、一教員として参加していて楽しかったです。ゼミ生に恵まれ、支えられた10年間の教育・研究活動でした。毎年、成績の良い意欲的な学生たちが多く集まってくれたことも有り難かったです(成績がふるわない学生の多くも、周りの学生に刺激を受けて頑張ってくれました)。

4年生は論文を書くだけではなく、3年生と共同で冊子制作を行ってきました。お陰でゼミ冊子も120ページ近い分量で充実した内容となり、日本の大学のゼミの制作物としては「最大級の情報量」となりました(今年の詳細は後日。過去の制作物は日本出版学会等で紹介)。ゼミ冊子等の成果をもとに、新聞記者や編集者、大手IT企業のプランナー、神奈川を代表する企業のシステム・エンジニア、自治体の公務員、大学院進学など、ゼミ生たちが大学パンフレットに載る「文教生を代表する進路」を開拓してくれたことも誇りに思っています。

Media Studiesに関する理論や歴史的な知見をしっかりと踏まえた上で、確かな取材活動に基づいた制作活動やプレゼンテーションを行うことが、出版・ジャーナリズム分野の教育として大事だと考えています。学生たちには、ゼミでの学術的な課題をこなしつつ、応用的な課題として冊子等の制作に取り組むことで、現代のメディア環境における情報の発信者としての意識を高めてもらいました。

課題の多いゼミだったと思いますが、自由度は高く設定していましたので、学生たちが大学のサークル活動やアルバイトなどの活動も大事にしつつ、その活動内容も楽しそうに文章に織り込んでくれたのが嬉しかったです。今年はニュースパーク(日本新聞博物館)との共同プロジェクトも行い、過去には茅ヶ崎市との共同プロジェクト等もYahoo!ニュース、時事通信、神奈川新聞等で取り上げられる成果を残しました。

インターン先として紹介したIT企業の方々や、地域の映画館や喫茶店などでコミュニティを支えて来られた人々、新聞社やIT企業などで活躍するOB・OGへの取材活動を通して、ゼミ生たちが大きく成長することができました。文教大学でのゼミ活動を支えてくれた多くの方々に心より感謝申し上げます。



2020/01/14

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第91回 川上弘美『真鶴』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第91回 2020年1月12日)は、神奈川県足柄郡の真鶴を舞台にした川上弘美の代表作『真鶴』を取り上げています。表題は「際どい恋愛 観光地の闇へ」です。

足かけ3年目を迎えた「現代ブンガク風土記」も100回までもう少し。本年もよろしくお願いいたします。

文芸評論家の坪内祐三さんの訃報に、愕然としました。心よりお悔やみ申し上げます。
昨年末に出版社のパーティーで元気そうなご様子に接したばかりでした。駆け出しの頃、私の文章を読んで下さって「頑張ってるね」「立派にやってるね」と優しく声をかけて頂き、何度も救われた思いがしました。

坪内さんは、明治の文学に詳しいだけではなく、同時代の論壇誌や文芸誌の書き手の論点に詳しい方でした。もの書きにとって厳しい時代ですが、文芸誌「en-taxi」にお世話になった人間として、坪内さんたち「大人の批評家」から学んだ、広い射程をもった「批評」と「散文」を、書ける限り書いていきたいと思います。


川上弘美『真鶴』あらすじ
夫の礼を失踪で失った文筆業の京のその後の日常を描いた作品。幻想的な内容の小説ながら、失踪の直前に夫のジャケットのポケットから出てきた「21:00」というメモや、日記に記された「真鶴」という文字の謎など、細かな仕掛けが読者の関心を誘う。真鶴を舞台に展開される夫の失踪の真相とは。2007年に芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

2020/01/07

「コントで学ぶ メディアと社会とわたし」(DVD教材、丸善出版)4巻の監修を担当しました

本年も何とぞよろしくお願いいたします。
「コントで学ぶ メディアと社会とわたし」(DVD教材、丸善出版)4巻の監修を担当しました。下の丸善出版のサイトで1〜4巻の映像のダイジェスト版を視聴することができます。
https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b303682.html

1巻の監修が中央大学の辻泉先生、2巻の監修が中央大学の松田美佐先生、3巻の監修が武蔵大学の南田勝也先生です。教材用のDVDですので定価が高く設定されていますが、図書館等に導入頂ければ、貸し出しや授業利用も可能ですので、よろしくお願いいたします。

丸善出版(映像)
コントで学ぶ メディアと社会とわたし 4
災害時の心理とメディア
著者名 酒井 信 監修
制作元 丸善出版(映像)
発売/発行年月 2019年12月
媒体 DVD
時間 31分
付属品 ユーザーズガイド(PDF)

シリーズ紹介
テクノロジーが進化し人々の暮らしが格段と便利かつ効率的になったIT社会。しかしその裏側には私たち1人1人が考えるべき様々な問題が・・・。そんな問題課題を『コント』に凝縮!さらにコントの事例背景や本質を詳しく『解説』しているので、誰でも分かりやすく!楽しく!学ぶことが出来ます。現社会の一部である『わたし』という存在を考える映像教材です。

内容紹介
事故や災害時、何が私たちの生死を分けるのか?「異常」を感知しにくい心理状態で、デマやフェイクニュースなど流言飛語が拡散する現代社会。災害大国に住む私たちに必要な、非常時への心理的な備えとメディア受容のあり方を問う。

コント1 いいから、逃げろ 【極限状態における行動心理】

コント2 日本脱出 【災害時におけるメディアの傾向】

コント3 胸騒ぎです 【生き残るための判断力】



2019/12/26

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第90回 小野正嗣『残された者たち』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第90回 2019年12月22日)は、大分県の南東部、佐伯市を想起させる場所を舞台にした小野正嗣の『残された者たち』を取り上げています。表題は「「ポスト限界集落」の将来」です。

今年は新しい仕事(新聞連載、文芸4誌への寄稿、映画パンフレットの解説、メディア・リテラシーDVDの監修など)との出会いに恵まれた一年でした。お世話になった皆さまに、心より感謝申し上げます。西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」も90回目を迎えました。年末年始はお休みで、年明けは1月12日の掲載となります。

小野正嗣『残された者たち』あらすじ
限界集落化して久しい住人5人の集落の小学校を舞台にした作品。「尻野浦」の小学校で暮らす校長先生、不正採用が発覚して小学校教師を辞めて集落に来た訳ありの杏奈先生、元大学教員で、妻を亡くし「もう東京はいいや」と思って移住してきたトビタカ先生と養子の純とかおるなど、訳ありの人々を描く。彼らの集落にある日、山を越えた「ガイコツジン」集落からエトー君がやってくる。



2019/12/17

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第89回 柳美里『ゴールドラッシュ』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第89回 2019年12月15日)は、横浜市の黄金町を舞台にした柳美里の代表作『ゴールドラッシュ』を取り上げています。表題は「少年の「快楽と暴力」に肉迫」です。

今週の土曜日に早稲田大学の20世紀メディア研究所で「江藤淳と戦後日本の文芸批評」という表題の発表を行います。学部は早稲田大学でしたが、これまで学会や研究会で縁が薄かったので、研究会に参加することを楽しみにしています。(年末の締め切りの関係で、何を話すかは準備中ですが。。)
http://www.waseda.jp/prj-m20th/

20世紀メディア研究所 : 第133回研究会
・ 日時:12月21日(土曜日)午後1時30分~6時00分
・ 場所:早稲田大学 早稲田キャンパス3号館8階808教室

◇ 発表者、テーマ:
・酒井信(文教大学情報学部メディア表現学科准教授)
 「江藤淳と戦後日本の文芸批評」


柳美里『ゴールドラッシュ』あらすじ
パチンコ店を経営する裕福な家庭で育った「少年」は、中学校に行かず、横浜の黄金町で一日を過ごし、ドラッグに浸っている。神戸連続児童殺傷事件を想起させる内容で、異なる登場人物の意識を通して、父親の殺人に手を染める少年の現実感を捉える。黄金町や野毛山公園など、横浜の旧市街の名所を、この界隈で育った柳美里らしい視点から描く。



2019/12/12

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第88回 東山彰良『流』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第88回 2019年12月8日)は、東山彰良の直木賞受賞作『流』を取り上げています。表題は「中国ー台湾ー日本…他文化小説」です。写真は学生時代から馴染み深い、中野サンモール商店街です。未だに映像・音楽関係のハードウェアは、この先の中野ブロードウェイにあるフジヤエービックで購入しています。

東山彰良『流』のあらすじ
山東省から移住してきた外省人の祖父と、高校教師の父を持つ葉秋生は、祖父の死と受験勉強のストレスから、大量のゴキブリや幽霊や狐火などの幻覚を見るようになる。葉秋生が成長していく過程で、祖父が国共内戦の時に経験した虐殺の謎が解明され、複雑な歴史を経て生まれた中華民国の戦後史が紐解かれていく。第153回直木三十五賞の受賞作。





2019/12/06

講談社「群像」2020年1月号に寄稿しました

講談社「群像」2020年1月号に、吉田修一『逃亡小説集』の書評を寄稿しました。タイトルは「生真面目な人々の「逃亡文学」」です。

西日本新聞の連載で毎週、現代文学を取り上げていることもあってか、今年は月刊文芸誌4誌(文學界・新潮・群像・すばる)に寄稿した初めての年になりました。様々な作家・評論家が寄稿した500ページを超える大ボリュームのお買得な新年号ですので、ぜひご一読を!

「群像」2020年1月 目次
http://gunzo.kodansha.co.jp/55737/55772.html

「すばる」2019年12月号 吉田修一『アンジュと頭獅王』

2019/12/03

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第87回 森見登美彦『夜行』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第87回 2019年12月1日)は、森見登美彦の人気作『夜行』を取り上げています。表題は「日常の「闇」描く怪異小説」です。

今週は売れっ子のフリーライター・斎藤哲也さんにゲスト講義でお話を頂きました。 ベストセラー本を数多く手掛け、著名人の対談の構成や本の編集を多く担当されている斎藤さんのお話は、出版業界の最前線の話題といえる充実した内容で、学生たちからも多くの質問が挙がっていました。共著『IT時代の震災と核被害』をご担当頂いて以来のお付き合いです。


森見登美彦の「夜行」は、日常の中に垣間見える「闇の世界」を描いた都市伝説のような怪談小説です。架空の銅版画家・岸田道生の連作「夜行」と「曙光」を手がかりとして、京都・出町柳の英会話学校に通っていた「長谷川さん」の失踪事件の謎に、恋心を抱いていた「大橋君」が迫っていきます。

5人の仲間たちの話に登場する「奇妙な家」と、そこに導かれて失踪し「顔を失った人々」にまつわる物語は、上田秋成の怪異小説のように、読者を日常の「向こう側」へと誘い、シュールレアリスムの絵画のように、私たちの現実感覚を狂わせていきます。川端康成の「雪国」を下地にしている点も面白いです。

複雑に絡み合った「謎」は、容易な解釈を拒絶するものですが、明瞭な文体で独特の作品世界を築いてきた森見登美彦らしい作品だと思います。