西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第17回(2022年11月1日)は、松本清張が小倉で遭遇した「米兵の集団脱走事件」を描いた『黒地の絵』について論じています。担当デスクが付けた表題は「惨劇に潜む差別に光 事件描く文体を模索」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。『取り替え子 チェンジリング』などで米兵の暴行を描いた大江健三郎さんとのmatch-upです。
朝鮮戦争の最中の1950年7月11日に北九州・小倉で起きた米軍陸軍兵士の脱走・暴行事件を描いた作品です。当時、松本清張はこの事件が発生した「キャンプ城野」の近くに住んでおり、この事件がGHQの情報統制で詳細が報道されなかったことに、強い疑念を抱いています。「私は何も知らなかったのである。昨夜、すぐ近くのキャンプから黒人兵が集団脱走し、この住宅を初め近在の民家に押し入り暴行を働いたというのだ」と、清張は『半生の記』の締め括りにこの日の思い出を記しています。
「黒地の絵」について、批評家の評価は芳しくありませんでした。例えば江藤淳は、本作を「巧妙な推理小説的話術で書かれた好読物」と評価しつつ「黒人兵の死体の毒々しい鷲の入墨を切り裂く復讐のドギツい横顔を描いて能事足れりとしている」と評しています。この時点の松本清張はノンフィクションとフィクションが入り混じった文体を試しており、身近で起きた事件の重さを、文学的にどのように表現していいか戸惑っていたように思えます。ただ本作は『日本の黒い霧』に繋がる作品として重要な「習作」だと私は考えています。
今週は連載は1本の掲載で、次週は4本の掲載予定です。今月は松本清張連載の他、文芸誌に原稿を1本と、英字論文が1本、新聞のコメント記事2本が掲載予定です。年末年始の休暇まで、体調に配慮しつつ、地道に、快活に仕事をして行きたいと思います。
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