2019/02/03

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第44回 真藤順丈『宝島』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第44回 2019年2月3日)は、真藤順丈の直木賞受賞作『宝島』について論じています。表題は「沖縄の人々の総体が主人公」です。

近年の直木賞受賞作品の中で、最も「志の高い」作品と言っても褒めすぎではないと思います。沖縄の凄惨な地上戦を思春期に体験し、米軍基地から物資を奪う「戦果アギヤー」として生き残ってきた若者たちの人生を通して、沖縄の戦後史を壮大なスケールで描き切っています。米軍基地の存在と深く結び付いた沖縄の窃盗団や密売者、ヤクザたち、米国統治下のコザの特飲街、本土復帰運動の集会、那覇の闘犬賭博場の描写など、沖縄の街の裏側を、生活者の視点から描いた文章も魅力的です。

真藤は沖縄出身ではなく、東京生まれです。大学も埼玉県越谷市に本部を置く文教大学に通っていました(私は同大学の教員)。文教大学は小学校・中学校の教員養成に重きを置いていることもあり、勉強熱心な学生が多い印象を受けます。同大学の出身者として高橋弘希が、2018年の上半期に「送り火」で芥川賞を受賞して、「閉鎖的な人間関係の中で生じるいじめ」をテーマにしていました。沖縄の戦後史を描いた真藤も、青森の「いじめ」を描いた高橋も、その外見に比して、本質的なテーマで小説を書いていると思います。

構想に7年を擁し、真藤は途中で書けなくなり、精神的に追い込まれて、ようやく書き上げた作品らしい、奥行きを感じる作品です。真藤は「自分が書いていて辛い部分を語りが助けてくれた」と述べていますが、この作品は、戦前戦後の歴史の中で沖縄に遍在してきた「土地の声」に耳を傾けることで生まれた作品だと思います。

2019/01/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第43回 村上龍『69 sixty nine』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第43回 2019年1月27日)は、村上龍の佐世保を舞台とした代表作『69 sixty nine』について論じています。表題は「時代の熱狂と佐世保描く」です。

私の高校時代、村上龍の「69 sixty nine」は、抑圧的な校風を持つ長崎の県立高校の学生にとって、バイブルのような本でした。村上龍は66歳となった現在でも、佐世保北高校時代の自身をモデルにした「69 sixty nine」の「ヤザキ」のその後の人生を生きているように思えます。

青春小説ですが、一九六九年という時代と、佐世保という場所、フェスティバルに向かう筋書きが一致した、明瞭な構成を有した作品です。また学生運動の流行や、引用される音楽や映画、米軍基地のある街の雰囲気、市街地と閉山の近い炭鉱町との落差など、時代の雰囲気を感じさせる描写に満ちています。

「69 sixty nine』のように戦後日本の歴史に残る時空間を、ユーモアを交えながら颯爽と描いた文学作品は珍しいです。一九六九年の佐世保を、カロリーの高い「フェスティバル」と、青春の熱狂を通して描いたこの作品は、若者の熱量が目に見えにくい時代だからこそ、多くの読者に愛読されてきたのだと思います。





2019/01/26

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第42回 今村夏子『こちらあみ子』

2019年3回目の西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第42回 2019年1月20日)は、今村夏子の代表作『こちらあみ子』について論じています。表題は「『障害者』を隣人として描く」です。校務と来月末発売の書籍の入校作業で立て込んでいて、更新が遅くなりました。

今村夏子は寡作ながら、作品を発表する度に注目される作家です。本作や「星の子」など、子供の視点から日常を描いた作品が味わい深く、読みやすい文章ながら日常の底を見通すような描写が魅力的です。「こちらあみ子」の刊行後、6年近くも新しい小説が発表されませんでしたが、2016年に福岡市に拠点を置く書肆侃侃房のムック本に掲載された、わずか57枚の短編「あひる」が芥川賞の候補作となり、今村夏子の作家としての才能が再評価されました。

この作品は、現代日本に埋もれた軽度の障害者の児童虐待を告発した作品であるとも読み取れます。ただ今村夏子は「あみ子」を「病」を持った同情すべき存在として描くのではなく、同じ社会を生きる対等な人間として描いています。一括りに「障害者」と呼ばれる人びとの内面を、その発達過程に生じる喜怒哀楽を通して、同じ社会を生きる「人間臭い隣人」として描いた小説は、極めて珍しく、これから発表される作品が楽しみな作家の一人です。




2019/01/13

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第41回 舞城王太郎『熊の場所』

2019年2回目の西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第41回(2019年1月13日)は、舞城王太郎の代表作『熊の場所』について論じています。表題は「地方で起こる無意識の暴力」です。

舞城王太郎は、出身地の福井県や、居住経験のある東京郊外の調布市を舞台にした作品を記しています。巨熊から逃げ切った「僕」の父親が、福井訛りの言葉で「この世のどっかに、自分の行けん場所があるなんて、俺、嫌でなあ」と呟き、巨熊との再対決に向かうシーンが読後の印象に残ります。

『熊の場所』は福井を舞台としていますが、内容の上では一九九七年に起きた神戸連続児童殺傷事件をモチーフにしています。二〇〇一年のデビュー直後に書かれた舞城王太郎の作品は、テロ事件や通り魔、児童殺傷事件を題材として、地方や郊外の町で起こる無意識的な暴力の連鎖をテーマとしています。

『熊の場所』は、村上春樹が『ねじまき鳥クロニクル』で描いた満州やノモンハンを舞台に描いた「辺境で生じる理不尽な暴力」を、現代的な問題として引き受け、現代小説らしい表現方法でアクロバティックに展開した傑作だと思います。


2019/01/06

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第40回 辻仁成『真夜中の子供』

新年の西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第40回(2019年1月6日)は、辻仁成の新作『真夜中の子供』について論じています。表題は「夜の街中州で育つ無戸籍児」です。

辻仁成の最新作「真夜中の子供」は西日本最大の歓楽街・中州で生まれ育った、無戸籍の子供を描いた作品です。中州を代表する文学作品と言える出来映えで、すでに辻仁成の監督で映画化が決まり、ホームページも立ち上がっています。

福岡の中州は大阪の北新地と並んで西日本最大と言われる歓楽街です。その一方で、中州と言えばこれ、という文学作品は久しくありませんでした。この背景には、武士の町・福岡と商人の街・博多が九州を代表する大都市となり、戦後復興の過程で、高層ビルが建ち並ぶ人工的な風景となった影響があると思います。

江戸時代、福岡は長崎や薩摩に比べると小さな街でしたが、明治維新後に鎖国が解かれて、博多港を中心に大陸との貿易の拠点として発展します。明治末には政府の機関や帝国大学が設置されて、西日本を代表する都市となり、この過程で、モダンでエキセントリックな街並みが作られます。

1945年6月の福岡大空襲で、市街地の大部分が廃墟と化しますが、戦後は、福岡は大陸からの引き揚げの拠点となり、朝鮮戦争の時代には米軍の前線基地として、急速な経済発展を遂げていきます。しかしその一方で、戦前に夢野久作や檀一雄、長谷川町子が愛でた歴史的な街並みは、一部の場所を除いて姿を消し、文学作品の舞台として取り上げられることも少なくなってしまいます。

詳細は本文で記しましたが、辻仁成がパリで経験した子育ての経験が生きた作品で、作家として一回り大きくなったことを物語る作品です。フランスでフェミナ賞外国小説賞を受賞した『白仏』の系譜に繋がる読み応えのある現代小説です。



2019/01/01

新年明けましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。本年も何とぞよろしくお願いいたします。

2019年は2月末に単著で『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』という本を出版いたします。初稿を年末に入稿したばかりですが、新しいスタイルの「メディア・リテラシー」+「文章演習」本に仕上がっていると感じています。ぜひご一読頂ければ幸いです。

『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』もまだまだ好評、発売中です。初版の在庫も残り少なくなりました。

1月6日より、西日本新聞文化欄で毎週日曜日に連載中の「現代ブンガク風土記」が再開します。今年も「現代」を代表する、「地方」を舞台にした小説について、土地と人間の現代的な関わりを中心に、様々な文脈から論じていきますので、こちらもよろしくお願いいたします。

年末年始も休まず働いています。何だかんだで、原稿の仕事が途切れないことは、実に喜ばしいことです。

昨年、「現代ブンガク風土記」で取り上げた小説のリストは、下記の文教大学のHPに一覧が掲載されています。
http://www.bunkyo.ac.jp/news/media/20180404-02.html

皆さまにとりまして2019年がよい一年でありますように!


2018/12/23

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第39回 村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第39回(2018年12月23日)は、村上龍の長編3作目『コインロッカー・ベイビーズ』について論じています。表題は「炭鉱と渋谷 暗黒的な未来」です。写真は長崎の池島炭鉱で私が撮影したものです。

村上龍はその代表作を20代から30代に記した早熟の作家として知られています。横田基地近くでの奔放な性体験と薬物に浸った経験を基にして「限りなく透明に近いブルー」を記し、二四歳で群像新人賞と芥川賞を受賞。360万部を売り上げています。

ただこのような作家としての飛躍は、1980年に発表された長編3作目の『コインロッカーベイビーズ』の成功なしにはあり得なかったと思います。この作品の魅力は、荒削りでダイナミックなストーリーと、地方の生活者の視点から捉えた細やかな日常の描写の双方にあると思います。岡崎京子の『PINK』など、この作品が日本のサブカルチャーに与えた影響は大きく、若き村上龍の、大胆で才気に満ちた代表作だと思います。

今年は西日本新聞の日曜日の文化欄に「現代ブンガク風土記」を連載し、12月23日の39作品目で、年内の連載は最後です。新年の連載は1月6日より再開します!

2019年2月末には『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』を刊行予定です!


2018/12/21

西日本新聞・文化欄「今年の収穫」

西日本新聞12月17日(月)の文化欄「今年の収穫」で、2018年度に発表された小説の中から、印象に残った3つの作品を紹介しました。私が選んだのは、以下の作品です。

辻仁成『真夜中の子供』
吉田修一『国宝』
青来有一「フェイクコメディ」

今年は西日本新聞の日曜日の文化欄に「現代ブンガク風土記」を連載し、38作品を取り上げました。(12月23日の39作品目で、年内の連載は最後です。新年の連載は1月6日よりスタートします)


2018/12/16

『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』好評販売中!

『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』、好評販売中です! ジュンク堂や丸善、ブックファースト、有隣堂、紀伊國屋書店など、多くの書店で、目立つ位置に置いて頂いております。

左右社のHPでの紹介
http://sayusha.com/catalog/books/literature/p9784865282108

吉田修一氏の公式Twitterでも、スタッフの方にご紹介を頂きました!
https://twitter.com/yoshidashuichi/status/1052891603755458561

週刊読書人(2019年2月15日 第3277号)で、陣野俊史氏(批評家・作家、立教大学特任教授)に『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』の書評を頂きました。「反時代的な文芸批評 きわめて本質的な文学の「場所」へ」というタイトルで、吉田修一の作品を通して長崎という場所について批評することの意味について、同じ長崎出身の陣野氏らしい観点から、鋭い深い分析を頂きました。こういう書評を頂くと、今後の仕事の励みになります。
https://dokushojin.com/article.html?i=5036

図書新聞(第3379号 2018年12月8日)で、三輪太郎氏(作家・評論家、東海大学教授)に『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』の論評を頂きました。「ノイズは白昼夢の路地裏に生い立つ――思考を誘発する侮りがたい力」というタイトルで、拙著の要点について踏み込んだ分析を頂きました。読み応えのある内容で嬉しく拝読しました。
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/week_article.php
左右社のHPでの書評の紹介
http://sayusha.com/news/p201812071840

AERA(朝日新聞出版)2018年11月12日号で、リブロの野上由人さんにご紹介を頂きました!
書店員さんオススメの一冊/吉田作品を長崎という風土からとらえる

下記のリンクで全国の書店の在庫状況が分かりますので、ぜひチェックのほどよろしくお願いいたします!! 全国の図書館でも多く収蔵を頂いています。


有隣堂 各店舗の在庫状況
http://book.yurindo.co.jp/book.asp?isbn=9784865282108

honto・ジュンク堂の在庫状況
https://honto.jp/netstore/pd-store_0629273869_14HB320.html

紀伊國屋書店 各店舗の在庫状況
https://www.kinokuniya.co.jp/disp/CKnSfStockSearchStoreSelect.jsp?CAT=01&GOODS_STK_NO=9784865282108

楽天ブックス
https://books.rakuten.co.jp/rb/15639255/

Amazon
https://www.amazon.co.jp/dp/4865282106/

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第38回 多和田葉子『献灯使』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第38回(2018年12月16日)は、多和田葉子の全米図書賞受賞作『献灯使』について論じています。表題は「皮肉たっぷりの『震災文学』」です。

スケールの大きな震災文学で、この小説は福島第一原発事故を念頭におきながら、土壌汚染と海洋汚染が進行した近未来の日本を描いています。日本は「前回の大地震」で「海底に深い割れ目」ができた状態にあり、政府は民営化されていて、インターネットは遮断され、鎖国状態に置かれています。

作品の主な舞台は多和田葉子が育った東京西部の多摩地区で、東京23区が「長く住んでいると複合的な危険にさらされる地区」に指定された影響から、仮設住宅が建ち並んでいます。子供たちは、総じて健康状態が悪く、老人たちはなぜか長生きするようになり、70代の後半の老人ですら「若い老人」と呼ばれ、肉体労働に従事して社会を支えています。主人公は107歳の老人です。

描写の一つ一つに、高齢化していく現代日本に対する風刺と皮肉が込められていて、実験的で面白い作品です。多和田葉子らしい喜劇と悲劇が入り交じった、震災文学の傑作だと思います。