2022/05/27

「遅いインターネット会議」 「風土」から考える現代日本文学

 宇野常寛さん司会の「遅いインターネット会議」で新著『現代文学風土記』(西日本新聞社)についてお話をします。ご関心が向くようでしたらぜひ。オンライン配信もあります。

 2022年7月5日に有楽町のSAAI Wonder Working Communityで19時半からです。オンライン参加が1000円、会場参加が3000円です。宇野常寛さんとは、朝日新聞社「論座」の「ゼロ年代特集」で誌面上でご一緒したことはありましたが、お会いするのは初めてで、楽しみにしています。

https://slowinternetmtg220705.peatix.com/view

2022/05/24

「現代ブンガク風土記」連載を終えて

 西日本新聞朝刊(2022年5月24日)に「「現代ブンガク風土記」連載を終えて」という原稿を寄稿しました。書籍版のあとがきで「限られた場所に根を張って暮らし、限られた人間と過ごす時間に意味を見出す人間は、有限な時空間を生きる、不完全な存在者である」と述べましたが、平等に人間が不完全であることが、日々の生活に彩りを与え、情感の豊かさや、十人十色の個性を形作り、文化の多様性を生み出しているのだと思います。書籍版『現代文学風土記』をどうぞよろしくお願いいたします。

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文芸誌の依頼で、20世紀を代表する女性哲学者の本を読んでいるのですが、久しぶりに読むと面白いです。人生もドラマティックです。ドゥルーズやデリダは英語で読んだ方が分かりやすいですが、欧州の書き手のものは結局、日本語で読むので概念系が完全に日本語ベースで記憶してしまいます。

2022/05/19

「アステイオン96」に寄稿しました

 「アステイオン96」(編集:サントリー文化財団・アステイオン編集委員会、発行:CCCメディアハウス)に、「「喪の作業」としての平成文明論」という原稿を寄稿しました。與那覇潤さんの『平成史』に関する10枚ほどの論考です。喪の作業(the work of mourning)は、『平成史』の中で言及されているフロイトの概念(人間が喪失を乗り越えるための心的プロセス)で、1月に入稿した私の原稿では本文の内容を踏まえつつ、デリダのフロイト解釈(と脱構築批評)を念頭に置いて書きました。原稿のご依頼を頂いた編集委員の先生方に心より感謝申し上げます。

 特集の「経済学の常識、世間の常識」など、興味深い原稿が数多く収録されています。長期的な視点を有する様々なテーマの論考を掲載した、素晴らしい雑誌だと思います。

 ちょうど平成期の文学作品を多く取り上げた『現代文学風土記』(西日本新聞社)を出版するタイミングだったので、よい機会でした。私も平成20年に『平成人(フラット・アダルト)』(文春新書)という本を書き(1万部は売れ、いくつかの大学入試でも使って頂きましたが)、平成という時代と価値観の変化に思い入れがあったので、與那覇さんの『平成史』とアステイオン誌上で向き合うことができ、嬉しく感じました。『平成史』(文藝春秋)は、細かな論点も含めて、平成期の様々な出来事や価値観の変化について深く考えさせられる良書です。

目次(2022年5月11日)

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784484222103

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「WEBアステイオン」(Newsweek Japanのサイト内)に、「氷河期世代が振り返る平成――「喪の作業」としての平成文明論」とタイトルを変更の上、公開頂きました。紙媒体とWEB版を上手く運用していて、「アステイオン」は素晴らしい雑誌だと思います。

WEBアステイオン 氷河期世代が振り返る平成──「喪の作業」としての平成文明論

https://www.newsweekjapan.jp/asteion/2022/08/post-71.php

2022/05/12

「新聞研究」(日本新聞協会)の2022年 5月号に寄稿しました

 日本新聞協会が発行する「新聞研究」の2022年 5月号(No.844)に「ウェブで記事の多メディア展開を─創意工夫で開く雑誌ジャーナリズムの将来」という原稿を寄稿しました。「新聞研究」はメディア史について教えてくると出てくる1947年に創刊された月刊誌で、GHQの統治下で作られた代表的な雑誌の一つです。新聞社やテレビ局の記者やジャーナリストが執筆者の大半で、メディア報道やメディアリテラシー、メディア環境のあり方について各社の利害を超えた立場から批評しています。私は「雑誌ジャーナリズムの将来」について書きました。特集は「ウクライナ侵攻と報道の視点」です。

 ご関心が向けば、図書館などでご一読を頂ければ幸いです。下記のような書き出しで始まる10枚と少しの原稿です。

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 現在、雑誌ジャーナリズムが直面している問題の要点は、①言論の極端化をめぐる問題と、②発行部数の減少と収益化の問題の二つに集約できると私は考える。前者の言論の極端化をめぐる問題については、オンラインでより大きな問題になっているため、雑誌記事、新聞記事の区別に関係なく、Web上で記事を配信する上で重要な問題だと言える。

 例えばハーバード大学ロースクール教授のキャス・サンスティーンは、″Republic.com.″や″Going to Extremes: How Like Minds Unite and Divide″などの著作で、オンラインの世論の極端化と社会の分断の関係について様々な分析を行っている。彼は「サイバーカスケード」という概念(サイバー空間上の滝という意味)を用い、類似した考えを持つ人々がWeb上で小さな滝が合流するように結び付き、短時間で大きな流れを作り、時に排外的な世論を形成することを危惧した。米国の活動家・起業家のイーライ・パリサーは、″The Filter Bubble: What the Internet Is Hiding from You″で「フィルターバブル」という概念(情報のフィルターが泡状に世界を覆っているという意味)を用い、オンラインで人々が、過去の履歴を解析され「見たい情報しか見ない」状態に置かれ、社会や世論の分断が促進されていることを危惧した。……

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「新聞研究」2022年 5月号(No.844)目次 特集「ウクライナ侵攻と報道の視点 第一回」

https://www.pressnet.or.jp/publication/kenkyu/220501_14632.html

2022/05/02

西日本新聞「現代ブンガク風土記」最終回 吉田修一『ミス・サンシャイン』

 「現代ブンガク風土記」(最終回 2022年5月1日)では、吉田修一の『ミス・サンシャイン』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「取り返しのつかない経験」です。本作でいう「取り返しのつかない経験」とは長崎の原爆災害のことで、第1回で取り上げたカズオ・イシグロの『遠い山並みの光』から連続するモチーフです。つまりこの連載は、長崎の原爆災害(「コミュニティの死と再生」)について取り上げた作品で始まり、同じテーマを継承した作品で終わる内容だったことになります。

 吉田修一のインタビューでの発言(文春オンライン)を踏まえると、本作は1945年にアメリカの「LIFE」誌に掲載された「ラッキーガール」と呼ばれた一枚の写真を原点に据えたものです。この写真は、長崎の原子野で防空壕から一人の女性が顔を出し、笑っている姿を撮影した有名なもので、後にこの女性が原爆症で亡くなったことでも知られています。この小説は、長崎で被爆した彼女の「他にあり得たかも知れない人生」をつづった論争的な作品と言えます。

 長崎出身の一心が、久しく表舞台に出ていない大女優・鈴さんの家に出入りしながら、戦後の映画史をひも解く内容が「偽史小説」という趣きで、面白いです。鈴さんが大女優として歩んできた経歴は、ブルーカラーの登場人物を描くことの多い吉田修一らしく、京マチ子のような「肉体派」のものだと言えます。妖艶な演技で「雨月物語」や「羅生門」や「地獄門」などの名作に出演し、国際映画祭を席巻した京マチ子は、溝口健二、黒澤明、衣笠貞之助、小津安二郎など錚々たる映画監督に愛され、戦後日本を生きる女性たちの感情を大写しで代弁しました。吉田修一の『ミス・サンシャイン』は、被爆経験を持つ二人の女性が、戦後日本を代表する映画の表裏で「失われた青春」を懸命に取り戻そうと努力する姿を描いた「戦後文学」だと思います。

 この原稿で無事、連載の最終回を迎えることができました。4年と少し、週1回のペースで常時2か月~3か月分のストックを持ち、無理なく連載を続けることができました。励ましの声を多く頂き、ご関心を頂いた皆さまに心より感謝申し上げます。担当デスクの週刊誌のような見出しの付け方も上手かったと思います(私が見出しを修正したのは、第1回のカズオ・イシグロ『遠い山並みの光』と第173回の吉田修一『続 横道世之介』のみ)。

 次の長文原稿に向けた準備もはじめています。長めの批評文は、起稿するまでの準備期間が最も楽しい時間かも知れません。毎日、目標として定めた量の本を読み、ゆるゆるとドラフトを書いています。

 単行本『現代文学風土記』では、帯文を載せて頂いた吉田修一さんの小説を最も多く取り上げています。大幅に加筆した単行本『現代文学風土記』はAmazonや楽天ブックスなどで予約販売がはじまっていますので、ぜひご一読頂ければ幸いです。

Amazon

https://www.amazon.co.jp/dp/4816710019?tag=hanmotocom-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1&language=ja_JP

楽天ブックス

https://books.rakuten.co.jp/rb/17128410/?l-id=search-c-item-text-01

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/916464/

2022/04/25

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第205回 砂川文次『ブラックボックス』

  「現代ブンガク風土記」(第205回 2022年4月24日)では、砂川文次の芥川賞受賞作『ブラックボックス』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「メッセンジャーの際どい内面」です。本作は担当デスク一押しで、私もメッセンジャーの身体感覚と内面の屈託が上手く表現された小説だと思いました。

 自転車に乗って移動しているような身体感覚を与える小説で、都心で急ぎの書類や物品などの配達を行うメッセンジャー(自転車便)の仕事に就く若者・サクマの際どい内面を描いています。新型コロナ禍を背景に、自転車で食事などを配達するUber Eatsが人気を集めていたこともあり、時代を象徴する芥川賞作品となりました。

 来月は歴史ある2つの雑誌に、それぞれ10枚と少しの原稿を寄稿しています。単行本の宣伝も、出来る範囲でやって行きたいと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/912743/

砂川文次『ブラックボックス』あらすじ

 高校卒業後に自衛隊に入ったサクマは、仕事を転々として、現在は自転車で物品を届けるメッセンジャーの仕事に就いている。彼は時に衝動的に暴力を奮う癖を持ち、集団に馴染むことが難しい。巨大な箱のように聳え立つオフィスビルや、小さな箱のような家々の間を自転車で滑走しながら、サクマは先の見えない人生を孤独に模索していく。第166回芥川賞受賞作。

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 今週末のNFLドラフトを楽しみにしつつ、GWはのんびり過ごします。近年で一番印象に残っているのは、昨年カンバックしてラスト・ベルトの英雄となったジョー・バロウ君の2020年ドラフトですね。オハイオ州立大でスターターになれず、ルイジアナ州立大(LSU)に移籍してNational Championになり、オハイオ州のベンガルスがドラフト1巡1位で呼び戻したドラフトで、新型コロナ禍でのオンライン・ドラフトでした。オハイオの経済的な困窮とマイノリティのコーチへの感謝を述べたハイズマン賞のスピーチが、ワーキング・クラス・ヒーローと呼ぶに相応しい感動的な内容でした。大学3年でドラフトされる選手が多い中、2つの大学で計5年かかっての1巡1位指名でした。

LSU'S Joe Burrow Picked First Round By The Cincinnati Bengals 

https://www.youtube.com/watch?v=oM2mXuE61H4

 バロウ君は、1年目は2勝7敗1分と怪我で「ドラフトがピーク」という成績でしたが、2年目に10勝6敗と飛躍し、プレイオフで勝負強さを発揮してスーパーボウルに進んでいます。SBでは3点差の敗戦でしたが、2年目のQBとしては十分でしょう。バロウとジャマール・チェイスのLSUコンビは今年も熱そうです。FAの動向を踏まえて、今年のスーパーボウルを予想すると、シンシナティ×タンパベイかなと思います。引退を撤回し、QBとしてほぼすべての歴代記録を持つトム・ブレイディと、ジョー・バロウの20歳差QB対決を楽しみにしています。

138 Times Tom Brady Proved he was the GOAT

https://www.youtube.com/watch?v=WOgNXCu50oM

2022/04/17

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第204回 綿矢りさ『勝手にふるえてろ』

 「現代ブンガク風土記」(第204回 2022年4月17日)では、綿矢りさの『勝手にふるえてろ』を取り上げました。年始に書いた原稿ですが、久しぶりに読み返して笑いました。担当デスクが付した表題は「中二病者のための恋愛読本」です。前に書評を寄稿した『教養としての芥川賞』で綿矢りさが高く評価されていましたが、私も綿矢りさは、文学的な物事への鋭い感性を持つ作家だと思います。本連載では『生のみ生のままで』に次いで2回目の登場です。

 綿矢りさは、傍目には社会に適応しているように見えて、社会から逸脱した欲望を持て余している女性を描くのが上手いです。「私」ことヨシカは「思い込みが激しく、こいつと決めたらしつこく追いかけまわすタイプ」で「ストーカー一歩手前の自己陶酔が激しいタイプ」だと説明されています。彼女は相手の気持ちを汲み取るのが苦手で「恋心の火は火力を調整できないからこそ尊いんだぞ」と完全に開き直っています。

 友人宅で集まった朝に、ヨシカは「イチ」に接近することに成功します。しかし接近したことで「イチ」が自分に関心がないことを身に染みて思い知らされてしまいます。ヨシカは「イチ」との恋愛が進展しない中、会社の同期の男「ニ」に告白され、無難な結婚相手としてキープしたいと考えます。ただ彼女は「ニ」が持つ「飛行機で出される油の浮いたコンソメスープ」のような体臭が好きではなく、彼の家を訪ねた時も、きちんと片付いた部屋を見て、「入所十年目の模範囚の部屋」のようだと感じてしまいます。

 ヨシカは肝心な場面で周囲の信頼を裏切り、「どうして私は、失わなければそのものの大切さが分からないんだろう」と感じます。心理学で「好き」の反対の感情は「嫌い」ではなく無関心だと言われますが、「好き」と「嫌い」が表裏一体となったヨシカの複雑な感情の行方が、本作の読み所といえます。ヨシカには「ニ」と良い人生を歩んでほしいと切実に感じさせる、綿矢りさらしい恋愛小説です。世の中全体が「中二病」化しているのでは、と感じさせる筆致も上手いです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/908971/

綿矢りさ『勝手にふるえてろ』あらすじ

 26歳まで男性と付き合ったことのない江藤ヨシカの恋愛を描く。「イチ」は中学時代からの憧れの男性で「夕焼けのようなあたたかさ」を感じる。「ニ」は池袋にある会社の同期で、「原始的な欲求」で結びつくことができる。ヨシカは「おたく期間が長かった」ため現実の恋愛に上手く適応できず、「イチ」と「ニ」との関係のあり方に悩む。

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 平山周吉さんから『満州国グランドホテル』(芸術新聞社)をご恵投頂きました。本文中で満州を舞台にした安彦良和さんの名作『虹色のトロツキー』への言及があることもあり、カバー絵が安彦さんの書下ろしという贅沢さ。各回の見出しの付け方の上手さ、グランドホテル形式の構成、資料の収集範囲の広さ、平山さんの文藝春秋時代の経験の総体が詰まっているように感じました。「新潮」連載の「小津安二郎」を書きながら、この内容と分量。。「文學界」「諸君!」の編集長時代からお世話になっていますが、『江藤淳は甦える』(小林秀雄賞)以後、江藤淳が乗り移っているような気迫を感じます。私も気を引き締めて次の仕事の準備に励みます。

2022/04/11

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第203回 田辺聖子『姥ざかり』

 「現代ブンガク風土記」(第203回 2022年4月10日)では、田辺聖子の『姥ざかり』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「人生哲学に満ちた『私小説』」です。『ジョゼと虎と魚たち』の回でも書きましたが、田辺聖子の小説は、繊細な心情表現が生きた魅力的な作品が多く、再評価が必要な作家だと思います。

 単行本『現代文学風土記』(西日本新聞社、416ページ、5月発売)は、無事見本を確認し、印刷に入りました。帯文は、作家の吉田修一さん(先輩)に、新潮社「波」の一文の転載をご快諾を頂きました。誠にありがとうございます。本連載は5月1日で最終回を迎えますが、続きは加筆してボリュームを増した単行本でお楽しみ頂ければ幸いです。次の連載の企画も打ち合わせを進めていますが、しばらくは準備期間に入ります。

 田辺聖子は大阪市の天満の育ちで、大阪弁を用いた恋愛小説の名手として知られます。小松左京や筒井康隆など関西出身の作家たちとの交流も深く、作家となった後も関西との縁が深い書き手でした。本作は、長男と同居することを断り、東神戸の「快適なマンション暮らし」を満喫する「姥」こと「私」の日常を描いた作品です。

「二十代の連れ合い自慢、三十代四十代の子供自慢、五十代六十代の財産自慢、みな同じ」と「姥」は世俗の価値観から距離を置いています。「やる気」と「ガッツ」を重んじる彼女は、中野重治のように「五勺の酒」を飲みながら阪神タイガースを応援することを趣味とし、苦労の成果として手に入れた贅沢な暮らしを満喫しています。

 田辺聖子は「姥の境地」に至った本作について次のように記しています。「私はどういう老年を迎えるか、日夜よく考えるのだが、どうも侘び寂び、枯淡、というのはイヤだし、といって、ぎらぎらと脂ぎっていつまでも煩悩まみれになっているのも好もしくないし、<中略>自然の美しさや人のなさけや世のユーモアに敏感で、与えられるよろこびを感謝するという——そういうお婆さんになりたい」と。「姥ざかり」は関西を代表する女性作家として、長年にわたり多様な小説を記してきた田辺聖子らしい、人生哲学に満ちた作品です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/905215/

田辺聖子『姥ざかり』あらすじ

 年寄りらしく生きることを拒み、孫たちとの関りをわずらわしく感じ、一人、マンション暮らしを満喫する「姥」こと「私」の日常を描く。子供や孫に煙たがられ、距離を置きつつも、十分な資産を有しているため、英会話や絵画教室に通い、宝塚歌劇を楽しみ、悠々自適の生活を送る。老いのあり方を考えさせる田辺聖子の人気シリーズの第一作。

2022/04/03

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第202回 村上春樹『女のいない男たち』

 「現代ブンガク風土記」(第201回 2022年4月3日)では、「ドライブ・マイ・カー」がアカデミー賞の国際長編映画賞を獲得したこともあり、映画版の原作となった3作品が収録されている村上春樹の『女のいない男たち』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「群れたがる人の心の盲点」です。4月の原稿は年末年始に入稿しているため、映画版の受賞に関係なく、6つの短編について書いた内容です。

 2020年の『羊をめぐる冒険』の回でも書きましたが、大学一年生の時(1996年)に村上朝日堂のホームページで、村上春樹さんと3通ほどメールのやり取りをできたことが、現在の仕事に繋がっている気がします。『そうだ、村上さんに聞いてみよう』(朝日新聞社)に、この時のやり取りが収録されていますが、安西水丸さんのイラスト入りのメールが届いたときは、本当に嬉しかったです(名作『ねじまき鳥クロニクル』が完結して間もない頃です)。当初、臨床心理学に関心を持ったのも、1995年の阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件後に読んだ村上春樹、河合隼雄の文章の影響が大きかったと思います。

『女のいない男たち』は、本文中の言葉を借りれば、「人生とはそんなつるっとした、ひっかかりのない、心地よいものであってええのんか、みたいな不安」を描いた短編集です。「ドライブ・マイ・カー」以外の短編も村上春樹の作品らしく、特に「木野」は往時の村上春樹の作品が持つ「闇の力」を想起させる名作で、深夜の熊本のビジネスホテルで「誰か」がドアや窓を「こんこん」と心を砕くリズムで叩き続ける描写が圧巻で、身震いがします。

 本作は近年の村上春樹作品の中でも質が高いこともあり、映画版の「シェラザード」と「木野」の消化の仕方には、正直、いい部分と物足りない部分の双方を感じました。ただ原作に踏み込んだ解釈を加えて、創作的に脚本を練り上げ、村上春樹の作品と対峙した点は、チャレンジングで面白かったです。演出や役者の演技も良かったと思います。映画版は中盤から、チェーホフの「ワーニャ叔父さん」を広島で上演するオリジナルのストーリーになり、村上春樹とチェーホフの世界が溶け込んでいく展開になるわけですが、この点は、賛否の分かれるところだったと思います。村上春樹の小説は、小説でしか表現し難い部分が読み所だったりします。私の批評文は「ドライブ・マイ・カー」というよりは、「イエスタデイ」と「独立器官」と「木野」を中心とした内容です。

 単行本『現代文学風土記』(西日本新聞社、416ページ)は、奥付の記載で5月18日(言葉の日)の刊行で、5月中旬ぐらいから書店販売の予定です。二段組で900枚ぐらいの分量ですが、学生にも読んでもらえるように1800円+税で、購入しやすい価格に設定して頂きました。本文を読んでいただければ分かる通り、留学生にも読みやすい工夫を施しています。装画は私と担当デスクの一致した希望で、文芸誌の挿絵や、三浦しをんさんや角田光代さんなど女性作家の表紙でお馴染みの金子恵さんに描いて頂きました。優しいタッチの素晴らしい表紙絵を頂き、とてもいい本に仕上がりそうです。書籍の刊行はスモールビジネスですが、ゆっくりと届くべきところに届けば十分満足です。

nishinippon.co.jp/item/n/901460/

村上春樹『女のいない男たち』あらすじ

「ドライブ・マイ・カー」の主人公の家福は、妻の最後の浮気相手だった高槻と、妻の死後、思い出を語り合う友人として付き合うようになる。「木野」の主人公の木野は、妻の浮気現場を目撃してショックを受け、会社を辞めバーをはじめるが、軌道に乗った店が死の気配に包まれてしまう。村上春樹らしい、様々な世代の際どい男女関係を描いた短編集。

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 藤子不二雄Aが亡くなりました。私が子供のころの長崎には一冊30円の貸本屋があり、幼稚園から小学校にかけて浴びるように漫画を読んで育ったわけですが、藤子不二雄の作品はほぼ全部読んでいます。個人的には藤子Aの作品だと、「劇画毛沢東伝」「まんが道」「ブラック商会変奇郎」あたりが好みでした。好きなキャラクターだと、テラさん、小池さん、山川キヨシくん、毛沢東あたりでしょうか。

 高岡にある藤子不二雄Fのミュージアムにも行きましたが、A氏のファンも多いと思うので、彼が描いた「闇の力」を感じさせるような禍々しいミュージアムを建ててほしいです。読売・朝日・毎日が小池さん(鈴木伸一、長崎出身)のインタビューを乗せていたのが良かったです。立教に出講する時は、A氏を偲びつつ、トキワ荘近くの「まんが道」でお馴染みの松葉にラーメンを食べに行きたいと思います。

2022/03/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第201回 金城一紀『フライ、ダティ、フライ』

 「現代ブンガク風土記」(第201回 2022年3月27日)では、金城一紀の『フライ、ダティ、フライ』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「父権なき父描く復讐小説」です。連載開始から4年目を終えましたが、この連載は5年目に入り、4月も続きます。単行本の帯文もご快諾を頂き(!)表紙から最後の年表のページまで、充実した内容になりそうです(ご協力を頂いた皆様に、心より感謝申し上げます)。

「高いところへは他人によって運ばれてはならない。ひとの背中や頭に乗ってはならない」というニーチェの言葉が印象に残る作品です。一般論として、人は誰かの助力やコネさえあれば、人生の成功を手にすることができると考える傾向がありますが、「高いところ」に立つためには、そこに自力で登る努力と、その過程で身に着けた実力が不可欠です。

 この小説の主人公は某大手家電メーカーの子会社で働く47歳の鈴木一です。この年代の男性が主人公になる小説は珍しい。「どんな人間だって、闘う時は孤独なんだ。<中略>本当に強くなりたかったら、孤独や不安や悩みをねじ伏せる方法を想像して、学んでいくんだ」という朴舜臣の言葉が、読後の印象に残ります。

 本作で金城一紀が問いかけるのは、家族を守り、「高いところ」を目指すために行使される「暴力」の意味です。大げさに言えば、かつてジョルジュ・ソレルが『暴力論』で記した、支配階級の権力に歯向かう、被支配階級の「創造的な暴力」の価値です。本作でこのような暴力は、鈴木一が「自分の弱さ」を引き受け、「暴力の連鎖」に終止符を打とうとする孤独な姿を通して描かれます。金城一紀の『フライ、ダティ、フライ』は、既存の社会秩序を「飛ぶ」ように乗り越える必要に迫られる「父権なき父」の姿を描いた、ユーモラスな作品です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/897455/

金城一紀『フライ、ダティ、フライ』あらすじ

 大手家電メーカーの子会社で経理部長を務める鈴木一が、17歳の娘が暴行を受けたことで復讐を遂げるべく、トレーニングに励む姿を描いた小説。喧嘩の達人・朴舜臣が、休職した鈴木を鍛え上げ、ゾンビーズの面々が、復讐の舞台を整える。「レヴォリューションNo.3」に続く、ゾンビーズ・シリーズ第二作。

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 立教大学の福嶋亮大さんに『感染症としての文学と哲学』 (光文社新書)をご恵投頂きました。オリジナリティの高い良書で、確かにパンデミックは「時間の感受性に関わる問題」だと思いました。福嶋さんとは経験や文脈を共有できる部分が多く、これからも大学の垣根を超えた交流を楽しみにしています。2022年度から私も立教大学の文芸・思想専修で演習を担当します。考えてみれば、私は文学部との関りが薄く(食えなそうというイメージから受験したこともなく)、早稲田の一文で16単位、慶應の英文学専攻(修士)で8単位分の授業は履修しましたが、文学部と関わるのは教員生活17年目ではじめてです。

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 ウィル・スミスのアカデミー賞での一件は、暴力は議論の余地なくアウトですが、侮辱罪や名誉毀損に関わる言動が認められると、大きな問題になりそう。ジム・キャリーなど、スタンダップ・コメディアンはクリスを擁護していますが、近年のクリス・ロックがトレヴァー・ノアなど下の世代のコメディアンに比して、生彩を欠いていたのは確か。サタデーナイトライブを観てきた感じでも、復帰した回ではクリスよりもエディ・マーフィーの「一回りしたジョーク」の方が振り切れていて面白かった。ただアカデミー賞で言えば、セス・マクファーレンが司会の時のジョークが、色々な意味でひどかったので(その後、彼が「TED2」を撮れたのがすごい)、歴史的にみると微妙なのかも。デンゼル・ワシントンがウィルを宥めて株を上げていましたが、映画「フライト」の時の機長のイメージが強すぎて、名言が頭に入ってこないのが、残念。ウィル・スミスの映画だとMIBの「ミラクル・メッツ」のシーンが、昔のシェイ・スタジアムを愛する人間としては面白かった。