2021/09/28

『マス・コミュニケーション研究』第99号 特集「分断される社会」とメディア

 『マス・コミュニケーション研究』第99号の特集「「分断される社会」とメディア」に寄稿した論文がJ-STAGE上で公開されました。表題は「COVID-19と社会的な分断に関する報道分析とその方法論の研究(Research on Media Coverage of the Relationship between COVID-19 and Social Division in U.S.)」です。メディア研究やジャーナリズム研究にご関心がある方は、ぜひご一読頂ければ幸いです。


『マス・コミュニケーション研究』99号(2021年7月)目次

https://www.jmscom.org/back-issues/

J-STAGE論文サイト

https://www.jstage.jst.go.jp/article/mscom/99/0/99_15/_article/-char/ja/

PDF版

https://www.jstage.jst.go.jp/article/mscom/99/0/99_15/_pdf/-char/ja

2021/09/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第177回 桜木紫乃『それを愛とは呼ばず』

 「現代ブンガク風土記」(第177回 2021年9月26日)で、新潟県を舞台にした桜木紫乃『それを愛とは呼ばず』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「夢破れた人々 多様な愛」です。新潟を舞台にした代表的な現代小説ということもあり、本作は連載の早い段階で取り上げる予定でしたが、桜木紫乃の作品は北海道(釧路×2、留萌)を舞台にした3作を先に取り上げたため、177回目での登場となりました。桜木さんの地に足の着いた、力強い筆致に、いつも励まされています。

 新潟一の繁華街として知られる古町を拠点にした「いざわコーポレーション」の社長・章子の謎めいた事故をめぐる小説です。文字通り古町は日本海と信濃川に挟まれた「新潟島」の中で最も歴史が古い場所で、江戸初期に築かれた港町・新潟の雰囲気を残しています。この旧市街で飲食店やホテルを経営する章子は、ホテルから美容室まで「土地に合った商売」を行って成功した人物で、新潟に愛着を持ち「地元に残る若い子を育てていきたい」という強い思いを抱いています。

  このような章子の姿には、生まれ育った釧路を拠点として小説を記してきた桜木紫乃自身の姿が重なって見えます。かつて北洋漁業の拠点として賑わった釧路は『ホテルローヤル』や『ラブレス』などの作品で描かれてきたように、中心市街地がシャッター商店街化して久しい場所です。現在の釧路の姿は、日本海側を代表する大都市・新潟の将来の姿でもあり、私の故郷である長崎の姿かも知れません。新潟に「音楽と映画と食事と文房具」を並列した本屋をオープンさせ、若者たちに読書で培った学びを通して、地元に強く根を張って生きてほしいという章子の願いに「切実な響き」が感じられる作品です。新潟と北海道を舞台にした、本連載の核を成す作家の代表作の一つです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/806480/

桜木紫乃『それを愛とは呼ばず』あらすじ

 54歳の亮介は、10歳年上の新潟の女社長・章子と結婚したことで「いざわコーポレーション」の副社長となるが、章子の交通事故により、会社を追われる。再就職した東京の不動産屋から不良債権化したリゾートマンションの営業部員として送られ、バブル経済の後始末を押し付けられる。もう一人の主人公・釧路出身のタレント・紗希は、30歳を前に芸能事務所を解雇され、本業として働く銀座のキャバレーで亮介と出会い、彼の苦境を生きる姿に惹かれていく。


2021/09/19

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第176回 豊島ミホ『日傘のお兄さん』

 「現代ブンガク風土記」(第176回 2021年9月19日)で、島根県を舞台にした豊島ミホの『日傘のお兄さん』を取り上げました。表題は「どこかに「帰りたい」思い」です。

 近代的な大都市で発展を遂げた小説という文学の一形式は「故郷喪失の形式」を有していると、ジョルジュ・ルカーチは考えています。秋田県湯沢市出身の豊島ミホは、都会で生きる人々が抱える「故郷喪失」の感情に敏感な作家です。「私はいつも、どこかに帰りたい。たったひとつの自分の家にいるのに、それでも別の場所に帰りたい」と、「日傘のお兄さん」の主人公・夏美は感じています。

 彼女は多摩地区に住む中学三年生で、「母子家庭で生活がカツカツ」なため、空気の読めない男の子は「な、な、なつみんちはテレビがモノクロ~♪」と歌を作り、からかっています。一般に小説の登場人物は都会に憧れ、上京することに意味を見出す傾向がありますが、夏美は反対に幼少期を過ごした島根の家に「帰りたい」と感じています。「別の場所に帰りたい」という感情は、都市化が進行すればするほど、湧き上がってくる感情なのかも知れません。

 文庫版のあとがきによると、本作は豊島ミホが早稲田大学に在学時にまとめた「最後の単行本になるかもしれなかった本」だそうです。当時、彼女は「売れない作家」から足を洗い、「社会に必要とされる企業人」になろうと考えていたらしいです。本作は、秋田市で生まれ育った豊島ミホらしい、地方と東京の格差への感度が生きた、人生に迷った大人のための青春小説です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/803140/

豊島ミホ『日傘のお兄さん』あらすじ

「日傘のお兄さん」を中心にした4編の短編集。表題作では、保育園の頃、父母が険悪な関係となり、孤独な時間を共にしてくれたとの再会劇が描かれる。「日傘のお兄さん」はネット上で「ロリコン日傘おとこ」として知られ、突然島根からやってきて「追われているんだ」「でも、君しかいないんだ。他に誰も頼れない」と、夏美の引っ越し先の東京都多摩地区の自宅を訪ねてくる。豊島ミホの青春小説の代表作。

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 今週から新学期です。青山学院の夏季集中講義で準備運動が出来た感じがしていますので、何とか授業や校務、原稿などの仕事に取り組んでいきたいと思います。いくつか大きめの仕事を抱えていますが、仕事については目先の問題にできるだけ囚われず、長期的な視野の下で努力を重ね、信用を築いて行きたいと考えています。


2021/09/12

産経新聞(2021年9月12日)書評

 産経新聞(2021年9月12日)に井上義和著『特攻文学論』の書評を寄稿しました。表題は「感動という劇薬の扱い方」です。ハイデッガー『存在と時間』を参照しつつ、2004年に文藝春秋の「諸君!」に寄稿した「鶴田浩二と三島由紀夫」に関する論考を思い出しながら、オリジナリティの高いこの文学論を読み、論じました。

 個人的には、総力戦をネガティブな側面も含めて分析した『零式戦闘機』や『戦艦武蔵』など、吉村昭の「記録文学」の方が読み返されるべきだと思いますが、著者が指摘するように特攻文学は「特攻の悲劇を正しく伝えて反戦平和思想を育む」という左派の思想からも、「特攻の悲劇を美化して戦争肯定思想を植え付ける」という右派の思想からも関心を持たれてきた、特筆すべき文芸メディアなのだと思います。

 青木奈緒氏、鳥羽一郎氏、阿川尚之先生の書評と一緒にご掲載を頂きました。

 https://www.sankei.com/article/20210912-GEFXILBGGFKBDEUK5WKQOPYOAA/



西日本新聞「現代ブンガク風土記」第175回 有栖川有栖『孤島パズル』

 「現代ブンガク風土記」(第175回 2021年9月12日)で、奄美大島近海を舞台にした有栖川有栖の『孤島パズル』を取り上げました。表題は「架空の南島舞台 放蕩ミステリ」です。

 この小説は「閉じた場所」を舞台にしたクローズド・サークルと呼ばれる小説の系譜の作品です。大西洋を横断する豪華客船を舞台にしたモーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパンの逮捕」や、アメリカ北部の山荘を舞台にしたエラリイ・クイーン『シャム双生児の謎』、イスタンブール発の夜行列車を舞台にしたアガサ・クリスティーの『オリエント急行殺人事件』が、同ジャンルの小説の代表作として知られています。

 本作は有栖川有栖の二作目の小説で、著者があとがきに記している通り「二十代最後に書いた」「特別な思い入れ」がある作品らしいです。二作目の小説は初めて編集者の依頼を受けて書いたもので、「人は誰でも一作だけなら小説を書ける」と言われるため、二作目こそ作家の力量が問われると著者は考えています。本作には、松本清張の「点と線」への対抗意識が感じられ、孤島で展開されるパズルが点から線へ、面から立体へと発展していく複雑な仕掛けが読み所です。

「本を読むという行為自体が非生産的で胡散臭いものなのに、その上探偵小説を選んで読み耽るなどとなれば、これはもう放蕩、放埓の極みじゃないか」と記されている通り、本作は海外ミステリを貪欲に消化したバブル世代の作家たちが生み出した「本格ミステリ」という名の「放蕩文学」の代表作だと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/799669/

有栖川有栖『孤島パズル』あらすじ

 架空の孤島・嘉敷島に集まった13人の男女は、文房具メーカー「アリマ」の創設者が残した5億円相当のダイヤモンドの隠し場所をめぐるパズルに挑む。台風が接近する不穏な雰囲気の中で殺人事件が起こり、ダイヤを巡る謎解きと犯人捜しのミステリが同時展開される。1989年に発表された有栖川有栖の二作目の作品。


2021/09/05

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第174回 桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』

 「現代ブンガク風土記」(第174回 2021年9月5日)は、桜庭一樹の故郷の山陰地方を舞台にした『赤朽葉家の伝説』を取り上げています。表題は「山陰の製鉄守る女性三代」です。

 桜庭一樹は島根県の生まれで、鳥取県米子市で育った作家です。米子市は島根県に隣接していて、境港市や松江市にも近いです。本作は直木賞を受賞した「私の男」の前年に発表された、故郷を舞台にした長編小説で、鳥取を代表する現代小説と言えます。境港を想起させる「錦港」など、細かな地名に修正は加えられていますが、鳥取にアパートを借り、本作を記したという経緯から、この作品に著者が強い思いを持っていることが伺えます。写真は私が米子城跡(素晴らしい眺望の場所です)に登って撮った写真です。

 本作はたたら場の歴史を継承した製鉄の村の戦後史を描いた「全体小説」です。全体小説とは、私小説とは異なって、家族や地域や国家の歴史や盛衰を記しつつ、登場人物たちの成長や恋愛や冒険を描くような、総合的な小説を意味します。主人公は民俗学者が「サンカ」と呼ぶ「辺境の人」たちの捨て子・万葉です。出雲大社を擁し、世界文化遺産も含む多くのたたら場が点在し、製鉄業や造船業など重工業の発展にも寄与してきた山陰地方の歴史を踏まえた内容が味わい深い大作です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/796142/

桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』あらすじ

 終戦から間もない頃、鳥取のたたら場の村に、山の民が「千里眼」の力を持つ赤子・万葉が置き去りにされる。やがて彼女は村で製鉄業を営む赤朽葉家に、跡継ぎの息子の嫁として迎えられ、「千里眼」の力を発揮して、一家が戦後に直面する危機を乗り切っていく。万葉の孫のわたしの視点から、祖母の万葉、少女漫画家の母の毛鞠の人生と、鳥取の製鉄の村の戦後史がひも解かれる。


2021/08/29

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第173回 吉田修一『続 横道世之介』

 「現代ブンガク風土記」(第173回 2021年8月29日)は、吉田修一のベストセラーシリーズの2作目『続 横道世之介』を取り上げています。表題は「苦境の中で輝く友情」です。

 東京で開催されるパラリンピックを題材とした数少ない現代小説です。都会で善良に生きることの価値を問う、訛りを帯びた心情描写が光ります。ベストセラーとなった青春小説「横道世之介」の続編で、長崎出身の主人公・世之介が19歳になる一年を描いた前作から5年後の物語です。

 世之介は子分肌の性格もあって、元ヤンキーのシングルマザーの日吉桜子と恋仲になり、彼女とその家族に気に入られながら、後に東京オリンピックの選手となる日吉亮太を育てていきます。家事や房事や子育てには熱心だが、外に出て働く意欲に乏しい「ヒモ体質」の主人公の造形は、デビュー作「最後の息子」以来の吉田修一作品の特徴です。

 この作品には「人生のダメな時期、万歳」「人生のスランプ、万々歳」という明確なメッセージが込められています。オリンピックを題材としつつ、後にプロカメラマンとなる横道世之介の修業時代を描いた本作は、新型コロナ禍で苦境に立たされている人々にとっても示唆に富む内面描写に満ちています。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/792547/

吉田修一『続 横道世之介』あらすじ

 一年の留年を経て経営学部を卒業し、バブル最後の売り手市場に乗り遅れた横道世之介の24歳から25歳になる一年を描く。バイトとパチンコでどうにか食いつなぎながら、寿司職人を目指す女性・浜ちゃんや、証券会社を退職して人生に迷っている友人・コモロンなど、「ダメな時期」に出会った人々との交流が描かれる。ベストセラー「横道世之介」シリーズの第二作。

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 今週は青山学院大学社会情報学部で集中講義「ジャーナリズム」を3日間担当します。秋学期は明治大学の授業の他に、東洋英和女学院の大学院・国際協力研究科で「国際メディア特論」を担当します。様々な大学の雰囲気を楽しむことが好きなこともあり、本務に支障のない範囲で、メディア論、文芸・社会思想関連の演習形式の授業や集中講義、ゲスト講義をお引き受けしています。



2021/08/23

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第172回 赤川次郎『セーラー服と機関銃』

 「現代ブンガク風土記」(第172回 2021年8月22日)は、高層ビルが増え始めた新宿を舞台にした、福岡出身のベストセラー作家・赤川次郎『セーラー服と機関銃』を取り上げています。表題は「平易な文でYAKUZA描く」です。子供の頃、小学校の移動図書館で人気を博していた赤川次郎について書く機会ができて、嬉しく感じました。

 1978年に光文社のカッパ・ノベルスで刊行された「三毛猫ホームズの推理」は、三毛猫という子供たちにとって身近な存在でありながら、名探偵のようさながらに事件の手掛かりを示唆したり、紅茶を嗜む愛らしい猫を作品の中心に据えてベストセラーとなりました。「セーラー服と機関銃」は、この「三毛猫ホームズの推理」シリーズの第一作と同年に刊行された青春ミステリー小説です。高校卒業からこの年まで赤川次郎は日本機械学会で学術論文の校正の仕事に従事していて、この作品が専業作家となって最初の作品となりました。

 この小説はヤクザ映画の隆盛に影響されて執筆された作品だと私は考えています。戦前から日本では長谷川伸や子母澤寛などの小説を原作として、義理人情を描く「股旅物」のやくざ映画が作られてきました。1960年代入ると仁義を尊ぶ「やくざ」を描いた尾崎士郎原作の「人生劇場」などの任侠映画が人気を博し、やくざ映画が日本映画の人気ジャンルとして確立されます。その後、日本の経済成長と共に、「仁義なき戦い」(1973年)のような利権を巡る片仮名の「ヤクザ」の抗争劇(実録ヤクザ映画)が生まれ、この作品が執筆される頃も再上映されて人気を博していました。

 本作は実録ヤクザ映画ほど生々しいものではありませんが、小学生でも楽しめる平易な文体で、その雰囲気をソフトに再現したミステリー小説だと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/788924/


赤川次郎『セーラー服と機関銃』あらすじ

 17歳の女子高校生・星泉は、父親の死をきっかけに新宿の弱小ヤクザ一家の跡目を継ぎ、世の中にはびこる悪と対峙していく。父親の死の謎や、次々と引き起こされる殺人事件の犯人、行方不明となったヘロインの在処などが、物語の進展と共に明かされていく。映画版のヒットで赤川次郎の知名度を高めたベストセラー小説。

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 今年のオープンキャンパスがオンライン開催になったこともあり、ちょっと早めに演習(ゼミ)の説明動画を下のページにアップロードしました。今年の秋学期はドイツやスイス、デンマークなど、遠方の国から来る留学生の受け入れ担当の予定だったのですが、パンデミックが長引いて延期となり、残念に感じています。来年度は、期間が空いた分、国際交流がより密なものになることを願っています。

明治大学国際日本学部 酒井信ゼミ

https://makotsky.blogspot.com/p/blog-page_22.html

2021/08/16

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第171回 宮本輝『螢川・泥の河』

 「現代ブンガク風土記」(第171回 2021年8月15日)は、戦争の影が色濃く残る富山と大阪を舞台にした宮本輝『螢川・泥の河』を取り上げています。表題は「生死や運をめぐる哲学」です。

 戦争という人間の悪意が凝縮された時代を通過してなお残る、人間の逞しさや優しさに触れたいと思う時があります。逆境に立ち向かう人間の感情を描いた「戦後小説」こそ、八月に読むのに相応しいと私は思います。宮本輝の初期の代表作「蛍川・泥の河」は、戦争の傷跡が街の景色や人々の外見や心の中に残る時代の記憶をひも解いた「戦後小説」の秀作です。

「わしかて、いっぺん死んだ体や」「いままでに何遍も何遍も死んできたような気がしたんや」という父の言葉には、後に「五千回の生死」などの作品で描かれる「日常の中で繰り返される生死」のモチーフが表れています。「運というもんを考えると、ぞっとするちゃ。あんたにはまだようわかるまいが、この運というもんこそが、人間を馬鹿にも賢こうにもするがやちゃ」と語る父の親友の姿を通して、戦争と敗戦後のどさくさを潜り抜けた人間らしい、訛りを帯びた「哲学」と揺るぎない「友情」が表現されます。

 芥川賞と太宰賞を受賞した宮本輝『螢川・泥の河』は、大都市・大阪の中心地を流れる「河」と地方都市の市街地を流れる「川」の周辺で暮らす人々の戦後の日常を描いた作品で、市街地の中心部を流れる大小の川とその近くの歓楽街の風景が、現代文学にとって故郷と言える場所であることを実感させる作品です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/785510/



宮本輝『螢川・泥の河』あらすじ

 大阪と富山を舞台に、戦争の傷跡が残る土地と、戦後のどさくさが人生に影響を及ぼした人々を描いた作品。役所から立ち退き勧告を受けた舟の家で、売春をして二人の子を養う女や、進駐軍の払い下げ品の転売で財を成した父親など、戦前・戦後の日常を生き抜いてきた人々の記憶がひも解かれる。太宰賞受賞作「泥の河」と芥川賞受賞作「蛍川」を収録。

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日本マス・コミュニケーション学会・編集・発行の「マス・コミュニケーション研究」第99号の特集(「分断される社会」とメディア)に「COVID-19と社会的な分断に関する報道分析とその方法論の研究」というタイトルの論文を寄稿しました。2年任期の編集委員の仕事もひと区切りで、編集作業を通じて、もうすぐ70周年を迎え、「日本メディア学会」への改称を控えてい同学会の歴史の重みを感じました。今期は国際委員に戻り、メディア研究の国際化に関わる仕事に継続的に関わっています。

2021/08/09

祝170回 西日本新聞「現代ブンガク風土記」 中上健次『枯木灘』

「現代ブンガク風土記」(第170回 2021年8月8日)は、中上健次の代表作『枯木灘』を取り上げています。表題は「世界文学の系譜で「路地」描く」です。この連載では、私が生まれた1977年以後の「現代文学」を取り上げていますが、『枯木灘』は1977年刊行(初出は1976~77)の作品で、最も古い作品と言えます。

 和歌山県新宮市の「路地」を舞台にして、中上健次の分身とも言える秋幸が、暴力と性的な欲望を内に抱えながら、血縁と向き合う姿を描いた「紀州熊野サーガ」の代表作です。ウィリアム・フォークナーを彷彿とさせる社会の「周縁=路地」に根差した文学的な描写が、この作品で確立され、中上健次の持ち味となりました。批評家の柄谷行人はこの作品の解説で、中上が「路地」を、南北問題の「南」の問題として世界文学の系譜で表現したことを高く評価しています。

 本作は新宮の路地を舞台にしながらも、「枯木灘」一帯の風土と人々の生活を描いている点で、芥川賞を受賞した「岬」よりも空間的な広がりを有しています。中上健次の「枯木灘」は、熊野の「路地」に住む登場人物たちが持つ、近親相姦や父殺しなどの欲望の際どさと、親族や死者たちとの結び付きの強さを描いた「グローバルな文学史」に連なる「血縁文学」だと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/782305/

中上健次『枯木灘』あらすじ

 私生児として生れた秋幸は、狭い熊野の土地の中で、悪い噂の耐えない実父・龍造との血縁を意識しながら成長していく。龍造は織田信長に仕え、反旗を翻した伝説の武将・浜村孫一との血縁を夢想し、私費を投じて石碑を建て、周囲から冷笑されている。芥川賞を受賞した「岬」の続編で、中上健次のルーツに迫る代表作。

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 賛否両論あった東京オリンピックでしたが、個人的に最も強く印象に残ったのは、サッカーの日本代表キャプテンの吉田麻也選手の活躍でした。同じく長崎の少年サッカー出身で、長崎の実家も近く、大学の後輩ということにもなります(プロ生活をしながら通信制で卒業されたのは立派です)。特に準決勝のスペイン代表との試合でPK判定を覆したスライディングは、プレミアリーグやセリエAを渡り歩いてきたプロらしい一流のものでした。オリンピックも3度目で、トップ・プロが出場する大会でロンドンと今大会で二度の4位。サッカーのキャプテンには、審判や相手チームの主要選手との高いコミュニケーション能力が求められますが、吉田麻也選手は英語も堪能でフィールド上に高度な秩序を築いていました。