2023/03/14

「没後30年 松本清張はよみがえる」第39回『砂漠の塩』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第39回(2023年3月14日)は、清張作品としては初めて本格的に海外を舞台にした『砂漠の塩』について論じています。担当デスクが付けた表題は「中東に死地を求める 道ならぬ恋の逃亡劇」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。イランのテヘランで生まれ、エジプトのカイロで育った西加奈子の自伝的小説『サラバ!』とのmatch-upです。

 少年時代から松本清張は、地図や紀行文、地理の教科書を通して「旅」を夢見ていました。特に小学校6年生の時に出会った田山花袋の『日本一周』がお気に入りの作品で、小倉の街の書店で立ち読みして「一生行けないであろう風土」に憧れを募らせていました。このような清張の「旅」への思いの強さは、「点と線」や「ゼロの焦点」など特急電車を使った「移動の多い物語」に顕著に表れています。

 松本清張が初めて海外の取材旅行に行ったのは55歳の時で、現代の作家と比べると想像以上に遅いです。観光目的の海外旅行が自由化されたのが、東京オリンピックが開催された1964年で、清張はこの年に作家としていち早くオランダやフランス、イギリスなどを20日間のスケジュールで周遊しています。本作の舞台となったエジプトやレバノンにもこの時に立ち寄っており、長編小説の題材として欧州の先進国よりも「中近東の砂漠の国々」を先に取り上げている点に、清張らしい反骨精神を感じます。

 本作は死を決意した二人の逃亡劇であるため、物語の面白味に乏しいですが、中近東の国々を舞台に「訳ありの日本人」の情事を描いている点が新鮮です。全体を通して海外取材で清張が手に入れた「国際感覚」が感じられる作品です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1066386/

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 月刊「文藝春秋」の柄谷行人「賞金1億円の使い途」が面白かったです。尼崎で生まれ育ち、駒場寮で廣松渉・西部邁と付き合い、文芸批評から宇野弘蔵の影響を受け「後期マルクスの交換様式論」に至るお馴染みの噺ですが、バーグルエン哲学・文化賞(哲学界のノーベル賞、賞金100万ドル)を獲った興奮が伝わってきます。昔から柄谷さんはポール・ド・マンなどアメリカの脱構築批評を意識した話をされていたので、アメリカでも功績が認められて本当に良かったと思います。終盤で次作の構想に触れていたのが面白く、意外にも「風景の発見」に立ち返って文芸批評に戻るそうで、楽しみにしています。

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 先日亡くなった大江健三郎の著作については、現代文学風土記で『取り替え子』と『河馬に噛まれる』を取り上げました(1967年の『万延元年のフットボール』が代表作だと思います)。思い出に残っているのは、河出書房新社から没後20年で出した『江藤淳』に、大江さんが掲載を許諾されたことでした。長い間、江藤と大江は「戦後文壇の宿敵」と呼ばれる関係でしたが、「若い日本の会」をはじめ、かつては親しい間柄で、60年代前半の江藤は思想的に大江よりも「左」でした。『江藤淳』の編者の平山周吉さんと電話で話した時、ダメもとの掲載依頼者(私も何人か挙げました)の一人が大江健三郎で、結果として1966年の『われらの文学22 江藤淳 吉本隆明』(大江健三郎・江藤淳編)の江藤論「どのようにして批評家となるか?」が収録されています。つまり大江健三郎は2019年の時点で、江藤(とその批評)と「和解」していたわけで、個人的には江藤と付き合いがあった頃(批評への緊張感があった60年代)の大江健三郎が作家としてピークだったと考えています。

https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309028019/

2023/03/10

「没後30年 松本清張はよみがえる」第38回「共犯者」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第38回(2023年3月10日)は、清張自身のわらぼうきの行商の苦労を下地にした「共犯者」について論じています。担当デスクが付けた表題は「自己破滅に至る不安 非合理描いた心理劇」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。かつて政治運動に関わっていた男の「新しい人生」を描いた絲山秋子の『エスケイプ/アブセント』とのmatch-upです。

 敗戦直後、松本清張が所属する朝日新聞西部本社広告部は仕事が少なく、1946年から48年まで清張は「買い出し休暇」を利用してわらぼうきの仲買の仕事をしていました。食糧難とインフレで新聞社の給料だけでは両親と妻子を養うことが難しく、副業をはじめたのです。わらぼうきは妻の実家があった佐賀で仕入れ、清張は小倉や門司を手始めに、防府・広島・大阪・京都・大津と販路を広げ、この経験は清張に旅をする喜びを与えました。

 全集の「あとがき」によると、本作は「鼠小僧」など庶民的な盗賊を主人公にした歌舞伎の「白波物」を参考にした作品です。特に河竹黙阿弥の「鋳掛松(船打込橋間白浪)」で主人公が、屋形船で宴会をする人々を見て、破損した鍋釜の修理(鋳掛)をやめる決意をし、商売道具を隅田川に投げ捨てる場面を参考にしたのだとか。松本清張もほうきの仲買をしていた時に、闇屋上がりの「成金」が芸者を上げて遊んでいるのを見て、「虱のいそうな汚い部屋」で「行商の真似」をしている自分自身が嫌になったらしいです。

 本作は「行商」や「営業」の仕事の苦労が伝わってくる内容で、清張作品の中でも繰り返し映像化されてきた短編の一つです。毎回一作品を論じるこの連載も開始から半年が経過し、清張山脈も八合目、40回に近付いてきました。

 膝蓋骨の骨折で、まだスムーズに歩くことはできませんが(階段はゆっくり昇り降り)、無理なく日常生活を送っています。近所の図書館に行った折に、娘が横断歩道を先に渡って車を停車させ、はとバスのガイドさんのように私を誘導する姿に、成長を感じました。「(存在論的な)気遣い」(ハイデガー)を大切にする大人になってほしいものです。古の時代も、子供が負傷した防人の父を気遣って、先回りして牛車を停車させ、大通りを渡らせるようなことがあったのかも知れません。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1064835/

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 今週末はアカデミー賞の授賞式ですが、昨年は約40%のセリフが手話で表現されたCODAが作品賞・脚色賞などを獲り、注目を集めました。特に助演男優賞を獲ったTroy Kotsurの「手話ジョーク」に味わいがあり、プレゼンターのユン・ヨジョンが感極まって、怪しい手話をはじめるほどでした。Kotsurはゴールデングローブ賞も獲っていた余裕もあり、ブラック・ジョークを交えながら家族への感謝を示しつつ、disabled communityを称え、貫禄のある手話を披露していました。deaf actorとして史上二人目の受賞。Arizona出身ということもあり、今年のスーパーボウルでは、national anthem で手話を担当しています。

Troy Kotsur Wins Best Supporting Actor for 'CODA' | 94th Oscars

https://www.youtube.com/watch?v=TtE9WNw-L0E

Troy Kotsur performs the national anthem in ASL at Super Bowl LVII Feb. 12 2023 

https://www.youtube.com/watch?v=mKk7bNkNraw

 CODAは聴覚障がいを持つ家族が、コミュニティに包摂されながら、自由を謳歌する物語です。作中で歌われたJoni Mitchellの「Both Sides Now」の新しい解釈に、「社会的な分断」が煽られる時代に相応しい「深み」がありました(Joniも大絶賛)。Bostonで塩辛いシーフードを食べる時に、思い出すような味わいのある映画で、Gloucester, Massachusettsの海の風景が大きな魅力になっています。新鮮な映像表現でアメリカのマイノリティが直面する政治・経済の問題や、日常生活(性愛の描写を含む)を、快活に表現した秀作だったと思います。

 今年のアカデミー賞のホストはJimmy Kimmelで、無難な感じですが(Seth MacFarlaneやChris Rockのホストをまた見たいのですが)、Kotsurや彼の妻役のMarlee Matlinような埋もれていた役者の再評価に期待しています。

Troy Kotsur discusses hit movie ‘Coda’

https://www.youtube.com/watch?v=z28wZ8mGv6Q

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 東日本大震災から12年が経ちました。震災時に陸前高田の小学生で、大船渡高校からプロ入りした佐々木朗希がマウンドに立つ姿に、多くの人が心を動かされたと思います。前任先で学生たちと陸前高田・大船渡・大槌にボランティアで行きましたが、全国各地から数多くの人たちが瓦礫の撤去や清掃作業に入っていました(この時のリーダーを務めたゼミ生は、現在、福島民報で働いています)。この引率の下調べで、難民支援のNPOでミャンマーから亡命していた人たちとテントで4人で寝泊まりしたことも思い出深く、陸前高田や釜石・遠野を拠点としたボランティアは国際的なものでもありました(銃創で片足を引き摺っていたミャンマーの青年が、日本への恩返しと言いながら、懸命にがれき撤去作業に打ち込んでいた姿を思い出します)。この時の陸前高田の風景の中に、父と祖父母を亡くした小学生の佐々木朗希がいたことを考えると、彼が背負ってきたものの大きさを実感します。津波で流された三陸鉄道のコンクリート製の枕木は、大人数で手にしても、本当に重かった。

2023/03/01

「没後30年 松本清張はよみがえる」第37回『けものみち』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第37回(2023年3月1日)は、高度経済成長期に東京に建てられた大型の高級ホテルを舞台に「経済格差」を体感させるミステリ小説『けものみち』について論じています。担当デスクが付けた表題は「高級ホテルを舞台に 照らす政財界の裏側」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。戸籍の売買が重要なトリックとなっていることもあり、同じく戸籍の売買を題材とした平野啓一郎の『ある男』とのmatch-upです。

 この作品の連載がはじまった1962年に、赤坂の南東にある虎ノ門でホテルオークラ東京が開業し、この作品が刊行され、東京オリンピックが開催された1964年に、赤坂の北にある紀尾井町でホテルニューオータニが開業しています。何れも帝国ホテルと共に「御三家」と称された高級ホテルで、国内外の要人が宿泊してきたことで知られます。流行に敏感な松本清張は、本作で庶民の憧れの的である新興の大型ホテルを作品の中心に据え、「時代の欲望」を浮き彫りにしました。

 冒頭に「けものみち」という言葉の説明が付されています。「カモシカやイノシシなどの通行で山中につけられた小径(こみち)のことをいう。山を歩く者が道と錯覚することがある」と。本作は政財界や警察の不正を芋づる式に暴いていく内容で、悪漢の鬼頭が満州に渡り、軍部と結託して資金を蓄え、戦後日本の中枢に自らの縄張り=「けものみち」を張り巡らせてきた経緯がミステリの核となります。彼らは、日本道路公団を想起させる「総合高速路面公団」を支配し、有料道路の建設事業に関わる「利権」を収入源にしていて、現実に日本道路公団は、かつては政財界の利権の温床となり、「第二の国鉄」と言われるほど多額の負債を抱えていました。

「週刊新潮」に掲載された作品らしく、情死や汚職などの「スキャンダル」が目くるめく展開される「悪漢小説」です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1060288/

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 先日、初めて提出した分野で研究費をご採択頂き、地道に取り組んで来た研究テーマだったこともあり、着手するのを楽しみにしています。成果については、計画通り、3年かけて海外の学会を中心に行う予定ですが、関心の近い先生方と国内の研究ネットワークも築いていきたいと考えています。現代社会は、評価やリスクの尺度が多様なので(様々なアカデミアや学会、学問領域が「政治的」に競合しているので)、ジョン・アーリのいう意味での「移動(的な展開)」が大事だと改めて思いました。学際系ということもあり、フットワーク軽く分野を渡り歩く探求心を持ち続けたいものです。

2023/02/20

問題複合体を対象とするデジタルアース共同利用・共同研究拠点(IDEAS) 2022年度成果報告会

「問題複合体を対象とするデジタルアース共同利用・共同研究拠点(IDEAS) 2022年度成果報告会」で発表を行いました。慶應義塾大学の助教時代から続けている英字ニュースの解析と分析について、学際系(理工系・情報系中心)の研究発表会です。今年度は「新型コロナウイルスに関する英字メディア報道の比較分析と地理空間上の分布に関する研究」という研究課題でした。

 英字ニュースの解析については慶應の助教時代はMeCabを使って形態素解析を行い、ベクトル空間モデルで類似度を算出し、クラスター解析を行っていましたが、今は学生を研究補助員として雇用して、新聞データベースを利用してニュースを複合語で絞り込み、メタデータを作成した上で、解析、分析を行っています。(先々はPythonでMeCabかJanomeを使える学生をアルバイトで雇いたいのですが。。)

 異なる国の英字ニュースを読み比べるのは普通に面白く、分析結果への関心も高いと感じています。初年度のゼミ生から、全国紙の記者職の内定が出ましたが、特定のテーマについてグローバルな視野の下で考える素養は、需要があるのだと思います。航空会社の内定も(人員削減の中で)よく出たと思います。

 今年も全体に各大学の先生方の発表のレベルが高く(データのとり方や研究の展開の仕方など参考になるものが多く)、委員の先生方からも高評価で良かったです。元総合政策学部の福井弘道先生をはじめ、慶應三田の助教時代からお世話になってきた先生方との暖かい繋がりに、心より感謝申し上げます。

 常勤の大学教員として17年目が終わろうとしていますが、この時期になると三田のグローバルセキュリティ研究所とSFCのゼータ館、共同通信に研究室があった頃(1~4年目)のことを懐かしく思い出します。若手研究者の立場で色々な経験を積ませて頂いたことが、現在の研究活動に生きていると感じています。グローバルセキュリティ研究所はその後、グローバルリサーチインスティチュートになり、慶應のスーパーグローバル大学創成支援事業の拠点となりました。共同利用・共同研究拠点も含めて大学の垣根を越えたプロジェクトを通して、若い学際・国際系の研究者が育ってほしいものです。

http://gis.chubu.ac.jp/



2023/02/15

「没後30年 松本清張はよみがえる」第36回「天城越え」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第36回(2023年2月15日)は、松本清張が川端康成の名作を念頭に置き、スリリングな推理小説に仕上げた初期の名短編「天城越え」について論じています。担当デスクが付けた表題は「ブラック清張の名作 川端の代表作に対抗」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。『海炭市叙景』や『そこのみにて光輝く』などの作品で、地方に住む若者たちの「青春の影」を描いた佐藤泰志とのmatch-upです。

 天城越えとは、伊豆半島の中央を南北に縦断する「下田街道」を通り、三島と下田の間にある難所「天城峠」を越える旅路です。伊豆が温泉地であることから、そこには甘美な旅情が宿ります。1904年に日本初の石造道路トンネル「天城山隧道(ずいどう)」が開通し、1927年刊行の川端康成の「伊豆の踊子」で取り上げられ、知名度を高めました。川端の「伊豆の踊子」は伊豆旅行を象徴する作品として繰り返し映画化され、松本清張の「天城越え」は1983年に渡瀬恒彦、田中裕子、樹木希林の出演で映画化されています。

「伊豆の踊子」の「私」が下田街道の途中で旅芸人一座の踊子に惹かれたように、本作の「私」も派手な着物をまとう娼婦に惹かれ、心細い道行きを共にします。川端が子供のように純真な少女を描いたのに対して、清張が粗暴さで知られる若い女を描いている点に、社会の下層を生きる人々を知る清張らしさが垣間見えます。

 川端康成の「伊豆の踊子」の瑞々しさとは正反対のどろどろした読後感に「ブラック清張」らしさを感じる作品です。踊り子の少女に純粋さを見出す川端の筆致とは異なって、世間ずれした女に、過去に目撃した「母親の不貞」を見出している点が、本作の「暗い魅力」と言えると思います。川端は私も好きな作家で、後期の『山の音』『みづうみ』『眠れる美女』あたりの、戦後日本の退廃と「魔界」を接続している凄みのある作品が好みです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1054159/

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 Super Bowl LVII、素晴らしい試合でした。怪我した足に容赦のないタックルを食らい、片足を引き摺っていたMahomes君が、35-35で迎えた4Q残り2分から、30ヤード走って試合を決めるという(LBもDBも完全に予想外という感じ)、実にエモーショナルな試合でした。敗れたHurts君も素晴らしく、オープニングのChris Stapleton(グラミー賞8回、苦労人)のNational Anthemが良すぎて、Eagles HCのNick Sirianniが早々に泣いてしまった点に、敗因があったと思います。Hurts君のような超優良QBが育つと、HCの年俸として20億円×10年=200億円ぐらいは保証されるので、涙する気持ちは良く分かりますが、まさか試合前に泣くとは。

Chris Stapleton Sings the National Anthem at Super Bowl LVII

https://www.youtube.com/watch?v=WFKXJ091Ed4

NFL Super Bowl LVII Mic'd Up, "we have to put up 7"

https://www.youtube.com/watch?v=r0sl7jsbWUc

2023/02/10

「没後30年 松本清張はよみがえる」第35回『歪んだ複写』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第35回(2023年2月10日)は、朝日新聞に20年間務めた松本清張らしく、警察や探偵ではなく、新聞記者が殺人事件の謎を解明していく『歪んだ複写』について論じています。担当デスクが付けた表題は「税務署員の贈賄暴く 記者たちの粘り強さ」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。元新聞記者の主人公が、人気ゲームを開発した女性の失踪事件を解明していく塩田武士の『朱色の化身』とのmatch-upです。

 日中戦争が勃発した1937年、朝日新聞社は大陸の動向を知るための「前線基地」として小倉市に九州支社の新社屋を建設しました。松本清張が朝日新聞社で働き始めたのはこの年です。新婚だった清張は家族を支えるべく、高等小学校卒の履歴書を面識のない支社長に送り、仕事を得ました。同僚だった岡本健資は「こんな入社の仕方をした男は、東西の朝日新聞社員の中でも、おそらく彼一人ではないだろうか」と述べています。清張は亡くなるまで製図台の上で原稿を書いていましたが、この執筆スタイルは新聞社で広告の版下を描いていた頃に身に着けたものです。

 1960年に所得額で作家部門1位になった清張の「高額納税者らしい怒り」が伝わってくる内容です。当時、一部の税務署員は、金品を贈与されたり、接待を受ける見返りに、税金を減額したり、納税期日を遅らせたり、差し押さえの物件の便宜を図るなど、様々な汚職に手を染めていました。本作は税務署員の悪行を「社会派ミステリ」として暴いた内容で、松本清張らしく同時代の社会の腐敗を告発した「問題作」と言えます。

 連載35回を迎え、松本清張の代表作を大よそ網羅してきました。高度経済成長期の作品が多めですが、晩年の秀作も厳選して取り上げていきます。映画・ドラマ化された「忘れられた名作」も取り上げていきます(個人的に昭和の日本映画が好きなので、中古で収集したマニアックな映像作品にも言及しつつ、メディア史的な文脈も織り込んでいきます)。骨折の影響で終盤の進行が遅れ気味ですが、松本清張が残した仕事(清張山脈)の大きさに、日々、勇気付けられています。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1052085/

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 今週末のSuper Bowl@Phoenix, Arizonaは、初のアフリカ系QBの対決(Patrick MahomesとJalen Hurts)で、二人のQBの平均年齢がこれまでで最も若いカードとなりました。多彩なパスとランで「新時代」を感じさせる第1シード対決で、誰もが納得の好カード。「新時代」のSuper Bowlとしては、スーパーマーケットのバイトを辞めてプロになったKurt Warnarと、ドラフト6巡199番目、4番手のQBから這い上がった若きTom Bradyが対戦した、同時多発テロ直後の2002年のSBを思い出します。SBは世界で最も視聴者数の多いメディア・イベントということもあり、ハーフタイムショーやCM、街の中継も含め、楽しみにしています。college footballのGame Dayも含め、アメリカらしい「地域行事」で「グローバル・イベント」と言えます。

Kansas City Chiefs vs. Philadelphia Eagles | 2023 Super Bowl Game Preview

2023/02/07

「没後30年 松本清張はよみがえる」第34回「菊枕」

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第34回(2023年2月7日)は、高浜虚子を師と仰ぎ、女性俳人として活動した杉田久女をモデルとした最初期の短編「菊枕」について論じています。担当デスクが付けた表題は「杉田久女をモデルに 行動的な女性像示す」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。『赤朽葉家の伝説』で故郷の山陰地方を舞台に、製鉄業を支える女性たちの姿を描いた桜庭一樹とのmatch-upです。

 杉田久女をモデルに、華麗、奔放と称される俳句の才能を持ちながら、師の虚子やその弟子たちと折り合いが付かず、小倉で不遇の人生を送った久女を想起させる「ぬい」の生涯を描いた作品です。前年に書かれた「或る「小倉日記」伝」の女性版という趣きの作品で、癇癪を起こしやすく、不器用な「ぬい」が、中央で評価されず、「ホトトギス」を連想させる雑誌「コスモス」の同人として除名されるに至る経緯をひも解きます。

 同系統の短編は他にも幾つかあり、論争的な性格で、不遇のまま34歳で亡くなった考古学者・木村卓治の人生を描いた「断碑」や、福岡県の田舎の中学教師・畑岡謙造が、史跡調査に来た帝大教授に才能を見出され、不倫によって身を持ち崩す「笛壺」などが評価が高いです。これらの作品は、叩き上げの登場人物たちが地道な努力をして、新しい成果を上げながら「感情の訛り」が災いして、失脚するという共通した物語構造を持ちます。

 本作では「ぬい」が自己の人生を卑下してヒステリーを起こしたり、梅堂に常軌を逸した内容の手紙を大量に書き、亡くなるに至る「悲劇的な姿」が強調されています。ただ「ぬい」が「無気力な貧乏教師の妻」という引け目を乗り越え、先駆的な女性俳人として中央の俳壇に切り込んでいく姿には、41歳でデビューした松本清張自身の姿が重なって見えます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1050619/

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 45歳のTom Bradyがついに引退し、FOXの解説で10年$375 millionの契約(1年あたり約50億)。2年前に42歳で引退したDrew Breesと共に、四半世紀近くリーグを盛り上げてくれました。BradyとBreesはミシガン大学とパデュー大学時代のライバルで、ドラフト時に評価の低かった2人が、20年以上も活躍し、QBの歴代記録を塗り替えていく姿を観れたのが、同年代の人間として嬉しかったです。

Tom Brady & Drew Brees talk after their last time facing each other | "It was fun" - Drew Brees

https://www.youtube.com/watch?v=yc9Rqvb9gcA

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 膝蓋骨骨折のリハビリは、日々、痛みとの闘いですが、何とか手術後のひと月を乗り切ることができました。世の中には思いの外、足を悪くしている方々が多くいて、ちょっとした段差が危なかったりするので、バリアフリー(心のバリアフリーも含む)が大事なことに、実地で気付かされています。

2023/02/06

「没後30年 松本清張はよみがえる」第33回『波の塔』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第33回(2023年2月6日)は、夫婦とは何かを考えさせる人気作『波の塔』について論じています。担当デスクが付けた表題は「時間の重み共有する 大人の黒い恋愛小説」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。信仰に近い愛情を抱く「私」の際どい日常を描いた江國香織の代表作『神様のボート』とのmatch-upです。

 この小説が刊行された1960年、松本清張は『日本の黒い霧』などの大ヒット作に恵まれ、所得額で作家部門の1位となります。翌年、52歳の清張は、東京都杉並区上高井戸(現・高井戸東)に約600坪の自宅を新築し、82歳で亡くなるまでこの地に居を構えることになります。高井戸の新居は井の頭線の線路沿いの広大な三角地にあり、線路沿いの三角の庭に胸を張って立つ清張の有名な写真は、電車の騒音をものともしない作家の「図太さ」を雄弁に物語っています。

「波の塔」は松本清張の長編としては珍しく、人が殺される場面のない作品で、「女性自身」に連載された小説らしく、自由恋愛に殉じていく「精神的に自立した女性」を描いています。訳ありの過去を持つ美女が、一人で富士の樹海に入り、自死を遂げるラストは、「ゼロの焦点」の「山版」と言えるの内容で、本作は「自殺の名所」として青木ヶ原の名を世に知らしめました。

「どこにも出られない道って、あるのよ、小野木さん……」と小説の序盤で頼子が口にするセリフが、読後の印象に強く残ります。青木ヶ原の樹海を暗示する「どこにも出られない道」という表現が、戦中・戦後の困難な時代に生まれ育った小野木と頼子の「暗い青春」を象徴的に物語り、「時間の重み」を感じさせます。



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 LGBTQ+αの方々の人権について、以前に監訳を担当した日本の現代文化を「L」の視点から批評したBBCの番組が、参考映像としてお勧めできます。Sue Perkins(スー・パーキンス)は、英語圏では「L」であることをカムアウトしている有名人の一人です。BBCらしいアングルですが、スーの視点からは、日本の文化では海女や女子相撲への評価が高く、芸妓や巡礼文化はニュートラル、労働環境やKawaii文化への評価が低いです。日本語訳する上でも、このニュアンスはそのまま残しました。

BBC スー・パーキンスとさぐる現代日本の多様な文化 [Japan With Sue Perkins] 
(教育機関や図書館向けのDVD。サンプル映像あり)

 昨年刊行した『現代文学風土記』でも『最後の息子』『きらきらひかる』『生のみ生のままで』など、LGBTQ+αの登場人物たちの心情を描いた作品を取り上げています。現代小説を通して、外見ではなく内面から、非日常ではなく日常の視点から、現実感を拡げる意味は大きいと思います。直木賞候補の一穂ミチさんの『光のとこにいてね』も、「L」の恋愛小説として優れた作品なので、本屋大賞を獲得することを願っています。

2023/02/02

「没後30年 松本清張はよみがえる」第32回『連環』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第32回(2023年2月2日)は、松本清張が画工として九州北部の印刷所で下積みしていた頃の経験を踏まえて書いた『連環』について論じています。担当デスクが付けた表題は「印刷所時代に培った 面白さ追う職人気質」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。編集者の女性と高校教師の父親とのやり取りを通して、文芸出版の舞台裏を描いた北村薫の『中野のお父さん』とのmatch-upです。

 松本清張が14歳で初めて就職した川北電気・小倉出張所は、昭和恐慌の影響で閉鎖の憂き目にあいます。当時、清張は仕事の合間に文芸書を読みながら働く「気の利かない給仕」だったため、最初の人員整理で「お払箱」になりました。失業者した彼は「画工見習募集」の貼り紙を見て、19歳から見習いとして小倉市の高崎印刷所で働くことになります。九州北部の印刷所で働き、神田の出版社の社長となる主人公・笹井誠一の物語は、高崎印刷所で働き、日本を代表する作家となった松本清張の人生と部分的に重なって見えます。

 40歳を超えて作家としてデビューするまで、彼が「画工職人」として働いていたことを考えれば、「西郷札」が週刊朝日の「百万人の小説」に入選しなければ、松本清張は生涯を一職人として終えていた可能性が高いと思います。小説の面白味を追及する「職人」のような気質は、清張が画工時代に培ったものです。

 松本清張は貧しい家庭で生まれ育ち、文学を愛しながら、家族を養うために画工として腕を磨きました。彼は作家として世に出たのちも「職人」としての矜持を持ち、「物語の面白さを追求した作品」を次々と世に送り出すことで、「高度経済成長期」を代表する作家になったのです。

 今週は2本の掲載でしたが、次週は3本の掲載予定です。寒い中でのリハビリは文字通り「骨が折れます」ね(骨が折れてるわけですが)。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1048552/

2023/02/01

「没後30年 松本清張はよみがえる」第31回『影の車』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第29回(2023年2月1日)は、「万葉翡翠」や「潜在光景」などの短編を収録した松本清張の代表作の一つ『影の車』について論じています。担当デスクが付けた表題は「時代の変化に戸惑い 「人間の業」強く肯定」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。『ラブレス』などで、北海道の開拓地を生きる人々が、戦前・戦後の時代に経験してきた生活や価値観の変化を描いた桜木志乃さんとのmatch-upです。

 松本清張は戦争を挟んで変化した人々の「生活に根差した心情」を描くのが上手い作家です。食うや食わずの時代を生き延びた自身の経験を踏まえ、真犯人を含む登場人物たちが経験してきた人生の大きな変化を、背後から抱擁するように肯定してみせます。

 本作の代表作といえる「万葉翡翠」は、万葉集の歌「渟名河(ぬなかは)の 底なる玉 求めて 得まし玉かも 拾ひて 得まし玉かも 惜(あたら)しき君が 老ゆらく惜しも」をめぐる、大学の考古学研究室を舞台にしたミステリです。長らく日本で産出しないと考えられてきた翡翠が、1935年に糸魚川で「再発見」され、考古学上の大発見となったことを、学生の失踪事件と絡めて、巧みに小説の題材としています。「万葉考古学」を好んだ松本清張らしい切り口で、フォッサマグナによって生み出された翡翠が、縄文時代から奈良時代までこの地域で産出されてきた「壮大な史実」がひも解かれていきます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1047975/

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 Super BowlはMahomes君のKansas CityとHurts君のPhiladelphiaの好カードとなり、楽しみです。骨折のリハビリ中ということもあり、片足を引き摺りながらchampionshipを勝ち上がったMahomes君を応援しています。お父さんが横浜ベイスターズのピッチャーだったので、日本に滞在していた点でも親近感が持てます。父親譲りのサイドスローやアンダースローなど多彩な投球が面白いです。一年で60億円近い年俸で、KCの街の魅力を高めたリーグを代表する選手です。

Next Gen Stats: Patrick Mahomes' 10 Most Improbable Completions Going into Super Bowl LVII(*パスの成功確率はAmazonのAWSが機械学習で計算した予測モデルの数値)

 バルバドス出身のRihannaのハーフタイムショーにも期待しています。女性の単独では、トランプ当選直後に「分断」と「融和」を表現した2017年のLady Gaga(*LGBTQのBであることをカムアウトしているので厳密には女性ではない)@Houston以来。2年前のShakira & J. Loが攻めた演出で高視聴率だったこともあり、Katy Perryの時みたく3DCGで生中継するような新しいテクノロジーを使った演出に期待しています。マイノリティの立場から社会問題に関してどのような表現をするのかという点にも注目しています(Lady GagaやKendrick Lamerのように、スーパーボウルのハーフタイムショーでは、音楽を通して社会問題と対峙するミュージシャンが多いです)。
 個人的に女性ミュージシャン単独のハーフタイムショーで評価が高いのは、2013年のBeyonce@New Orleansです。ハリケーンからの復興イベントでしたが、後半に停電したのはBeyonceが電気使い過ぎたせいと噂されたものです。

Beyoncé - Super Bowl