2023/05/30

『現代文学風土記』(西日本新聞社)が増刷されました

 『現代文学風土記』(西日本新聞社)の2刷(1200部)が2023年5月18日付で出来ました。2刷では、微修正の範囲ですが、初版から30ページほど修正しています。吉田修一さんに頂いた帯文はそのままです。乗代雄介さんに「新潮」(2022年8月号)の書評で言及頂いたように、「土地や風土以上に、時を隔てた人間同士を媒介するものもない」ので「未来、その時になんという名で括られているかわからない過去の『現代文学』の簡便なガイドブック」として、一人でも多くの方々に手に取って頂けると嬉しい限りです。

 ひと月ほど売り切れ状態でしたが、Amazonや楽天ブックスなどの在庫も復活しています。先日の「松本清張はよみがえる」イベントでも、15人ぐらいの方にご購入いただき、サインをいたしました。書籍の刊行はスモールビジネスですが、様々な場所の図書館で配架して頂いたり、この本の実績を踏まえて科研費を採択頂いたり、コミュニケーションの拡がりが実感でき、嬉しい限りです。翻訳も含めて先々の展開について検討しています。現在は『松本清張はよみがえる』の書籍化の準備に取りかかっています。

版元ドットコム(Amazon等へのリンク、試し読みページあり)

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784816710018

書評等の一覧など詳細情報

https://makotsky.blogspot.com/2022/04/blog-post_14.html

2023/05/25

「没後30年 松本清張はよみがえる」トークイベント

 2023年5月28日開催の「没後30年 松本清張はよみがえる」トークイベント@天神スカイホールにつきまして、200名を超えるご応募を頂きました。直前の告知でしたが多くの皆さまにご関心を頂き、ありがとうございます。好きな清張作品に関する事前アンケートを全文読みまして、松本清張の根強い人気と皆さまの清張愛を感じました。

 3時間のうち、前半は私的な長編・短編・映画のベスト5について紹介しつつ、松本清張の「生き方」が投影された、いくつかの作品の魅力や執筆背景についてお話します。過去の評論であまり注目されてこなかった「意外なベスト5」になると思います。西日本新聞社蔵の松本清張の写真も蔵出しして、ご紹介します。

 くらし文化部部長の司会で、後半は吉田ヂロウさんと担当記者の佐々木さんを交え、皆さまから頂いたアンケートの集計結果をもとに、代表作や現代文学との関係について映画版も含めて深掘りしていきます。また執筆・製作された時代・社会的な背景について、メディア史的な観点からもお話をします。全体を通して、高度経済成長期を代表する作家・松本清張の作品の記憶を伝承する意味と価値について、一緒に考えることができれば幸いです。



連載一覧「没後30年 松本清張はよみがえる」

https://www.nishinippon.co.jp/theme/matsumoto_seicho/

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 天神スカイホールにお越しいただいたみなさまありがとうございました。講演で、松本清張の「邪馬台国九州説」を踏まえつつ、『ペルセポリスから飛鳥へ』についてお話した折に、西九州新幹線の新駅に「邪馬台国」もしくは「佐賀・邪馬台国)」を、と述べましたが、翌日に吉野ケ里で「邪馬台国時代の石棺墓」の発見があり、驚きました。松本清張が一連の古代史本でこだわっていたのは、王権と関係の深い「璧」の出土ですが、魏の鏡が出たり、邪馬台国や卑弥呼に関わる副葬品が出るだけでも「九州説」は有力になるのではと思います。講演の速報記事は下記です。もう一記事ぐらい載るかも知れません。

松本清張の魅力語るイベント、福岡で開催 本紙連載終了に合わせ(2023年5月29日朝刊)

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1092823/

2023/05/17

「没後30年 松本清張はよみがえる」第50回「骨壺の風景」

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第50回(2023年5月17日)は、松本清張が幼少期から思春期まで最も身近な存在だった祖母=「ばばやん」について記した晩年の名短編「骨壺の風景」について論じています。担当デスクが付けた表題は「故郷の記憶をたどる 『鎮魂』の自伝的小説」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。本作と同様に、人間の生死を越えた「温度のない悲しみ」をとらえた車谷長吉の『赤目四十八瀧心中未遂』とのmatch-upです。

 松本清張は立志伝中の人です。貧しい家庭に生まれ育ち、尋常高等小学校を卒業後、給仕や画工の仕事を経て、40歳を超えてデビューし、時代を代表する作家となりました。清張の人生は、清張が記した小説の登場人物たち以上にドラマチックで、「文学的」です。清張が記した自伝小説の代表は1963年に記された『半生の記』ですが、これに次ぐ小説が、初期の自伝的名作「父系の指」と同じく「新潮」に掲載された本作です。

 本作は、戦前の小倉の下町の風景やそこで貧しい生活を送っていた人々の感情を「集合的記憶」として掬い取った、優れた「純文学作品」でもあります。

「私は、小さいときから他人のだれからも特別に可愛がられず、応援してくれる人もなかった。冷え冷えとした扱いを受け、見くだす眼の中でこれまで過ごしてきた。その環境は現在でもそれほど変わってないと思っている」という本作の一節は、松本清張が「人生の底」を生きる人々の「温度のない悲しみ」に寄り添い、失われた時の中で「ばばやん」の「骨壺の重さ」を感じることができる「不世出の叩き上げの作家」だったことを雄弁に物語っています。

「松本清張はよみがえる」は、今回の50回で完結です。松本清張の主要作を網羅した良いラインナップになりました。各作品の知名度の高さ、映像作品も含めた影響力の大きさに驚かされるばかりです。連載中は膝の手術もあり、再手術を終えたばかりですが、連載50回を書き切ることができて良かったです。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。詳細は「西日本新聞 文化班 Twitter」でご確認を頂ければ幸いです。5月17日の消印有効で、今朝の時点で120人ほどの方々からお申し込みを頂いているそうです。多くの皆さまにご関心を頂き、心より感謝申し上げます。松本清張が半生を過ごした九州北部で、彼が残した仕事を、現代的な視点からから楽しく振り返る会になれば幸いです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1088952/


連載一覧「没後30年 松本清張はよみがえる」

2023/05/16

「没後30年 松本清張はよみがえる」第49回『ペルセポリスから飛鳥へ』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第49回(2023年5月16日)は、『ペルセポリスから飛鳥へ』について論じています。担当デスクが付けた表題は「古代文化の源流探る 清張史観の『総決算』」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。日本の文明を東洋という枠組みを超えた多様なものとして、実地調査を基に考察した梅棹忠雄とのmatch-upです。

 1979年に刊行された「ペルセポリスから飛鳥へ」は、松本清張の古代史観の「総決算」と言える作品です。メソポタミア文明を継承するペルシャ帝国の文化と、日本の飛鳥文化や九州の古代遺跡の類似点に着目している点が大胆で、話題となりました。

 古墳時代の後期に建立された飛鳥寺の大仏は「日本最古の仏像」として知られますが、ユーラシア大陸に点在する大仏との類似点が指摘されています。また猿石や亀石など飛鳥に点在する石造物も、仏教の影響下で作られたものとは意匠が大きく異なります。

「中国の絹だけに限定されるイメージをもつシルクロードの名は早急に改めるべきであろう」と述べている通り、ペルシャと飛鳥の間には「拝火教の道=火の路」や「青銅器の道」、「薬草の道」などがあったと清張は考えています。

 冒頭で記した通り、松本清張が古代史ブームを先導した功績を称えて、西九州新幹線の新駅に「邪馬台国」という名称を採用してはどうでしょう(近畿でも採用してもいいのではないでしょうか)。邪馬台国九州説の是非はさておき、新鳥栖ー邪馬台国ー武雄温泉の旅は、非常に魅力的です。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。詳細は下の記事か「西日本新聞 文化班 Twitter」でご確認頂ければ幸いです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1088605/


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 来月の書評の下準備で、久しぶりに福田恆存を読み返しているのですが、松本清張と歳が近いので、清張作品について考える上でも「時代の肌感覚」として参考になる批評文が多いです。「他者を否定しなければなりたたぬ自己とふようなものをぼくははじめから信じてゐない。ぼくたちの苦しまねばならぬのは自己を自己そのものとして存在せしめることでなければならぬ。この苦闘に思想が参与する」(「一匹と九十九匹と」)など。戦中派より年上の批評家らしい「醒めた人間観」が良いです。

2023/05/10

「没後30年 松本清張はよみがえる」第48回「疑惑」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第48回(2023年5月10日)は、松本清張、晩年の名短編「疑惑」について論じています。担当デスクが付けた表題は「先入観に基づく冤罪 世論あおる報道批判」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。昭和33年に盛岡で起きた一家惨殺事件の再捜査に挑む刑事・吉敷竹史の姿を描いた島田荘司の『涙流れるままに』とのmatch-upです。

「疑惑」は1982年に「オール読物」誌上で発表され、同年に桃井かおり主演の映画版も公開されて、人気を博しました。鬼塚球磨子の国選弁護人は、原作では男性でしたが、映画版では女性へと変更され、「鬼畜」などの清張作品で名を高めてきた岩下志麻が演じています。

 本作は映画版(霧プロダクションの第二作)の質の高さも含めて、松本清張の短編の代表作の一つと言えます。原作を踏み込んで解釈した野村芳太郎の演出と、桃井かおりのアドリブについては書籍版で触れます。「張込み」や「ゼロの焦点」などの初期の名作からはじまった清張映画の一つの到達点と言えます。

あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション『疑惑』

https://www.youtube.com/watch?v=au_2_Y3M5ZQ

 本連載も残すところあと2回です。次回も次々回もミステリとは異なる系譜の「代表作」について論じ、連載を終えます。連載中は膝の手術もあり、今月も再手術がありますが、連載50回を書き切ることができて良かったです。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。

 13時スタートで、参加料千円。希望者は〒810-8721(住所不要)西日本新聞くらし文化部へ、はがきか、西日本新聞に掲載のQRコードから住所、氏名、参加人数、電話番号、好きな松本清張作品とその理由を書いて申し込んでくださいとのことです。5月15日締め切り(消印有効)とのことです。 
 松本清張の長編・短編・原作映画・ドラマの私的なベスト5について紹介しつつ、「清張山脈」の奥の深さを楽しく振り返る会になればと考えています。


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 今年40歳になるAaron Rodgersが、一年あたり70億円~80億円の4年の大型契約でGreen Bay PackersからNew York Jetsに移籍して注目を集めています。「リーグ全体を活性化する移籍」として、米メディアで高評価。JetsのGMとHCコンビと、オーナーのWoody Johnson(Johnson & Johnson一家、外交官)が、GBで燻っていたRodgersに、良い機会をセッティングしました。スケジュールも調整が入り、18試合中Monday Night Footballが2試合、Sunday Nightが2試合、Amazon PrimeのThursday Nightが1試合、Black Fridayが1試合というプライムタイム待遇。
 Aaron Rodgersのキャリアで印象に残るのは、下のTop 10 momentsでも#2に挙がっている「The Hail Mary King」で、試合最後のHail Mary(お祈りパス)の成功率の高さです。デザインされたプレーが崩れたあとの判断が上手く、ドラマチックな逆転試合が多いです。
 College Footballの文脈だと、Rodgersは、名門ながら低迷しているUniversity of CaliforniaのBerkeley出身で最も有名な選手と言えます。ライバルのUCLAとUSCが2024年からPac-12からBig-10にconferenceを変更するため、UCBもBig-10に移った方が良さそうですが、そうなるとStanfordやOregonもという話になりそうです。NCAAの制度改革で、大学生の数億円プレイヤーが普通に出ている状況なので、大学間の勝ち負けが極端化しそう(人気リーグの人気チームはチケットとグッズで稼ぎ、不人気リーグのチームは大学ごと停滞しそう。。)。
 下がアメリカのスタジアムの収容人数ランキングですが、上位はほとんど中西部と南部の大学で、日本の感覚からすると、大学が10万人規模のスタジアムを持っているのがすごいと思います。
 トップチームは観客が集まるため、HCは年に8億円ぐらいもらって、Alabama大やGeorgia大のように、どんどんいい選手を集めています。個人的には、ラストベルトのBig-10 conferenceが伝統校が多くて好みで、近年はMichigan大を応援しています。

2023/05/08

「没後30年 松本清張はよみがえる」第47回『黒い福音』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第47回(2023年5月8日)は、『黒い福音』について論じています。担当デスクが付けた表題は「未解決事件への怒り 戦後史の『悪』を凝縮」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。新興宗教の道場の窓から教祖の「念」によって転落死したとされる事件などを描いた、東野圭吾の『虚像の道化師 ガリレオ7』とのmatch-upです。

 1959年に東京都杉並区で英国海外航空(現・ブリティッシュ・エアウェイズ)の客室乗務員が殺害された「未解決事件」を題材としたミステリです。交際相手だったとされるカトリック系の「ドンボスコ修道院」のベルギー人神父が容疑者と目されました。当時の日本では、「スチュワーデス」は女性たちの憧れの仕事であり、敗戦による「コンプレックス」が容疑者への怒りに転化しやすい時代だったため、この事件は大きな注目を集めました。

 本作は「架空の教会の物語」として描かれたフィクションです。ただ警察の捜査や新聞社による報道が進展する中で、容疑者の神父が「持病の悪化」を理由として飛行機で国外に逃亡し、事件が迷宮入りした点など、現実と重なる部分が多いです。迫害の歴史を乗り越えてきたカトリック教会の「闇」が見え隠れする「きな臭い事件」を通して、戦後日本の暗部に迫った松本清張の代表作の一つと言えます。大映テレビ・TBSのドラマ版も良い演出でした。

 本連載もあと3回です。主要作品と映画化作品は、私的な評価の尺度(書籍版で詳しく書きます)に基づいてほぼ網羅してきました。今回の原稿の隣に、5月28日(日)13時~に福岡市の天神スカイホールで行う「没後30年 松本清張はよみがえる」のトークイベントの告知が出ています。九州北部と清張作品の関係について触れる話になると思います。私と担当記者とイラストの吉田ヂロウさん他。初稿を入れた後はイラストや表題など紙面作りはお任せだったので、私も聞きたいことがあります(笑)

 連載ではあまり触れられなかった映画版の清張作品の話(清張の映画観、脚本家の橋本忍、監督の野村芳太郎、霧プロダクションのことなど)にも触れることになると思います。清張作品の映画版に関するポイントについては、書籍版に加筆する予定です。

松本清張の魅力、酒井信さんらが語る 28日に福岡市でイベント

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1086268/

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1086266/

2023/05/03

「没後30年 松本清張はよみがえる」第46回「馬を売る女」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第46回(2023年5月3日)は、日本経済新聞に連載され、日本経済がオイルショックで行き詰まり、鉄鋼業や造船業など「重厚長大」な産業が衰退していく「暗い時代」を背景にした「馬を売る女」について論じています。担当デスクが付けた表題は「競馬ブーム取り入れ 暗い世相を女に投影」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。競馬場の雰囲気とそれを愛する人々との思い出を活写した高橋源一郎の『競馬漂流記』とのmatch-upです。

 日本の繊維産業は、明治初期から絹織物を中心として「近代化」を担い、戦後も合成繊維の生産を中心として「復興」の中核を担ってきましたが、この作品が書かれた時期は、衰退期に足を踏み入れていました。花江はこのような「繊維産業の不況」を体現した存在と言えます。彼女は日東商会から給料をもらうだけでは満足せず、その社員に月7%の利息で金を貸して蓄財し、馬主を務める社長の電話を盗聴して「競争馬の極秘情報」を入手し、それを転売して副収入を得ています。82年の大映テレビ・TBSドラマ版の風吹ジュンの演技が、味わい深いです。

「馬を売る女」の初出の77年は、地方競馬から中央競馬に勝ち上がったハイセイコーが「国民的な人気」を博し、競馬の娯楽としての知名度を高めて間もない時期でした。大衆の欲望の流れに敏感な松本清張は、小説の題材として「競馬ブーム」を取り入れたかったのだと思います。
 
 本連載もあと少しです。50回まで入稿済ですが、松本清張の作品をバランス良く網羅した50本のラインナップになったと感じています。50回に近付いても代表作が残る「清張山脈」の奥深さが良いです。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。九州北部と清張作品の関係について触れる話になると思います。私と担当記者とイラストの吉田ヂロウさん他。
 13時スタートで、参加料千円。希望者は〒810-8721(住所不要)西日本新聞くらし文化部へ、はがきか、後日、西日本新聞に掲載のQRコードから住所、氏名、参加人数、電話番号、好きな松本清張作品とその理由を書いて申し込んでくださいとのことです。5月15日締め切り(消印有効)とのことです。 
 九州北部にお住いの方々と、松本清張の没後30年を一つの機会として、清張作品の魅力と記憶を、類似したテーマを扱う日本の現代小説の魅力と共に、楽しみながら継承することができる会になれば嬉しいです。

 それと『現代文学風土記』(西日本新聞社)は現在、Amazonや楽天ブックスなどで品切れ中ですが、2刷があと一週間ほどで発行されますので、値段が高めの中古本よりも、正規の値段(1800円+税)で新品をお買い求めを頂ければ幸いです。

2023/05/01

「没後30年 松本清張はよみがえる」第45回『Dの複合』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第45回(2023年5月1日)は、浦島伝説や羽衣伝説を下地にした松本清張らしい「古代史の教養」が生きた小説で、『点と線』に連なる「旅行ミステリ」の集大成と言える『Dの複合』について論じています。担当デスクが付けた表題は「民族説話と現代結ぶ 雄大な旅行ミステリ」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。奈良県の天川村や、新疆ウイグル自治区などを舞台にして、キトラ古墳に描かれた天文図の謎に迫った池澤夏樹の『キトラ・ボックス』とのmatch-upです。

『Dの複合』という印象的なタイトルは、日本列島を横断する北緯35度線と、東経135度線の英語表記に「D」が多く使われていることから採ったもので、この作品は北緯35度線と東経135度線の上で起きるきな臭い事件の数々を描いています。個人的に好きな作品の一つです。

 小説家・伊瀬の描写は、デビューして間もない頃の松本清張の姿に酷似しています。「ここのところ原稿の依頼が途絶えて、げんに女房が浜中にいろいろサービスしているのでもわかるとおり、家計が苦しくなっている」など、「売れっ子」になる前の描写が面白いです。全国各地の伝承を取材し、連載小説を記していく作家の姿を描いた「メタ・フィクション」で、「浦島伝説」「羽衣伝説」「補陀洛(ふだらく)伝説」の三つを下地にして、「戦前の謎めいた事件」が「戦後」に与えた「余波」に迫ります。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。私と担当記者とイラストの吉田ヂロウさん他。13時スタートで、参加料千円。希望者は〒810-8721(住所不要)西日本新聞くらし文化部へ、はがきか、後日、西日本新聞に掲載のQRコードから住所、氏名、参加人数、電話番号、好きな松本清張作品とその理由を書いて申し込んでくださいとのことです。5月15日締め切り(消印有効)で定員150人とのことです。日々、松本清張とその作品のことばかりを考えて連載を記してきましたので、総まとめという感じの話になると思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1084665/

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 NFLのドラフトは順当にアラバマ大学のBryce Young君が1巡1位の指名でした。5-10でプロとしては小柄ですが、空間認識力が高く、個人的に好きなDrew BreesやKart WarnerタイプのQBです。1巡だと日本円で年間10億円を超える契約×5年ぐらいを得られるわけですが、アメリカはcollege footballが人気なので、大学3年生の時点で年に4億円超もらっていたという。派手な「正装」や「個性的な親族」も映るので、各選手の様々な背景が垣間見えるのが面白いところです。大学生が脚光を浴びる「世界最大のメディア・イベント」と言えます。

https://www.youtube.com/watch?v=h9MLpDppGhU

 ドラフト直前に「歴史的な移籍」でAaron Rodgersを獲得したNYJetsファンが盛り上がっていましたが(緑のCheese Headを被ったおじさんが会場にいて笑いましたが)、Make a Wish Foundation枠のKyle君(難病のbone cancerと闘病中。55年もSuper Bowlに出ていないJetsを32チームから選択)のプレゼンも良かったです。様々な背景を持つ子供たちをファン文化と地域で包摂し、応援していくNFLらしい取り組みだと思います。

2023/04/24

村上春樹著『街とその不確かな壁』書評(北海道新聞)

 北海道新聞(2023年4月23日朝刊)に村上春樹著『街とその不確かな壁』の短評を寄稿しました。表題は「精神の病としての恋愛小説」です。『ノルウェイの森』の系譜の恋愛小説で、ユング派の河合隼雄の影響が感じられる作品でしたので、(学部時代に学んでいた)臨床心理学の知見を主とした批評文にしました。短文ですが、作中の「私」が抱えていると思える解離性の症状に着目した内容で、できるだけ他の評者とは切り口が異なるようにしました。

 難しいことは書いていませんが、ドゥルーズ=ガタリなど現代思想の文脈だと、パラノイアとスキゾフレニーがペアで考えられる傾向がありますが、この図式では、解離性の症状(昔はヒステリーと呼ばれていた)が抜け落ちてしまいます。解離性の症状は、一般に「ヒステリー」という言葉が想起するものよりもグレーゾーンの幅が広く、離人症などで知られますが、失踪して生活をリセットしてしまうといった症状もあり、個人的な考えでは、フロイトの言う意味での「死の欲動(タナトス)」のニュアンスに近く、本作の「私」の無意識レベルの欲望に近いと考えています。村上春樹の作品は、ユング派の臨床心理学(集合的無意識の分析も含む)と近い関係にあると改めて感じました。賛否あるようですが、70歳を超えて、こういうユニークな形で「死」と向き合う作品を送り出すことができる作家は他にいないと思います。

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/836369/

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 2023年本屋大賞の上位の作品では、3位の一穂ミチ著『光のとこにいてね』(文藝春秋)が一番良い小説でした。LGBTQの「L」を描いた作品として、綿矢りさの『生のみ生のままで』(集英社)以来の秀作でした。中高生の読書感想文にもお勧めできるマイノリティ文学であり、味わいのある地方文学です。『現代文学風土記』を連載していたら、プリウスで粘り強く北上する電車を追い駆けるラスト・シーンを取り上げています。映画化にも期待しています。

 次の直木賞対談に向けて、山本周五郎賞については、永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』(新潮社)に期待しつつ、時間を見つけて、読んでいない作品もチェックしたいと思います。『現代文学風土記』(2刷り)の原稿は無事、入稿しました。増刷は1200冊になる予定です。早いサイクルで、年に何冊も本を出せている人はすごいと思います(私は1~2年に1冊のペースが限界)。

2023/04/19

「没後30年 松本清張はよみがえる」第44回「一年半待て」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第44回(2023年4月19日)は、1957年に「別冊週刊朝日」に掲載され、テレビ・ドラマの枠に適した「ドラマチックな内容」ということもあり、繰り返し映像化されてきた「一年半待て」について論じています。担当デスクが付けた表題は「刑法の原則を題材に 模索した幸福な人生」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。純文学的な「夫のきな臭い失踪劇」を、「信用できない語り手」によってひも解いた川上弘美の『真鶴』とのmatch-upです。

 戦争が終わり婚期を迎え、高度経済成長期に入り、平和であるはずだった家庭で生じた殺人事件を描いた作品です。家計を支えるべく、さと子が生命保険のセールスウーマンとしてダムの工事現場をめぐり、契約者を増やしていく中で、なぜ「夫の撲殺事件」を引き起こしたのかがミステリの核となります。さと子の夫に対する復讐劇は、「一年半の時間」を計算に入れた周到なものでしたが、その「社会的な動機」が読みどころとなります。小説の終盤に「一年半、待てなかった男」が登場し、彼がさと子の「別の顔」について告白することで、物語はどんでん返しの結末を迎えます。

 29歳のさと子役は、60年に淡島千景、68年に森光子、76年に市原悦子、84年に小柳ルミ子、91年に多岐川裕美、2002年に浅野ゆう子、16年に石田ひかりなど「時代を代表する脂の乗った女優」たちが演じています。「一年半待て」は、高度経済成長期からオイルショック、バブル経済を経て「失われた20年」に至るまで、各時代の特徴を織り込んで映像化され、長らく人気を博してきました。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1081025/

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『現代文学風土記』(西日本新聞社)の第2刷の発行は2023年5月18日を予定しています。1000部の増刷予定で、現在、約900枚の原稿を再チェックしています(まあまあ大変。。)。書籍の刊行はスモールビジネスですが、様々な場所の図書館で配架して頂いたり、この本の実績を踏まえて科研費を採択頂いたり、コミュニケーションの拡がりが実感でき、嬉しい限りです。翻訳も含めて先々の展開について検討しています。

 出版や紙媒体のメディアをめぐる環境は年々厳しくなっていますが、個人的には新聞や文芸誌に書けるうちは書きつつ、徐々に英語で本(電子版)を書いたり、英字ニュースの解析・分析にも力を入れていく予定でいます。GoogleのBERTやGPT-4のようなLLMの普及で、テキスト解析の負担が軽減されているので、英字ニュースの解析は楽になりそうです。

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 村上春樹著『街とその不確かな壁』(新潮社)の書評は、4月23日(日)に北海道新聞に掲載される予定です。4月13日発売で14日に読み終え、16日に書き終え、17日に校了しました。詳細は後日。

 来月に手術があるので、膝蓋骨の骨折と肩の脱臼のリハビリと、その疲れの回復に時間を取られてしまうのが悩ましい日々です。