西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第154回 2021年4月18日)は、2021年の本屋大賞受賞作、町田そのこの『52ヘルツのクジラたち』を取り上げています。表題は「拡張する社会が抱える矛盾」です。
大分県の小さな海辺の町を舞台に、親からの虐待に苦しんできた「わたし」ことキナコとその友人たちの青春を描いた作品です。一般にクジラは10~39ヘルツで歌うことで仲間と連絡を取り合い、繁殖するらしいですが、52ヘルツのクジラは声の周波数が高すぎるため、孤独に大海原を生き抜かなければなりません。「52ヘルツのクジラ」のエピソードは、孤独な人生を歩んできた登場人物たちを象徴するもので、誰に読まれるか分からない文章を書き続ける、作者のアイデンティを表現したものでもあると思います。
人間は群れを成して生きる動物であり、環境に左右される存在です。ただこの世に弱い存在として生れ落ちる子供にとって、第一に「群れ」や「環境」とは家庭であり、それは自ら選ぶことのできない所与のものとして、理不尽に人生を左右します。現代社会で、私たちは依然として狭い家庭環境に左右されながら生まれ育ち、血縁や地縁を超えた生活や人間関係を容易には築けないでいます。本作は、外見は前近代的なしがらみを克服したかに見える現代社会が内側に抱える感情的な矛盾を描いた作品で、新型コロナ禍の時代に相応しい「本屋大賞受賞作」だと思います。
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町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』あらすじ
家族から虐待を受けて育ったキナコが、友人の美晴が働く塾の講師・アンさんなどに支えられながら成長していく物語。家族の下を離れ、祖母の自宅があった大分に移住したキナコは、母親から虐待を受けている少年と出会い、彼を庇護しながら自己の人生と向き合っていく。勤め先の跡継ぎだった主税との苦い恋愛遍歴など、ミステリアスなキナコの過去が徐々に明らかにされる展開がスリリングな作品。2021年本屋大賞第一位。