2023/01/27

「没後30年 松本清張はよみがえる」第30回『花実のない森』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」は30回の節目を迎えました。第30回(2023年1月27日)は、万葉集の歌の解釈をめぐるミステリ小説『花実のない森』について論じています。全集未収録のややマニアックな作品です。担当デスクが付けた表題は「万葉と古代の恋情 ユニークな貴族小説」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。皇室に親しみを抱き、裏切られる福島の出稼ぎ労働者の半生を描き、全米図書賞(翻訳部門)を獲得した柳美里の『JR上野駅公園口』とのmatch-upです。

 松本清張は「万葉集」を通して古代の人々の生活や心情を知ることを趣味の一つとしていました。「万葉集」は、8世紀前後に編纂された約4500首を集めた日本最古の歌集で、九州から東北まで様々な土地を舞台に、天皇から農民まで様々な階層の人々の歌を収録し、当時の人々の「感情」を総体として記録しました。「万葉集」を題材とした清張作品は、本作に限らず「万葉翡翠」や「たづたづし」などがあり、清張は古代史への興味の延長で「万葉集」に文学的な関心を抱いていました。

 白壁の町並みで知られる山口県の柳井市の描写も本作の大きな魅力の一つです。そこは「佐伯祐三描くところのパリの裏町風景」にたとえられています。柳井市を含む旧周防国(長州藩)は、伊藤博文をはじめとして明治維新の立役者を数多く輩出したため、華族に連なる名家を抱えてきた歴史を持ちます。

 本作は「婦人画報」に1962年から63年まで連載された小説です。59年に行われた皇太子明仁親王と正田美智子の成婚パレードに象徴される「ミッチー・ブーム」を下地にした作品だと私は考えています。後に平成天皇となる明仁親王は、特定の旧華族から妃を迎える皇室の慣習を破り、平民の妃・美智子を娶る決断をしたことで、元皇族や旧華族から「貴賤結婚」だと批判されましたが、国民からは喝采を浴びました。

『花実のない森』は、高度経済成長期の日本を舞台に、旧華族の血を引く女性の奔放な姿を描いた点がユニークで、一般にタブー視されてきた「皇室内の対立」を描いた『神々の乱心』に繋がる松本清張らしい「貴族小説」だと思います。

 次週は3回掲載予定です。松本清張の作品の分析を通して、現代日本の(無意識的な)「文化的な価値の形態」のルーツに迫るような総合的な批評を展開できればと考えています。1月は骨折・脱臼の療養とリハビリで時間と体力を失っていたので、2月は集中力を高めて挽回していきたいと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1045928/

2023/01/18

第168回直木賞を展望(西田藍さんとの対談)

 西日本新聞朝刊(2023年1月18日)に、第168回直木賞について、文芸アイドルで書評家の西田藍さんと対談した記事が掲載されました。前回の対談では、同じ歳の永井紗耶子さんの『女人入眼』を推し、惜しくも決選投票で過半数に届きませんでしたが、初候補としては大健闘でした。

 今回私が推した2作品についての対談用のメモは下記です(対談の内容とは異なります)。西田藍さんと同じ作品の予想になりました。今回は力のある候補作が多く、全体として読み応えがありました。

第168回直木賞を展望 酒井信さんと西田藍さんが候補5作を語る

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1041833/


一穂ミチ『光のところにいてね』

・登場人物は少ないが、心情を掘り下げる深度が深く、儚い生を全うする現代人の感情の源泉に迫っている。女性二人の強いきずなを描く。

・ヤングケアラーと言える女性・果遠が経験してきた人生の浮き沈みと、母が逃げ、祖母に虐待されてきたことへの愛憎入り混じる複雑な感情を、オリジナリティの高い文章で浮き彫りにしている。

・前回の候補作『スモールワールド』と比較しても、文学的な感覚が洗練され、長編小説として完成された印象。

・「光のところにいてね」など、物語の核となる文章の使い方が上手く、芥川賞の受賞作と比べても遜色ない、高い文学性を感じる。

・和歌山県串本町という本州最南端の土地を舞台にした情景の描き方も上手く、視覚的な風景描写も巧み。終盤の雨の中のドライブと晴れの中のドライブが、鮮烈な印象を残す。

・LGBTQの「L」のカップルを描いた優れた作品として、綿矢りさの『生のみ生のままで』が思い浮かぶが、この作品と比較しても全く見劣りしない。

・本屋大賞向きの作品でもあり、映画化にも期待してしまう。


小川哲『地図と拳』

・満州の架空の町・仙桃城を舞台に、未知の土地を夢想する人類の欲望に迫った大作。

・石原莞爾と近い関係にある満鉄の細川が、仙桃城を「虹色の都市」にするという構想が敗れていく姿を描く。

・虹色の7色とは、満州民族、漢民族、日本人、ロシア人、朝鮮人、モンゴル人、死者。

・2022年の出生数が80万人を割り込む現状では、ドイツやオランダ、イギリスなど他の先進国と同様に移民の受け入れは不可避。日本国内に「虹色の都市」を築けるかという問いは、日本の未来に向けた問いでもある。

・「未来を予測することは、過去を知ることの鏡なのではないか」という問いは、日中戦争の時代と同様に、エネルギー自給率の低い現代日本にも通じる問い。日本が豊かな国であり続けられる条件とは何か、という問いでもある。

・人類の無力さに起因する、限られた居住可能な土地をめぐる争いは、現代世界でも進行している。「国家とは地図である」という身も蓋もない事実を、身近な史実として実感させる「時代小説」。松本清張が名作『球形の荒野』で描いた「中立国を介した終戦工作」に繋がるリアリティがある。

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 Tom Bradyのシーズンが終わり、NFLは若いQBのPlayoffになりましたが、今年FAということもあり、Bradyの移籍先をめぐる報道が次々と出ていて、楽しみです(NY JetsかLas Vegas Raidersに期待)。今シーズンは45歳ということもあり、勝率はワーストでしたが、地区優勝を決めた最終戦が鮮烈な印象を残しました。EvansへのCollege FootballのようなTD3つと、頭から突っ込んで1ヤードを獲りに行ったQB Sneakは、さすがGOATという内容。

Tom Brady's 3 Most Improbable Completions to Mike Evans vs. Panthers

https://www.youtube.com/watch?v=T7MD4KQhaA4

Tom Brady's 4th quarter QB Sneak in win 

https://www.youtube.com/watch?v=rwCzBKWMwRU

 2023年のSuper BowlのハーフタイムショーはPepsiからAppleにスポンサーが変わり、バルバドス出身のリアーナとか。昨年のギャングスタ・ラップの毒気が強かったので、Shakira & J. Loのマイノリティ路線に戻った印象。

Rihanna Is Back | Apple Music Super Bowl LVII Halftime Show

https://www.youtube.com/watch?v=0zHjohM7Obk

 SBのハーフタイムショーについては、授業でこれまでの歴史や開催都市、ミュージシャンの出自、歌詞の意味を踏まえて、解説をしていますが(アメリカの歴代視聴率の上位をSBが独占しているため、現代のメディア史を考える上で重要)、リーマンショック直後のBruce Springsteen(当時、60歳)のパフォーマンス@Raymond James Stadium, Floridaが近年ではベストです。Working on a dreamで、アラスカと思しき北国で働く労働者について歌った後に、名曲Glory DaysをFootball用に歌詞を変え、「プロになれなかった人々」を称えながら、コメディ調で〆るあたりが、彼が全米一のパフォーマーと言われる所以だと思います。ステージにスポンサーを付けることを拒み、高齢化するEストリートバンドを雇用し続け、新型コロナ禍でも新譜を出して、今年も世界ツアーを組んでいます。村上春樹が批評文を書く気持ちが良く分かります。

Bruce Springsteen - Superbowl Halftime Show HD 2009 XLIII NFL

https://www.youtube.com/watch?v=i4-0nbHFi4o

 2009年はBruce Springsteenの当たり年で、アカデミー賞候補になったThe Wrestlerのテーマや@Hyde Parkのライブが素晴らしかったです。「アメリカの脇の下」と呼ばれるニュージャージー出身らしい汗臭く、カロリーの高いパフォーマンスと、ボブ・ディランの後継者と言われ、レイモンド・カーヴァーを彷彿させる物語性のある歌詞が良いです。

No Surrender (London Calling: Live In Hyde Park, 2009)

https://www.youtube.com/watch?v=LXwJMXo2mXc

2023/01/10

「没後30年 松本清張はよみがえる」第29回『北の詩人』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第29回(2022年1月10日)は、松本清張と一歳違いのプロレタリア詩人・林和(イム・ファ)が、朝鮮半島で経験した「孤独な闘争」を描いた『北の詩人』について論じています。担当デスクが付けた表題は「南北朝鮮に消された 悲劇の文学者の生涯」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。元プロボクサーで朝鮮総連の筋金入りの活動員だった父親の「転向」を描いた金城一紀の『GO』とのmatch-upです。

 林和は、戦前に朝鮮プロレタリア芸術同盟(KAPF)の中央委員や書記長を務めましたが、日本の警察の弾圧が強まり、KAPFを解散することを余儀なくされた経験を持ちます。戦後は「朝鮮文学」の復興を目指して協議会を組織しましたが、南朝鮮を統治していたアメリカ軍政庁と関係を深め、北朝鮮に追われた後、「アメリカのスパイ」として1953年に処刑されてしまいます。

 林和は日本に短期留学をした経験があり、この経験を踏まえて、1929年に中野重治の「雨の降る品川駅」に応答した詩「雨傘さす横浜の埠頭」を書いたことで知られます。名作「雨の降る品川駅」は、プロレタリア文学運動に関わっていた中野重治が、朝鮮半島に送還される人々との別れを描いた詩で、共産主義の本質が、インターナショナル(国際的な連帯)にあったことを文学的に物語る作品です。

 松本清張は戦時中に京城(ソウル)近郊の竜山に滞在した経験があるため、同じ時代を身近な場所で生き、数奇な運命を辿った文学者・林和に「隣人」として関心を抱いたのだと思います。この作品は「日本の黒い霧」の朝鮮半島版としても読むことができる興味深い作品です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1038468/

2023/01/07

膝蓋骨骨折と肩の脱臼

  新年早々、スロープ歩行時に縁石に足が引っ掛かり、勢いよく宙に投げ出されて転倒してしまい、膝蓋骨骨折(複雑骨折)と肩の脱臼という診断を受け、手術入院しました。骨折も脱臼もはじめてで、手術前の2日と手術後の1日は滅茶苦茶痛かったですが、骨は折れても心は折れず。経験したことのない怪我とリハビリを実地で学ぶよい機会になったとポジティブに考えています。理学療法士と二人三脚で日常の動きを取り戻していく時間は得がたいもので、療養とリハビリを支えてくれる家族にも多謝です。

 手術は無事に終わり、写真のとおり左膝に金属2本とワイヤーが入った状態で、一年ほどは空港の保安検査場で音がなると思いますが、快調です。膝の皿が割れた時の音と振動は未だによく覚えていますが、頭を庇って肩から落ちることができたのが不幸中の幸いでした。手術後2日半後から、ようやく松葉杖をついての歩行と、短い距離の二足歩行ができるようになりました。これから1~2か月かけて、松葉杖なしの歩行と階段の上り下りに向けた訓練をしていきます。

 過去に2度、今回よりヘビーな怪我で救急搬送された経験(footballでの怪我とバイク事故)があるため、何とかなるだろうと前向きに考えています。救急外来を受け入れている病院ということもあり、オペ室も最新で安心感があり、半身麻酔のため、前半はBluetoothで音楽を聴きながら、後半は執刀医以外の医師の皆さんと、(左ひざがぱかっと空いた状態で)同級生の外科医の話や脱臼のリハビリについて雑談をしながら、リラックスして手術を終えることができました。複数のモニターに重要な情報が次々と表示され、執刀医以外に3人の医師で確認していて、私もライブで説明を受けることができ、さすが地域拠点病院と思いました。新型コロナ禍で内科が混雑する中、外科の医療スタッフの皆さんに支えて頂き、心より感謝申し上げます。

 これからのリハビリを通して、子供たちに、困難な状況下でも、前向きな気持ちで出来る限りの努力をする大切さを伝え、怪我をした学生や、身体に不自由を抱える学生たちの心の支えになれるような経験を積めればと考えています。西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」は1月10日より、予定通りの再開です(病院でも平常通りゲラを戻し、先の原稿の準備をしています)。

膝のレントゲン写真です。2本の金属とワイヤーで割れた膝蓋骨を束ね、リハビリをしながら修復を待ちます。

ややグロい写真ですが、手術から二日半後の患部です。ひざ下をスマイルマーク状に切って膝蓋骨を補強しています。ペイントのようなものは手術時に使用したマーカーです。

手術から2日半後、右肩も脱臼しましたが往診中なので包帯は取っています。この日から固定具を付けて歩けるようになりました。

2022/12/14

「没後30年 松本清張はよみがえる」第28回「張込み」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第28回(2022年12月14日)は、映画版で広く知られる短編「張込み」について論じています。担当デスクが付けた表題は「刑事の目通して描く つかの間輝き放つ女」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。様々な隠し事を抱えた家族が「郊外の日常」を取り戻していく姿を描いた、角田光代の『空中庭園』とのmatch-upです。

「張り込み」は、泥臭い捜査で犯行の動機と真相に迫る「叩き上げの刑事」を描いた最初期の短編です。「顔」に続いて1958年に映画化され、高峰秀子が演じるさだ子の悲哀と、大木実が演じる刑事の人情が、多くの人々を魅了しました。後に「砂の器」などで知られる野村芳太郎が監督した最初の清張作品で、助監督は若き山田洋次です。映画版の冒頭で九州行きの電車の車内の混雑と、ランニング一枚で汗を流しながら長旅に耐える刑事たちの姿が描かれ、「張り込み」が容易ではないことが暗示されます。

 やがて石井とさだ子はバスに乗り、平凡な日常から逃れるように温泉宿へと旅立っていきます。さだ子は「別な生命を吹込まれたように、踊りだすように生き生きとしていた。炎がめらめらと見えるようだった」と形容されています。前半の張り込みの描写の「緊張」と、後半の逢瀬の描写の「弛緩」が対照的な作品で、平凡な暮らしを送るさだ子が、石井との逃避行に魅了される姿が輝いて見えます。銃撃戦もメロドラマも起きず、映画版で高峰秀子が演じるさだ子が何事も無かったかのように日常に帰っていく姿が健気です。

 28回目に至っても有名な作品が数多く残っているのが、松本清張のすごい点だと思います。平日の連載のため年末年始は掲載が少ないですが、年明けは第29回から再開します。1月は西田藍さんとの恒例の直木賞予想対談も掲載予定です。今回も優れた作品が候補作に挙がっています。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1027983/

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 The New York Times(と The Japan Times)の月極宅配が、1月から7500円に値上げとか。朝日の英字版やIHTだった頃から、20年ぐらい購読しているので習慣として止めにくいですが、数年前まで5000円ぐらいだったことを考えると、割高感がすごいです。NYTだけオンラインでサブスクライブしようかな、と常識的には考える訳ですが、輪転機と製紙産業を守るために1万円ぐらい出すので、西海岸のL.A. Timesなど、もう一紙付けてほしい。

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 宮崎駿の10年ぶりの新作「君たちはどう生きるか」が、2023年7月の公開ということで楽しみ。公開されたポスターが吉野源三郎の同名小説と全く関係なさそうなのが良いです。「風立ちぬ」と同様に、オリジナルの内容に期待してます。15年ほど前に宮崎駿の新書を書いた時、「崖の上のポニョ」の試写を九段会館で観ましたが、その後、九段会館は震災で無くなり、しばらく「崖の上のポニョ」が放送されなくなり(津波のシーンのため)、その後も、「風立ちぬ」一作。80歳を超えての新作とは、松本清張や大西巨人、金石範のようなバイタリティです。例えばスイスのJungfraujochの登山電車で宮崎が描いたハイジが流れるのを見たり、インドのMumbaiで未来少年コナンのTシャツを着ている人を見かけるなど、国際的な影響力が「日本の作家」の中で群を抜いています。たぶんどこかに何か書くと思います。

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 今年のCollege FootballのPlayoffは、Ohio Stateをアウェイでupsetしたミシガン大学(University of Michigan)を応援しています。10万人超のクレイジーなスタジアムを持つ名門校で、昨年はOrange Bowlでジョージア大学に敗れましたが、今年は勢いがあります。勝てば1997年以来で、メディアの期待も高まっています。rust belt のrivalryをplayoffの決勝でも観たい。NFLは「地獄の黙示録」のカーツ大佐のような雰囲気で、45歳で現役を続けているTom Brady(ミシガン大学出身、ドラフト6巡199位)を応援してますが、Mahomes君のKCかHurts君のPhillyなど若いチームが無難にSuper Bowlに出そう。昨年SBを獲ったStaffordはBradyより悪い成績で、試合を休みピザのCMに出まくってるので、Bradyには現役を続けてほしい。西海岸のチームへの移籍もありかも。

https://www.youtube.com/watch?v=2bnv2Qv1KHg

2022/12/06

「没後30年 松本清張はよみがえる」第27回『絢爛たる流離』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第27回(2022年12月1日)は、「婦人公論」に連載された、清張作品の魅力を分かりやすく実感できる秀作『絢爛たる流離』について論じています。担当デスクが付けた表題は「ダイヤが引き起こす 欲望と愛憎のドラマ」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。人間以外の存在が異なるコミュニティを渡り歩く作品として、馳星周の『少年と犬』とのmatch-upです。

 松本清張の作品としては珍しく、戦中に清張が従軍した朝鮮半島の描写があります。第三話「百済の草」と第四話「走路」は、主人公の「ダイヤモンド」が朝鮮半島で砂金採取を行う技師の妻に渡った頃の話で、朝鮮の全羅北道の井邑を想起させる架空の都市「金邑」を舞台にした作品です。韓国は高速バスが安くて便利なので、群山から光州に向かったときに、このあたりを通ったことがあります。

 松本清張が終戦を迎えたのは、光州の北に位置する全羅北道の井邑でした。『半生の記』によると清張は「朝鮮の西海岸の防衛に当たる新兵団」に所属し、軍医部付属の衛生兵として「最後まで飯炊きや、食器洗い、洗濯などの雑用に終始した」らしいです。玉音放送も「けたたましい雑音」で意味が良く分からず、「天皇がみずから戦局の挽回に士気を鼓舞するのかと思った」といいます。

「百済の草」と「走路」では、井邑と思しき町を舞台に、戦時中も変わらず情事や身の保身に溺れる人々の生き生きとした姿が描かれます。朝鮮半島を舞台にした作品については、後日、この連載で取り上げる林和(イム・ファ、中野重治の名詩「雨の降る品川駅」に応答した「雨傘さす横浜の埠頭」を書いたことで知られる)を主人公とした『北の詩人』を取り上げます。

 読者が感情移入した登場人物たちが、これほど数多く死を遂げていく小説が、他にどれだけあるでしょうか。過去の批評家の評価はそれほど高くない作品ですが、個人的には松本清張の「入門書」として最適な良作だと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1024417/

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 Saturday Night LiveのSquid Gameネタが面白かったです。イカゲームでサバイブして獲得した賞金を全額New York JETSに賭けて大負けする「NYの番組らしい落ち」ですが、今年のNY JETSは予想外に強いので、収録時とのギャップに笑いました。ADHDを克服した23歳のクォーターバック、Zack Wilsonが、アメリカのメディアを驚かせる活躍をしています(今は休養中ですが復帰するのを楽しみにしています)。ドラフト時に彼をフェアに評価し、1巡2位で指名したGMとHCが偉かったと思います。最先端の「多様性」を文化やコミュニティに包摂する力に満ちたNew Yorkの街に相応しいフットボールチームの躍進を楽しみにしています。

When All You Can Do Is The Squid Game (Feat. Rami Malek) | SNL 47

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 柄谷行人さん(81歳)がバーグルエン哲学・文化賞をご受賞! 賞金100万ドル! お会いしたのは随分、昔ですが、自分も含め、細々と日本語で批評文を書いている人間にとって、非常に嬉しいニュースでした。「批評空間」の最終号の対談と、「en-taxi」の対談のまとめを担当させて頂いたのが20年ほど前でした。膨大な読書量と批評の射程の広さが実を結んだご受賞だったと思います。心よりお祝い申し上げます。

2022/12/01

「没後30年 松本清張はよみがえる」第26回『陸行水行 別冊黒い画集2』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第26回(2022年12月1日)は、『陸行水行 別冊黒い画集2』について論じています。担当デスクが付けた表題は「邪馬台国論争あおる ロマンと推理の結晶」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。特に「ロマンと推理の結晶」という見出しが考古学らしくて秀逸で、初稿ゲラを見て唸りました。古墳時代の王子の反乱を描いた『隼別皇子の反乱』などで知られる田辺聖子とのmatch-upです。

 東京の某大学の歴史科の講師・川田修一の視点から、邪馬台国の「九州説」に魅せられた人々の数奇な運命を描いた表題作を含む中短編集です。「陸行水行」というタイトルは、「魏志倭人伝」に記された距離の単位で、陸路の旅が陸行、海路の旅が水行という意味です。このような距離と移動手段の大雑把な表現が、邪馬台国の「畿内説(大和説)」と「九州説」の対立を生むことになりました。

「陸行水行」は松本清張が「邪馬台国のミステリ」と正面から向き合った最初の作品です。「古代史疑」(1968年)など一連の「邪馬台国もの」を通して、清張は「九州説」を唱え、「邪馬台国ブーム」の火付け役となりました。1986年から佐賀県で吉野ケ里遺跡が本格的に発掘されことも手伝って、晩年の松本清張は「九州説」を体現する象徴的な存在となりました。

 邪馬台国は佐賀でいいんじゃないかと、今でも吉野ケ里を訪れた九州北部の人は思っていると思います。纒向遺跡のある奈良県桜井(保田與重郎の故郷)も「古代史のロマン」を感じさせる、味わいのある土地ですが、個人的には、桜井を邪馬台国と見なすには「魏志倭人伝」の誇張された距離の記載と比べても、遠すぎるように思えます。

https://www.nishinippon.co.jp/sp/item/n/1022048/

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 年末なので仕事は溜まるばかりですが、何とかリトル・バイ・リトルで片付けています。ワールドカップについては、6年もサッカーをやっていたわりに、マラドーナとかジーコとか昔の選手しか知らず、学生にはヨーロッパの都市対抗のUEFA Champions Leagueの現地観戦を勧めています。クラブチームはナポリでマラドーナが英雄になったり、ドルトムントで香川が活躍するなど国際的なので、国別対抗戦より、コミュニティの形成に関わる深みがあります。たまにマニアックなサッカーファンに二度見されますが、私の息子が愛用している服は、スペイン・アンダルシア州のカディスCFのユニフォームで、学生には旅行して好きになった街のチームを応援することを勧めています。

 とはいえ12月の楽しみはサッカーではなく、NFLの終盤戦とアメリカの大学生たちのBowl Gamesです。2016年の大統領選挙の時に車でめぐり思い出深いラストベルトのチーム(オハイオ州立大など)やLSUやジョージアなど南部のチームをダイジェストでチェックしています。NFLは、NYの弱い方のチームを応援して30年ぐらい経つのですが、今年は20年ぶりぐらいに期待が高く、one of the biggest surprise in the leagueとか言われているので、月曜の朝からこちらの調子がくるっています。

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 宮台真司先生のご回復を心よりお祈り申し上げます。メディアで目立っている人間を狙い撃ちする、という行為が昔から絶えず、非常に残念に思います。退院されて快活にお話をされる姿を拝見するのを楽しみにしております。

2022/11/30

産経新聞(2022年11月29日)にコメントが掲載されました

 産経新聞(2022年11月29日)の「いまを紡ぐ 藤井聡太のことば ⑦ピンチ コロナ禍で対局できずとも『自分の将棋と向き合うことができた』」にコメントが掲載されました。将棋は詳しくはないのですが、編集長の小川記代子さんにお声がけを頂き、慶應の助教時代以来の15年ぶりのお仕事でした。藤井聡太さんが、AMDのRyzenシリーズでもトップクラスの処理速度を持つCPUを買ってPCを自作し、将棋AI水匠を使った将棋研究を行っている点に着目したコメントを掲載頂きました。

 以下、私のコメントの抜粋です。作家の今村翔吾さんがメインの記事で、立教大学の学生・宇田川さんのコメントも掲載されています。掲載紙と一緒に、来年の藤井聡太カレンダーをお送り頂いたので、息子の寝床に掲げようと思います。昔の名人みたいに命懸けで将棋を指されても困るのですが、PCは自作してほしいものです。

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 明治大専任准教授(メディア文化論)の酒井信(45)が「厳しい」と感じたのは、いわゆる「ポスドク」、大学院博士後期課程終了後の任期付き助教や研究員のときだ。任期中に一定の成果を上げ、終身雇用の立場になれるのか、不安は尽きない。

 酒井はプログラミングを学んだこともあり、英字ニュースの分析にビッグデータの解析を取り入れた。分野横断的な研究は注目を集め、3大学から一般公募で内定を得た。

「ストレスの多い中で成果を出せるか、ネガティブにならず前向きに新しいことにチャレンジできるかにかかっている」

<中略>

 ITに詳しい酒井は、藤井がパソコン(PC)を自作している点に注目している。PCの心臓部であるCPU(中央演算処理装置)にAMDの「Ryzen(ライゼン)」を使っている点が興味深い、と述べる。

「ライゼンの中でも処理速度がトップクラスの高額のCPUを使ってPCを自作し、将棋の研究をしている。AIを活用するにとどまらず、活用するための環境も自分でつくっている点が、素晴らしい」

 コロナ禍でも危機的状況でも、方法論自体を作れる、すなわちゼロからイチを作り出すことができる人は、外的変化に左右されずに自分の信じる道を突き進める、という。

「経験したことのない事態の中で新たな価値観や新しい秩序を作るのは、こういうフロンティア精神を持った人だ。日本の大学は、こういう人間をもっと育てる必要がある」。酒井は、教育システムの改革に期待する。

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https://www.sankei.com/article/20221129-HYJLKBXK2NLJJPDOYRF55POR2Q/

2022/11/24

「没後30年 松本清張はよみがえる」第25回『時間の習俗』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第25回(2022年11月24日)は、大ヒット作『点と線』の続編『時間の習俗』について論じています。担当デスクが付けた表題は「土地に根差す仕掛け 福岡の歴史の奥深さ」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。福岡市の櫛田神社の神事・祇園山笠を描いたを描いた辻仁成さんとのmatch-upです。

 和布刈神社の神事を撮影した「フィルムの巻き戻し・トリック」や、西鉄の定期券を使った「身分証明の偽装・トリック」など、福岡の土地に根差した仕掛けが目を引く作品です。松本清張は人々の生活に身近なものを小道具として、推理小説を組み立てるのが上手いと思います。和布刈神社は西暦200年に神功皇后が創建したとされる由緒ある神社で、室町幕府を支えた守護大名・大内義弘が社殿を建造したことで知られます。陰暦の元旦未明に境内で大焚火が行われ、神楽が奏でられる中を、三人の禰宜が松明と鎌と桶を持ってワカメを刈り取り、神前に供える神事が行われます。

 日本で食用とされるワカメが、牡蠣やホタテ、ムール貝などの成長を妨げる外来種として、多くの国々で忌み嫌われていることを考えれば、ワカメを刈り、神に捧げる和布刈神事は日本的な伝統行事と言えます。大ヒット作の続編に「原風景」といえる土地の神事を織り込んでいる点に、松本清張らしい「郷土愛」が感じられる作品です。

 今回の原稿で連載予定50回の半分まで到達しました。多くの方々よりご関心を頂き、平均すると3日に一度のペースでご掲載を頂きました。「清張山脈」と呼ばれる膨大な作品群に、これまでの文筆の経験を総動員しながら、気力で登っているという実感です。作家論というよりは、松本清張が生きた時代を対象とした、大衆社会論・戦後日本論というコンセプトです。ルカーチやブルデューが展開した文芸社会学(日本だと文化社会学)を、戦後日本の文脈で復興したいという思いもあります。日々、黙々と読み書きに時間を費やしながら、ゲラをチェックしています。まだまだ優れた清張作品が数多く残されていますので、後半の原稿にもご関心を頂ければ幸いです。次回は12月1日の掲載予定です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1018871/

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 今月は、査読付き英字論文(19ページ)も掲載され、新聞連載や文芸批評以外でも成果を出せて、ひと安心でした。英字ニュースの解析と分析に関する研究成果として、近年は年一のペースで査読付き論文を書いてますが、毎年、大学から外国語学術論文校閲料助成をもらって、英字論文を出すのが理想です。最近はIAMCR(国際メディア・コミュニケーション学会)に参加できていないので、次年度以後は、大規模な国際学会での発表にも、徐々に復帰したいと考えています。
 先週は文学部の先生にお誘いを頂き、他大学の知人も多く参加していた研究会に出て、京都学派の系譜を継ぐ、加藤秀俊先生のお話を伺えたのもよいご縁でした。京都学派の特徴は、学際的な好奇心と学問の多様性にあったというお話で、特に秀俊先生と小松左京や梅棹忠雄の思い出話が味わい深かったです。

2022/11/23

「没後30年 松本清張はよみがえる」第24回『わるいやつら』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第24回(2022年11月23日)は、映画版でも広く知られる『わるいやつら』について論じています。担当デスクが付けた表題は「悪漢医師の転落人生 特権階級の暗部暴く」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。臓器移植ビジネスの暗部を描いた直木賞受賞作『テスカトリポカ』を記した佐藤究さんとのmatch-upです。

 悪漢小説は、大航海時代に経済的・文化的に大きな繁栄を遂げた16世紀のスペインにルーツを持ちます。恵まれない出自の主人公が悪知恵を働かせて、世の中を渡り歩く姿を、皮肉交じりに描くことが多く、身分や資産などの「格差」が生み出す「嫉妬」や「怨嗟」の感情を通して、社会の底から「時代の影」を浮き彫りにしていきます。「わるいやつら」は男女の別を問わず、様々な悪人が登場する「悪漢小説」で、病院の院長という「特権階級」の暗部を描いた作品です。1963年から「サンデー毎日」に連載された山崎豊子の「白い巨塔」よりも3年早く発表されました。

 本作は、金策に窮した性格の悪い医者・戸谷が、「悪漢」たちを周囲に呼び込み、詐欺や殺人に手を染め、しっぺ返しを受ける物語です。「週刊新潮」に1960年1月から1年半ほど連載された作品で、同時期に「日本の黒い霧」が「文藝春秋」に連載されています。戦後史の闇を暴いた「日本の黒い霧」とは異なって、本作では病院の経営に行き詰った戸谷が殺人に手を染める「堕落した姿」が描かれます。800坪の敷地を持つ医院の跡取りとして生れながら、医者らしい仕事をせず、資産をむしり取られていく戸谷の姿に、清張の「良家の子弟」に対する恨みが感じられます。

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