2020/03/15

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第100回 伊藤たかみ『あなたの空洞』

「現代ブンガク風土記」が100回を迎えました! 読者の皆さまに心より感謝申し上げます。毎週一冊、原稿用紙で4枚ほどの原稿を書き続けて約2年。100回記念ということで、本連載を振り返った論考が、別途、上下で掲載されます。福岡で講演を行ったおりも、読者の方々にあたたかいご感想を頂き、非常に嬉しかったです。「現代ブンガク風土記」は100回を通過点として、広い意味での「地方」を舞台にした小説を取り上げながら、まだまだ続きます!

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第100回 2020年3月15日)は、芥川賞作家・伊藤たかみの『あなたの空洞』を取り上げています。表題は「身近な他者の中にある「空洞」」です。伊藤たかみは日常の中に潜む「文学的な問題」をユーモラスに切り出すのが上手い作家で、この作品は、震災と原発事故後の都市生活の微妙な変化を題材にした「震災文学」です。大震災後の社会を生きる人々が経験した「余震」を、小説らしい表現で捉えることに成功しています。



伊藤たかみ『あなたの空洞』あらすじ
震災後の日本の日常を生きる人々を描いた短編集。表題作は流産した経験を持ち、子宮筋腫を患った妻を持つ俊之の日常を描いた作品。「なかったということも覚えておかなくてはならない」という、震災後の現代日本に響く、切実な問いが投げかけられる。その他「ふらいじん」「僕らの排卵日」「母を砕く日」という印象的な表題の短編を収録。

2020/03/09

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第99回 桐野夏生『バラカ』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第99回 2020年3月8日)は、桐野夏生の論争的な「震災・原発事故文学」の傑作『バラカ』を取り上げています。表題は「震災の「被害格差」炙り出す」です。

連載100回まであと1回です。100回が来たからと言って特に何があるわけでもないのですが、新学期までに連載のストックを増やすべく、本を読み文を書く日々を送っています。COVID-19の海外報道をチェックしていて思うのですが、東京オリンピックはたぶん中止だろう、選手を送るのは無理っぽい、という感じの報道がだいぶ増えてきました。国際世論と風評被害を跳ね返すだけのリカバリーができるのか、どうなのか。

桐野夏生の『バラカ』は福島第一原発事故を題材とした作品です。この小説で福島第一原発事故は、水素爆発ではなく、核爆発を起こしているため、チェルノブイリ原発事故のように、放射能汚染が広範囲の土地で深刻化しています。東京も避難勧告地域に指定され、放射線量が高く、日本の首都も大阪に移転されています。「バラカ」は、震災と原発事故を忘却し、オリンピック景気に浮かれてきた日本に住む私たちの姿を、移民という他者の視点を通して辛辣に風刺した、桐野夏生らしい論争的な作品です。



あらすじ
「爺さん決死隊」の豊田に拾われたバラカは、反原発を主張する市民団体の支援を受けながら成長していく。甲状腺ガンの手術跡を持った美しい少女となった彼女は、その運動の象徴となり、様々な人間を惹き付ける。バラカの実父であるパウロは、宗教団体を通して原発事故後の日本社会の暗部に分け入り、失踪した娘を探し回る。桐野夏生の作品らしいスケールの大きなミステリー小説。

2020/03/01

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第98回 山田詠美『学問』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第98回 2020年3月1日)は、山田詠美の知る人ぞ知る傑作『学問』を取り上げています。表題は「欲望に忠実に生きるために」です。山田詠美は思春期の男女の性差のグラデーションに根ざした、細やかな感情の描写が上手い作家だと思います。

国際交流の担当ということもあり、ここ最近はCOVID-19の影響で海外研修をどうするかというやり取りに忙殺されていました。

一般論としては、不安を煽って視聴率を稼ぐ類いの報道が多いですが、空気に流されて簡単に「自粛」や「鎖国」をするのではなく、客観的な事実をもとにして対応したいものです。COVID-19については、医学で有名な下のJohns Hopkins大学の集約サイトがあり、分かりやすいです。Cofirmed(罹患者)の人数だけではなく、Recovered(回復者)の人数も重要だと思っています。
https://gisanddata.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6



山田詠美『学問』あらすじ
東京から静岡県にある架空の美流間市に引っ越してきた仁美と、幼馴染みの友人たちが成長していく姿を描いた青春小説。異性との距離感や性的な関係のあり方について悩みながら、仲良かった4人の人生が密に結び付いたり、離れたりする時間を描く。ベストセラー作「ぼくは勉強ができない」と類似した雰囲気を持つ、山田詠美らしい作品。

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第97回 堀江敏幸『いつか王子駅で』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第97回 2020年2月23日)は、堀江敏幸の初の長編小説『いつか王子駅で』を取り上げています。表題は「下町の矜恃、生活の手触り」です。堀江敏幸は、私小説の形式を通して、日常の些事の中に宿る、人々の「生活の手触り」とでも言うべきものを、鮮やかにとらえるのが上手い作家です。



堀江敏幸『いつか王子駅で』あらすじ
 都電荒川線が走る王子を主な舞台に、「時間給講師の私」と「昇り龍の正吉さん」の交流を描いた作品。王子は都電荒川線を代表するターミナル駅で、埼玉との県境に近い北区の中心地である。私は「五段変速のバックミラーつき」の自転車で王子の町をプラプラしながら、下町を生きる人々の姿を通して、地に足を着けて生きる意味について考える。若き堀江敏幸の生活を描いた私小説とも読める。

2020/02/18

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第96回 高村薫『土の記』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第96回 2020年2月16日)は、高村薫の野間文芸賞・大佛次郎賞・毎日芸術賞の受賞作『土の記』を取り上げています。表題は「過疎地の「暗部」を泥臭く」です。

今週は熊本の水俣に来ています。写真は石牟礼道子も創設に関わった相思社が運営する水俣病歴史考証館です。水俣病訴訟に関する歴史と、その後の患者たちが経験した「歴史」の双方の展示が充実していて興味深かったです。建物も展示も丁寧に維持されている様子で、民間の博物館らしい味わいがあります。





高村薫『土の記』あらすじ
奈良県の宇陀市を舞台に、植物状態にあった妻を亡くした伊佐夫の内面が描かれます。かつて彼は妻の実家からシャープの工場に通い、退職後は農業に勤しんできました。回想の中で妻が不可解な交通事故に遭った時のことや、妻の女系の一族の浮気にまつわる記憶が紐解かれていきます。

名所旧跡が立ち並ぶ奈良盆地から離れた「奈良の北海道」と呼ばれる宇陀市を舞台に、由緒正しい田畑が並ぶ集落の謎に迫った作品です。不器用な伊佐夫と、奔放な妻の妹・久代との淡い恋愛の描写が読み所で、そこには「過疎地文学」とでも呼ぶべき新鮮さが感じられます。


2020/02/12

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第95回 川上未映子『乳と卵』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第95回 2020年2月9日)は、川上未映子の芥川賞受賞作『乳と卵』を取り上げています。表題は「「母」でも「娘」でもない「わたし」」です。

この小説は現代的な「女性らしさ」について、大阪弁のユーモラスな語り口の「豊胸手術をめぐる問答」を通して、一石を投じていると思います。母娘のすれ違う感情を通して「母」でもなく「娘」でもない「わたし」の存在を突き詰めていく展開は、現代文学らしい野心的なものです。



川上未映子『乳と卵』あらすじ
40歳が間近に迫った巻子は大阪の京橋でホステスとして働きながら、娘の緑子を育てつつ、豊胸手術をしたいと考えている。彼女は離婚した後に、スーパーの事務、工場のパート、レジ打ちや商品梱包の仕事を転々とし、京橋のスナックの仕事と、豊胸手術の願望に行き着いた。「わたし」を媒介として、初潮が間近に迫った緑子と、女性の身体性をめぐる応酬が繰り広げられる。第138回芥川賞受賞作。

2020/02/06

西日本新聞掲載「坪内祐三さんを悼む」

西日本新聞朝刊(2020年2月5日)に「坪内祐三さんを悼む」を寄稿しました。原稿用紙4枚ほどの分量です。昨年、出版社のパーティーで簡単にご挨拶させて頂いたのが最後となりました。もっとお話しを伺いたかったという気持が強く残っています。

20代の頃にSPA!の対談を見学させて頂いたときのことや慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスでのゲスト講義の思い出や、『ストリートワイズ』や『東京』、『1972』など思い出深い著作のことなどについて書きました。20代の頃に、たびたび暖かい励ましを頂いたことへの感謝の気持ちを込めました。


2020/01/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第93回 阿部和重『インディヴィジュアル・プロジェクション』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第93回 2020年1月26日)は、90年代の日本文学を代表する作品で、阿部和重の出世作『インディヴィジュアル・プロジェクション』を取り上げています。表題は「「情報の渦」戸惑う若者たち」です。大学時代にリアル・タイムで読み、惹かれた作品の批評文を書けるのが、この連載の素晴らしいところです。

秋学期の授業がひと段落したので、調査で山口県の萩に来ています。「山口からが九州」というのが九州北部で生まれ育った人々の共通感覚だと思います。「薩長土肥」について、長州が九州北部、土佐が九州南部と文化的に近いことを考えれば、明治維新はほぼ九州の人々が起こした革命(反乱)だと思っています。ともかく山口は瓦蕎麦が香ばしくて美味しいので、これと下関の「ふく」は九州名物ということでいいのでは、とも思います。


阿部和重『インディヴィジュアル・プロジェクション』あらすじ
サバイバル術を教えるマサキが開学した高踏塾で修行を積んだオヌマは、映写技師となり、渋谷に潜伏している。「実践」と呼ばれるマサキが課す任務は犯罪職を強め、「実践」への参加を拒むと怪死を遂げてしまう。1997年に発表された本作は、同時代の渋谷に集まる人々が抱く無意識的な欲望を捉え、渋谷系文学と呼ばれる一連の作品の代表作となる。

2020/01/22

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第92回 阿部和重『シンセミア』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第92回 2020年1月19日)は、山形県東根市神町を舞台にした阿部和重の代表作『シンセミア』を取り上げています。表題は「戦後日本が抱えた「悪の種」」です。「敗戦後の日本そのものを描くという狙いが3部作の根幹にはある」と著者がインタビューで述べていますが、この作品は阿部和重の実家をモデルにしたと思しき「パンの田宮」を中心とした「基地の町」の戦後史を描いた作品でもあります。

文芸評論家の坪内祐三氏の追悼文を、西日本新聞に寄稿しました。4枚ほどの原稿が、2月に入ってから掲載されると思います。対談を見学させて頂いたときの思い出や、20代の頃に原稿の内容に触れて、励まして下さったときのことを思い出しながら、感謝の気持ちを込めて書きました。

阿部和重『シンセミア』あらすじ
著者が生まれ育った山形県東根市神町を舞台に、パン屋の田宮家とヤクザの麻生家を中心とした戦後史が、多様な登場人物たちのエピソードと共に紐解かれる。ひと夏に起きた奇妙な事件の数々と、偶然に起きた台風による洪水が、町を分断する抗争を引き起こし、神町の人々が忘却していた血生臭い歴史を露わにしていく。毎日出版文化賞と伊藤整文学賞の受賞作。



2020/01/17

卒業研究・ゼミ冊子制作発表会

文教大学で最後となる(見込みの)卒業研究の発表会を4年生と3年生の合同で実施しました。活発な質疑と議論が行われ、笑いもあふれる会となり、一教員として参加していて楽しかったです。ゼミ生に恵まれ、支えられた10年間の教育・研究活動でした。毎年、成績の良い意欲的な学生たちが多く集まってくれたことも有り難かったです(成績がふるわない学生の多くも、周りの学生に刺激を受けて頑張ってくれました)。

4年生は論文を書くだけではなく、3年生と共同で冊子制作を行ってきました。お陰でゼミ冊子も120ページ近い分量で充実した内容となり、日本の大学のゼミの制作物としては「最大級の情報量」となりました(今年の詳細は後日。過去の制作物は日本出版学会等で紹介)。ゼミ冊子等の成果をもとに、新聞記者や編集者、大手IT企業のプランナー、神奈川を代表する企業のシステム・エンジニア、自治体の公務員、大学院進学など、ゼミ生たちが大学パンフレットに載る「文教生を代表する進路」を開拓してくれたことも誇りに思っています。

Media Studiesに関する理論や歴史的な知見をしっかりと踏まえた上で、確かな取材活動に基づいた制作活動やプレゼンテーションを行うことが、出版・ジャーナリズム分野の教育として大事だと考えています。学生たちには、ゼミでの学術的な課題をこなしつつ、応用的な課題として冊子等の制作に取り組むことで、現代のメディア環境における情報の発信者としての意識を高めてもらいました。

課題の多いゼミだったと思いますが、自由度は高く設定していましたので、学生たちが大学のサークル活動やアルバイトなどの活動も大事にしつつ、その活動内容も楽しそうに文章に織り込んでくれたのが嬉しかったです。今年はニュースパーク(日本新聞博物館)との共同プロジェクトも行い、過去には茅ヶ崎市との共同プロジェクト等もYahoo!ニュース、時事通信、神奈川新聞等で取り上げられる成果を残しました。

インターン先として紹介したIT企業の方々や、地域の映画館や喫茶店などでコミュニティを支えて来られた人々、新聞社やIT企業などで活躍するOB・OGへの取材活動を通して、ゼミ生たちが大きく成長することができました。文教大学でのゼミ活動を支えてくれた多くの方々に心より感謝申し上げます。