2023/02/06

「没後30年 松本清張はよみがえる」第33回『波の塔』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第33回(2023年2月6日)は、夫婦とは何かを考えさせる人気作『波の塔』について論じています。担当デスクが付けた表題は「時間の重み共有する 大人の黒い恋愛小説」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。信仰に近い愛情を抱く「私」の際どい日常を描いた江國香織の代表作『神様のボート』とのmatch-upです。

 この小説が刊行された1960年、松本清張は『日本の黒い霧』などの大ヒット作に恵まれ、所得額で作家部門の1位となります。翌年、52歳の清張は、東京都杉並区上高井戸(現・高井戸東)に約600坪の自宅を新築し、82歳で亡くなるまでこの地に居を構えることになります。高井戸の新居は井の頭線の線路沿いの広大な三角地にあり、線路沿いの三角の庭に胸を張って立つ清張の有名な写真は、電車の騒音をものともしない作家の「図太さ」を雄弁に物語っています。

「波の塔」は松本清張の長編としては珍しく、人が殺される場面のない作品で、「女性自身」に連載された小説らしく、自由恋愛に殉じていく「精神的に自立した女性」を描いています。訳ありの過去を持つ美女が、一人で富士の樹海に入り、自死を遂げるラストは、「ゼロの焦点」の「山版」と言えるの内容で、本作は「自殺の名所」として青木ヶ原の名を世に知らしめました。

「どこにも出られない道って、あるのよ、小野木さん……」と小説の序盤で頼子が口にするセリフが、読後の印象に強く残ります。青木ヶ原の樹海を暗示する「どこにも出られない道」という表現が、戦中・戦後の困難な時代に生まれ育った小野木と頼子の「暗い青春」を象徴的に物語り、「時間の重み」を感じさせます。



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 LGBTQ+αの方々の人権について、以前に監訳を担当した日本の現代文化を「L」の視点から批評したBBCの番組が、参考映像としてお勧めできます。Sue Perkins(スー・パーキンス)は、英語圏では「L」であることをカムアウトしている有名人の一人です。BBCらしいアングルですが、スーの視点からは、日本の文化では海女や女子相撲への評価が高く、芸妓や巡礼文化はニュートラル、労働環境やKawaii文化への評価が低いです。日本語訳する上でも、このニュアンスはそのまま残しました。

BBC スー・パーキンスとさぐる現代日本の多様な文化 [Japan With Sue Perkins] 
(教育機関や図書館向けのDVD。サンプル映像あり)

 昨年刊行した『現代文学風土記』でも『最後の息子』『きらきらひかる』『生のみ生のままで』など、LGBTQ+αの登場人物たちの心情を描いた作品を取り上げています。現代小説を通して、外見ではなく内面から、非日常ではなく日常の視点から、現実感を拡げる意味は大きいと思います。直木賞候補の一穂ミチさんの『光のとこにいてね』も、「L」の恋愛小説として優れた作品なので、本屋大賞を獲得することを願っています。

2023/02/02

「没後30年 松本清張はよみがえる」第32回『連環』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第32回(2023年2月2日)は、松本清張が画工として九州北部の印刷所で下積みしていた頃の経験を踏まえて書いた『連環』について論じています。担当デスクが付けた表題は「印刷所時代に培った 面白さ追う職人気質」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。編集者の女性と高校教師の父親とのやり取りを通して、文芸出版の舞台裏を描いた北村薫の『中野のお父さん』とのmatch-upです。

 松本清張が14歳で初めて就職した川北電気・小倉出張所は、昭和恐慌の影響で閉鎖の憂き目にあいます。当時、清張は仕事の合間に文芸書を読みながら働く「気の利かない給仕」だったため、最初の人員整理で「お払箱」になりました。失業者した彼は「画工見習募集」の貼り紙を見て、19歳から見習いとして小倉市の高崎印刷所で働くことになります。九州北部の印刷所で働き、神田の出版社の社長となる主人公・笹井誠一の物語は、高崎印刷所で働き、日本を代表する作家となった松本清張の人生と部分的に重なって見えます。

 40歳を超えて作家としてデビューするまで、彼が「画工職人」として働いていたことを考えれば、「西郷札」が週刊朝日の「百万人の小説」に入選しなければ、松本清張は生涯を一職人として終えていた可能性が高いと思います。小説の面白味を追及する「職人」のような気質は、清張が画工時代に培ったものです。

 松本清張は貧しい家庭で生まれ育ち、文学を愛しながら、家族を養うために画工として腕を磨きました。彼は作家として世に出たのちも「職人」としての矜持を持ち、「物語の面白さを追求した作品」を次々と世に送り出すことで、「高度経済成長期」を代表する作家になったのです。

 今週は2本の掲載でしたが、次週は3本の掲載予定です。寒い中でのリハビリは文字通り「骨が折れます」ね(骨が折れてるわけですが)。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1048552/

2023/02/01

「没後30年 松本清張はよみがえる」第31回『影の車』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第29回(2023年2月1日)は、「万葉翡翠」や「潜在光景」などの短編を収録した松本清張の代表作の一つ『影の車』について論じています。担当デスクが付けた表題は「時代の変化に戸惑い 「人間の業」強く肯定」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。『ラブレス』などで、北海道の開拓地を生きる人々が、戦前・戦後の時代に経験してきた生活や価値観の変化を描いた桜木志乃さんとのmatch-upです。

 松本清張は戦争を挟んで変化した人々の「生活に根差した心情」を描くのが上手い作家です。食うや食わずの時代を生き延びた自身の経験を踏まえ、真犯人を含む登場人物たちが経験してきた人生の大きな変化を、背後から抱擁するように肯定してみせます。

 本作の代表作といえる「万葉翡翠」は、万葉集の歌「渟名河(ぬなかは)の 底なる玉 求めて 得まし玉かも 拾ひて 得まし玉かも 惜(あたら)しき君が 老ゆらく惜しも」をめぐる、大学の考古学研究室を舞台にしたミステリです。長らく日本で産出しないと考えられてきた翡翠が、1935年に糸魚川で「再発見」され、考古学上の大発見となったことを、学生の失踪事件と絡めて、巧みに小説の題材としています。「万葉考古学」を好んだ松本清張らしい切り口で、フォッサマグナによって生み出された翡翠が、縄文時代から奈良時代までこの地域で産出されてきた「壮大な史実」がひも解かれていきます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1047975/

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 Super BowlはMahomes君のKansas CityとHurts君のPhiladelphiaの好カードとなり、楽しみです。骨折のリハビリ中ということもあり、片足を引き摺りながらchampionshipを勝ち上がったMahomes君を応援しています。お父さんが横浜ベイスターズのピッチャーだったので、日本に滞在していた点でも親近感が持てます。父親譲りのサイドスローやアンダースローなど多彩な投球が面白いです。一年で60億円近い年俸で、KCの街の魅力を高めたリーグを代表する選手です。

Next Gen Stats: Patrick Mahomes' 10 Most Improbable Completions Going into Super Bowl LVII(*パスの成功確率はAmazonのAWSが機械学習で計算した予測モデルの数値)

 バルバドス出身のRihannaのハーフタイムショーにも期待しています。女性の単独では、トランプ当選直後に「分断」と「融和」を表現した2017年のLady Gaga(*LGBTQのBであることをカムアウトしているので厳密には女性ではない)@Houston以来。2年前のShakira & J. Loが攻めた演出で高視聴率だったこともあり、Katy Perryの時みたく3DCGで生中継するような新しいテクノロジーを使った演出に期待しています。マイノリティの立場から社会問題に関してどのような表現をするのかという点にも注目しています(Lady GagaやKendrick Lamerのように、スーパーボウルのハーフタイムショーでは、音楽を通して社会問題と対峙するミュージシャンが多いです)。
 個人的に女性ミュージシャン単独のハーフタイムショーで評価が高いのは、2013年のBeyonce@New Orleansです。ハリケーンからの復興イベントでしたが、後半に停電したのはBeyonceが電気使い過ぎたせいと噂されたものです。

Beyoncé - Super Bowl 

2023/01/27

「没後30年 松本清張はよみがえる」第30回『花実のない森』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」は30回の節目を迎えました。第30回(2023年1月27日)は、万葉集の歌の解釈をめぐるミステリ小説『花実のない森』について論じています。全集未収録のややマニアックな作品です。担当デスクが付けた表題は「万葉と古代の恋情 ユニークな貴族小説」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。皇室に親しみを抱き、裏切られる福島の出稼ぎ労働者の半生を描き、全米図書賞(翻訳部門)を獲得した柳美里の『JR上野駅公園口』とのmatch-upです。

 松本清張は「万葉集」を通して古代の人々の生活や心情を知ることを趣味の一つとしていました。「万葉集」は、8世紀前後に編纂された約4500首を集めた日本最古の歌集で、九州から東北まで様々な土地を舞台に、天皇から農民まで様々な階層の人々の歌を収録し、当時の人々の「感情」を総体として記録しました。「万葉集」を題材とした清張作品は、本作に限らず「万葉翡翠」や「たづたづし」などがあり、清張は古代史への興味の延長で「万葉集」に文学的な関心を抱いていました。

 白壁の町並みで知られる山口県の柳井市の描写も本作の大きな魅力の一つです。そこは「佐伯祐三描くところのパリの裏町風景」にたとえられています。柳井市を含む旧周防国(長州藩)は、伊藤博文をはじめとして明治維新の立役者を数多く輩出したため、華族に連なる名家を抱えてきた歴史を持ちます。

 本作は「婦人画報」に1962年から63年まで連載された小説です。59年に行われた皇太子明仁親王と正田美智子の成婚パレードに象徴される「ミッチー・ブーム」を下地にした作品だと私は考えています。後に平成天皇となる明仁親王は、特定の旧華族から妃を迎える皇室の慣習を破り、平民の妃・美智子を娶る決断をしたことで、元皇族や旧華族から「貴賤結婚」だと批判されましたが、国民からは喝采を浴びました。

『花実のない森』は、高度経済成長期の日本を舞台に、旧華族の血を引く女性の奔放な姿を描いた点がユニークで、一般にタブー視されてきた「皇室内の対立」を描いた『神々の乱心』に繋がる松本清張らしい「貴族小説」だと思います。

 次週は3回掲載予定です。松本清張の作品の分析を通して、現代日本の(無意識的な)「文化的な価値の形態」のルーツに迫るような総合的な批評を展開できればと考えています。1月は骨折・脱臼の療養とリハビリで時間と体力を失っていたので、2月は集中力を高めて挽回していきたいと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1045928/

2023/01/18

第168回直木賞を展望(西田藍さんとの対談)

 西日本新聞朝刊(2023年1月18日)に、第168回直木賞について、文芸アイドルで書評家の西田藍さんと対談した記事が掲載されました。前回の対談では、同じ歳の永井紗耶子さんの『女人入眼』を推し、惜しくも決選投票で過半数に届きませんでしたが、初候補としては大健闘でした。

 今回私が推した2作品についての対談用のメモは下記です(対談の内容とは異なります)。西田藍さんと同じ作品の予想になりました。今回は力のある候補作が多く、全体として読み応えがありました。

第168回直木賞を展望 酒井信さんと西田藍さんが候補5作を語る

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1041833/


一穂ミチ『光のところにいてね』

・登場人物は少ないが、心情を掘り下げる深度が深く、儚い生を全うする現代人の感情の源泉に迫っている。女性二人の強いきずなを描く。

・ヤングケアラーと言える女性・果遠が経験してきた人生の浮き沈みと、母が逃げ、祖母に虐待されてきたことへの愛憎入り混じる複雑な感情を、オリジナリティの高い文章で浮き彫りにしている。

・前回の候補作『スモールワールド』と比較しても、文学的な感覚が洗練され、長編小説として完成された印象。

・「光のところにいてね」など、物語の核となる文章の使い方が上手く、芥川賞の受賞作と比べても遜色ない、高い文学性を感じる。

・和歌山県串本町という本州最南端の土地を舞台にした情景の描き方も上手く、視覚的な風景描写も巧み。終盤の雨の中のドライブと晴れの中のドライブが、鮮烈な印象を残す。

・LGBTQの「L」のカップルを描いた優れた作品として、綿矢りさの『生のみ生のままで』が思い浮かぶが、この作品と比較しても全く見劣りしない。

・本屋大賞向きの作品でもあり、映画化にも期待してしまう。


小川哲『地図と拳』

・満州の架空の町・仙桃城を舞台に、未知の土地を夢想する人類の欲望に迫った大作。

・石原莞爾と近い関係にある満鉄の細川が、仙桃城を「虹色の都市」にするという構想が敗れていく姿を描く。

・虹色の7色とは、満州民族、漢民族、日本人、ロシア人、朝鮮人、モンゴル人、死者。

・2022年の出生数が80万人を割り込む現状では、ドイツやオランダ、イギリスなど他の先進国と同様に移民の受け入れは不可避。日本国内に「虹色の都市」を築けるかという問いは、日本の未来に向けた問いでもある。

・「未来を予測することは、過去を知ることの鏡なのではないか」という問いは、日中戦争の時代と同様に、エネルギー自給率の低い現代日本にも通じる問い。日本が豊かな国であり続けられる条件とは何か、という問いでもある。

・人類の無力さに起因する、限られた居住可能な土地をめぐる争いは、現代世界でも進行している。「国家とは地図である」という身も蓋もない事実を、身近な史実として実感させる「時代小説」。松本清張が名作『球形の荒野』で描いた「中立国を介した終戦工作」に繋がるリアリティがある。

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 Tom Bradyのシーズンが終わり、NFLは若いQBのPlayoffになりましたが、今年FAということもあり、Bradyの移籍先をめぐる報道が次々と出ていて、楽しみです(NY JetsかLas Vegas Raidersに期待)。今シーズンは45歳ということもあり、勝率はワーストでしたが、地区優勝を決めた最終戦が鮮烈な印象を残しました。EvansへのCollege FootballのようなTD3つと、頭から突っ込んで1ヤードを獲りに行ったQB Sneakは、さすがGOATという内容。

Tom Brady's 3 Most Improbable Completions to Mike Evans vs. Panthers

https://www.youtube.com/watch?v=T7MD4KQhaA4

Tom Brady's 4th quarter QB Sneak in win 

https://www.youtube.com/watch?v=rwCzBKWMwRU

 2023年のSuper BowlのハーフタイムショーはPepsiからAppleにスポンサーが変わり、バルバドス出身のリアーナとか。昨年のギャングスタ・ラップの毒気が強かったので、Shakira & J. Loのマイノリティ路線に戻った印象。

Rihanna Is Back | Apple Music Super Bowl LVII Halftime Show

https://www.youtube.com/watch?v=0zHjohM7Obk

 SBのハーフタイムショーについては、授業でこれまでの歴史や開催都市、ミュージシャンの出自、歌詞の意味を踏まえて、解説をしていますが(アメリカの歴代視聴率の上位をSBが独占しているため、現代のメディア史を考える上で重要)、リーマンショック直後のBruce Springsteen(当時、60歳)のパフォーマンス@Raymond James Stadium, Floridaが近年ではベストです。Working on a dreamで、アラスカと思しき北国で働く労働者について歌った後に、名曲Glory DaysをFootball用に歌詞を変え、「プロになれなかった人々」を称えながら、コメディ調で〆るあたりが、彼が全米一のパフォーマーと言われる所以だと思います。ステージにスポンサーを付けることを拒み、高齢化するEストリートバンドを雇用し続け、新型コロナ禍でも新譜を出して、今年も世界ツアーを組んでいます。村上春樹が批評文を書く気持ちが良く分かります。

Bruce Springsteen - Superbowl Halftime Show HD 2009 XLIII NFL

https://www.youtube.com/watch?v=i4-0nbHFi4o

 2009年はBruce Springsteenの当たり年で、アカデミー賞候補になったThe Wrestlerのテーマや@Hyde Parkのライブが素晴らしかったです。「アメリカの脇の下」と呼ばれるニュージャージー出身らしい汗臭く、カロリーの高いパフォーマンスと、ボブ・ディランの後継者と言われ、レイモンド・カーヴァーを彷彿させる物語性のある歌詞が良いです。

No Surrender (London Calling: Live In Hyde Park, 2009)

https://www.youtube.com/watch?v=LXwJMXo2mXc

2023/01/10

「没後30年 松本清張はよみがえる」第29回『北の詩人』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第29回(2022年1月10日)は、松本清張と一歳違いのプロレタリア詩人・林和(イム・ファ)が、朝鮮半島で経験した「孤独な闘争」を描いた『北の詩人』について論じています。担当デスクが付けた表題は「南北朝鮮に消された 悲劇の文学者の生涯」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。元プロボクサーで朝鮮総連の筋金入りの活動員だった父親の「転向」を描いた金城一紀の『GO』とのmatch-upです。

 林和は、戦前に朝鮮プロレタリア芸術同盟(KAPF)の中央委員や書記長を務めましたが、日本の警察の弾圧が強まり、KAPFを解散することを余儀なくされた経験を持ちます。戦後は「朝鮮文学」の復興を目指して協議会を組織しましたが、南朝鮮を統治していたアメリカ軍政庁と関係を深め、北朝鮮に追われた後、「アメリカのスパイ」として1953年に処刑されてしまいます。

 林和は日本に短期留学をした経験があり、この経験を踏まえて、1929年に中野重治の「雨の降る品川駅」に応答した詩「雨傘さす横浜の埠頭」を書いたことで知られます。名作「雨の降る品川駅」は、プロレタリア文学運動に関わっていた中野重治が、朝鮮半島に送還される人々との別れを描いた詩で、共産主義の本質が、インターナショナル(国際的な連帯)にあったことを文学的に物語る作品です。

 松本清張は戦時中に京城(ソウル)近郊の竜山に滞在した経験があるため、同じ時代を身近な場所で生き、数奇な運命を辿った文学者・林和に「隣人」として関心を抱いたのだと思います。この作品は「日本の黒い霧」の朝鮮半島版としても読むことができる興味深い作品です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1038468/

2023/01/07

膝蓋骨骨折と肩の脱臼

  新年早々、スロープ歩行時に縁石に足が引っ掛かり、勢いよく宙に投げ出されて転倒してしまい、膝蓋骨骨折(複雑骨折)と肩の脱臼という診断を受け、手術入院しました。骨折も脱臼もはじめてで、手術前の2日と手術後の1日は滅茶苦茶痛かったですが、骨は折れても心は折れず。経験したことのない怪我とリハビリを実地で学ぶよい機会になったとポジティブに考えています。理学療法士と二人三脚で日常の動きを取り戻していく時間は得がたいもので、療養とリハビリを支えてくれる家族にも多謝です。

 手術は無事に終わり、写真のとおり左膝に金属2本とワイヤーが入った状態で、一年ほどは空港の保安検査場で音がなると思いますが、快調です。膝の皿が割れた時の音と振動は未だによく覚えていますが、頭を庇って肩から落ちることができたのが不幸中の幸いでした。手術後2日半後から、ようやく松葉杖をついての歩行と、短い距離の二足歩行ができるようになりました。これから1~2か月かけて、松葉杖なしの歩行と階段の上り下りに向けた訓練をしていきます。

 過去に2度、今回よりヘビーな怪我で救急搬送された経験(footballでの怪我とバイク事故)があるため、何とかなるだろうと前向きに考えています。救急外来を受け入れている病院ということもあり、オペ室も最新で安心感があり、半身麻酔のため、前半はBluetoothで音楽を聴きながら、後半は執刀医以外の医師の皆さんと、(左ひざがぱかっと空いた状態で)同級生の外科医の話や脱臼のリハビリについて雑談をしながら、リラックスして手術を終えることができました。複数のモニターに重要な情報が次々と表示され、執刀医以外に3人の医師で確認していて、私もライブで説明を受けることができ、さすが地域拠点病院と思いました。新型コロナ禍で内科が混雑する中、外科の医療スタッフの皆さんに支えて頂き、心より感謝申し上げます。

 これからのリハビリを通して、子供たちに、困難な状況下でも、前向きな気持ちで出来る限りの努力をする大切さを伝え、怪我をした学生や、身体に不自由を抱える学生たちの心の支えになれるような経験を積めればと考えています。西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」は1月10日より、予定通りの再開です(病院でも平常通りゲラを戻し、先の原稿の準備をしています)。

膝のレントゲン写真です。2本の金属とワイヤーで割れた膝蓋骨を束ね、リハビリをしながら修復を待ちます。

ややグロい写真ですが、手術から二日半後の患部です。ひざ下をスマイルマーク状に切って膝蓋骨を補強しています。ペイントのようなものは手術時に使用したマーカーです。

手術から2日半後、右肩も脱臼しましたが往診中なので包帯は取っています。この日から固定具を付けて歩けるようになりました。

2022/12/14

「没後30年 松本清張はよみがえる」第28回「張込み」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第28回(2022年12月14日)は、映画版で広く知られる短編「張込み」について論じています。担当デスクが付けた表題は「刑事の目通して描く つかの間輝き放つ女」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。様々な隠し事を抱えた家族が「郊外の日常」を取り戻していく姿を描いた、角田光代の『空中庭園』とのmatch-upです。

「張り込み」は、泥臭い捜査で犯行の動機と真相に迫る「叩き上げの刑事」を描いた最初期の短編です。「顔」に続いて1958年に映画化され、高峰秀子が演じるさだ子の悲哀と、大木実が演じる刑事の人情が、多くの人々を魅了しました。後に「砂の器」などで知られる野村芳太郎が監督した最初の清張作品で、助監督は若き山田洋次です。映画版の冒頭で九州行きの電車の車内の混雑と、ランニング一枚で汗を流しながら長旅に耐える刑事たちの姿が描かれ、「張り込み」が容易ではないことが暗示されます。

 やがて石井とさだ子はバスに乗り、平凡な日常から逃れるように温泉宿へと旅立っていきます。さだ子は「別な生命を吹込まれたように、踊りだすように生き生きとしていた。炎がめらめらと見えるようだった」と形容されています。前半の張り込みの描写の「緊張」と、後半の逢瀬の描写の「弛緩」が対照的な作品で、平凡な暮らしを送るさだ子が、石井との逃避行に魅了される姿が輝いて見えます。銃撃戦もメロドラマも起きず、映画版で高峰秀子が演じるさだ子が何事も無かったかのように日常に帰っていく姿が健気です。

 28回目に至っても有名な作品が数多く残っているのが、松本清張のすごい点だと思います。平日の連載のため年末年始は掲載が少ないですが、年明けは第29回から再開します。1月は西田藍さんとの恒例の直木賞予想対談も掲載予定です。今回も優れた作品が候補作に挙がっています。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1027983/

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 The New York Times(と The Japan Times)の月極宅配が、1月から7500円に値上げとか。朝日の英字版やIHTだった頃から、20年ぐらい購読しているので習慣として止めにくいですが、数年前まで5000円ぐらいだったことを考えると、割高感がすごいです。NYTだけオンラインでサブスクライブしようかな、と常識的には考える訳ですが、輪転機と製紙産業を守るために1万円ぐらい出すので、西海岸のL.A. Timesなど、もう一紙付けてほしい。

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 宮崎駿の10年ぶりの新作「君たちはどう生きるか」が、2023年7月の公開ということで楽しみ。公開されたポスターが吉野源三郎の同名小説と全く関係なさそうなのが良いです。「風立ちぬ」と同様に、オリジナルの内容に期待してます。15年ほど前に宮崎駿の新書を書いた時、「崖の上のポニョ」の試写を九段会館で観ましたが、その後、九段会館は震災で無くなり、しばらく「崖の上のポニョ」が放送されなくなり(津波のシーンのため)、その後も、「風立ちぬ」一作。80歳を超えての新作とは、松本清張や大西巨人、金石範のようなバイタリティです。例えばスイスのJungfraujochの登山電車で宮崎が描いたハイジが流れるのを見たり、インドのMumbaiで未来少年コナンのTシャツを着ている人を見かけるなど、国際的な影響力が「日本の作家」の中で群を抜いています。たぶんどこかに何か書くと思います。

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 今年のCollege FootballのPlayoffは、Ohio Stateをアウェイでupsetしたミシガン大学(University of Michigan)を応援しています。10万人超のクレイジーなスタジアムを持つ名門校で、昨年はOrange Bowlでジョージア大学に敗れましたが、今年は勢いがあります。勝てば1997年以来で、メディアの期待も高まっています。rust belt のrivalryをplayoffの決勝でも観たい。NFLは「地獄の黙示録」のカーツ大佐のような雰囲気で、45歳で現役を続けているTom Brady(ミシガン大学出身、ドラフト6巡199位)を応援してますが、Mahomes君のKCかHurts君のPhillyなど若いチームが無難にSuper Bowlに出そう。昨年SBを獲ったStaffordはBradyより悪い成績で、試合を休みピザのCMに出まくってるので、Bradyには現役を続けてほしい。西海岸のチームへの移籍もありかも。

https://www.youtube.com/watch?v=2bnv2Qv1KHg

2022/12/06

「没後30年 松本清張はよみがえる」第27回『絢爛たる流離』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第27回(2022年12月1日)は、「婦人公論」に連載された、清張作品の魅力を分かりやすく実感できる秀作『絢爛たる流離』について論じています。担当デスクが付けた表題は「ダイヤが引き起こす 欲望と愛憎のドラマ」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。人間以外の存在が異なるコミュニティを渡り歩く作品として、馳星周の『少年と犬』とのmatch-upです。

 松本清張の作品としては珍しく、戦中に清張が従軍した朝鮮半島の描写があります。第三話「百済の草」と第四話「走路」は、主人公の「ダイヤモンド」が朝鮮半島で砂金採取を行う技師の妻に渡った頃の話で、朝鮮の全羅北道の井邑を想起させる架空の都市「金邑」を舞台にした作品です。韓国は高速バスが安くて便利なので、群山から光州に向かったときに、このあたりを通ったことがあります。

 松本清張が終戦を迎えたのは、光州の北に位置する全羅北道の井邑でした。『半生の記』によると清張は「朝鮮の西海岸の防衛に当たる新兵団」に所属し、軍医部付属の衛生兵として「最後まで飯炊きや、食器洗い、洗濯などの雑用に終始した」らしいです。玉音放送も「けたたましい雑音」で意味が良く分からず、「天皇がみずから戦局の挽回に士気を鼓舞するのかと思った」といいます。

「百済の草」と「走路」では、井邑と思しき町を舞台に、戦時中も変わらず情事や身の保身に溺れる人々の生き生きとした姿が描かれます。朝鮮半島を舞台にした作品については、後日、この連載で取り上げる林和(イム・ファ、中野重治の名詩「雨の降る品川駅」に応答した「雨傘さす横浜の埠頭」を書いたことで知られる)を主人公とした『北の詩人』を取り上げます。

 読者が感情移入した登場人物たちが、これほど数多く死を遂げていく小説が、他にどれだけあるでしょうか。過去の批評家の評価はそれほど高くない作品ですが、個人的には松本清張の「入門書」として最適な良作だと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1024417/

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 Saturday Night LiveのSquid Gameネタが面白かったです。イカゲームでサバイブして獲得した賞金を全額New York JETSに賭けて大負けする「NYの番組らしい落ち」ですが、今年のNY JETSは予想外に強いので、収録時とのギャップに笑いました。ADHDを克服した23歳のクォーターバック、Zack Wilsonが、アメリカのメディアを驚かせる活躍をしています(今は休養中ですが復帰するのを楽しみにしています)。ドラフト時に彼をフェアに評価し、1巡2位で指名したGMとHCが偉かったと思います。最先端の「多様性」を文化やコミュニティに包摂する力に満ちたNew Yorkの街に相応しいフットボールチームの躍進を楽しみにしています。

When All You Can Do Is The Squid Game (Feat. Rami Malek) | SNL 47

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 柄谷行人さん(81歳)がバーグルエン哲学・文化賞をご受賞! 賞金100万ドル! お会いしたのは随分、昔ですが、自分も含め、細々と日本語で批評文を書いている人間にとって、非常に嬉しいニュースでした。「批評空間」の最終号の対談と、「en-taxi」の対談のまとめを担当させて頂いたのが20年ほど前でした。膨大な読書量と批評の射程の広さが実を結んだご受賞だったと思います。心よりお祝い申し上げます。

2022/12/01

「没後30年 松本清張はよみがえる」第26回『陸行水行 別冊黒い画集2』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第26回(2022年12月1日)は、『陸行水行 別冊黒い画集2』について論じています。担当デスクが付けた表題は「邪馬台国論争あおる ロマンと推理の結晶」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。特に「ロマンと推理の結晶」という見出しが考古学らしくて秀逸で、初稿ゲラを見て唸りました。古墳時代の王子の反乱を描いた『隼別皇子の反乱』などで知られる田辺聖子とのmatch-upです。

 東京の某大学の歴史科の講師・川田修一の視点から、邪馬台国の「九州説」に魅せられた人々の数奇な運命を描いた表題作を含む中短編集です。「陸行水行」というタイトルは、「魏志倭人伝」に記された距離の単位で、陸路の旅が陸行、海路の旅が水行という意味です。このような距離と移動手段の大雑把な表現が、邪馬台国の「畿内説(大和説)」と「九州説」の対立を生むことになりました。

「陸行水行」は松本清張が「邪馬台国のミステリ」と正面から向き合った最初の作品です。「古代史疑」(1968年)など一連の「邪馬台国もの」を通して、清張は「九州説」を唱え、「邪馬台国ブーム」の火付け役となりました。1986年から佐賀県で吉野ケ里遺跡が本格的に発掘されことも手伝って、晩年の松本清張は「九州説」を体現する象徴的な存在となりました。

 邪馬台国は佐賀でいいんじゃないかと、今でも吉野ケ里を訪れた九州北部の人は思っていると思います。纒向遺跡のある奈良県桜井(保田與重郎の故郷)も「古代史のロマン」を感じさせる、味わいのある土地ですが、個人的には、桜井を邪馬台国と見なすには「魏志倭人伝」の誇張された距離の記載と比べても、遠すぎるように思えます。

https://www.nishinippon.co.jp/sp/item/n/1022048/

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 年末なので仕事は溜まるばかりですが、何とかリトル・バイ・リトルで片付けています。ワールドカップについては、6年もサッカーをやっていたわりに、マラドーナとかジーコとか昔の選手しか知らず、学生にはヨーロッパの都市対抗のUEFA Champions Leagueの現地観戦を勧めています。クラブチームはナポリでマラドーナが英雄になったり、ドルトムントで香川が活躍するなど国際的なので、国別対抗戦より、コミュニティの形成に関わる深みがあります。たまにマニアックなサッカーファンに二度見されますが、私の息子が愛用している服は、スペイン・アンダルシア州のカディスCFのユニフォームで、学生には旅行して好きになった街のチームを応援することを勧めています。

 とはいえ12月の楽しみはサッカーではなく、NFLの終盤戦とアメリカの大学生たちのBowl Gamesです。2016年の大統領選挙の時に車でめぐり思い出深いラストベルトのチーム(オハイオ州立大など)やLSUやジョージアなど南部のチームをダイジェストでチェックしています。NFLは、NYの弱い方のチームを応援して30年ぐらい経つのですが、今年は20年ぶりぐらいに期待が高く、one of the biggest surprise in the leagueとか言われているので、月曜の朝からこちらの調子がくるっています。

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 宮台真司先生のご回復を心よりお祈り申し上げます。メディアで目立っている人間を狙い撃ちする、という行為が昔から絶えず、非常に残念に思います。退院されて快活にお話をされる姿を拝見するのを楽しみにしております。