2022/03/26

問題複合体を対象とするデジタルアース共同利用・共同研究拠点(IDEAS) 2021年度成果報告会

 3月に「問題複合体を対象とするデジタルアース共同利用・共同研究拠点(IDEAS) 2021年度成果報告会」で発表を行いました。慶應義塾大学の助教時代から続けている英字ニュースの解析と分析について、学際系(理工系中心)の研究発表会です。今年度は「新型コロナウイルスが引き起こした社会問題に関する報道内容と地理空間上の分布に関する研究」という研究課題でした。自然言語解析とメタデータの抽出方法を年々アップグレードしていますが、今年は良い解析・分析の結果だったと思います。

 全体に各大学の先生方の発表のレベルが高く(データのとり方や研究の展開の仕方など参考になるものが多く)、オンライン開催でしたが、委員の先生方からも高評価で良い会でした。元総合政策学部の福井弘道先生をはじめ、三田の助教時代からお世話になってきた先生方との暖かい繋がりに、心より感謝申し上げます。常勤の大学教員として16年目が終わろうとしていますが、三田のグローバルセキュリティ研究所とSFCのゼータ館、共同通信に研究室があった頃(1~4年目)のことを懐かしく思い出しました。

 00年代後半は、グローバル化、ビッグデータの活用、学際研究がこれからという熱気に満ちた時代で、福井先生の声がけでGoogleやEC(European Commission)の研究者とシンポジウムや共同研究をやったり、賛否はありましたが、竹中先生が政界から戻られて所長になり、官庁・メディア・IT企業との人材の行き来が活性化するなど、研究の現場に活気がありました。国家基幹技術関連では、駒場の生産技術研究所や柏の葉の空間情報研究センターの方々とご一緒し、毎年の慶應の研究発表は六本木ヒルズか丸ビルという、いい時代でした。助教の立場で色々な経験を積ませて頂いたことが、現在の研究活動に生きていると感じています。グローバルセキュリティ研究所はその後、グローバルリサーチインスティチュートになり、慶應のスーパーグローバル大学創成支援事業の拠点となりました。

 将来的に他の共同利用・共同研究拠点との連携が深まるということですので、そちらも楽しみにしています。教育の場でも、大学院での研究指導を中心に徐々に英字メディアのデータ収集・解析と、内容分析の方法論を応用した内容を取り入れていきます。

http://gis.chubu.ac.jp/

https://www.chubu.ac.jp/news2/detail-4964.html

https://www.chubu.ac.jp/news2/images/4964_attach.pdf

2022/03/22

祝・第200回 西日本新聞「現代ブンガク風土記」 金城一紀『GO』

 「現代ブンガク風土記」(第200回 2022年3月20日)では、金城一紀の『GO』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「パンチの効いた青春小説」です。『GO』は近年の直木賞の受賞作の中でも好きな作品の一つです。4年間書いてきた連載の第200回の原稿として相応しい名作だと思います。

 金城一紀の『GO』は、差別を笑いへと変えていく、奥深い作品です。全体にユーモアに満ちた内容で、朝鮮総連のバリバリの活動員であり、マルクス主義を信奉する共産主義者の親父が「ハワイか……」とつぶやくところから、物語ははじまります。元プロボクサーで、パチンコ屋の景品所を営む父親(54歳)は、長らくハワイを「堕落した資本主義の象徴」だと家族に教えていました。しかし正月に放送されていたハワイ特番に感化されて、朝鮮籍からハワイに旅行しやすい韓国籍へ変更することを提案します。

 主人公の「僕」は日本の高校で、それなりに充実した青春を謳歌しています。ただ「在日朝鮮人」として生まれ育ってきたことの壁が、人生の要所で立ちはだかり、「僕」は闘うことを余儀なくされます。人々が無意識的に内面化してきた「現代的な差別」の描写は、外国人の人口が増加し、Web上のリテラシーが問われる現代日本において、繰り返し参照されるべき文学的表現と言えます。

 物語の要所で、プロボクサー時代に一度もダウンを喫したことのなかった親父のパンチが、「僕」に炸裂するシーンが面白いです。行定勲監督、窪塚洋介主演の映画版もいい作品でした。

 本連載は200回を大きな節目として、もう少しだけ続きます。単行本の作業も無事、ひと段落し、あと二つほど原稿を終えると新学期という感じです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/893977/

金城一紀『GO』あらすじ

 元プロボクサーで、パチンコの換金所を複数営む裕福な家庭で生まれ育った「在日」の「僕」をめぐる物語。朝鮮籍から韓国籍に変わることで、人間関係が一変し、「僕」の青春も大きく変化していく。朝鮮学校の友人たちとの家族のような友情や、ジーン・セバーグ似の桜井との恋愛劇が読み所。映画版もヒットした第123回直木賞受賞作。

2022/03/14

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第199回 長嶋有『佐渡の三人』

 「現代ブンガク風土記」(第199回 2022年3月13日)では、長嶋有の『佐渡の三人』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「ゆるいイエ社会の存在価値」です。連載200回まであと1回です。180回分の単行本の作業も終盤で、分量も900枚近くまで増え、目次や地図、年表など様々な工夫をしていますので、濃厚で面白い本になると思います。

『佐渡の三人』は人の気配の希薄さと、トキの存在を遠くに感じながら、新潟県の佐渡島に3度行く話です。ユネスコの世界文化遺産への推薦をめぐり「佐渡島の金山」が注目を集めていますが、約400年の歴史を有する金鉱山は、資源枯渇のため平成のはじめに操業を休止し、現在、佐渡の金銀山は史跡として保全が進んでいます。

 この小説は、長嶋有の代表作「ジャージの二人」のフラットな親子関係を、親族関係に拡げた作品だと要約できます。「変な家ではあるが私たちの家だけに特殊さが集中してるわけではあるまい。きっとどんな家にもそれぞれ変な部分や、問題があるだろう。家を構成する一人一人にもだ。ひきこもったり、ひきこもりと名付けたり、名付けられなかったり、いわなかったり、死んだり、あるいは長生きしすぎたり」。

 本作で描かれる、悲しみとユーモアを「同時」に感じさせるような言動は、現代小説らしく魅力的なものです。東日本大震災をまたいで文芸誌に掲載された小説らしく、細やかな心情描写に奥行きが感じられる作品だと思います。



長嶋有『佐渡の三人』あらすじ
 佐渡にゆかりのある一族の葬儀と納骨をめぐる物語。最初から「自立した他人」として私や弟をみている古道具屋の父と、医者の名門一家の人々との関りを描く。祖父母の面倒をみていた引きこもりの弟が、祖父の葬儀や納骨の主導権を握る。一族のエピソードをひも解きながら、佐渡にまつわる様々な思い出を描く、長嶋有の代表作。

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 Super Bowlのハーフタイムショーについて、国際的に高い評価でしたが、一番の見どころはケンドリック・ラマーが「Alright」を(放送可能な形で)歌ったことだったと思います。「Alright」は、Black Lives Matterでも実質的にプロテスト・ソングとなった曲で、下のPVの通り、ジョージ・フロイドの死以前から、そういうニュアンスで人気を集めていた曲です。ウクライナの現状にも寄り添える曲だと思います。プロデューサーは「Happy」でお馴染みのファレル・ウィリアムスで、彼のコーラスも入る曲ですが、この曲に限らず、この曲を含む2015年の「To Pimp a Butterfly」がアルバムとして完成度が高かったと思います(私も今でもたまに聞いてます)。
Kendrick Lamar - Alright
 こういうプロテストソングを最高視聴率のスーパーボウルで流した点がNFLらしく、ドレ―からケンドリックへの世代交代(どちらもコンプトン出身)を演出した点も上手かったです。ケンドリックは「DAMN.」でピュリッツァー賞を獲っていますが(非クラッシック・ジャズで初)「To Pimp a Butterfly」での飛躍が大きかったと思います。その後、試行錯誤しているようですが、Black Panther関連の曲も良かったと思います(個人的にはSZAとのAll The Starsが好きです。映画は観ていないけど音楽は良かった)。
Kendrick Lamar, SZA - All The Stars
 今年のNFLで一番良かったシーンは、個人的にはDivisional RoundのRams×Bucsの残り35秒からのクーパー・カップへの2つのパスでした。カレッジから一校もスカウトがなく、無名のイースタン・ワシントン大で記録を出して、何とかドラフト3巡69位でプロになったクーパー君が、史上最高と評価されるWRとなった瞬間でした。結果としてGOAT(Greatest of All Time)ことトム・ブレディを引退発表に追い込んだドライブとなりました。ただブレディは予想通り、40日で引退を撤回してBucsに残留とのことです。I’ve realized my place is still on the field and not in the stands.とのこと。NFLのQBの45歳は実年齢の90歳ぐらいだと思いますが、50歳(100歳)まで現役でやってほしいです。今年のNFLもAll The Starsで楽しめそうです。
Every Cooper Kupp catch from 183-yard game | Divisional Round
“It’s A Great One! It’s A Thriller!” Rams vs. Buccaneers (Divisional Round) | Sounds Of The Game
Tom Brady Unretires | The Daily Show

2022/03/06

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第198回 桐野夏生『夜の谷を行く』

 「現代ブンガク風土記」(第198回 2022年3月6日)では、先週に引き続き連合赤軍事件を題材とした現代小説ということで、桐野夏生の『夜の谷を行く』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「『集団の暴力』女性の視点で」です。桐野夏生さんの作品については、本連載で取り上げるのが4作目で、文芸誌にも書評を2度寄稿したことがあります。小説が射程とする問題の幅の広さに魅力を感じつつ、いつも緊張しながら批評しています。永田洋子の死のひと月後に起きた東日本大震災後の日本社会を描いた作品でもあります。

 今年であさま山荘事件から50年が経ちます。この事件で3名が殺害され、この直前に群馬県で起きた「山岳ベース事件」では、「総括」と呼ばれる集団暴行で、29名のメンバー中、12名が殺害されています。団塊世代が高齢化する中、新左翼運動で過激化した若者たちが引き起こした悲惨な事件を、私たちはどのように記憶し、次世代に伝達していけばいいのでしょうか。社会心理学で言う「集団極性化」に起因する問題は、新型コロナ禍で悪化し、プーチンの周辺から、「いじめ」が生じる教育現場まで、様々なレベルで生じているように思えます。

 連合赤軍とは、インテリ学生を中心とし、男女別の分業性を布いていた武闘派の赤軍派と、女性の解放を掲げ、地域の労働運動を担い、女性メンバーの多かった革命左派が合流した組織でした。異なる革命観を持つ赤軍派と革命左派の対立が、次第に個人攻撃へと変化し、寒い冬に陰惨な「総括」が起きます。一般的な「連合赤軍」のイメージは、武闘派の「赤軍派」のものが強いですが、桐野夏生は後者の「革命左派」の女性たちに着目しています。

 人間は自分にとって都合の悪い記憶を、自己を正当化するために改変することがあります。また「部活」のような気分で「正義」を掲げて参加した集団が、いつの間にか個人の意思を超えて「集団極性化」を引き起こし、一線を越えて、死者を生み出すことがあります。桐野夏生の『夜の谷を行く』は、群れることで文明を築いてきた人間集団が持つ「構造的な暴力」を、現代的な問題として炙り出した作品です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/886609/

桐野夏生『夜の谷を行く』あらすじ

 24歳で都内の山の手にある小学校に努め、革命左派の兵士として活動を始めた架空の人物・西田啓子の「その後」の人生を描く。彼女は二歳上の永田洋子に可愛がられ、連合赤軍事件に関与した。啓子は「総括」が嫌になり、永田と森恒夫が資金調達で山を下りた隙に脱走し、5年の服役で出所するが、親族から縁を切られ、淋しい日々を送る。


2022/02/28

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第197回 大江健三郎『河馬に噛まれる』

「現代ブンガク風土記」(第197回 2022年2月27日)では、連合赤軍事件を題材とした大江健三郎らしい問題作『河馬に噛まれる』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「『勇士』に私情を重ね」です。

 あさま山荘事件は、長野県軽井沢町で1972年(ちょうど50年前)に起きた、連合赤軍のメンバー5人による立てこもり殺人事件です。警察との銃撃戦が生中継され、民放とNHKの合算視聴率で89.7%となり、日本の報道史上、最高視聴率を記録しました。その後、連合赤軍が軍事訓練を行っていた「山岳ベース」でリンチ殺人事件が起きていたことが判明し、一連の連合赤軍事件は、犯罪事件の枠を超えて社会問題となります。

 大江健三郎の「河馬に噛まれる」が出版されたのは、事件から約13年後の、日本がバブル経済に足を踏み入れた1985年です。大江が連合赤軍事件に文学的な関心を持ったのは、彼らの思想や心理状態、リンチ殺人や立てこもり発砲事件に至る経緯ではなく、「河馬の勇士」という、山岳ベースで末端の立場で「便所掃除」を担当していた若者と、事件後に私的な交流を持ったからです。「河馬の勇士」というあだ名は、事件後、30歳となった彼がウガンダのマーチソン・フォールズ国立公園で、若い河馬に噛まれて報道されたことによります。

 大江健三郎の作品は、読者と巧みに共犯的な関係を築きながら、創作的に自己の考えを示す傾向が強いため、末端の立場とはいえ、連合赤軍事件に関わった「河馬の勇士」を、過大評価するのは危険だと思います。河馬に噛まれたからといって「河馬の勇士」を何かを悟った人物であると考える「僕」は、どこか狂っています。ただ「自分の河馬に噛まれているのじゃないか?」という作中の自己批判は、私たちも引き受けて考えるべき、鋭いものです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/882866/


大江健三郎『河馬に噛まれる』あらすじ

 作家である「僕」と、ウガンダで河馬に噛まれて小さく報道された「河馬の勇士」の交流を描く。「河馬の勇士」は「穴ぼこに落ちる」ように17歳で連合赤軍事件に関与した人物で、「僕」の若い頃の知り合いのマダムの息子であった。集団リンチ事件が起きた山岳ベースでの思い出を、糞便処理という実務的な行為を通して綴る。川端康成賞の受賞作を含む短編集。

2022/02/20

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第196回 田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』

 「現代ブンガク風土記」(第196回 2022年2月20日)では、田辺聖子の『ジョゼと虎と魚たち』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「『箱庭細工』のような恋愛小説」です。田辺聖子は好きな作家の一人で、間があり、情があり、繊細さがあり、バイタリティがあります。富岡多恵子も大阪出身ですが、何れの作家も多作で、戦後の女性文学と呼ばれた文学の芯の強さを、俗にまみれ気高く体現した一流の作家でした。

「人生というものは、芥川がその知性と神経のピンセットの先でつくりあげた箱庭細工のように出来上がっていない」と江藤淳は述べています。言い換えれば、芥川の作品が「高い知性」と「繊細な神経」の間で築かれたことを物語る秀逸な表現です。この言葉を借りれば、田辺聖子の『ジョゼと虎と魚たち』は「情愛と神経のピンセット」で人生を積み上げた「箱庭細工」のような作品と言えます。

 びくびくと臆病にしか世間と関われないジョゼが口にする、恒夫に動物園に連れて行ってもらった時の言葉が、読後の印象として強く残ります。「一ばん怖いものを見たかったんや。好きな男の人が出来たときに。怖うてもすがれるから。……そんな人が出来たら虎見たい、と思てた。もし出来へんかったら一生、ほんものの虎は見られへん、それでもしょうない、思うてたんや」。

 現代文学は、同時代の社会の中に埋もれた切実な感情や情景を、生き生きと描きとることができます。『ジョゼと虎と魚たち』が映画やアニメになり、今でも多くの人々に愛読されているのは、「虎と魚の情景」の豊かさに象徴されるのだと思います。

 4月に刊行予定の単行本には、この連載の180回分(加筆・修正で約800枚ほど)を収録します。ここ3カ月ほどで4年間かけて書いてきた原稿を繰り返し読み返しましたが、それぞれの小説・原稿と向き合っていた時の記憶が蘇り、懐かしく感じました。表紙も優しい雰囲気の素晴らしいイラストを頂き、見本を手に取るのを楽しみにしています。次週は、あさま山荘事件から50年ということもあり、連合赤軍事件に関連する小説を取り上げる予定です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/879570/

田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』あらすじ 

 関西の町を主な舞台とした短編9本を収録。表題作は、下肢が麻痺しているため車椅子で生活し、世間を知らずに生きてきた25歳のジョゼを描いた作品。彼女は悪意を持った通行人に坂道で車椅子を突き落とされ、それを助けた「管理人」こと恒夫と親しくなる。ジョゼと恒夫は動物園で虎を見るデートをしたり、海底水族館で魚を見るための旅に出る。

2022/02/19

図書新聞 重里徹也・助川幸逸郎著『教養としての芥川賞』書評

 図書新聞(2022年02月26日号)に、重里徹也・助川幸逸郎著『教養としての芥川賞(青弓社)の書評を書きました。見出しは「文芸ジャーナリズムに関わる人々の『文学的教養』」です。個人的には芥川賞よりも直木賞に関心を持っていますが、注目作のチョイスや異なる評価も含めて面白く読みました。歴史ある書評メディアとして、図書新聞や週刊読書人を応援しています。新宿で良書を出し続けている青弓社にも敬意を込めました。

 図書新聞の前の号には、同じ大学の伊藤氏貴先生が「理系的」という面白い書評を書いていました。今号の私の原稿は下のような書き出しで、1800字ぐらいの原稿です。

図書新聞(第3531号 2022年02月26日号)

http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/

http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3532

>>

 芥川賞は駆け出しの作家を世に送り出す、文壇のスターシステムであり、選考過程や選評の公開を通して、一般読者や作家や批評家、編集者や記者など文芸ジャーナリズムに関わる人々の「文学的教養」を高めてきた。個人的には、近年は芥川賞よりも直木賞の受賞作に着目した方が、文学的教養は深まると考えているが、本書で指摘されているように、依然として芥川賞が「文壇を構成している既成の作家たちが、新しい書き手を迎え入れるという人事システム」として重要な役割を担っているのは確かであろう。本作『教養としての芥川賞』では、大江健三郎『飼育』(1958年・上半期)、森敦『月山』(1973年・下半期)、宮本輝『蛍川』(1977年・下半期)、多和田葉子『犬婿入り』(1992年・下半期)などに高い評価が付与されている。……

2022/02/13

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第195回 西村賢太『どうで死ぬ身の一踊り』

 「現代ブンガク風土記」(第195回 2022年2月13日)では、急逝した西村賢太の『どうで死ぬ身の一踊り』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「不器用かつ繊細に『私』を模索」です。西村賢太の作品について、本連載でとりあげるのは3作目です。紙面の写真は、石川県七尾市の「藤澤清造の墓」の隣に建てられた生前墓で、中日新聞社からご提供頂きました。

 何のそのどうで死ぬ身の一踊り、という私小説家・藤澤清造の晩年の詠句から表題を採った表題作を含む、西村賢太の最初の作品集です。彼は藤澤の「死後弟子」を自称し、名だたる私小説家たちの、自らを笑うと同時に世の中を笑い飛ばすような作風を、現代文学として蘇らせました。「この世にはその個性がどうしてか人に容れられず、相手を意味なく不愉快にさせたり、陰で首をひねられたりしてしまう、悲しい要素を持って生まれた人がいる」と、西村は藤澤清三について記していますが、それは自分自身の姿だったのだと思います。

 結果として西村賢太は長らく文学史に埋もれていた藤澤清三の「根津権現裏」などの主要作を復刊させ、「死後弟子」としての面目を果たしました。ビートたけしなどの芸能人にも愛される作家となりましたが、豪放磊落な外見に比して、小説で描かれる内面は繊細でした。42歳で凍死した藤澤清造や、若くして没した葛西善三、牧野信一や嘉村礒多など「破滅型の私小説家」の人生に寄り添うように、西村賢太は2022年の「清造忌」を終えたのち、54歳の若さで亡くなりました。「どうで死ぬ身の一踊り」は、「破滅型の死ぬ身の一踊り」を体現した作家が、「私」の存在理由を、「師匠」の藤澤清造と共に、不器用かつ繊細に模索した、瑞々しくも老成したデビュー作です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/876158/

西村賢太『どうで死ぬ身の一踊り』あらすじ

 芝公園六角堂で凍死した藤澤清造に、自己の境遇を重ね、作家になる前に墓まで並べて建ててた西村賢太の最初期の作品集。中卒で働きに出た「私」が、母親と姉に迷惑をかけ、「祖母の家系の男運の悪さ」の「最たる権化」という自己認識を持ちながら、他人と不器用に関わっていく。現代的な私小説の代表的な作家・西村賢太の原点となった作品集。

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 西村さんの訃報に接し、残念でなりません。「文學界」の新人小説月評(2005年上期に担当)で半期のベスト10に「一夜」(文芸誌初登場作)を選んだ縁もあり、作品を批評する機会を楽しみにしてきました。「破滅型の私小説家」のハードコアな文芸表現を、現代文学として継承した貴重な作家だったと思います。

 以前、「文學界」に書いた西村賢太「二度はゆけぬ町の地図」の書評を下にアップロードしています。西村賢太作品の批評というよりは、椎名鱗三と、ハイデガーの『ニーチェ』を参照し、この時期、やや冗長になっていた西村作品のポテンシャルを評価しつつ、私小説と「信仰」の問題について考えた内容です。同時代に文芸誌や新聞紙上で作品と向き合うことができて、光栄でした。

西村賢太「二度はゆけぬ町の地図」書評

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 スーパーボウルは、ベッカム・ジュニアやボン・ミラーなど懐かしの名選手を集めたLA RAMSが3点差で快勝でした。GMとヘッドコーチのチーム運営が上手かったと思います。ハーフタイムにギャングスタ・ラップを披露していた人たちの「お仲間」の抗争や利権問題があり、LAには1995年から2016年まで、長いことプロフットボールのチームが無かったわけですが、36歳のショーン・マクベイがHCとして、いい仕事をしました(最年少でのSB勝利)。アメリカは若い人に仕事を委ねるのが上手いです。

Dr. Dre, Snoop Dogg, Eminem, Mary J. Blige & Kendrick Lamar FULL Pepsi Super Bowl LVI Halftime Show

 LAにフットボール・チームを再びという強い思いが、RAMSの練られたゲームプランと、ハーフタイムのドクター・ドレ&スヌープ・ドックのラップからも感じられました。ケンドリック・ラマーが放送できないことを歌うのでは、と期待した人は多かったと思いますが、全体にLA愛が感じられるショーでした。ジェネイ・アイコのAmerica the beutifulも良かったです。アメリカは様々な分野で、アジアに近い西海岸の時代という感じがします。

Jhené Aiko Sings America the Beautiful at Super Bowl LVI

 MVPはワイド・レシーバーとして2タッチダウンの、WR三冠のクーパー・カップ。RAMSはトム・ブレイディを引退に追い込んだ、綿密にデザインされたディフェンスも見ごたえがりました。今年のNFLは例年以上に好ゲームが多く、新しいスターが各部門から出て、素晴らしかったです。ブレディの引退撤回にも期待しています(NFLではよくある話)。

NFL Mic'd Up Super Bowl LVI "Hey I'm Joe" 

2022/02/06

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第194回 さだまさし『カスティラ』

 「現代ブンガク風土記」(第194回 2022年2月6日)では、さだまさしの自伝的作品『カスティラ』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「大歌手が記す父との思い出」です。

 さだまさしが父親の危篤に際して、家族との思い出をひも解いた自伝小説です。ロシアのウラジオストクで産まれ、中国戦線を生き延び、戦後、長崎に移住してきたさだまさしの父・雅人にとってカステラは珍しい食べ物で「長崎の人間じゃないから」こそ大好物でした。本文で触れられている通り、カステラは長崎に住む多くの人々にとって日常食ではなく、最高級の贈答品です。さださんのお母さんが開業し、現在は妹の玲子さんが営む喫茶店「自由飛行館」では、父・雅人が伝授したボルシチとカステラを味わうことができます。

 本作は長崎の庶民が手にすることが珍しい「四斤の特大カステラ」を、様々な人物が父・雅人への「お詫びの気持ち」として持ってくるエピソードを中心に展開されます。情に厚く、時に血液を売って家計を支え、苦境に陥っても底抜けに明るい父の性格のお陰で、やくざの組長など、様々な人物が四斤のカステラをさだ家に届けに来ます。本作によると、さだましが映画「長江」の製作で利子を含めて35億円近くの借金を背負うことになったのは、父親の「暴走」のためだったらしいです。

 記事の写真は、昨年「自由飛行館」に行ったときに撮影したものです。このお店が1984年に長崎で開業した頃、私はこの店の前を通って日々、小学校に通っていました。店の外観は、はす向かいにある国宝の崇福寺に寄せたデザインで、店内も居心地がいいです。中学では、カズオ・イシグロさんのご実家、高校では、吉田修一さんのご実家の前が、私の通学路でした。

 昨年の紅白歌合戦でさだまさしさんは、新型コロナ禍の時代に寄り添うように「道化師のソネット」を歌ってくれました。4500回を超えるステージに立ち、様々なメディアで活動されてきた経験の重みを感じる演奏でした。横山やすし、松本人志、立川談春、ジャニー喜多川など芸能に関わる方々が愛した名曲です。さださんの歌が好きな方は、ぜひ玲子さんの「自由飛行館」も訪れてみてください。下の写真は自由飛行館の「客心得」と、玲子さんお手製のぜんざいです(長崎では、カステラよりもぜんざいをよく食べてた気がします)。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/872973/

あらすじ

 ロシアで産まれ、中国で招集され、手榴弾の爆発で左耳の聴力を失いながら、戦友を頼って長崎に移り住み、大往生を遂げた父親の思い出を記した小説。父・雅人はさだまさしのコンサートでホールの入り口に立ち「ありがとうございます」と観客にお礼を述べていたことでも知られる。父親が危篤状態になり、主人公のさだまさしは父親の思い出を幼少期から振り返る。不動産屋ややくざ、料金所の職員や警察などと父親との闘いが読みどころで、カステラを手でちぎって食べる父親のワイルドな姿が印象に残る作品。



2022/01/31

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第193回 米澤穂信『氷菓』

 「現代ブンガク風土記」(第193回 2022年1月30日)では、米澤穂信の『氷菓』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「伝統的景観生かし青春描く」です。

 青春小説はなぜ人々を魅了するのでしょうか。一つの答えを示せば、多くの人が若い時期に、その後の人生を左右する「取り換えのきかない時間」を経験するためだと思います。言い換えれば、読書を通して「他にあり得たかも知れない人生」を感じるのに「青春時代」ほど相応しいものはない、と考えることもできます。

 本作は、岐阜県高山市にあると思しき「神山高校」の「古典部」にまつわる様々な事件を描いた青春小説です。神山高校は、米澤穂信が通った岐阜県立斐太高等学校をモデルにしています。米澤は金沢大学在学中からウェブ・サイトで小説を発表し、卒業後は高山市の三洋堂書店で働く傍ら、この作品でデビューしました。「氷菓」は2012年にアニメ化されて高い人気を獲得し、高山市は「アニメツーリズム」の有名な成功事例となりました。伝統校を舞台に、青春の甘さと苦さを同時に体感させる、サービス精神に満ちたデビュー作です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/869427/

米澤穂信『氷菓』あらすじ

 第166回直木賞を「黒牢城」で獲得した米澤穂信のデビュー作。小説の内容は「青春学園ミステリ」とでも言うべきもので、米澤の出身地である岐阜県高山市の神山高校を舞台に展開される。「古典部」で33年前から発行されてきた「氷菓」にまつわる謎とは何か。アニメ版も有名な人気シリーズの第一作。

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 今週もKansas CityとLAでのNFLのChampionshipを楽しみに仕事に励みました。日本だとMisandryというかMan-Hater的な議論が「リベラル」と見なされがちで、フットボール文化そのものが否定されそうで恐ろしいですが、NFLはNon-Profit Organizationの代表的な成功例で、地域振興、マイノリティの支援という点でも重要な役割を果たしています。放送権の販売やシーズンチケットによる集客、グッズ販売、自前のメディア配信、オンラインのサブスクの何れも好調で、(年17試合+プレイオフで)労働分配率も高く、今週も8万人規模のスタジアムで満員の開催でした。

 バロウ君のCincinati Bengalsが33年ぶりのスーパーボウル出場。今年はカレッジもCincinatiは良いチームでした。北新宿に住んでた時、中華の出前の人がいつもBengalsのヘルメットを被っていて「(いい意味で)やばい」と思ってましたが、バロウ君の活躍で、Bengalsのメットを堂々と被れる時代が来た気がします。Cincinatiは一度行きましたが、中西部らしくフレンドリーな人が多く、いい街でした。

 基本的に弱いチームのupsetを観るのが好きなので、今年のスーパーボウルの組み合わせは好みです。デトロイトを出た、33歳のスタッフォードがLA RAMSからスーパーボウルに出るなんて予想外でした。セントルイス時代のRAMSで、37歳でスーパーボウルに出た、(スーパーマーケットで時給5ドル50セントで働きながらプロになった)カート・ワーナーを思い出します。ワーナーはNFLのGAME DAYの解説で、Arrowhead Stadiumの空気を読まず、Bengalsを推してましたが、その通りの結果となりました。

NFL Mic'd Up Championship Week "WE GOING TO THE SUPER BOWL!"

https://www.youtube.com/watch?v=0I7Vs3RPNBc

 同い年のブレディは、先週、引退っぽい発言をしてビッグニュースになりましたが、その後、2月1日に公式に引退表明。マホームズ×ブレディの18歳差のマッチアップを観たかった人は多いと思いますが、40代半ばで続けるには、きつい仕事だったのは確か(ドラフト6巡199番目の指名になったのも、skinnyな体格だったからでした)。Bostonを舞台にした「ted 2」でtedをいい感じのスパイラルで投げたのも、キャリアのハイライトです。NYとBostonでピーク時に観戦できて良かったです。2月はスーパーボウルとブレイディ関連の報道を味わいつつ、そこそこ仕事に取組んでいきたいと思います。


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