2022/12/14

「没後30年 松本清張はよみがえる」第28回「張込み」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第28回(2022年12月14日)は、映画版で広く知られる短編「張込み」について論じています。担当デスクが付けた表題は「刑事の目通して描く つかの間輝き放つ女」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。様々な隠し事を抱えた家族が「郊外の日常」を取り戻していく姿を描いた、角田光代の『空中庭園』とのmatch-upです。

「張り込み」は、泥臭い捜査で犯行の動機と真相に迫る「叩き上げの刑事」を描いた最初期の短編です。「顔」に続いて1958年に映画化され、高峰秀子が演じるさだ子の悲哀と、大木実が演じる刑事の人情が、多くの人々を魅了しました。後に「砂の器」などで知られる野村芳太郎が監督した最初の清張作品で、助監督は若き山田洋次です。映画版の冒頭で九州行きの電車の車内の混雑と、ランニング一枚で汗を流しながら長旅に耐える刑事たちの姿が描かれ、「張り込み」が容易ではないことが暗示されます。

 やがて石井とさだ子はバスに乗り、平凡な日常から逃れるように温泉宿へと旅立っていきます。さだ子は「別な生命を吹込まれたように、踊りだすように生き生きとしていた。炎がめらめらと見えるようだった」と形容されています。前半の張り込みの描写の「緊張」と、後半の逢瀬の描写の「弛緩」が対照的な作品で、平凡な暮らしを送るさだ子が、石井との逃避行に魅了される姿が輝いて見えます。銃撃戦もメロドラマも起きず、映画版で高峰秀子が演じるさだ子が何事も無かったかのように日常に帰っていく姿が健気です。

 28回目に至っても有名な作品が数多く残っているのが、松本清張のすごい点だと思います。平日の連載のため年末年始は掲載が少ないですが、年明けは第29回から再開します。1月は西田藍さんとの恒例の直木賞予想対談も掲載予定です。今回も優れた作品が候補作に挙がっています。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1027983/

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 The New York Times(と The Japan Times)の月極宅配が、1月から7500円に値上げとか。朝日の英字版やIHTだった頃から、20年ぐらい購読しているので習慣として止めにくいですが、数年前まで5000円ぐらいだったことを考えると、割高感がすごいです。NYTだけオンラインでサブスクライブしようかな、と常識的には考える訳ですが、輪転機と製紙産業を守るために1万円ぐらい出すので、西海岸のL.A. Timesなど、もう一紙付けてほしい。

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 宮崎駿の10年ぶりの新作「君たちはどう生きるか」が、2023年7月の公開ということで楽しみ。公開されたポスターが吉野源三郎の同名小説と全く関係なさそうなのが良いです。「風立ちぬ」と同様に、オリジナルの内容に期待してます。15年ほど前に宮崎駿の新書を書いた時、「崖の上のポニョ」の試写を九段会館で観ましたが、その後、九段会館は震災で無くなり、しばらく「崖の上のポニョ」が放送されなくなり(津波のシーンのため)、その後も、「風立ちぬ」一作。80歳を超えての新作とは、松本清張や大西巨人、金石範のようなバイタリティです。例えばスイスのJungfraujochの登山電車で宮崎が描いたハイジが流れるのを見たり、インドのMumbaiで未来少年コナンのTシャツを着ている人を見かけるなど、国際的な影響力が「日本の作家」の中で群を抜いています。たぶんどこかに何か書くと思います。

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 今年のCollege FootballのPlayoffは、Ohio Stateをアウェイでupsetしたミシガン大学(University of Michigan)を応援しています。10万人超のクレイジーなスタジアムを持つ名門校で、昨年はOrange Bowlでジョージア大学に敗れましたが、今年は勢いがあります。勝てば1997年以来で、メディアの期待も高まっています。rust belt のrivalryをplayoffの決勝でも観たい。NFLは「地獄の黙示録」のカーツ大佐のような雰囲気で、45歳で現役を続けているTom Brady(ミシガン大学出身、ドラフト6巡199位)を応援してますが、Mahomes君のKCかHurts君のPhillyなど若いチームが無難にSuper Bowlに出そう。昨年SBを獲ったStaffordはBradyより悪い成績で、試合を休みピザのCMに出まくってるので、Bradyには現役を続けてほしい。西海岸のチームへの移籍もありかも。

https://www.youtube.com/watch?v=2bnv2Qv1KHg

2022/12/06

「没後30年 松本清張はよみがえる」第27回『絢爛たる流離』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第27回(2022年12月1日)は、「婦人公論」に連載された、清張作品の魅力を分かりやすく実感できる秀作『絢爛たる流離』について論じています。担当デスクが付けた表題は「ダイヤが引き起こす 欲望と愛憎のドラマ」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。人間以外の存在が異なるコミュニティを渡り歩く作品として、馳星周の『少年と犬』とのmatch-upです。

 松本清張の作品としては珍しく、戦中に清張が従軍した朝鮮半島の描写があります。第三話「百済の草」と第四話「走路」は、主人公の「ダイヤモンド」が朝鮮半島で砂金採取を行う技師の妻に渡った頃の話で、朝鮮の全羅北道の井邑を想起させる架空の都市「金邑」を舞台にした作品です。韓国は高速バスが安くて便利なので、群山から光州に向かったときに、このあたりを通ったことがあります。

 松本清張が終戦を迎えたのは、光州の北に位置する全羅北道の井邑でした。『半生の記』によると清張は「朝鮮の西海岸の防衛に当たる新兵団」に所属し、軍医部付属の衛生兵として「最後まで飯炊きや、食器洗い、洗濯などの雑用に終始した」らしいです。玉音放送も「けたたましい雑音」で意味が良く分からず、「天皇がみずから戦局の挽回に士気を鼓舞するのかと思った」といいます。

「百済の草」と「走路」では、井邑と思しき町を舞台に、戦時中も変わらず情事や身の保身に溺れる人々の生き生きとした姿が描かれます。朝鮮半島を舞台にした作品については、後日、この連載で取り上げる林和(イム・ファ、中野重治の名詩「雨の降る品川駅」に応答した「雨傘さす横浜の埠頭」を書いたことで知られる)を主人公とした『北の詩人』を取り上げます。

 読者が感情移入した登場人物たちが、これほど数多く死を遂げていく小説が、他にどれだけあるでしょうか。過去の批評家の評価はそれほど高くない作品ですが、個人的には松本清張の「入門書」として最適な良作だと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1024417/

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 Saturday Night LiveのSquid Gameネタが面白かったです。イカゲームでサバイブして獲得した賞金を全額New York JETSに賭けて大負けする「NYの番組らしい落ち」ですが、今年のNY JETSは予想外に強いので、収録時とのギャップに笑いました。ADHDを克服した23歳のクォーターバック、Zack Wilsonが、アメリカのメディアを驚かせる活躍をしています(今は休養中ですが復帰するのを楽しみにしています)。ドラフト時に彼をフェアに評価し、1巡2位で指名したGMとHCが偉かったと思います。最先端の「多様性」を文化やコミュニティに包摂する力に満ちたNew Yorkの街に相応しいフットボールチームの躍進を楽しみにしています。

When All You Can Do Is The Squid Game (Feat. Rami Malek) | SNL 47

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 柄谷行人さん(81歳)がバーグルエン哲学・文化賞をご受賞! 賞金100万ドル! お会いしたのは随分、昔ですが、自分も含め、細々と日本語で批評文を書いている人間にとって、非常に嬉しいニュースでした。「批評空間」の最終号の対談と、「en-taxi」の対談のまとめを担当させて頂いたのが20年ほど前でした。膨大な読書量と批評の射程の広さが実を結んだご受賞だったと思います。心よりお祝い申し上げます。

2022/12/01

「没後30年 松本清張はよみがえる」第26回『陸行水行 別冊黒い画集2』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第26回(2022年12月1日)は、『陸行水行 別冊黒い画集2』について論じています。担当デスクが付けた表題は「邪馬台国論争あおる ロマンと推理の結晶」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。特に「ロマンと推理の結晶」という見出しが考古学らしくて秀逸で、初稿ゲラを見て唸りました。古墳時代の王子の反乱を描いた『隼別皇子の反乱』などで知られる田辺聖子とのmatch-upです。

 東京の某大学の歴史科の講師・川田修一の視点から、邪馬台国の「九州説」に魅せられた人々の数奇な運命を描いた表題作を含む中短編集です。「陸行水行」というタイトルは、「魏志倭人伝」に記された距離の単位で、陸路の旅が陸行、海路の旅が水行という意味です。このような距離と移動手段の大雑把な表現が、邪馬台国の「畿内説(大和説)」と「九州説」の対立を生むことになりました。

「陸行水行」は松本清張が「邪馬台国のミステリ」と正面から向き合った最初の作品です。「古代史疑」(1968年)など一連の「邪馬台国もの」を通して、清張は「九州説」を唱え、「邪馬台国ブーム」の火付け役となりました。1986年から佐賀県で吉野ケ里遺跡が本格的に発掘されことも手伝って、晩年の松本清張は「九州説」を体現する象徴的な存在となりました。

 邪馬台国は佐賀でいいんじゃないかと、今でも吉野ケ里を訪れた九州北部の人は思っていると思います。纒向遺跡のある奈良県桜井(保田與重郎の故郷)も「古代史のロマン」を感じさせる、味わいのある土地ですが、個人的には、桜井を邪馬台国と見なすには「魏志倭人伝」の誇張された距離の記載と比べても、遠すぎるように思えます。

https://www.nishinippon.co.jp/sp/item/n/1022048/

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 年末なので仕事は溜まるばかりですが、何とかリトル・バイ・リトルで片付けています。ワールドカップについては、6年もサッカーをやっていたわりに、マラドーナとかジーコとか昔の選手しか知らず、学生にはヨーロッパの都市対抗のUEFA Champions Leagueの現地観戦を勧めています。クラブチームはナポリでマラドーナが英雄になったり、ドルトムントで香川が活躍するなど国際的なので、国別対抗戦より、コミュニティの形成に関わる深みがあります。たまにマニアックなサッカーファンに二度見されますが、私の息子が愛用している服は、スペイン・アンダルシア州のカディスCFのユニフォームで、学生には旅行して好きになった街のチームを応援することを勧めています。

 とはいえ12月の楽しみはサッカーではなく、NFLの終盤戦とアメリカの大学生たちのBowl Gamesです。2016年の大統領選挙の時に車でめぐり思い出深いラストベルトのチーム(オハイオ州立大など)やLSUやジョージアなど南部のチームをダイジェストでチェックしています。NFLは、NYの弱い方のチームを応援して30年ぐらい経つのですが、今年は20年ぶりぐらいに期待が高く、one of the biggest surprise in the leagueとか言われているので、月曜の朝からこちらの調子がくるっています。

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 宮台真司先生のご回復を心よりお祈り申し上げます。メディアで目立っている人間を狙い撃ちする、という行為が昔から絶えず、非常に残念に思います。退院されて快活にお話をされる姿を拝見するのを楽しみにしております。

2022/11/30

産経新聞(2022年11月29日)にコメントが掲載されました

 産経新聞(2022年11月29日)の「いまを紡ぐ 藤井聡太のことば ⑦ピンチ コロナ禍で対局できずとも『自分の将棋と向き合うことができた』」にコメントが掲載されました。将棋は詳しくはないのですが、編集長の小川記代子さんにお声がけを頂き、慶應の助教時代以来の15年ぶりのお仕事でした。藤井聡太さんが、AMDのRyzenシリーズでもトップクラスの処理速度を持つCPUを買ってPCを自作し、将棋AI水匠を使った将棋研究を行っている点に着目したコメントを掲載頂きました。

 以下、私のコメントの抜粋です。作家の今村翔吾さんがメインの記事で、立教大学の学生・宇田川さんのコメントも掲載されています。掲載紙と一緒に、来年の藤井聡太カレンダーをお送り頂いたので、息子の寝床に掲げようと思います。昔の名人みたいに命懸けで将棋を指されても困るのですが、PCは自作してほしいものです。

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 明治大専任准教授(メディア文化論)の酒井信(45)が「厳しい」と感じたのは、いわゆる「ポスドク」、大学院博士後期課程終了後の任期付き助教や研究員のときだ。任期中に一定の成果を上げ、終身雇用の立場になれるのか、不安は尽きない。

 酒井はプログラミングを学んだこともあり、英字ニュースの分析にビッグデータの解析を取り入れた。分野横断的な研究は注目を集め、3大学から一般公募で内定を得た。

「ストレスの多い中で成果を出せるか、ネガティブにならず前向きに新しいことにチャレンジできるかにかかっている」

<中略>

 ITに詳しい酒井は、藤井がパソコン(PC)を自作している点に注目している。PCの心臓部であるCPU(中央演算処理装置)にAMDの「Ryzen(ライゼン)」を使っている点が興味深い、と述べる。

「ライゼンの中でも処理速度がトップクラスの高額のCPUを使ってPCを自作し、将棋の研究をしている。AIを活用するにとどまらず、活用するための環境も自分でつくっている点が、素晴らしい」

 コロナ禍でも危機的状況でも、方法論自体を作れる、すなわちゼロからイチを作り出すことができる人は、外的変化に左右されずに自分の信じる道を突き進める、という。

「経験したことのない事態の中で新たな価値観や新しい秩序を作るのは、こういうフロンティア精神を持った人だ。日本の大学は、こういう人間をもっと育てる必要がある」。酒井は、教育システムの改革に期待する。

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https://www.sankei.com/article/20221129-HYJLKBXK2NLJJPDOYRF55POR2Q/

2022/11/24

「没後30年 松本清張はよみがえる」第25回『時間の習俗』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第25回(2022年11月24日)は、大ヒット作『点と線』の続編『時間の習俗』について論じています。担当デスクが付けた表題は「土地に根差す仕掛け 福岡の歴史の奥深さ」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。福岡市の櫛田神社の神事・祇園山笠を描いたを描いた辻仁成さんとのmatch-upです。

 和布刈神社の神事を撮影した「フィルムの巻き戻し・トリック」や、西鉄の定期券を使った「身分証明の偽装・トリック」など、福岡の土地に根差した仕掛けが目を引く作品です。松本清張は人々の生活に身近なものを小道具として、推理小説を組み立てるのが上手いと思います。和布刈神社は西暦200年に神功皇后が創建したとされる由緒ある神社で、室町幕府を支えた守護大名・大内義弘が社殿を建造したことで知られます。陰暦の元旦未明に境内で大焚火が行われ、神楽が奏でられる中を、三人の禰宜が松明と鎌と桶を持ってワカメを刈り取り、神前に供える神事が行われます。

 日本で食用とされるワカメが、牡蠣やホタテ、ムール貝などの成長を妨げる外来種として、多くの国々で忌み嫌われていることを考えれば、ワカメを刈り、神に捧げる和布刈神事は日本的な伝統行事と言えます。大ヒット作の続編に「原風景」といえる土地の神事を織り込んでいる点に、松本清張らしい「郷土愛」が感じられる作品です。

 今回の原稿で連載予定50回の半分まで到達しました。多くの方々よりご関心を頂き、平均すると3日に一度のペースでご掲載を頂きました。「清張山脈」と呼ばれる膨大な作品群に、これまでの文筆の経験を総動員しながら、気力で登っているという実感です。作家論というよりは、松本清張が生きた時代を対象とした、大衆社会論・戦後日本論というコンセプトです。ルカーチやブルデューが展開した文芸社会学(日本だと文化社会学)を、戦後日本の文脈で復興したいという思いもあります。日々、黙々と読み書きに時間を費やしながら、ゲラをチェックしています。まだまだ優れた清張作品が数多く残されていますので、後半の原稿にもご関心を頂ければ幸いです。次回は12月1日の掲載予定です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1018871/

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 今月は、査読付き英字論文(19ページ)も掲載され、新聞連載や文芸批評以外でも成果を出せて、ひと安心でした。英字ニュースの解析と分析に関する研究成果として、近年は年一のペースで査読付き論文を書いてますが、毎年、大学から外国語学術論文校閲料助成をもらって、英字論文を出すのが理想です。最近はIAMCR(国際メディア・コミュニケーション学会)に参加できていないので、次年度以後は、大規模な国際学会での発表にも、徐々に復帰したいと考えています。
 先週は文学部の先生にお誘いを頂き、他大学の知人も多く参加していた研究会に出て、京都学派の系譜を継ぐ、加藤秀俊先生のお話を伺えたのもよいご縁でした。京都学派の特徴は、学際的な好奇心と学問の多様性にあったというお話で、特に秀俊先生と小松左京や梅棹忠雄の思い出話が味わい深かったです。

2022/11/23

「没後30年 松本清張はよみがえる」第24回『わるいやつら』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第24回(2022年11月23日)は、映画版でも広く知られる『わるいやつら』について論じています。担当デスクが付けた表題は「悪漢医師の転落人生 特権階級の暗部暴く」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。臓器移植ビジネスの暗部を描いた直木賞受賞作『テスカトリポカ』を記した佐藤究さんとのmatch-upです。

 悪漢小説は、大航海時代に経済的・文化的に大きな繁栄を遂げた16世紀のスペインにルーツを持ちます。恵まれない出自の主人公が悪知恵を働かせて、世の中を渡り歩く姿を、皮肉交じりに描くことが多く、身分や資産などの「格差」が生み出す「嫉妬」や「怨嗟」の感情を通して、社会の底から「時代の影」を浮き彫りにしていきます。「わるいやつら」は男女の別を問わず、様々な悪人が登場する「悪漢小説」で、病院の院長という「特権階級」の暗部を描いた作品です。1963年から「サンデー毎日」に連載された山崎豊子の「白い巨塔」よりも3年早く発表されました。

 本作は、金策に窮した性格の悪い医者・戸谷が、「悪漢」たちを周囲に呼び込み、詐欺や殺人に手を染め、しっぺ返しを受ける物語です。「週刊新潮」に1960年1月から1年半ほど連載された作品で、同時期に「日本の黒い霧」が「文藝春秋」に連載されています。戦後史の闇を暴いた「日本の黒い霧」とは異なって、本作では病院の経営に行き詰った戸谷が殺人に手を染める「堕落した姿」が描かれます。800坪の敷地を持つ医院の跡取りとして生れながら、医者らしい仕事をせず、資産をむしり取られていく戸谷の姿に、清張の「良家の子弟」に対する恨みが感じられます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1018485/

2022/11/22

「没後30年 松本清張はよみがえる」第23回『球形の荒野』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第23回(2022年11月22日)は、戦争小説の中で珍しい「終戦工作」に着目した名作『球形の荒野』について論じています。担当デスクが付けた表題は「中立国での終戦工作 独自性高い戦争小説」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。個人的に好きな清張作品の一つです。

 本作は、第二次世界大戦末期のヨーロッパでの「日本の終戦工作」を題材としたミステリです。自らの存在を消し去り、日本が破滅する前に終戦工作に関与したとされる伝説の外交官・野上顕一郎が、敗戦から16年後に「亡霊」として日本に戻って来るという風変わりな筋書きです。北宋の書を手本にした「死んだ野上の筆跡」が、奈良の唐招提寺や飛鳥寺(安居院)の芳名帳から見つかる所から、物語は始まります。観音崎を舞台にしたラストシーンが鮮烈で、生き別れになった父と娘の「戦前の記憶」をめぐるコミュニケーションが、涙を誘います。

 本作が下地にしているのは、スイスに駐在していた海軍武官・藤村義朗中佐が、後にCIA長官となるアレン・ダレスと終戦を模索した「ダレス工作」だと考えることができます。「中立国」の大使館で、終戦工作を試みる海軍寄りの外交官と、本土決戦を辞さない陸軍の駐在武官の対立が生じる物語設定がリアルです。史実としては、ダレス工作に限らず、駐日スウェーデン公使を介した「バッゲ工作」やソ連大使を介した「マリク工作」なども存在しましたが、何れも日本を窮地から救う外交成果を上げることはありませんでした。「球形の荒野」は「生乾きの際どい史実」に着目し、戦前・戦後に跨るスケールの大きな物語を展開した大作です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1017956/

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 本日は「日本のマス・メディア/ジャーナリズム」の授業で、PLANETS代表取締役で批評家の宇野常寛さんに「文化ジャーナリズムの未来」というタイトルでお話を頂きました。「遅いインターネット会議」「モノノメ」など、広いトピックを包含するメディアを運営しながら、未来志向の批評を展開する宇野さんの「実存」が伝わってくる素晴らしい講義でした。

2022/11/16

「没後30年 松本清張はよみがえる」第22回『砂の器』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第22回(2022年11月14日)は、映画版でも広く知られる『砂の器』について論じています。担当デスクが付けた表題は「感情の「訛り」すくい 泥くさい実存に迫る」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。『怒り』などの作品で、地縁や血縁の「しがらみ」の中で、人々が「怒り」や「怨嗟」の感情を抱き、些細なきっかけで一線を越え、人生の選択肢を狭めていく姿を描いた吉田修一さんとのmatch-upです。

 吉田修一さんの『逃亡小説集』の文庫解説については、先月、KADOKAWA文芸WEBマガジン「カドブン」に転載を頂きました。

https://kadobun.jp/reviews/bunko/entry-46808.html

 平成不況と令和のコロナ禍を通して、都市と地方の格差や出自や教育の格差が拡がってきました。オンラインの世界では、人々の「怒り」や「怨嗟」、「嫉妬」の感情が吹き荒れ、週刊誌を開けば、「清張的な事件」が現代日本でも数多く報じられていることが分かります。

 この作品は全国各地の風土や訛りを題材にすることの多い松本清張らしい長編小説です。方言が飛び地で分布することに着目し、松本清張の父親の実家に近い島根県の亀嵩(奥出雲町)や、秋田県の羽後亀田(由利本荘市)など幅広い土地を舞台に、連続殺人事件の謎がひも解かれます。「出雲の音韻が東北方言のものに類似していることは古来有名である」と得意気に記す筆致に、清張の自己のルーツへの愛情が感じられます。

 様々な登場人物たちが物語を牽引するのも本作の魅力と言えます。ハンセン病を患った父親と引き離され、育児放棄された形で放浪生活を送る子供や、石原慎太郎や大江健三郎、永六輔や寺山修司などがメンバーとなった「若い日本の会」を彷彿とさせる「ヌーボーグループ」が重要な役割を果たすのも、1961年に刊行された小説らしいです。このグループで殺人事件に深く関わるのが、小説家ではない点に、松本清張の「好み」が感じられます。

映画『砂の器』予告編 *予告編でここまで真犯人が誰だか良く分かる映画も珍しいです

https://www.youtube.com/watch?v=hw-T21u51vE

西日本新聞me

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1015396/

2022/11/10

「没後30年 松本清張はよみがえる」第21回『霧の旗』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第21回(2022年11月10日)は、倍賞千恵子主演・山田洋二監督の映画版で広く知られる『霧の旗』について論じています(山口百恵・三浦友和版も有名です)。担当デスクが付けた表題は「兄思いか、逆恨みか 怨念に満ちた復讐劇」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。『勝手にふるえてろ』などの作品で、両極端な感情を持て余す女性を描いた綿矢りささんとのmatch-upです。

映画 霧の旗【予告編】 1977年版

https://www.youtube.com/watch?v=zo9CXFqdFmM

 松本清張の作品には、負けん気が強く、男性を執念深く追い駆ける「個性的な女性」が数多く登場します。周囲の男たちを振り回し、血生臭い事件に巻き込むことを厭わない女性も少なくなく、読後に恐怖を覚えます。地方出身の女性の視点を通して、金の有無で裁判の有利・不利が決まる司法制度に疑問を投げかけた「社会派小説」とも言えます。

 本作は20歳の柳田桐子が、高利貸しの老婆を殺害した容疑で逮捕された兄を救うために、著名な人権派弁護士・大塚欽三を訪ねる場面からはじまります。金貸しの老婆を殺害した若者を描いたドストエフスキーの『罪と罰』を想起させる出だしで、この小説では兄の仇を討つために、貧しいながらも様々な手段を講じる妹が主人公です。大塚はそれなりに桐子の相談に乗りますが、桐子にとって大塚は、「情」ではなく「金」で動く「都会の人間の代表」として、憎悪の対象になってしまいます。

 原作のラストはシュールな終わり方なので、再度映画やドラマにする場合は、桐子の回復と成長の過程も描かれるといいかも知れません。

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 Journal of Human Security Studies. Vol.11, No.2, 2022.に、A Diachronic Analysis of The Content And Geospatial Distribution of News Reports of Reputational Damage Related to The Great East Japan Earthquake and Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Disasterという論文を寄稿しました。共同利用・共同研究拠点 (Joint Usage / Research Center)で実施しているニュースの解析と分析のプロジェクトの成果です。JAPAN ASSOCIATION FOR HUMAN SECURITY STUDIESは、英語で開催されている日本の学会で、海外出身の教員や留学生に限らず、英語話者の日本の教員も含め、国際系の学会らしいオープンな雰囲気で、活発な議論が行われています。掲載にあたり、英文で詳細な査読&ご助言を頂いた先生方に心より感謝申し上げます。

https://www.jahss-web.org/single-post/journal-of-human-security-studies-vol-11-no-2-2022

産経新聞(2022年11月10日)にコメントが掲載されました

 産経新聞(2022年11月10日)の「コロナ報道 識者と振り返る 上」にコメントが掲載されました。副題は「情報曖昧 不安と分断生む」です。テレビ報道に関するコメントで、要旨は、1同調圧力による感染拡大の抑止と自由の制限という両義性、2コロナ自警団とワイドショー、ネット世論によって排他的な傾向が助長された問題、3社会心理学でいう「集団極性化」の問題(個々人が冷静に判断するのではなく、集団によって極端な判断がなされる問題)を指摘した内容です。

 後日、Web上でも配信されるようです。最近は、産経と毎日の取材を交互に受けている感じがします。新型コロナ禍で生じた社会的な分断の問題は、煎じ詰めれば、リバタリアニズムとコミュニタリアニズムの論争に行き着くわけですが、そのあたりの話は別の機会に。

 震災の直後にマイケル・サンデルについて卒論書いて編集者になったゼミ生がいましたが、サンデル的なコミュニタリアニズムへの関心が高まっていた時代は、まだ良かったと思ってしまうのは、歳をとったせいなのでしょう。

オンライン版 科学と印象が混在 情報番組のコロナ報道、有識者はどう見たのか

https://www.sankei.com/article/20221113-KJG6A43RCVMHBMCZ5OEPEB7DVI/