2022/11/22

「没後30年 松本清張はよみがえる」第23回『球形の荒野』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第23回(2022年11月22日)は、戦争小説の中で珍しい「終戦工作」に着目した名作『球形の荒野』について論じています。担当デスクが付けた表題は「中立国での終戦工作 独自性高い戦争小説」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。個人的に好きな清張作品の一つです。

 本作は、第二次世界大戦末期のヨーロッパでの「日本の終戦工作」を題材としたミステリです。自らの存在を消し去り、日本が破滅する前に終戦工作に関与したとされる伝説の外交官・野上顕一郎が、敗戦から16年後に「亡霊」として日本に戻って来るという風変わりな筋書きです。北宋の書を手本にした「死んだ野上の筆跡」が、奈良の唐招提寺や飛鳥寺(安居院)の芳名帳から見つかる所から、物語は始まります。観音崎を舞台にしたラストシーンが鮮烈で、生き別れになった父と娘の「戦前の記憶」をめぐるコミュニケーションが、涙を誘います。

 本作が下地にしているのは、スイスに駐在していた海軍武官・藤村義朗中佐が、後にCIA長官となるアレン・ダレスと終戦を模索した「ダレス工作」だと考えることができます。「中立国」の大使館で、終戦工作を試みる海軍寄りの外交官と、本土決戦を辞さない陸軍の駐在武官の対立が生じる物語設定がリアルです。史実としては、ダレス工作に限らず、駐日スウェーデン公使を介した「バッゲ工作」やソ連大使を介した「マリク工作」なども存在しましたが、何れも日本を窮地から救う外交成果を上げることはありませんでした。「球形の荒野」は「生乾きの際どい史実」に着目し、戦前・戦後に跨るスケールの大きな物語を展開した大作です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1017956/

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 本日は「日本のマス・メディア/ジャーナリズム」の授業で、PLANETS代表取締役で批評家の宇野常寛さんに「文化ジャーナリズムの未来」というタイトルでお話を頂きました。「遅いインターネット会議」「モノノメ」など、広いトピックを包含するメディアを運営しながら、未来志向の批評を展開する宇野さんの「実存」が伝わってくる素晴らしい講義でした。