2022/11/07

「没後30年 松本清張はよみがえる」第18回『無宿人別帳』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第18回(2022年11月7日)は、松本清張の時代小説の代表作『無宿人別帳』について論じています。担当デスクが付けた表題は「はみ出し者の不運に にじませた人生哲学」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。『黒牢城』で信長に反旗を翻した武将・荒木村重を描き、直木賞を獲得した米澤穂信さんとのmatch-upです。

 無宿人とは、江戸時代に宗門人別改帳(戸籍原簿のようなもの)に登録されなかった人々の総称です。追放刑を受けたり、生家から勘当されたり、無断で居住地を去る「欠落」をした人々が無宿人と呼ばれました。天明の飢饉で、無宿人の数が飛躍的に増大し、江戸の治安が悪化したと言われます。本作で描かれるのは、この頃の江戸で、無宿人の犯罪が社会問題化し、更生施設として隅田川の石川島に人足寄場が設置された時代です。

 例えば「海嘯(つなみ)」に登場する野州(現在の栃木県)出身の無宿人・卯之吉は、石川島の人足寄場に収容されたことに感謝して次のように述べています。「おれは此処がありがてえところだと思っている。お飯は下さる。寝るところもある。おまけに出る時は鳥目(金銭)までくださるのだ。考えてもみね。おれは、ここへ来るまでは橋の下や軒の蔭に寝ていたのだ。菰をかぶって往来を歩いたものだ。人に乞食か非人のように見られてよ」と。この時代、無宿人は犯罪の有無にかかわらず捕らえられて、佐渡金山の地底深くで強制的に労働されることもありました。「世界初の職業訓練施設」と言われた石川島は、恵まれた場所で、山本周五郎の『さぶ』でもそこは、窃盗の濡れ衣を着せられた主人公の栄二にとっての「成長の場」として描かれています。

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