2022/11/08

「没後30年 松本清張はよみがえる」第19回『黒い画集 遭難』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第19回(2022年11月8日)は、『黒い画集 遭難』について論じています。担当デスクが付けた表題は「北アルプスに起きた 生々しい人間の悪意」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。閉鎖的な場所を舞台にしたミステリ小説(クローズド・サークルの系譜の小説)『霧越邸殺人事件』を書いた綾辻行人さんとのmatch-upです。

 北アルプスの鹿島槍ヶ岳で起きた遭難事故をめぐるミステリです。「週刊朝日」に1年九カ月にわたって掲載された「黒い画集」の第一作で、当初はイギリスの作家・サマセット・モームが、ヨーロッパや横浜、神戸など幅広い土地を舞台に記した「コスモポリタンズ」を念頭に置いた企画だったらしいです。松本清張は、編集者の要望に応えながら作風を拡げてきた作家ですが、本作を通してモームのような「小説のバラエティの豊かさ」を獲得したと言えます。

 この作品が発表された頃、登山ブームがはじまっており、経験の浅い登山家による「遭難事故」が新聞で頻繁に報じられていました。清張は「遭難」の記事を読んで「その中に人間の作為的な遭難もあるのではないか」と考えて本作を書き始めたといいます。「山でのパーティの事故は、それが自然発生的なものか、人為的なものか、区別が容易でない」という確信を持っていたらしい。前年の1957年に刊行され、ベストセラーとなった井上靖の「氷壁」の影響も大きかったのでしょう。「岳人には悪人はいない」という格言を清張は信じられず、彼は美しい日本アルプスの山々に潜む「人間の悪意」を描きました。

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