2023/05/16

「没後30年 松本清張はよみがえる」第49回『ペルセポリスから飛鳥へ』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第49回(2023年5月16日)は、『ペルセポリスから飛鳥へ』について論じています。担当デスクが付けた表題は「古代文化の源流探る 清張史観の『総決算』」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。日本の文明を東洋という枠組みを超えた多様なものとして、実地調査を基に考察した梅棹忠雄とのmatch-upです。

 1979年に刊行された「ペルセポリスから飛鳥へ」は、松本清張の古代史観の「総決算」と言える作品です。メソポタミア文明を継承するペルシャ帝国の文化と、日本の飛鳥文化や九州の古代遺跡の類似点に着目している点が大胆で、話題となりました。

 古墳時代の後期に建立された飛鳥寺の大仏は「日本最古の仏像」として知られますが、ユーラシア大陸に点在する大仏との類似点が指摘されています。また猿石や亀石など飛鳥に点在する石造物も、仏教の影響下で作られたものとは意匠が大きく異なります。

「中国の絹だけに限定されるイメージをもつシルクロードの名は早急に改めるべきであろう」と述べている通り、ペルシャと飛鳥の間には「拝火教の道=火の路」や「青銅器の道」、「薬草の道」などがあったと清張は考えています。

 冒頭で記した通り、松本清張が古代史ブームを先導した功績を称えて、西九州新幹線の新駅に「邪馬台国」という名称を採用してはどうでしょう(近畿でも採用してもいいのではないでしょうか)。邪馬台国九州説の是非はさておき、新鳥栖ー邪馬台国ー武雄温泉の旅は、非常に魅力的です。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。詳細は下の記事か「西日本新聞 文化班 Twitter」でご確認頂ければ幸いです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1088605/


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 来月の書評の下準備で、久しぶりに福田恆存を読み返しているのですが、松本清張と歳が近いので、清張作品について考える上でも「時代の肌感覚」として参考になる批評文が多いです。「他者を否定しなければなりたたぬ自己とふようなものをぼくははじめから信じてゐない。ぼくたちの苦しまねばならぬのは自己を自己そのものとして存在せしめることでなければならぬ。この苦闘に思想が参与する」(「一匹と九十九匹と」)など。戦中派より年上の批評家らしい「醒めた人間観」が良いです。

2023/05/10

「没後30年 松本清張はよみがえる」第48回「疑惑」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第48回(2023年5月10日)は、松本清張、晩年の名短編「疑惑」について論じています。担当デスクが付けた表題は「先入観に基づく冤罪 世論あおる報道批判」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。昭和33年に盛岡で起きた一家惨殺事件の再捜査に挑む刑事・吉敷竹史の姿を描いた島田荘司の『涙流れるままに』とのmatch-upです。

「疑惑」は1982年に「オール読物」誌上で発表され、同年に桃井かおり主演の映画版も公開されて、人気を博しました。鬼塚球磨子の国選弁護人は、原作では男性でしたが、映画版では女性へと変更され、「鬼畜」などの清張作品で名を高めてきた岩下志麻が演じています。

 本作は映画版(霧プロダクションの第二作)の質の高さも含めて、松本清張の短編の代表作の一つと言えます。原作を踏み込んで解釈した野村芳太郎の演出と、桃井かおりのアドリブについては書籍版で触れます。「張込み」や「ゼロの焦点」などの初期の名作からはじまった清張映画の一つの到達点と言えます。

あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション『疑惑』

https://www.youtube.com/watch?v=au_2_Y3M5ZQ

 本連載も残すところあと2回です。次回も次々回もミステリとは異なる系譜の「代表作」について論じ、連載を終えます。連載中は膝の手術もあり、今月も再手術がありますが、連載50回を書き切ることができて良かったです。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。

 13時スタートで、参加料千円。希望者は〒810-8721(住所不要)西日本新聞くらし文化部へ、はがきか、西日本新聞に掲載のQRコードから住所、氏名、参加人数、電話番号、好きな松本清張作品とその理由を書いて申し込んでくださいとのことです。5月15日締め切り(消印有効)とのことです。 
 松本清張の長編・短編・原作映画・ドラマの私的なベスト5について紹介しつつ、「清張山脈」の奥の深さを楽しく振り返る会になればと考えています。


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 今年40歳になるAaron Rodgersが、一年あたり70億円~80億円の4年の大型契約でGreen Bay PackersからNew York Jetsに移籍して注目を集めています。「リーグ全体を活性化する移籍」として、米メディアで高評価。JetsのGMとHCコンビと、オーナーのWoody Johnson(Johnson & Johnson一家、外交官)が、GBで燻っていたRodgersに、良い機会をセッティングしました。スケジュールも調整が入り、18試合中Monday Night Footballが2試合、Sunday Nightが2試合、Amazon PrimeのThursday Nightが1試合、Black Fridayが1試合というプライムタイム待遇。
 Aaron Rodgersのキャリアで印象に残るのは、下のTop 10 momentsでも#2に挙がっている「The Hail Mary King」で、試合最後のHail Mary(お祈りパス)の成功率の高さです。デザインされたプレーが崩れたあとの判断が上手く、ドラマチックな逆転試合が多いです。
 College Footballの文脈だと、Rodgersは、名門ながら低迷しているUniversity of CaliforniaのBerkeley出身で最も有名な選手と言えます。ライバルのUCLAとUSCが2024年からPac-12からBig-10にconferenceを変更するため、UCBもBig-10に移った方が良さそうですが、そうなるとStanfordやOregonもという話になりそうです。NCAAの制度改革で、大学生の数億円プレイヤーが普通に出ている状況なので、大学間の勝ち負けが極端化しそう(人気リーグの人気チームはチケットとグッズで稼ぎ、不人気リーグのチームは大学ごと停滞しそう。。)。
 下がアメリカのスタジアムの収容人数ランキングですが、上位はほとんど中西部と南部の大学で、日本の感覚からすると、大学が10万人規模のスタジアムを持っているのがすごいと思います。
 トップチームは観客が集まるため、HCは年に8億円ぐらいもらって、Alabama大やGeorgia大のように、どんどんいい選手を集めています。個人的には、ラストベルトのBig-10 conferenceが伝統校が多くて好みで、近年はMichigan大を応援しています。

2023/05/08

「没後30年 松本清張はよみがえる」第47回『黒い福音』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第47回(2023年5月8日)は、『黒い福音』について論じています。担当デスクが付けた表題は「未解決事件への怒り 戦後史の『悪』を凝縮」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。新興宗教の道場の窓から教祖の「念」によって転落死したとされる事件などを描いた、東野圭吾の『虚像の道化師 ガリレオ7』とのmatch-upです。

 1959年に東京都杉並区で英国海外航空(現・ブリティッシュ・エアウェイズ)の客室乗務員が殺害された「未解決事件」を題材としたミステリです。交際相手だったとされるカトリック系の「ドンボスコ修道院」のベルギー人神父が容疑者と目されました。当時の日本では、「スチュワーデス」は女性たちの憧れの仕事であり、敗戦による「コンプレックス」が容疑者への怒りに転化しやすい時代だったため、この事件は大きな注目を集めました。

 本作は「架空の教会の物語」として描かれたフィクションです。ただ警察の捜査や新聞社による報道が進展する中で、容疑者の神父が「持病の悪化」を理由として飛行機で国外に逃亡し、事件が迷宮入りした点など、現実と重なる部分が多いです。迫害の歴史を乗り越えてきたカトリック教会の「闇」が見え隠れする「きな臭い事件」を通して、戦後日本の暗部に迫った松本清張の代表作の一つと言えます。大映テレビ・TBSのドラマ版も良い演出でした。

 本連載もあと3回です。主要作品と映画化作品は、私的な評価の尺度(書籍版で詳しく書きます)に基づいてほぼ網羅してきました。今回の原稿の隣に、5月28日(日)13時~に福岡市の天神スカイホールで行う「没後30年 松本清張はよみがえる」のトークイベントの告知が出ています。九州北部と清張作品の関係について触れる話になると思います。私と担当記者とイラストの吉田ヂロウさん他。初稿を入れた後はイラストや表題など紙面作りはお任せだったので、私も聞きたいことがあります(笑)

 連載ではあまり触れられなかった映画版の清張作品の話(清張の映画観、脚本家の橋本忍、監督の野村芳太郎、霧プロダクションのことなど)にも触れることになると思います。清張作品の映画版に関するポイントについては、書籍版に加筆する予定です。

松本清張の魅力、酒井信さんらが語る 28日に福岡市でイベント

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1086268/

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1086266/

2023/05/03

「没後30年 松本清張はよみがえる」第46回「馬を売る女」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第46回(2023年5月3日)は、日本経済新聞に連載され、日本経済がオイルショックで行き詰まり、鉄鋼業や造船業など「重厚長大」な産業が衰退していく「暗い時代」を背景にした「馬を売る女」について論じています。担当デスクが付けた表題は「競馬ブーム取り入れ 暗い世相を女に投影」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。競馬場の雰囲気とそれを愛する人々との思い出を活写した高橋源一郎の『競馬漂流記』とのmatch-upです。

 日本の繊維産業は、明治初期から絹織物を中心として「近代化」を担い、戦後も合成繊維の生産を中心として「復興」の中核を担ってきましたが、この作品が書かれた時期は、衰退期に足を踏み入れていました。花江はこのような「繊維産業の不況」を体現した存在と言えます。彼女は日東商会から給料をもらうだけでは満足せず、その社員に月7%の利息で金を貸して蓄財し、馬主を務める社長の電話を盗聴して「競争馬の極秘情報」を入手し、それを転売して副収入を得ています。82年の大映テレビ・TBSドラマ版の風吹ジュンの演技が、味わい深いです。

「馬を売る女」の初出の77年は、地方競馬から中央競馬に勝ち上がったハイセイコーが「国民的な人気」を博し、競馬の娯楽としての知名度を高めて間もない時期でした。大衆の欲望の流れに敏感な松本清張は、小説の題材として「競馬ブーム」を取り入れたかったのだと思います。
 
 本連載もあと少しです。50回まで入稿済ですが、松本清張の作品をバランス良く網羅した50本のラインナップになったと感じています。50回に近付いても代表作が残る「清張山脈」の奥深さが良いです。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。九州北部と清張作品の関係について触れる話になると思います。私と担当記者とイラストの吉田ヂロウさん他。
 13時スタートで、参加料千円。希望者は〒810-8721(住所不要)西日本新聞くらし文化部へ、はがきか、後日、西日本新聞に掲載のQRコードから住所、氏名、参加人数、電話番号、好きな松本清張作品とその理由を書いて申し込んでくださいとのことです。5月15日締め切り(消印有効)とのことです。 
 九州北部にお住いの方々と、松本清張の没後30年を一つの機会として、清張作品の魅力と記憶を、類似したテーマを扱う日本の現代小説の魅力と共に、楽しみながら継承することができる会になれば嬉しいです。

 それと『現代文学風土記』(西日本新聞社)は現在、Amazonや楽天ブックスなどで品切れ中ですが、2刷があと一週間ほどで発行されますので、値段が高めの中古本よりも、正規の値段(1800円+税)で新品をお買い求めを頂ければ幸いです。

2023/05/01

「没後30年 松本清張はよみがえる」第45回『Dの複合』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第45回(2023年5月1日)は、浦島伝説や羽衣伝説を下地にした松本清張らしい「古代史の教養」が生きた小説で、『点と線』に連なる「旅行ミステリ」の集大成と言える『Dの複合』について論じています。担当デスクが付けた表題は「民族説話と現代結ぶ 雄大な旅行ミステリ」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。奈良県の天川村や、新疆ウイグル自治区などを舞台にして、キトラ古墳に描かれた天文図の謎に迫った池澤夏樹の『キトラ・ボックス』とのmatch-upです。

『Dの複合』という印象的なタイトルは、日本列島を横断する北緯35度線と、東経135度線の英語表記に「D」が多く使われていることから採ったもので、この作品は北緯35度線と東経135度線の上で起きるきな臭い事件の数々を描いています。個人的に好きな作品の一つです。

 小説家・伊瀬の描写は、デビューして間もない頃の松本清張の姿に酷似しています。「ここのところ原稿の依頼が途絶えて、げんに女房が浜中にいろいろサービスしているのでもわかるとおり、家計が苦しくなっている」など、「売れっ子」になる前の描写が面白いです。全国各地の伝承を取材し、連載小説を記していく作家の姿を描いた「メタ・フィクション」で、「浦島伝説」「羽衣伝説」「補陀洛(ふだらく)伝説」の三つを下地にして、「戦前の謎めいた事件」が「戦後」に与えた「余波」に迫ります。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。私と担当記者とイラストの吉田ヂロウさん他。13時スタートで、参加料千円。希望者は〒810-8721(住所不要)西日本新聞くらし文化部へ、はがきか、後日、西日本新聞に掲載のQRコードから住所、氏名、参加人数、電話番号、好きな松本清張作品とその理由を書いて申し込んでくださいとのことです。5月15日締め切り(消印有効)で定員150人とのことです。日々、松本清張とその作品のことばかりを考えて連載を記してきましたので、総まとめという感じの話になると思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1084665/

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 NFLのドラフトは順当にアラバマ大学のBryce Young君が1巡1位の指名でした。5-10でプロとしては小柄ですが、空間認識力が高く、個人的に好きなDrew BreesやKart WarnerタイプのQBです。1巡だと日本円で年間10億円を超える契約×5年ぐらいを得られるわけですが、アメリカはcollege footballが人気なので、大学3年生の時点で年に4億円超もらっていたという。派手な「正装」や「個性的な親族」も映るので、各選手の様々な背景が垣間見えるのが面白いところです。大学生が脚光を浴びる「世界最大のメディア・イベント」と言えます。

https://www.youtube.com/watch?v=h9MLpDppGhU

 ドラフト直前に「歴史的な移籍」でAaron Rodgersを獲得したNYJetsファンが盛り上がっていましたが(緑のCheese Headを被ったおじさんが会場にいて笑いましたが)、Make a Wish Foundation枠のKyle君(難病のbone cancerと闘病中。55年もSuper Bowlに出ていないJetsを32チームから選択)のプレゼンも良かったです。様々な背景を持つ子供たちをファン文化と地域で包摂し、応援していくNFLらしい取り組みだと思います。

2023/04/24

村上春樹著『街とその不確かな壁』書評(北海道新聞)

 北海道新聞(2023年4月23日朝刊)に村上春樹著『街とその不確かな壁』の短評を寄稿しました。表題は「精神の病としての恋愛小説」です。『ノルウェイの森』の系譜の恋愛小説で、ユング派の河合隼雄の影響が感じられる作品でしたので、(学部時代に学んでいた)臨床心理学の知見を主とした批評文にしました。短文ですが、作中の「私」が抱えていると思える解離性の症状に着目した内容で、できるだけ他の評者とは切り口が異なるようにしました。

 難しいことは書いていませんが、ドゥルーズ=ガタリなど現代思想の文脈だと、パラノイアとスキゾフレニーがペアで考えられる傾向がありますが、この図式では、解離性の症状(昔はヒステリーと呼ばれていた)が抜け落ちてしまいます。解離性の症状は、一般に「ヒステリー」という言葉が想起するものよりもグレーゾーンの幅が広く、離人症などで知られますが、失踪して生活をリセットしてしまうといった症状もあり、個人的な考えでは、フロイトの言う意味での「死の欲動(タナトス)」のニュアンスに近く、本作の「私」の無意識レベルの欲望に近いと考えています。村上春樹の作品は、ユング派の臨床心理学(集合的無意識の分析も含む)と近い関係にあると改めて感じました。賛否あるようですが、70歳を超えて、こういうユニークな形で「死」と向き合う作品を送り出すことができる作家は他にいないと思います。

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/836369/

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 2023年本屋大賞の上位の作品では、3位の一穂ミチ著『光のとこにいてね』(文藝春秋)が一番良い小説でした。LGBTQの「L」を描いた作品として、綿矢りさの『生のみ生のままで』(集英社)以来の秀作でした。中高生の読書感想文にもお勧めできるマイノリティ文学であり、味わいのある地方文学です。『現代文学風土記』を連載していたら、プリウスで粘り強く北上する電車を追い駆けるラスト・シーンを取り上げています。映画化にも期待しています。

 次の直木賞対談に向けて、山本周五郎賞については、永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』(新潮社)に期待しつつ、時間を見つけて、読んでいない作品もチェックしたいと思います。『現代文学風土記』(2刷り)の原稿は無事、入稿しました。増刷は1200冊になる予定です。早いサイクルで、年に何冊も本を出せている人はすごいと思います(私は1~2年に1冊のペースが限界)。

2023/04/19

「没後30年 松本清張はよみがえる」第44回「一年半待て」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第44回(2023年4月19日)は、1957年に「別冊週刊朝日」に掲載され、テレビ・ドラマの枠に適した「ドラマチックな内容」ということもあり、繰り返し映像化されてきた「一年半待て」について論じています。担当デスクが付けた表題は「刑法の原則を題材に 模索した幸福な人生」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。純文学的な「夫のきな臭い失踪劇」を、「信用できない語り手」によってひも解いた川上弘美の『真鶴』とのmatch-upです。

 戦争が終わり婚期を迎え、高度経済成長期に入り、平和であるはずだった家庭で生じた殺人事件を描いた作品です。家計を支えるべく、さと子が生命保険のセールスウーマンとしてダムの工事現場をめぐり、契約者を増やしていく中で、なぜ「夫の撲殺事件」を引き起こしたのかがミステリの核となります。さと子の夫に対する復讐劇は、「一年半の時間」を計算に入れた周到なものでしたが、その「社会的な動機」が読みどころとなります。小説の終盤に「一年半、待てなかった男」が登場し、彼がさと子の「別の顔」について告白することで、物語はどんでん返しの結末を迎えます。

 29歳のさと子役は、60年に淡島千景、68年に森光子、76年に市原悦子、84年に小柳ルミ子、91年に多岐川裕美、2002年に浅野ゆう子、16年に石田ひかりなど「時代を代表する脂の乗った女優」たちが演じています。「一年半待て」は、高度経済成長期からオイルショック、バブル経済を経て「失われた20年」に至るまで、各時代の特徴を織り込んで映像化され、長らく人気を博してきました。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1081025/

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『現代文学風土記』(西日本新聞社)の第2刷の発行は2023年5月18日を予定しています。1000部の増刷予定で、現在、約900枚の原稿を再チェックしています(まあまあ大変。。)。書籍の刊行はスモールビジネスですが、様々な場所の図書館で配架して頂いたり、この本の実績を踏まえて科研費を採択頂いたり、コミュニケーションの拡がりが実感でき、嬉しい限りです。翻訳も含めて先々の展開について検討しています。

 出版や紙媒体のメディアをめぐる環境は年々厳しくなっていますが、個人的には新聞や文芸誌に書けるうちは書きつつ、徐々に英語で本(電子版)を書いたり、英字ニュースの解析・分析にも力を入れていく予定でいます。GoogleのBERTやGPT-4のようなLLMの普及で、テキスト解析の負担が軽減されているので、英字ニュースの解析は楽になりそうです。

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 村上春樹著『街とその不確かな壁』(新潮社)の書評は、4月23日(日)に北海道新聞に掲載される予定です。4月13日発売で14日に読み終え、16日に書き終え、17日に校了しました。詳細は後日。

 来月に手術があるので、膝蓋骨の骨折と肩の脱臼のリハビリと、その疲れの回復に時間を取られてしまうのが悩ましい日々です。

2023/04/11

「没後30年 松本清張はよみがえる」第43回『空の城』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第43回(2023年4月14日)は、日本の「十大総合商社」の江坂産業が、石油部門での「出遅れ」を挽回するために、カナダのニューファンドランド州にある製油所に出資していく姿を描いた『空の城』について論じています。担当デスクが付けた表題は「豪華客船の幻影重ね 総合商社の内実描く」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。バブル崩壊後の日本を舞台に、アメリカや中国のファンドと格闘する主人公を描いた真山仁の『ハゲタカ』シリーズとのmatch-upです。

「氷山と衝突したのだったら、その氷を掻いてきてオンザロックをつくってくれ」と、タイタニック号の乗客は、豪華客船が沈む直前にジョークを飛ばしていたといいます。人は巨大な船や巨大な組織の中にいると、外界への危機意識が鈍くなり、「空気」に流されて、時に誤った判断を下してしまいます。

 この小説は1977年に実際に起こった安宅産業の破綻事件をモデルにしています。NHKのドラマ版は「ザ・商社」というタイトルが付され、上杉役の山崎努のワイルドさに惹かれた、松山真紀役の夏目雅子の妖艶な演技が魅力的です。上杉と対立した江坂産業の社主・要三の「目利き」が、骨董だけではなく、「人物評」としても「鋭い」ものだったという落ちが、清張作品らしい皮肉のこもった「余韻」を残します。

 結果として安宅産業は事業に失敗し、2千億円を超える不良債権を出し、わずか4年で伊藤忠商事に吸収合併されてしまいます。松本清張は「ノンフィクション作家」らしく、いち早く安宅産業の破綻理由を読者に「体感」させるべく、本作を78年の1月から「文藝春秋」誌上で発表しました。

 オイルショックを背景にした安宅産業の破綻劇は、高度経済成長の終わりを感じさせる内容で、高度経済成長期を代表する作家・松本清張らしい「経済小説」だと思います。全集を見渡して『空の城』のような経済小説が49巻に入っているのが良い感じで、清張が手掛けた小説の幅の広さを感じさせます。ドラマ版も良く、1980年前後の夏目雅子は素晴らしいです。


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 新年度に書籍をご恵贈頂いた方々に心より御礼を申し上げます。日々、皆さまのお仕事に励まされています。
 宇野常寛さんより『遅いインターネット』(幻冬舎文庫)と、『ひとりあそびの教科書』(河出書房新社)を、與那覇潤さんより『平成史』の韓国語版と、大佛次郎『宗像姉妹』(中公文庫)を、平山周吉さんより『小津安二郎』(新潮社)を、会田弘継先生よりフランシス・フクヤマ『リベラリズムへの不満』(新潮社)を、佐川光晴さんより『猫にならって』(実業之日本社)を、鈴木涼美さんより『グレイスレス』(文藝春秋)を、書肆侃侃房の田島社長より堀邦維先生の『海を渡った日本文学』を、毎日新聞出版の横山さんより、吉田修一さんの『永遠と横道世之介 上・下』(毎日新聞出版、2023年5月26日発売予定)のプルーフを、拝受いたしました。じっくりと拝読させて頂きます。
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『現代文学風土記』(西日本新聞社)が増刷される見込みで、今年は連載「松本清張はよみがえる」の書籍化を予定しています。膝蓋骨骨折の2回目の手術が来月に決まり、まだまだリハビリに時間を費やす日々ですが、子供たちの成長を身近に感じながら、無理のないペースで仕事をしていきたいと考えています。

2023/04/07

「没後30年 松本清張はよみがえる」第42回「鬼畜」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第42回(2023年4月9日)は、静岡県の伊豆西海岸の松崎の断崖で、親が子を投げ捨てた事件をモデルにした「鬼畜」について論じています。担当デスクが付けた表題は「子育ての『本質』突く 救いのない犯罪小説」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。親から虐待を受けて児童養護施設で育った3人の子供たちの「その後の人生」を描いた天童荒太の『永遠の仔』とのmatch-upです。

 お人好しで「妻の尻」に敷かれてきた主人公の宗吉が、長男の利一を青酸カリで殺害しようと試みて失敗し、利一が寝ている間に崖から放り投げるに至る顛末を描きます。自害に失敗した弟を手助けして罪人となる兄を描いた森鴎外の「高瀬舟」と比べても、本作は「ブラック清張」の作品らしく「救い」がない物語と言えます。4人の子供を持ち、家族のために働くことを第一に考えて来た松本清張にとって、子供は可愛いもので(私にとっても同様)、実在の事件に心を痛めて清張が記した本作は、映画版も含め大きな注目を集めました。

 監督の野村芳太郎は当初、主演を渥美清に依頼しましたが断られ、岩下志麻が電話で緒形拳を口説き落としたのだとか。1978年に公開された本作と翌年の「復讐するは我にあり」で、緒形拳は「猟奇的な犯罪者役」として人気を博し、岩下志麻は後の「極道の妻たち」に繋がる「悪女役」を身に着けています。「妹と弟は父ちゃんが殺した こんどはボクの番かな」という映画版の不気味な宣伝文句が「鬼畜」というタイトルに相応しいです。

 現代日本では起こり難い事件で、平均所得が大都市圏と大きく異なり、経験的に考えても貧困を身近に実感し得る地方でも、このレベルの児童虐待は起こり難いと思います。ただ清張が思春期を過ごした昭和恐慌の時代や、戦中・戦後の時代には身近に実感できる話で、本作は高度経済成長期の事件をもとにしながら、過去に松本清張が肌身で感じた経験を重ねた作品だったのだと思います。

 次回の掲載日は未定ですが、今月は週2回ぐらいのペースで掲載されるそうです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1077544/

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 坂本龍一さんについて浅田彰さんの追悼動画が良かったです。「前衛論」という趣きで、終盤にマイケル・ジャクソンとの幻のコラボの話も出て、「戦友」を称えるような力が漲っていました。坂本龍一の音楽の文脈で、昨年亡くなったジャン=リュック・ゴダールと対比している点にも、細やかな批評性を感じました。

浅田彰が語る、完璧な演奏マシンから最後にヒトになった坂本龍一
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 先日亡くなった富岡多恵子さんについては『波うつ土地』を『現代文学風土記』で取り上げています。「新興住宅地の『性と信仰』」という表題でした。ユーモアがあり、性的な感性の鋭さが生きた文体が魅力的な、戦後日本を代表する作家の一人だったと思います。

2023/04/05

「没後30年 松本清張はよみがえる」第41回『黒革の手帳』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第41回(2023年4月5日)は、女性の悪徳銀行員が、「黒革の手帳」を武器に、男性の悪人たちに復讐を遂げる『黒革の手帳』について論じています。担当デスクが付けた表題は「男性社会に恨み抱く 女性行員の復讐物語」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。東京郊外の弁当工場で働く女性たちが、死体隠滅の仕事を請け負いながら、男性が中心に居座る家庭や社会に復讐していく姿を描いた桐野夏生の『OUT』とのmatch-upです。

 男女雇用機会均等法が施行されたのが、バブル経済の最中の1986年。高度経済成長期からバブル経済期にかけて多くの女性行員は、責任の生じる仕事から外され、出世が約束された男子行員のサポートを強いられていました。本作は76年から78年にかけて「週刊新潮」に連載された松本清張の晩年の代表作の一つで、女性行員の「怨嗟」を核として物語を構成している点がユニークです。このような時代に、結婚することなく、「東林銀行」に残り続けた主人公の原口元子は、銀行が裏で取り扱う「架空名義預金」を横領して、銀座にバーを開業することを決意します。

 ドラマ・映画版では米倉涼子が主演を務め、悪事に手を染める男たちと、悪を持って対峙する芯の強い女性を演じています。連載当時、松本清張は60代後半でしたが、本作で展開される「黒い復讐劇」は、高度経済成長期に記した代表作と比べても遜色ないほど、面白いです。元子が抱く「入行以来、ながいあいだ愛情のかけらもみせてくれなかった周囲への心理的報復」の物語は、松本清張らしい「社会派の動機」に裏打ちされたもので、深みがあります。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1076692/

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 今月は村上春樹さんの6年ぶりの新作長編『街とその不確かな壁』(新潮社)が発売されます。短めの書評をいつもと違う新聞に書く予定です。村上作品は事前に書評用のゲラが出ないため、発売日に読み、すぐに原稿を書く必要がありますが、楽しみにしています。1980年の「文學界」掲載の中編「街と、その不確かな壁」と、これを基にした『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読み終え、4月13日に備えています。事前準備の段階で「書きたいこと」が予定文字数を超えているわけですが(なぜ今この作品か、という点については、思い当たる節がありますが)、「古い夢」を運ぶ一角獣と、「ことば」の死に直面し、「影」と引き離された「僕」の無意識世界とその「たまり」の行く末がどうなるのか。新たにアリョーシャの名言が引かれ、ボブ・ディランの名曲が手風琴で奏でられるのでしょうか。

https://www.shinchosha.co.jp/harukimurakami/#zero

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 坂本龍一さんは「批評空間」のシンポジウムに登壇されていたこともあり、規模の小さなイベントでは、空き時間に普通にお茶をされていて、一度、隣の席になったことがありました。周囲に細やかな気遣いをされる穏やかな方という印象で、「教授」という愛称に相応しい「思想」を携えていた方だったと思います。文芸誌では「新潮」と関係が深く、近々本になると思いますが、昨年から「新潮」に連載されたインタビュー自伝「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」も具体的なエピソードが満載で、贅沢な内容でした(『現代文学風土記』の書評の「新潮」掲載時が、連載2回目でした)。浅田彰さんの本格的な追悼文を文芸誌で読みたいです。

「Merry Christmas Mr. Lawrence」が一番有名な曲だと思いますが、皇道派のヨノイ少尉の演技も、皇道派の理念の蹉跌を感じさせる際どさで良かったです。大島渚らしい戦時下のジャワ島を舞台にした、灰汁の強い「青春残酷物語」に相応しい名曲でした。NYで活動し、ハリウッドの映画音楽(作曲賞)でオスカーを獲ったのがすごい。

【予告編】『戦場のメリークリスマス 4K修復版』

https://www.youtube.com/watch?v=fW33gH8zTO8